作品タイトル不明
171
――協会責任者の指示の元、霊術師の集団が同時に襲い掛かってくる。
それに対抗するべく後藤たちが動き、こちらも人数で対応する。
力と力の衝突。両者入り乱れての乱闘となった。
こうなってしまうと、霊術師側の方が圧倒的に有利な展開だ。
なぜなら身体強化が使えるから。
――だが、そうはならなかった。
拮抗したように見えたのは一瞬。その後、雲上院側が一気に優勢となる。
一人、また一人と倒され、包囲が崩れていく。
「なぜだ、我々は霊術師だぞ。護衛とはいえ、ただの人に圧倒されるはずがない」
後ろで様子を窺っていた協会責任者が、うろたえた様子で呟く。
その様子を、礼香は黙って見ていた。
特に動じるような要素がないため、心中は平静そのもの。
なぜなら、こうなることが分かっていたからだ。
「簡単なことですわ。わたくしたちも、ただの人ではないということです」
未だ手を出さずに後方で控えていた礼香が、洋扇で口元を隠しながら言った。
「ま、まさか……」
「まあ、全員一属性ですけどね」
動揺する協会責任者に、礼香が説明を付け加える。
同行した者たちの霊核の大きさは、まだまだ発展途上。
使用する身体強化も全体に常時発動させるものではなく、瞬発的かつ局所的な発動に留まる。
だが、雲上院の護衛として求められる技量が加われば、眼前の結果を生み出すことも容易い。
「嘘だ! 一属性を相手にして、これほど一方的に負けるはずがない!」
と、協会責任者が叫ぶのと、抵抗していた最後の霊術師が意識を失って倒れるのが同時となる。
気が付けば、霊術師側で立っているのは協会責任者のみ。完全に決着がついた形となった。
事を終えた後藤たちが手をはたきながら、礼香の元へ集い始める。
「ここでの用は済みました。わたくしたちも、ナナちゃんの後を追って結界に向かいますよ」
現状が受け入れられないのか、呆然と立ち尽くす協会責任者を放置し、後藤に指示を出す。
これで妨害に遭うことなく、結界に辿り着けるだろう。
「車の準備をしますので、少々お待ちを」
と、後藤たちが離れた瞬間、協会の出入り口の方から声が聞こえてくる。
「これはどういう状況だ」
見るからに権威がありそうな服装をした男が、協会責任者の方を見ながら尋ねている。
次いで、その後ろから二人の人影が現れた。
どうやら後に続くのは、女性の様だった。
一人目は妙齢の美しい女性、二人目は小柄な子供のようだ。
暗がりから外に出て、次第に顔が明らかとなる。
「あら」
見知った顔を見て、礼香は思わず声を上げた。
最後に現れたのは、鳳宮未花だったのだ。
向こうもこちらに気づいたようで、驚きの表情となっている。
「こ、こいつらは、結界を破壊し、封じられた妖怪を倒そうと企む不届き者たちです。ど、どうか、ご助力を」
協会責任者が九死に一生を得たような顔で、新たに現れた人物に助けを求める。
それを聞き、男の顔が歪む。
「己の実力をわきまえぬ、愚か者か……。中に何が封印されているかも知らぬくせに」
次いで、女が深いため息をつく。
「これも掃討戦休止の弊害か。妖怪の被害が抑えられた平和な日々が、己の実力を見誤り、増長する自惚れを生み出すことになろうとは……。何たる皮肉な話か」
二人は礼香を睨みながら、徐々に距離を詰めてくる。
「う~ん……、勘違いじゃないかのぅ~……。話し合えば、分かり合えると思うんじゃがのぅ~」
そんな中、残された未花が視線を彷徨わせながら、困り果てた顔で言った。
彼女は礼香の方を見て、必死の形相でアイコンタクトを何度も送ってくる。
「そうです。話し合いましょう。すぐに争うなど、短慮な行いは恥ずべきです」
できれば早々に移動したいが、なるべく争いは避けるべき。
協会の職員とは、うまく行かなかったが眼前の三人が同じ結果になるとは限らない。
何より、友人の未花が対話を望んでいる。
礼香は胸襟を開き、対話で解決を試みようとした。
「これだけ暴れまわっておいて、よく言う。話を聞くのは縛に着いた後でいい」
「鳳宮の。君はまだ若い。外見に惑わされては駄目だ。ああいう輩こそ、細心の注意を払って接すべきなのだ」
しかし、未花以外の二人は、頑なな姿勢を崩さなかった。
それどころか構えを取って、攻撃の意思を示す。
それと同時に、上空から強烈な殺気が接近してくるのを感じ取った。
何事かと目を凝らせば、巨大な獣が三匹、自在に空を駆けてこちらへ向かって来るのが見える。
朱色の巨鳥、雪白色の虎、瑠璃色の龍。
見間違いようのない外見。肌が泡立つ強烈な存在感。
どこをどう見ても、霊獣だった。
男の後ろに青龍。女の後ろに白虎。そして、未花の後ろには鳳凰が降り立つ。
礼香は以前聞いた話を頼りに記憶を探った。
おそらく、男は龍宮家当主、龍宮清正。
女は虎宮家当主、虎宮楓。
と、見て間違いないだろう。
そんな中、霊獣の登場に一番動揺していたのは未花だった。
「申し上げにくいのじゃが、わらわは不参加ということで。自分で言うのも恥ずかしい話じゃが、箱入り娘ゆえ、荒事には慣れておらんのじゃ」
そう説明する未花の両手は忙しなく動き、視線も定まっていない。
凄まじい動揺ぶりだ。
そんな未花の言葉を聞き、龍宮清正と虎宮楓が視線で頷く。
「ふむ。君は若い。我々の戦いぶりを見て学ぶとよい。まあ、何か得られるほど、相手が持つとは思えんがな」
「それでも、しっかりと灸をすえる必要がある。多少腕に覚えがあるようだが、霊術師を数人倒した程度で思い上がらないことだな」
「いえ、その方たちを倒したのは、わたくしではありませんわ。そこは誤解なきよう。わたくしが手を出せば、加減を間違えて怪我をさせてしまう恐れがありましたので」
礼香は、虎宮楓の発言の一部を否定した。
誤解は、しっかりと解いておく。
後藤たちの成果を自分のものと喧伝するほど小物ではない。
「口だけは達者なようだ」
「大見得を切ったことを後で後悔するんだな」
と、二人が霊装を抜く。
礼香と両者の間で一触即発の空気となり、周囲に緊張が走る。
「その……、ほどほどに! 後始末もあるから、やり過ぎは良くないと思うのじゃ!」
開戦一歩手前といった瞬間に、未花が慌てた様子でまくし立てた。
彼女は、四柱当主の二人に気づかれないようにしながら、またもや礼香に必死にアイコンタクトを送ってくる。
「心得ていますわ」
礼香は未花にウィンクし、肯定の意を示した。
すると、ここまで静観していた鳳凰が、こちらを見下ろしながら鼻を鳴らした。
「フン、何ヲウロタエテイル。鳳宮ノ当主トシテ恥ズカシイ。ソノヨウナ弱腰デドウスル。アノ程度、片手デ屠ッテミセヨ」
それを聞いた未花は、口を半開きにして呆然となった。
そのまましばらく固まった後、急に我に返って鳳凰の胸をポカポカと殴り始めた。
「黙れっ。本当に黙れっ。やっと元気になったんだから、余計なことを言うんじゃない!」
未花は取り乱した様子で、鳳凰を抑え込もうと必死な様子だった。
「ど、どうした、鳳宮の。言葉が非常に乱れているが。いくら契約しているとはいえ、霊獣に対しては、もう少し言葉遣いを改めなさい」
龍宮清正が驚いた様子で、未花の振る舞いをたしなめる。
しかし、未花は力強く何度も首を横に振る。
そして、鳳凰の翼を掴んで引っ張り始めた。
「いえ、これだけは駄目なのじゃ。とにかく、こっちに来るのじゃ! また寝込んでも知らないからな!」
「サッキカラ何ヲ言ッテイル。我ハ寝込ンダリシナイ。最強ノ霊獣ゾ」
「いいから、来るのじゃ! 本当にどうなっても知らんぞ」
「フン、臆病者ノ当主メ。我ガ見本ヲ見セテクレヨウ。アノヨウナ小娘ナド、ヒト捻リダ」
鳳凰は翼を動かし、未花の手を払いのけた。
「わらわは忠告したからな……。全力で忠告したからな! すまんが失礼する」
未花は、鳳凰の対応が頭に来たのか、不機嫌な様子を隠そうともせず、その場から離れていった。
「うむ。危ないから下がっていなさい」
「この程度の人数に、当主二人に霊獣三体は過剰戦力だが、結界が関与するのであれば、思い知らせる必要がある。覚悟せよ」
未花が去り、臨戦態勢の当主たちが構えを取り、霊獣たちが威嚇する。
「貴方達は下がりなさい。ここはわたくし一人で十分です」
「はっ」
そんな中、礼香は車の準備を終えて合流してきた後藤たちを下がらせた。
「舐められたものだな」
「いや、実力の差を理解していないのだろう。後に存分に後悔すると良い」
余裕の表情を見せる龍宮清正と虎宮楓。
二人を前に、礼香は霊装の洋扇を開いて口元を隠す。
「フフ。その言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
その言葉が合図となり、龍宮清正と虎宮楓が霊気を発する。
微笑を浮かべる礼香は目を細め、余裕の表情で成り行きを見守っていた。