軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

71:双子の姉は暫しの日常に戻る

大貴族であるエルドレッド公爵が囚われ、ラトリッジ王国は騒然としていた。

同じ公爵家であるガザード家はといえば、後継者のディアナが身籠もったこともあり、表向きは平穏を保っている。

エルドレッド公爵のこと、コーデリアのこと、商会のこと──様々な事柄が気に掛かりながらも、ディアナの身は一つだけ。

動くに動けぬ身を、ディアナは苦々しく感じていた。

「ディアナ、体調はどうだ?」

「今日は大分落ち着いております」

「そうか……」

アランは毎朝、妻の様子を 備(つぶさ) に観察していた。

ようやく安定期に入り、悪阻も落ち着いてきた。

妊娠初期と比べて顔色もよく、アランが胸を痛めることも減ってきた。

とはいえ、まだまだ油断を許さぬ身だ。

王家との確執を思えば、ディアナの身が心配で心配で仕方が無い。

そんなアランの心を知ってか知らずか、当人は安定期に入った途端に、働く気満々であった。

「今日は、久しぶりに商会に顔を出してきたいと思います」

「まだ早いのではないか?」

「そんなことはありません!」

心配してやまないアランとは裏腹に、当のディアナはすっかり仕事に戻る気でいた。

妊娠が発覚してからというもの、フィデス商会の運営は元ラトリッジ王国宰相のセオドア・サクソンに任せっきりだ。

商会長として決裁が必要な書類などは、全て屋敷に届けさせてはいるが、そのせいで業務が滞っているのもまた事実。

商売事に疎いアランは、商会の運営の為と言われれば、それ以上の制止は出来ない。

結局常に護衛を置くことと、無理をしないことを絶対条件として、ディアナの意見を受け入れてしまう。

なんだかんだ、年下の妻に甘えるように言われては、断り切れないのだ。

こうして、ディアナは久方振りにフィデス商会に顔を出した。

とはいえ、自身で接客をする訳ではない。

事務所か会長室で、書類とにらめっこをするばかりだ。

「会長、クローク子爵がお見えです」

「今行くわ」

客として商会にやってきたのは、元五大貴族の一角、今は子爵に降爵したクローク家の当主フィランダーだ。

父ウェズリー曰く、職人気質の変わり者。

発明と物作りが何より好きな彼にとって、流通を担うフィデス商会は絶好の取引相手であった。

「お久しぶりです、子爵様」

「おお、今日はご令嬢もお見えでしたか。体調は如何ですか?」

「おかげさまで、今は安定しております」

ディアナが顔を見せただけで、店の中が一気に華やぐ。

流行の最先端であるフィデス商会の会長であり、社交界の頂点といえる公爵家の令嬢。

誰もがディアナのことを意識し、目で追っていた。

ディアナに見惚れていないのは、自作商品の評判ばかりを気にしているフィランダーくらいなものだった。

「先日納入いただいた倍率が調整可能な望遠鏡、とても評判ですのよ」

「ほう、そうですか。店頭で見かけないものですから、どうなったかと思っておりました」

複数のレンズを用いた望遠鏡は、フィデス商会で売り出すなり、一躍人気商品となった。

用途に応じて倍率を切り替えられるよう、複数のレンズを組み合わせて調整出来る仕組みにしてある。

それも全て、ディアナの発想を受けてフィランダーが形にしたものだった。

「知り合いに船乗りがおりますの。そちらに手紙を送りましたら、今ある分を全部押さえておくようにと」

「それはそれは」

丸眼鏡の奥で、フィランダー小さな瞳が和らぐ。

「でしたら、もっと納品数を増やした方が良いですかな?」

「ええ。あとは、もう一件お願いしたいことがあるのですが──」

二人が新たな魔道具の開発について話し込んでいる中、店の扉が勢いよく開いた。

「おお、今日は居るのか」

扉の向こうに現れたのは、大柄な体格と日に焼けた肌。

フィーラン王国の特使として滞在している、カーティス・マクブライド海軍提督であった。

「あら、噂をすれば」

「噂?」

「望遠鏡を大量に買い付けた人が居るという話をしておりました」

大柄なカーティスが、ディアナの向かいに立つフィランダーを見下ろす。

「紹介するわ、こちらはフィランダー・クローク子爵。望遠鏡の開発者であり、フィーラン王国との軍船共同開発でも協力してくださっています」

「ほほう」

カーティスの切れ長の瞳が数度瞬いて、フィランダーを見遣る。

相手を品定めするかのような不躾な視線が、不意に和らいだ。

「お前の周りには、面白い人材が集まる」

「スカウトはほどほどにお願いします」

苦笑するディアナの前で、カーティスはフィランダーが開発した望遠鏡が如何に航海で重宝するかを語り出した。

対して、フィランダーはフィランダーでフィーラン王国の軍船が如何に素晴らしい技術で製造されているかを熱弁するものだから、もうこうなっては話は止まらない。

語り合う二人の男達を、店内の客が遠巻きに見つめる。

二人が満足するまで、ディアナは店内を歩き、久しぶりに自ら接客を買って出るのだった。

「なかなか有意義な時間だった」

フィランダーが先に店を出た後、カーティスは満足げな笑顔でディアナに話しかけた。

窓から見える景色は、すっかり薄赤く色付いている。

「随分と長話だったようで」

ディアナがため息交じりに答える。

まだ暫くかかるようならば、二人に声を掛けて、先に商会を後にしようかと考えていたところだ。

「疲れているようだな」

「疲れているという訳ではないのですが……」

カーティスの視線を感じて、気まずさに視線を逸らす。

「今は大事な時期なのだろう、無理はするな」

「知っていたのですか?」

「暫く姿を見なかったからな。従業員に聞いた」

ディアナを見つめるカーティスの目は、どこか熱を帯びているように見えた。

気のせいだろうと自分に言い聞かせ、改めてカーティスに向き直る。

「それ以外にも、色々な話は耳にするが……」

「きっと、あまり良い話ではないのでしょうね」

カーティスの言葉に、思わず苦笑する。

「まぁ、色々と、な」

荒々しい海の男らしく、カーティスの笑みは、どこか獰猛さを秘めていた。

緑色の瞳が、真っ直ぐにディアナを射貫く。

「もし困ったことがあれば、いつでも話は聞くぞ」

「話を聞いてもらうだけなら、いくらでも相手は居ます」

ディアナの言葉に、カーティスが声を殺して笑う。

「それ以上を求めると?」

「意味深なことを言わないでください」

日が暮れて人の足も少なくなってきたとはいえ、ここはディアナが経営する商会で、周囲には客と従業員達が居る。

(案外、わざと誤解させるようなことを言っているのかもしれないわね……)

ディアナが、内心でため息を吐いた。

頼りになる男なのは間違いないのだが、どうもこの男は気安すぎる。

「俺としては、手を貸すのはやぶさかではない」

ディアナが、カーティスを見上げる。

男の表情は、ディアナが考えていた以上に真剣みを帯びていた。

「何かあれば、いつでも連絡をくれればいい」

「……わざわざ、それを言いに?」

ディアナの問いに、カーティスが軽く肩を竦めて見せた。

「ただ会いたかっただけかもしれない」

「また冗談を」

ディアナのぼやきは、カーティスの笑い声に掻き消された。

実際、どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか──当のカーティスでさえ、計りかねていた。