軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70:双子の姉は過去を知る

意味ありげなケイリーの言葉に、ディアナがじっと視線を向ける。

「わざと、地下牢に収監されたと?」

「ええ」

ディアナの問いに、ケイリーが頷く。

「城内に居れば、兄の力が発揮出来ますから」

コーデリアの洗脳を解いた、クライドの能力──浄化。

その力はディアナも知るところではあるが、その為に公爵家の当主が地下牢に入るなど、考えもしなかった。

「もし、死刑でも宣告されたらどうなさるおつもりですか」

「刑が執行されるより先に、我がエルドレッド家の騎士団が蜂起します」

その言葉に、ディアナは僅かに唇を噛んだ。

既にケイリーとクライドの計画は、後戻りできないところまで来ているのだ。

武力をもって、ローレンスの 政(まつりごと) を正す。

成せば英雄、失敗すればただの謀反人。

その時は、エルドレッド家の名ごと歴史の闇に沈むだろう。

「どうして、そこまで……」

自然と、ディアナの唇からため息が零れた。

そうまでしてローレンスを廃し、アランを即位させたいのか──王太子の婚約者として他家よりも優遇されているエルドレッド家がなぜそこまで考えるに至ったのか、ディアナには理解出来なかった。

「ディアナ様、ガザード公爵様から私共エルドレッドについて、何かお話を伺ったことはございますか?」

「え?」

ケイリーの問いに、ディアナが瞳を瞬かせる。

温室で花の香りに包まれて、ディアナが首を傾げる。

「さて、特には……」

「そうですか」

ケイリーの顔には、安堵とも悲しみともつかぬ表情が浮かんでいた。

「私共は、ウェズリー様に多大なる恩があるのです」

「お父様に?」

ディアナにとっても、初耳だった。

アランとの交流はよく知っているが、エルドレッド家とウェズリーの関係など、これまでに聞いたことも、特に意識したこともない。

無論互いに政治に身を置くからには、知己であることは間違いないだろうが、個人的な付き合いがあるとは思ってもみなかった。

「恩があるというか、あったと言うべきか……難しいですわね」

ケイリーが苦笑する。

「しかも……その恩は、今となってはウェズリー様ご本人ですら覚えていないのですから」

「それって、どういう……」

ケイリーの視線は、温室の花々に向いているようであって、どこか遠くを見るようでもあった。

潤んだ瞳が一度閉じられた後、ゆっくりと開く。

「私と兄は、一度死んだのです」

一瞬、呼吸が止まった。

「……は?」

ディアナの心臓が跳ね上がる。

温室内の空気が、一気に冷え込んだ気がした。

ドクドクとうるさく鳴り響く鼓動を抑え、懸命に息を整える。

「父曰く、一度殺された後──時を遡ったのだと」

ぎゅっと、心臓が鷲掴みにされた気がした。

そうだ、ガザード家の者がエルドレッド家の能力を知っているならば、逆もまた然り──他家の者がガザードの能力を知っている可能性だってあるではないか。

それは、つまり──。

「お父様が、エルドレッド家の時を巻き戻したということ……?」

ディアナの震える声に、ケイリーはゆっくりと頷いた。

「ガザード家より先に、王家の標的となったのは──我等がエルドレッド家だったのですよ」

ケイリーの面には、自嘲気味な笑みが浮かんでいた。

「王家の持つ能力に対抗し得る、唯一の力──エルドレッド家の後継者が、よほどに邪魔だったのでしょうね。直系である私と兄は事故に見せかけ、殺されるところでした」

淡々と語るその姿からは、婚約者に対する愛情など、欠片も感じられない。

「いいえ、事実一度殺されて──時を遡った父によって、すんでの所で助けられたのです」

己が両腕を抱いたケイリーが、ぶるりと身を震わせる。

果たして、彼等がどのような人生を歩んできたのか──今のディアナには、推し量ることさえ出来ない。

「そうして、なんとか事故を未然に食い止めて……それから先は、王家に逆らわぬように、波風を立てぬようにと生きてきました」

ディアナが、以前のケイリーに感じていた印象。

ローレンスがコーデリアを贔屓しようが感情を揺らすことなく、逆らうこともなく、ただ静かに生きていた。

ケイリー・エルドレッドとはそういう女性なのだと──そう思っていた。

事実、ディアナが巻き戻る前、一度目の人生では、ケイリーはローレンスが求めるままに振る舞っていた。

エルドレッド家による謀反など起きず、王太子の実家として権勢を誇っていた。

(あの時と今、違うことと言えば──)

息が詰まる。

思い当たることなど、一つしかない。

(アラン様が、生きている……)

ラトリッジ王家の血を色濃く受け継ぐ者。

もう一人の王位継承者。

アラン・ラトリッジ──いや、アラン・ガザードの存在があった。

「私達の死を回避した父は、二度と王家に逆らわぬようにと、王家が望むままに私を婚約者として差し出しました」

美しいケイリーの横顔、その眉間には深い皺が刻まれている。

「ですが……このままでは、いずれ歴史は繰り返す。いつまでも息を殺しているだけでは、何も解決はしない」

再び、ケイリーの視線がディアナを捉える。

クライドと同じヘーゼル色の瞳には、強い光が宿っていた。

「我等の望みは、悪心を持たぬ者が王位に就くこと。そして──」

一度言葉を切った後、再びケイリーの唇が開いた。

「五大貴族に関する記録を、全て抹消することですわ」

彼等がアランの即位を求めていることは、既にディアナも知っていた。

だが、その背後にどれほどの事情があったかは、今初めて耳にした。

彼等もまた、ディアナと同じなのだ。

無慈悲に命を刈り取られ、時を遡った。

美しく気高いケイリーの佇まいの奥に、その痛みと覚悟を見た気がした。

ディアナとアランにとって、これほど心強い味方は居ない。

エルドレッド家は、アランが王位に就くことを求めている。

だが──、

(もし、そうなったら……この子は、どうなってしまうのだろう)

ディアナは、そっと自らの腹に手を当てた。

いまだ膨らみの目立たぬ、ほっそりとした身体──だが、その内には確かに新しい命が宿っている。

アランが無事即位したならば、それでいい。

だが、もし失敗したら──?

ディアナは勿論、お腹の子も、謀反人の子として汚名を着て生きていくことになる。

──いや、せっかく芽生えた生命さえ危ういのだ。

(慎重に、動かなくては……)

宿ったばかりの命を思うほどに、ディアナの胸には新たな責任と恐れが静かに積もっていった。