軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十八話 今の気持ち、この先の気持ち

雫と別れた晴翔は、一人住宅街を歩く。

夕焼けで真っ赤に染まっていた空は、ゆっくりと暗くなっていき、夜へと切り替わろうとしている。

ほんのりと照らされている、輪郭の溶けた自分の影を見つめながら、晴翔はゆっくりと東條家へと歩く。

「雫ちゃんMk2か……雫らしいな……」

晴翔は自分の右手でお腹をさする。そこには『雫エクスプロージョン』の余韻が、かすかな痛みとして残っている。

両親を交通事故で亡くし、幼いながらに親を失ったことを感じて塞ぎ込んでいた晴翔。

そんな姿を見かねて、彼の祖父が空手道場に連れて行ってくれた。

晴翔は、雫との一番古い記憶を思い出す。

「あいつ、見学してた俺に『道場破り、ブチ倒す』とか言って飛び掛かって来たんだよな……」

昔を思い出し、晴翔は表情を崩す。

今になってはいい思い出だが、当時の晴翔にとって雫は、腕っぷしが異常に強い恐怖の存在でしかなかった。

「ほぼ同時期にカズ先輩も道場に入ったんだっけか……懐かしいなぁ」

晴翔、石蔵、雫の3人は長い時間を共にして、お互いにとても大切な関係となった。

それがいま、綾香と恋人になったことをきっかけに、大きく変わり始めている。

晴翔は雫の想いを知り、石蔵は雫に想いを伝えた。

そして、雫は自身の想いに区切りをつけ、新たな想いと向き合おうとしている。

幼少の頃には存在しなかった、3人の成長と一緒に育ってきたその想いは、晴翔、雫、石蔵の関係を大きく変えようとしている。

そのことに、晴翔は心のどこかで不安や戸惑いを感じる。

だが、そんな気持ちに反していままでと変わらない安心感も感じていた。

晴翔は右手を自分の目の前にかざした。

別れ際に交わした雫との握手。そこからは、これまで積み上げてきた関係をしっかりと感じることができた。

晴翔、雫、石蔵の関係性は、この先の人生で変化するかもしれない。しかし、これまで積み上げてきたものが壊れることは決してない。

そんな、漠然とした気持ちを胸に抱きながら、晴翔は東條家への道を急いだ。

東條家に帰って来た晴翔は、リビングに向かう。

「ただいま」

「おにいちゃんおかえりなさい!」

晴翔が帰宅の挨拶をしながらリビングに入ると、早速涼太が満面の笑みを携えて晴翔目掛けて突進してくる。

ロケット涼太と化した彼は、そのまま晴翔の腹部に着弾する。

ちょうど弾頭部分が雫エクスプロージョンを喰らった場所に突き刺さり、彼は表情を歪めた。

「ぐふッ」

「おにいちゃん大丈夫?」

「う、うん。平気だよ」

呻き声を漏らした晴翔を涼太は心配そうな表情で見上げてくる。

晴翔は腹部の鈍痛を無視して、涼太を安心させるようにニコっと笑みを見せる。そこに、清子と並んでソファに座っていた綾香が晴翔の方を向く。その手には毛糸とかぎ針のような棒が握られていた。どうやら清子から編み物を教えてもらっていたようだ。

「おかえり晴翔」

「うん、ただいま」

晴翔は返事をしながら綾香と目を合わせる。

彼女の視線からは気遣うような、それでいてほんの僅かな不安が込められているような気がする。

そう感じた晴翔は、彼女と目を合わせたまま『後で二人で話そう』という気持ちを込めて小さく頷く。すると、綾香もそれを感じ取ったようで、小さな頷きを返して清子の方に顔を向けた。

「清子さん、ここの編み方はどうするんですか?」

「ここはね、この一目と二目、三目まで糸を通した後に、さっき教えた鎖編みをして……」

綾香は真剣な表情で清子に編み物を教えてもらう。

そんな彼女と清子とテーブルを挟んで対面に座っていた郁恵が、ニコニコしながら娘を見詰める。

「あらあら綾香ったら、もう晴翔君と以心伝心できるようになったのね。仲が良くていいわねぇ」

その言葉を聞いた瞬間、真剣だった綾香の顔が一瞬で真っ赤に染まる。

「ちょっとママ! 私いま真剣なの! 編み目がわからなくなるから変なこと言わないでっ!」

「うふふふ。ごめんなさいね」

「もう……」

綾香はぷっくりと頬を膨らませながら、清子と一緒に編み物を続ける。

東條家の日常に晴翔が微笑んでいると、肩にバスタオルを掛けた修一がリビングに入って来た。

「一番風呂を頂いちゃったよ。おや? おかえり晴翔君」

「ただいま修一さん」

「次、お風呂入るかい?」

修一がそう言うと、涼太が晴翔の手を引っ張った。

「おにいちゃん、一緒に入ろう!」

瞳を輝かせてグイグイと誘ってくる涼太に、晴翔は笑いながら頷く。

「いいよ。一緒に入ろうか」

「やったー! 僕水鉄砲持ってくる!」

涼太はハイテンションのままズダダダダッ! とリビングから姿を消す。そんな彼の後ろを晴翔はゆっくりと付いて行った。

その後、晴翔はお風呂で涼太と遊び、お風呂から上がった後は修一から将棋の勝負を持ち掛けられたりと、賑やかで温かい東條家での日常を過ごす。

そして、夜も遅くなりそれぞれが部屋に戻り就寝の準備をする時間となる。

晴翔は、借りている涼太の部屋をそっと出ると、その隣の綾香の部屋をノックした。

「晴翔? 入って」

彼女の返事を確認してから、晴翔は綾香の部屋の中に入る。

「今日の雫との話をしようと思って」

「うん」

綾香は小さく頷くと、ベッドに腰を降ろし晴翔を見上げる。その視線を受けて彼も彼女の隣に腰を降ろした。

「……綾香は、雫から聞いてたんだよね。その、俺のこととか……」

「うん、でもそれでも雫ちゃんは私と仲良くしたいって言ってくれて」

「そっか……」

「雫ちゃんってさ、凄く強くて格好良いよね」

「そうかも」

綾香の言葉に、晴翔はふっと笑みを浮かべて俯いた。

そんな彼を綾香は柔らかく見詰める。

「雫ちゃんとはお話できた?」

「うん、できたと思う」

「よかった」

晴翔の返事に、綾香はふんわりと笑みを浮かべる。

雫との友情を信頼している彼女は、どんな話をしたのか一切晴翔に聞こうとしない。そんな綾香の対応に、晴翔は俯いていた顔を上げて彼女を見た。

「雫には、俺が好きなのは綾香だけだって、そう伝えたよ」

晴翔がそう言うと、綾香の表情が複雑に変化した。

彼の言葉に対する嬉しさと、雫に対する気遣いの気持ち。その二つが入り交じった表情を浮かべた綾香は、少しの時間、無言で自分の膝を見詰めた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「雫ちゃんはなんて?」

「鈍感ニブチン朴念仁から鈍感ニブチン野郎に昇格だって言われたよ」

「うふふふ。雫ちゃんらしいね」

「そうだね……あのさ綾香」

「ん?」

晴翔が名前を呼ぶと、綾香は首を傾げながら彼と視線を合わせる。

「日曜日は、みんなで楽しもうよ。涼太君も連れて行って、みんなで」

晴翔がそう言うと、綾香は僅かに申し訳なさそうに目を伏せた後、ニッコリと笑って頷いた。

「そうだね! 日曜日は遊園地を目一杯楽しもうね!」

綾香も、そして雫の想いを知った晴翔も、日曜日の遊園地を心から楽しむことが、雫が一番望んでいることだと理解した。

綾香は笑みを保ったまま、晴翔の方へと身体を傾ける。

「そうだ。ちゃんと事前に行動パターンを想定してないと、当日なにも出来ずに終わっちゃう!」

「え? 行動パターン?」

「うん。最初になんのアトラクションに乗るのかとか、お昼ご飯はどこで食べるとか」

「たしかに、それは事前に決めといたほうがいいね」

「うんうん。それと、涼太が急にトイレに行きたくなった時のロスタイムの計算と、そのリカバリー方法とか、メインのアトラクションが想像以上に混んでいる時とか、逆に空いてる時のパターンとか。あ、パレードの時の人の動きもシミュレーションしとかないと!」

「シミュレーション……そこまで?」

予想以上の意気込みを見せる綾香に、晴翔は表情を引き攣らせる。

「そうだよ! 夢の国はそんなに甘い所じゃないよ!」

「夢の国なのに?」

「夢の国だからだよ!」

ふんすっ! と気合いを入れてスマホで情報収集を始めた彼女に、晴翔は苦笑を浮かべつつ一緒に夢の国の情報収集に勤しんだ。

「やっぱり始発で夢の国に向かわないとダメだよね。咲と雫ちゃんにも相談しよっと」

「涼太君起きれる?」

「起こす!」

「あははは……」