軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十七話 雫ちゃんMk2

「綾香と雫の二人はどこ行ったんだ?」

晴翔は生徒玄関で二人の姿を探す。しかし、玄関ホールには帰宅しようとする生徒の姿がチラホラ見えるだけで、綾香も雫もどこにもいない。

突然、綾香が日曜日の遊園地に自分は行かない方がいいと言い出し、それを聞いた雫が「面を貸せ」と彼女の腕を掴んで足早に立ち去ってしまった。

そんな雫の背中は『ついてくんな』という無言のオーラを発していて、晴翔は二人の後を直ぐに追いかけることが出来なかった。

「日曜日の遊園地、綾香はなにを思って……」

晴翔はここ数日の彼女の様子を思い返して、なんであんな発言をしたのかを考える。

「特に変わった様子はなかったと思うけど……いや、たまに考え込んでる時もあったか?」

一緒に家で過ごしている時は、普段と変わらないように見えた。しかし、いま思い返せば、時折何かに悩んでいるような素振りも見せていたかもしれない。

「このタイミングで悩むってことは、雫とカズ先輩のことだよな……」

晴翔は取り敢えず外靴から上履きに履き替え、玄関ホールの壁に寄って考え込む。

綾香はかなり優しい性格をしている。もしかしたら、その優しさから雫と石蔵の関係について気を遣い過ぎているのかもしれない。

「でもなぁ……それだけにしては、顔付きが深刻だったような……」

彼女は、自室の部屋の本棚を恋愛漫画や恋愛小説で埋め尽くすほどに恋愛ごとが好きなはずだ。

友人の恋愛を茶化したりするような性格ではないが、あれほどまで深刻な表情をするとは思えない。

「う~ん、わからん……」

晴翔はまったく答えが出そうにない問題に頭を悩ます。

そこに、両手一杯に大きな段ボールを抱えた教員がやって来た。

「お! 大槻じゃないか! もう帰りか? もし急ぎじゃなかったら、この荷物を運ぶのを手伝って欲しいんだが」

「あ~……はい。いいですよ」

「そうか! 助かるよ」

晴翔は綾香と雫のことを考えて一瞬迷う。しかし、二人がどこに行ったのか見当がつかないし、このまま一人悩んでいても何も答えは出そうにない。

そう判断した晴翔は、教員に協力することにした。

「じゃあ、大槻はこっちの段ボールを物理準備室まで運んでくれ、俺はこれを生物実験室に運ぶから」

「わかりました」

「頼んだ。あ、教室の鍵は開けてあるから、荷物置いた後も開けたままにしておいてくれ」

「わかりました」

晴翔は、教員の「いやー助かるよ」という言葉に笑顔で応え、任された荷物を両手で抱えて物理準備室へ向かう。

そして、教室の前に着き扉を開けようとした瞬間、中から声が聞こえてきた。

『アヤ先輩の心配はただの自己満足です。確かに私はハル先輩が好きです。それはいまも変わりません。でもアヤ先輩はハル先輩と別れない。じゃあ、どうやってもアヤ先輩は私を傷付けることになります』

『でも、大切な友達を傷付けるのは……』

『その考えが私は嫌いです。私はアヤ先輩に傷付けられたとしても、それは仕方のないことだと思っています』

その声が聞こえた瞬間、晴翔は身体が硬直してしまった。

教室の中から聞こえてくる声は、明らかに雫と綾香の二人の声だ。

そして、そんな二人の会話の中に、彼にとって衝撃的な内容が含まれていた。

「雫が……俺を……?」

予想だにしていなかった雫の真実に、晴翔は様々な思考が入り乱れて混乱する。

またいつものように、雫なりの冗談を言っているのかもしれない。そう思ったが、その考えを晴翔はすぐに否定した。

幼い頃から長い時間を共に過ごしてきた晴翔は、雫の声のトーンで本気で言っているのか、冗談なのかをある程度判断できる。そして先程聞いた雫の言葉は、とてもわかりやすい程に真剣な声だった。

でもいつから? なぜ? きっかけは?

晴翔の頭の中に次から次へと疑問が湧き上がってくる。

その時、教室の中から雫のハキハキとした声が聞こえてきた。

『ふん! いいですかアヤ先輩。私はハル先輩が好きです。そしてカズ先輩に告白されて戸惑ってます。でもそれは全て私自身の問題です。もし、一杯一杯になって助けが必要になったら、私から先輩にSOSを出します。そして愚痴り倒します。それまでは、アヤ先輩は大人しく黙って見守っていてください。これが私の要望です。以上!』

『わかった。もし雫ちゃんがSOSしたら全力で話を聞くからね』

会話を締めくくるような二人の会話。

そして近付いてくる足音。

晴翔はそれを聞きながら、どうすることも出来ずにその場に立ち尽くす。

やがて、物理準備室の扉がスライドし、綾香と雫が姿を現した。

綾香は晴翔の姿を見た瞬間、驚きで目を見開いて固まる。

そんな彼女の少し後ろにいた雫は、綾香と同様に目を見開き晴翔を見る。そして、ポツリと呟いた。

「ハル、先輩……聞こえてました?」

雫の呟きに、晴翔はハッと我に返り慌てて頭を下げた。

「ご、ごめん! 先生に頼まれて教材を運んできたんだけど、中から二人の声がして――」

「どこから聞いてました?」

雫は晴翔の言葉を遮り問い掛ける。

その声は、無理矢理感情を抑え込むように無機質で、そして小さく震えていた。

「ハル先輩は、どこから聞いてたんですか?」

「それは……綾香の心配が自己満足だってところから……ごめん雫、盗み聞きをしてしまって、俺は――」

「ハル先輩!」

雫は再度、晴翔の名を呼び彼の言葉を遮った。

彼女は若干俯いたまま、いつも以上の無表情で口を開く。

「ラーメン、奢ってください」

そう言ったあと、雫は綾香の方を向く。

「アヤ先輩。今日だけ、ハル先輩を貸してください。寝取ったりはしないので」

「う、うん」

綾香は彼女の心情を察して、大きく頷いた。

「ということでハル先輩、ラーメン奢ってください。問答無用で奢ってください」

「……わかった。綾香、申し訳ないけど、ばあちゃんに今日は夕飯要らないって伝えてくれる?」

「わかったよ。清子さんに言っておく」

晴翔は綾香に伝言を頼むと、雫と二人でラーメン屋へと向かった。

ラーメン屋へと向かう道中、晴翔はいつもより速い速度で歩く雫の後を無言で付いて行く。

彼女がどこのラーメン屋に向かっているのか、そんなことを聞けるような雰囲気ではなく、ただただ無言で歩く雫の背中を見詰める。

晴翔の頭の中では、ずっと雫の言葉が繰り返されていた。

『私はハル先輩が好きです』

晴翔は彼女の気持ちに全く気付いてあげることができなかった。

気付くことなく、彼は綾香を好きになり、恋をして、恋人になってしまった。

綾香と恋人になったことに後悔はない。きっと、雫の気持ちを知っていたとしても、自分は綾香と恋に落ち、そして恋人になりたいと思っていただろう。

晴翔は自分の気持ちを見つめなおして、綾香との関係について自分の想いがハッキリしていることを自覚する。それと同時に、雫に対しての申し訳なさも込み上げてくる。

綾香と恋人になりたいという気持ちは変わらなかったはずだ。しかし、雫の気持ちを知らなかったばかりに、どれだけ彼女に対して辛い思いをさせてしまったのか……。

晴翔は、幼い頃からずっと隣にいてくれた少女の背中に視線を向ける。

二人は会話の無いまま、とあるラーメン屋に辿り着いた。

雫は無表情のまま振り返り、ラーメン屋の 暖簾(のれん) を指差す。

「ここのラーメンが食べたいです」

雫が指定したラーメン屋は、かつて二人が夏休みの間に食べに来たラーメン屋だった。

このラーメン屋で、晴翔は雫に綾香と恋人の練習をやっていることがバレて、更に彼自身の綾香に対する想いまでも暴かれて、説教された場所である。

「わかった。じゃあ入ろうか」

晴翔は、ラーメン屋の暖簾を一度見た後、頷いてその暖簾をくぐった。

彼は入り口に設置されている食券機の前で、雫に尋ねる。

「雫はなにを食べる?」

「……遠慮しませんが、いいですか?」

「あぁ、食べたいものを頼んでくれ」

「わかりました。では、容赦なくいきます」

そう言うと、雫は通常のラーメンよりもワンランク上のプレミアムと書かれたラーメンを選ぶ。さらに、彼女は当然のように大盛を選択した。

雫は迷いのない指さばきでトッピングも追加していく。

チャーシューはもちろん、海苔に味玉、ほうれん草と白髪ネギ、極めつけのうずらの卵とフルトッピングをしたあと、餃子とライスを選んでフィニッシュした。

食券機に表示された金額に晴翔は苦笑を浮かべながら、自分はチャーシューラーメンを選択して、注文を確定し食券機にお札を投入した。

食券を買ってカウンター席に並んで座る晴翔と雫。

食券を取りに来た店員は、雫の注文を見て目を見開く。

「あ、えと……ラーメンのお好みはありますか?」

「硬め、濃いめ、多めで」

雫は店員に食い気味でお好みを伝える。

「自分は硬め、濃いめで」

晴翔も雫に続いて好みを伝えた後、席を立ってセルフサービスになっている水を雫のも合わせて持って来る。

「はい、お冷」

「どもです」

雫は素直に晴翔から受け取ると、そのコップに入っている水をジッと見詰める。

「……ハル先輩は覚えてます? ここで私が先輩にお説教した事を」

「あぁ、確か女心がわからな過ぎるって怒られたっけ」

「あと、ここではじめて鈍感ニブチン朴念仁って言いました」

「そう言えばそうだったな」

このラーメン屋で、晴翔は雫に『東條先輩が恋人の練習を提案してきたのは、ハル先輩に振り向いて欲しいからだ』と説教された。

いまになって思うと、あの時の雫の言い分がどれほど正しかったのか痛感させられる。

「ほんと、ハル先輩はダメダメ男です」

「……だな。すまなかった」

「謝ることではないです。ハル先輩は鈍感ニブチン朴念仁ですけど、別に悪いことはしていないので」

「そっか……」

「はい」

その後、注文したラーメンが来たので、二人は無言でラーメンを食べ始めた。

晴翔は何度か麵を啜ったあと、横目で雫を見る。

彼女はフルトッピングの大盛ラーメンを一心不乱に啜りながら、合間にライスと餃子も頬張っていく。

豪快な食べっぷりを見せる彼女の姿に、晴翔は目を細めた後、ゆっくりと自分のラーメンを食べる。

やがて、もう少しで二人とも食べ終わるという時、ボソッと雫が呟くように晴翔に質問してきた。

「ハル先輩?」

「ん?」

「もし……もしあの時、私がここで……」

雫は何かを言いかけるが、その途中で一旦口を閉じ、ラーメン鉢に残っているスープを黙って見詰める。

二人の間に無言が流れること数秒。やがて雫は再び口を開いた。

「あの時、私が告白していたら、ハル先輩はどうしていたですか?」

静かな声音で問い掛けてくる雫に、晴翔は軽く目を閉じる。

その瞼の裏には、これまでの彼女との思い出が走馬灯のように流れてきた。

幼少の頃から一緒に過ごしてきた雫。

石蔵を含めた三人の関係は兄妹のようであり、両親を失った晴翔には、とても大切でかけがえのないものだった。

晴翔にとって堂島雫という女の子は、特別な存在である。

長い付き合いで気の許せる親友であり、その距離感は家族同然である。雫は愛すべき妹のような存在だった。

晴翔は閉じていた目を開け、ゆっくりと雫の方を向いて応えた。

「あの時、俺はもう綾香を好きになっていた。恋に落ちていた、だから……」

雫は大切で特別な存在である。しかし、それは家族に向けるのと同様の感情であった。

晴翔は雫が好きである。愛情のような感情を抱いているという自覚もある。だがそれは、家族のような存在に対する感情であった。

綾香に対して感じる恋慕の情とは明らかに異なる感情である。

「雫の告白には応えられなかっただろうな。俺が好きなのは、綾香だよ。綾香だけが、好きなんだ」

晴翔はハッキリと明言する。

雫が大切な存在だからこそ、彼女の目を見て断言する。

他の選択肢が思い浮かばないように、強く言い放った。

晴翔の言葉を受け取った雫は、少しの間何を考えているのかわからない無表情で、晴翔のことを見詰め返す。

そして、無表情を崩してニッコリと笑った。

「成長しましたねハル先輩。鈍感ニブチン朴念仁から、鈍感ニブチン野郎に昇格です」

「ありがとう」

晴翔は雫にお礼を言うと小さく微笑んだ。

その後、ラーメンを完食した二人は店の外に出た。

「ふぅ、食った食ったです」

雫は自分のお腹をさすりながら満足気に言う。

「ハル先輩、ゴチです」

「どういたしまして。ここのラーメンは美味しいから、今度皆でまた来ようか?」

「む? ここは私とハル先輩の逢瀬の場にしなくていいんですか?」

いつもの冗談を飛ばしてくる雫に、晴翔は苦笑する。

「なんだよ逢瀬って、綾香に怒られるわ」

「怒ってくれているうちが、幸せなんですよ」

「やめろ。その熟年離婚を目前にした人みたいな発言は」

普段と変わらない様子の雫に、晴翔は笑みを浮かべながらツッコミを入れた。

雫は「ふむ」と小さく頷いて空を見上げる。

「家系ラーメンを食べた後に吸う外の空気は、格別に美味しいです」

「確かにな」

「……ハル先輩、一つお願いしても良いですか?」

「あぁ、いいよ」

「じゃあ、ちょっと腹に力込めといてください」

「ん? わかった」

晴翔は雫に言われた通り、腹筋に力を入れる。

「力込めました?」

「あぁ」

「じゃあ、いきますよ?」

そう言ったあと、雫は「ふぅ」と細く息を吐き出した。

急に彼女のまとう雰囲気が変化し、それを感じ取った晴翔は反射的に本気で腹に力を込めて防御態勢を取った。

突如、空手家のオーラを放ち出した雫は、そのまま腰を落とし目にも留まらない鋭さで拳を突き出してきた。

「雫エクスプロージョンッ!!!!」

「ぐふっ」

謎の必殺技を叫ぶ雫。

彼女の拳は、寸分違わず晴翔の腹筋にクリティカルヒットする。

事前に彼女から警告されていたこともあり、晴翔はなんとか『雫エクスプロージョン』を受け止める。しかし、幼い頃からの生粋の空手少女である雫の正拳突きは相当な威力であり、晴翔は両手で腹を抱えてその場に蹲る。

「う……さすが雫、相変わらず凄い威力だ……」

空手道場では、体格差が大きくなってきた中学生辺りから、雫とは組手をやらなくなってしまった。

そんな晴翔は、久しぶりに喰らった彼女の攻撃を賞賛する。

対する雫は「むん!」と胸を張って堂々と宣言をする。

「今この瞬間、私は新たに生まれ変わりました! 雫ちゃんMk2ニューボーンです!」

「雫ちゃんMk2?」

晴翔は腹を手で押さえながら、雫の謎発言に首を傾げる。

「そうです! 雫ちゃんMk2の使命は、凶悪強大な魔王の討伐です!」

そう言ったあと、雫は晴翔に右手を差し出してきた。

「魔王討伐には仲間が必要です。ハル先輩、これから魔王と壮絶なバトルを繰り広げる私の仲間になってくれますか?」

雫のその言葉に、晴翔はニッと腹の痛みを押さえて笑う。

「もちろんだ、どこまでも付いて行くよ勇者様」

「ふふ。ではこれからも、よろしくです」

晴翔は雫の手を握ると、固い友情の握手を交わした。

「あ、ちなみに私は勇者じゃなく雫ちゃんMk2です」

「え? 魔王と戦うのは勇者だろ?」

「違います。私は雫ちゃんMk2です」

「……そこは譲れないんだな」

「譲れません」