軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【書籍3巻&コミック1巻発売】番外編.よき夫の条件

ときどきルシアンは、肩を落として床を見つめていることがある。

マルグリットがそばにいるときには出さないようにしているが、たとえばともに仕事をしていたマルグリットが資料をとるために部屋を出て、それから戻ってきたときなどに、頭の上にどんよりと雲を作っていることもある。

マルグリットがド・ブロイ家に嫁いできたばかりのとき、ルシアンは彼女に冷たい態度をとった。

それは様々な誤解や行き違いが原因であり、やがてルシアンはマルグリットの健気な姿に心打たれ、彼女を愛するようになったのだが、そのことを思い出すとどうしても後悔のあまりしゅんとしてしまうらしい。

そういうときのルシアンは、いつもならマルグリットを軽々と抱きあげてしまう体を小さく縮め、うなだれている。

(まるで大きな犬が叱られたときみたい……)

マルグリットのほうは、当時からルシアンの態度を気にしていなかった。

なのでそこまで落ち込むこともないと思うのだが、ルシアンはそうはいかないらしい。

自分のことを想ってくれているからこそ、ルシアンは過去の行為を後悔しているわけで。

笑って「気にしないでください!」と肩を叩くのもたぶんなにか違う。

悩んだすえに「ルシアン様」と声をかければ、ルシアンは顔をあげて普段どおりにふるまってくれるのだけれども。

(どうしたらいいのかしら)

マルグリットが首をかしげつつ歩いていたときだった。

わあん、と子どもの泣き声がした。使用人の全員を把握しているマルグリットは、それが近ごろ入ってきた下働きの少年だということを知っている。

公爵家へ奉公にあがるということ自体にプレッシャーを感じている彼は、ミスをしては叱られることもしばしば。

大丈夫かしらとキッチンを覗き込んだマルグリットは、泣いている少年の前に立つアンナを見つけた。

アンナは少年の頭を撫で、それからしゃがみ込むと、まだ小さな体をやさしく抱きしめた。

ぽんぽんと背中を叩かれて、少年の泣き声がやむ。

アンナはなにかを言い聞かせているようだが、囁き声はマルグリットの耳には届かない。でも、たとえば、自分も奉公にあがったばかりのときは失敗をしたものだ、とか。そういうことを言っているのかもしれない。

(……なるほど?)

なにかヒントを得たような気がして、マルグリットはそっとその場をあとにした。

数日後。

テラスを通りかかったマルグリットは、秋らしい澄んだ晴天を見上げながらルシアンがまたどんよりと頭の上に雲を作っているのを発見した。

(よし!)

足音を忍ばせ、マルグリットはルシアンに近づく。

あと数歩のところで気配を感じたルシアンは振り向いたけれども、

「マルグリット?」

ルシアンが動く前に、マルグリットはぎゅっとルシアンの背に腕をまわした。

両手で力いっぱい抱きしめたあと、あやすように背中を叩く。

ルシアンは一瞬目を見開いたものの、マルグリットが自分の落ち込みを振り払おうとしてくれているのに気づき、目を細めた。

マルグリットの背中にもルシアンの腕がまわる。

肩にこつんとルシアンの額があたった。

「……以前の俺は、よい夫とは言えなかった」

顔を伏せたままのルシアンの低い声が、マルグリットの耳に届いた。

「ルシアン様」

「君が気にしていないことはわかっている。それでも俺が誤った思い込みを捨てれば、もっと早く歩みよれたとも思う。だから、俺は」

ルシアンが顔をあげた。まっすぐに見つめられて、マルグリットの頬がじわりと赤くなる。

「君にふさわしくあるよう、君のよき夫になれるよう、せいいっぱい努力する」

「……はい」

今度はマルグリットが抱きしめられた。いや、縋りつかれているのかもしれない。

そのくらいルシアンのまなざしも声色も真摯なものだった。

強く愛されているということが、ようやくマルグリットにも実感を伴うようになってきている。

だから頬はますます赤くなってしまう。

「ルシアン様、わたしは幸せです」

表情をつくろいきれなくなった顔をルシアンの胸に伏せ、マルグリットは小さく呟いた。