軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

完.憧れの光景

ド・ブロイ領の屋敷は小高いところにあった。なるべく外を見るなと言い渡されていたマルグリットは言いつけどおり馬車の窓を覗かず、屋敷についたときにも下を向いていた。

「目を閉じていろ」

ルシアンの声は悪戯をする子どものように弾んでいる、とマルグリットは思った。

目を閉じたまま手を引かれ、ある一室へと招き入れられる。

カーテンの開く音。

風に乗って流れてくる潮の香りが、マルグリットの期待を掻き立てる。

「もう目を開けていいぞ」

笑いを含んだルシアンの声に、目をひらき――。

「まあ……!!」

見渡す限りの海原に、マルグリットは感嘆の声をあげた。

バルコニーのあるその部屋は、小さな浜辺へとつながっていて、階段の前にはマルグリットのためのサンダルも用意されている。

「行ってもいいのですか?」

「ああ。水に触りたいだろう」

はしたないと気にする暇もなく、マルグリットはスカートの裾をつまむと砂浜を歩いてゆく。

サンダルから入り込むさらさらの砂がくすぐったくて気持ちがいい。

エメラルドを敷き詰めたような海の水の色は、しばらくゆくと深くなるようで、空の青と見分けがつかなくなる。

「これが、海……」

見渡す限りなにもない。あるのは海と空だけ。

波音にあわせて、心が洗われていくようだ。

自分はなんてちっぽけなのだろうとマルグリットは思った。

「! 見てください、小魚が!」

波間に赤や黄の背を見つけ、マルグリットはルシアンをふりむく。

「餌もあるぞ」

ルシアンが合図すると、アンナが小箱を持って現れた。

ぱっと撒けばすぐに魚たちが集まってくる。その中の一つに触れようと、マルグリットは手をのばし、

「!? 指を噛みました!」

「ああ、餌と間違えられたのだろう。どれ」

驚いてひっこめた手をルシアンにとられる。赤くなった指先をじっと見つめられ、触れ合った手にマルグリットの鼓動がどきりと鳴った。

互いの気持ちを確認し合い、晴れて両想いとなったものの、こうして触れ合うことにはまだ慣れていない。

まるで今にも壊れてしまいそうなもののように、ルシアンはマルグリットを扱うから。

「これなら大丈夫そうだ」

「?」

首をかしげるマルグリットに、ルシアンはふと笑うと、ポケットから小箱をとりだした。

「本当は明日渡すつもりだったのだがな。薬指をかじられでもしたら大変だ」

「これは……」

小箱に収められていたのは、揃いの指輪。派手な装飾こそないが、波のようなデザインが澄んだ青サファイアを引き立てている。

「最初の結婚式がああだったから……渡しそびれていた」

動けずにいるマルグリットの薬指へ、ルシアンは指輪をはめた。

王家からの列席者を得、正式な宣誓を行ったために、婚礼の式自体をやり直すことはできない。だが、あのときに省かれた愛の誓いは、先日ノエルの前でなされた。

(まさか俺がこんなものを望むとはな……)

妻と二人で、証を持っていたいなどと。

自分の変わりようにはルシアン自身が驚いているくらいだ。

それも、相手がマルグリットであったからこそ。

「さあ」

マルグリットのものよりふたまわりは大きいだろう指輪が手のひらに落とされる。

震える手でそれを捧げ持ち、顔をあげれば、ルシアンが目を細めてほほえんでいる。

近ごろのルシアンはよく笑うようになった。

ルシアンはこうして、ことあるごとにマルグリットへの愛情を示してくれる。それこそ、マルグリットが不安になる暇がないほどに。

おそるおそるとルシアンの薬指に指輪を通しながら、ルシアンの左手を支える自分の手にも同じ指輪が光っているのを見て、マルグリットは頬を赤らめた。

(幸せだわ)

一年前には思ってもみなかった幸福だった。

だがもう、怖いとは思わない。自分に相応しくないとも思わない。ルシアンのおかげで、マルグリットは少しずつ我儘も言えるようになった。

「明日は船に乗ろう。運がよければクジラが見られる。船の上で夕日を見ながら食事もできる」

「素敵な日になりますね。……ルシアン様」

ルシアンに身を寄せ、マルグリットはほほえみを浮かべる。

「ずっといっしょにいてくださいね」

「当然だ。――君は俺の妻なのだから。マルグリット」