作品タイトル不明
予想外の乱入者
水の中というのは、不思議な場所だ。 音が鈍く遠くに響き、視界は青く染まる。 「海猫の飴玉」のおかげで呼吸は地上と変わらないし、何より身体が軽い。 水の抵抗が嘘のように消え、指先一つ動かすだけで、すぅーっと体が前に進む。
「わぁ……。空を飛んでいるみたいですね」
私は水底を蹴って、くるりと回ってみる。 外套がヒラヒラと舞うけれど、重さは全く感じない。 重力から解き放たれたこの浮遊感。癖になりそうだ。
「リィア殿、あまり離れるなよ! 迷宮の水流は変わりやすいからな!」
先頭を泳ぐルーさんが、心配そうに声をかけてくる。 さすが本職、彼らの泳ぎは魚みたいに滑らかで力強い。 太い尻尾が舵の役割を果たし、迷いのない動きで進んでいく。
「はーい、気をつけます」
私はふわりと着地し、周囲を見渡す。 色とりどりの珊瑚が森のように広がり、その間を小さな発光魚たちが群れを成して泳ぎ回っている。 地上では見られない、幻想的な光景。 これを見るだけでも、ここまで来た価値があるというものだ。
「……ん? ルーさん、あれ何ですか?」
私は岩陰に張り付いていた、黒くて大きな二枚貝を指差した。 見たことのない貝だ。
「ああ、あれは『オオグチカガミガイ』だ。殻が硬くて、並のナイフじゃ傷一つ付けられんし、吸着力も強い。だから誰も採っていかないんだ」
「へぇ……。硬度が高いんですね。殻は防具の素材になりそうですし、中身も何かに使えそうです」
「お前さん、本当に研究熱心だな……」
「知らないものを見つけると、ワクワクするじゃないですか」
私はポーチからナイフを取り出すのではなく、素手でガシッと貝を掴み、そのまま引っこ抜いた。 ずしりと重い。
「素手で引っこ抜いたのか…!?」
ルーさんが若干引いている。
「…いや、素手のほうが掴みやすかったんですよ!とりあえず、サンプルとして確保しておきます。あとで味も確かめてみないと」
「結局食べるのね……」
エリスが呆れたようにツッコミを入れてくる。
「何言ってるんですかエリスさん。未知の生物を知るには、五感全てを使うのが基本です」
「はいはい。……っと、来るわよ!」
エリスの声が鋭くなる。 珊瑚の影から、銀色の魚の群れが飛び出してきた。 槍みたいに尖ったヒレを持った魚たちだ。
「迎撃するぞ! ザグ、ミウ!」
「おうよ!」
ルーさんの号令で、リザードマンたちが散開する。 ザグさんが大斧を振るい、水の壁を作って突進を受け止め、その隙にミウさんが短剣で横から切り裂く。 水の中なのに、陸の上より動きがいい。彼らにとっては、ここがホームグラウンドなのだ。
「すごっ……。みんな速い!」
「へへっ、水の中なら負けねぇよ!」
ザグさんがニカっと笑う。 私も負けてられない。 一匹が射線をくぐり抜け、こちらへ向かってきた。
「―― 強化(エンハンス) 」
魔力を練り上げ、水を蹴る。 飴玉の効果で水の抵抗はない。 私は魚雷のような速度で加速し、すれ違いざまに拳を叩き込んだ。
ドンッ!
水中特有の鈍い衝撃音が響き、魚が吹き飛んで珊瑚に激突する。 ビクビクッと痙攣して、粒子になって消えた。
「ふぅ。抵抗がない分、スピードが乗りますね。これなら地上より速く動けるかも」
「水の中でその動き……反則じゃないかしら」
エリスが苦笑しながら剣を納めた。
◇
しばらく水中進むと、少し開けた空間に出た。
「……しっ。静かに」
ルーさんが手を挙げて合図する。 私たちは息を潜めて、岩陰からそっと覗き込んだ。
そこは、天井からの光がスポットライトみたいに差し込む、開けた場所だった。 珊瑚の隙間を、キラキラ光る魚たちが泳いでいる。 透き通った身体に、虹色の骨格。
「いた……水晶魚だ」
「きれい……。本当にガラス細工みたいですね」
私は思わず見惚れてしまった。 魔力を帯びて輝くその姿は水の中ではいっそう輝いて見える。
「リィア、よだれ出てるわよ」
「出てません!…どうします? 石でも投げますか?」
「いや、奴らは敏感だ。少しでも水流が乱れると、すぐに逃げちまう。慎重に……」
ルーさんが指示を出そうとした、その時だった。
ズズズズズ……。
突然、地響きがして水底が揺れた。 激しい水流が巻き起こり、水晶魚たちが一斉に逃げ出してしまう。
「あれ、全部逃げちゃいましたけど……」
「クソッ、なんだ今の揺れは!」
ルーさんが舌打ちをする。 その直後、目の前の砂地が爆発したように舞い上がって、巨大な影が現れた。
それは、見上げるほど巨大なクラゲだった。 半透明の傘は小屋くらいあるし、無数の触手がビリビリと電気を帯びて青白く光っている。 中心には、赤黒い塊がドクンドクンと脈打っていた。
「な、なんだあれ……」
ザグさんが悲鳴みたいな声を上げる。
「ルーさん、あれ知ってますか?」
「い、いや知らん! 長年ここに通ってるが、あんな化け物は見たことがないぞ!」
「えっ、知らないんですか?」
ルーさんたちが知らない魔物。しばらく見ない間に、生態系が変わったのだろうか? それとも……。
「……特殊個体、かもしれませんね」
私の言葉に、みんなの顔が引きつる。 クラゲがブクブクと泡を撒き散らしながら、触手を鞭のように振るってきた。
「散開! まともに食らったら感電するぞ!」
ルーさんの叫び声に合わせて、みんなが散らばる。 ザグさんが斧を叩きつけるけど、クラゲの体はプニプニした粘液に覆われていて、刃が滑って弾かれた。
「ど、どうするリィア殿! こいつは相性が悪すぎる! 一旦逃げるか!?」
ルーさんが焦ったように叫ぶ。 でも、私は首を横に振った。
「いいえ。逃がしませんよ。あんなに珍しい個体、逃したら二度と会えないかもしれません」
私はポーチからポーションを取り出して、一気に飲み干す。 カーッと身体が熱くなる。
「それに、あいつを倒さないと水晶魚も戻ってきませんからね!」
「そこかよ!」
エリスがツッコミを入れるけど、私の目はもう敵の核を捉えていた。
「皆さん、奴の注意を引いてください! 数秒でいいです!」
「……っ、もう! 信じるからね!」
エリスが覚悟を決めて、わざと敵の正面に飛び出す。 ルーさんたちも続いて、一斉に攻撃を仕掛けた。 クラゲの触手が、彼らに殺到する。
今だ。
「―― 強化(エンハンス) !」
私は水を蹴った。 抵抗のない水中を、弾丸みたいに突っ込む。 クラゲが私に気づいて、触手の束を盾みたいに展開した。 隙間から、毒針が飛んでくる。
(避けない!)
ビリビリして痛いけど、そんなの関係ない。
走りながら治す。 毒も傷も、ダメージを受けた端から再生させて、速度を緩めない。
目の前には、プニプニしたゼリーの壁。 その奥に、赤黒い核が見える。
「見えましたよ、急所!」
右腕に、ありったけの魔力を込める。
「邪魔ですッ!!」
ズドォォォォンッ!!
思いっきりぶん殴る。
衝撃波でクラゲの巨体が波打って、次の瞬間、パンッ!と弾けた。
ザアァァァ……。
水流が落ち着いて、静かになる。 私の目の前には、何もなくなった空間と、キラキラ光る青い宝石が浮いていた。
「……ふぅ。いい手応えでした」
私は手を軽く振って、痺れを散らす。
後ろを振り返ると、ルーさん達が呆気にとられた顔をしている。
「……おい。今の、何だ?」
ザグさんが呆然と呟く。
「何って、殴っただけですけど?」
「殴っただけって……あの化け物をか……?」
私は苦笑いしながら、浮いているドロップアイテムを拾い上げた。 拳大の、透き通った青い石だ。
「……綺麗な石ですね」
私はモノクル越しに、その石を覗き込む。 内部には、液体のような魔力が渦を巻いているのが見えた。 見たことのない構造だ。
「ルーさん、これに見覚えは?」
「いや、ないな。あれだけの大物から落ちたモノだ、相当希少ではあると思うが…」
「そうですか。……未知の素材、ということですね」
私は青い石をポーチにしまい、ふと岩陰に目を向けた。 さっき逃げた水晶魚たちが、恐る恐る顔を出しているのが見えた。 脅威が去ったと理解したらしい。
「おおっ! 水晶魚だ!」
ミウさんが声を上げる。
「よかった。これで村の薬も確保できそうですね」