軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

攻略の鍵

転移魔法陣の部屋に着いた私たちは、さっと陣の上に飛び乗る。

ブォン、と低い音が鼓膜を揺らした。

転移の浮遊感は一瞬。 次に足裏が地面を捉えたときには、肌を撫でる空気ががらりと変わっていた。

「……ふぅ。何度使っても、この転移の感覚には慣れないわね」

隣でエリスが軽く頭を振っている。 私は平気な顔で、石造りの広間を見回した。

「そうですか? 私は嫌いじゃないですよ。一瞬で世界が変わる感じがして」

「あんたは三半規管までおかしいのよ」

軽口を叩きながら転移の間を出ると、そこは相変わらずの活気に満ちていた。 ただ、以前来た時とは少しだけ空気が違う。 すれ違う冒険者たちの顔に悲壮感や焦燥感がなく、どこか明るい期待の色が浮かんでいるのだ。

「……第20階層が開通したおかげだな」

私の後ろを歩いていたガ・ルさんが、低い声で唸るように言った。 彼の太い尻尾が、ご機嫌そうに左右に揺れている。

「番人が倒されたことで、深層への道が開けた。冒険者たちも、新しい獲物を求めて色めき立っているんだろう」

「なるほど。誰が倒したかは知りませんが、感謝されているようですね」

私がすっとぼけると、エリスが横で「ぷっ」と吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。 脇腹をつついて黙らせる。

「さて、ガ・ルさん。ここから第21階層まではどう行きますか? 案内をお願いできますか?」

「ああ、任せろ。我々の足なら半日もかからん。……だが、その前に一つ確認しておきたいことがある」

ガ・ルさんが足を止める。

「第21階層は『水没エリア』だ。文字通り、階層の半分以上が水に浸かっている。足場は悪いし、水晶魚の巣は水中の洞窟にある。……リィア殿、泳ぎには自信があるか?」

「泳ぎ、ですか」

私は顎に手を当てて少し考える。

「犬かきくらいなら、まあ人並みには」

「い、犬かき……!? それでは話にならん! 水中戦闘もあるんだぞ!」

ガ・ルさんが頭を抱えた。 鱗のある顔が、困惑で歪んでいる。

「エリス殿はどうだ?」

「私? 私は無理よ。鎧を着て泳ぐなんて自殺行為だし、そもそも息が続かないわ」

エリスがあっけらかんと答える。 後ろに控えていた二人のリザードマンたちも、「終わった」という顔で天を仰いだ。

「なんと……。これでは案内どころか、入り口で立ち往生ではないか……」

沈み込むリザードマンたち。

「大丈夫ですよ。道具がないなら、作ればいいんです」

「作る?」

「ええ。水中呼吸と耐水圧の効果を持つ消耗品……『海猫の飴玉』というものがあります。それがあれば、地上と同じように動けるはずです」

私の提案に、ガ・ルさんが目をぱちくりさせる。

「そ、そんな便利なものが……? だが、ここは中継都市だぞ。そんな高等な魔法薬の素材が揃うのか?」

「ふふ、任せてください。この街の市場なら、代用品くらいは見繕えるはずです。さあ、買い物に行きますよ!」

私は手招きをして、ガルドランの市場エリアへと歩き出した。

「えっと、必要なのは……『水妖の鱗粉』か、代用で『アクアスライムの核』でもいいですね。あとは『風切り草』の乾燥したものと……」

私は露店を巡り、次々と素材を買い込んでいく。 ガ・ルさんたちは、私の目利きに感心しつつ、重い荷物持ちを進んで引き受けてくれた。

「よし、これで揃いました。あとは調合するだけですね」

買い物を終えた私たちは、ギルド支部が貸し出している簡易工房へと向かうことにした。 ついでに、少し早めの昼食も済ませておこうということになり、工房併設の食堂の個室を借りる。

テーブルには、ガルドラン名物の「岩茸の串焼き」と「地底湖の小魚のフリット」が並んだ。 リザードマンたちも、それぞれ干し肉や携帯食を取り出し、テーブルに広げる。

「いただきます」

手を合わせ、食事を始める。 温かい料理を囲むと、自然と会話も弾むものだ。

「そういえば、ガ・ルさん。ひとつ提案があるんですが」

串焼きを齧りながら、私は切り出した。

「なんだ? リィア殿」

「その『ガ・ル』というお名前、ちょっと発音しにくいんです。舌を噛みそうで」

リザードマン特有のものなのか、毎回噛みそうになってしまう。

「もし良ければ、親愛の情を込めて『ルーさん』とお呼びしても?」

「ル、ルーさん……?」

ガ・ルさんはきょとんとした顔をし、それから隣の仲間たちと顔を見合わせた。 仲間の一人が、こらえきれないように噴き出す。

「プッ……隊長が『ルーさん』だってよ」 「なんか可愛らしい響きだな」

「うるさいぞ、ザグ、ミウ!」

ガ・ル――いや、ルーさんが顔を赤くし、怒鳴る。 どうやら、二人の名前はザグさんとミウさんというらしい。

ザグさんは、ルーさんより一回り体格が良く、大きな戦斧を持っている。 ミウさんは少し小柄で、動きが機敏そうな斥候タイプだ。

「すまん、リィア殿。こいつらはザグとミウだ。腕は立つが、口が減らんのが玉に瑕でな」

「よろしくお願いしますね、ザグさん、ミウさん」

「おう、よろしくな!」 「よろしくね、お姉さん!」

二人は気さくに手を挙げて応えてくれた。 地上での一件があったからか、彼らの態度はとても友好的だ。

「それで、呼び名の件ですが……嫌ですか?」

私が上目遣いで尋ねると、ルーさんは「うぐっ」と詰まり、ため息をついた。

「……好きにするがいい。リィア殿に命を救われたのは事実だ。呼び名くらい、どうとでも」

「ありがとうございます、ルーさん!」

私がにっこり笑うと、エリスが呆れたようにスープをすすった。

「あんた、本当に相手の懐に入るのが上手いわよね……」

食事が進むにつれ、話題はお互いの故郷のことへと移っていった。

「俺たちの村は、ここから南へずっと下った湿地帯にある。泥と水ばかりの場所だが、住めば都だ。水草の根で作る酒が美味くてな」

ルーさんが、遠い目をしながら語る。

「だが、厄介事も多い。今回のような病もそうだし……お前さんも見た通り、人間には我らのような者を好かん奴もいる」

「色んな人がいますからね…。そういえば、エリスさんって出身はどこなんですか?」

私が尋ねると、彼女は少しだけ言い淀んでから、ぽつりと答えた。

「私は……王都よ。騎士の家系に生まれたんだけど、堅苦しいのが嫌で飛び出しちゃったの」

「なるほど。だからあんなに貴族の扱いに慣れていたんですね」

「思い出したくもないわ」

エリスは肩をすくめ、話題を変えるように私を見た。

「リィアはどうなの? エルフの里って、やっぱり閉鎖的なの?」

「うーん、閉鎖的というか……のんびりしてますよ。大きな世界樹があって、みんな歌ったり、研究したり。差別とか争いとか、そういうのとは無縁の場所でした」

「いいなぁ。一度行ってみたいもんだ」

ザグさんが羨ましそうに言う。

「ええ、いつか機会があれば案内しますよ。美味しい果実酒をご馳走します」

「約束だぞ」

そんな他愛のない話をしているうちに、食事は終わり、私の手元では調合の準備が整っていた。

「さて、お腹も膨れたことですし、作っちゃいましょうか」

私は買ってきた素材を乳鉢に入れ、魔力を込めながらすり潰していく。 アクアスライムの核が溶け出し、風切り草の粉末と混ざり合って、淡い水色のペーストに変化する。 そこに私の魔力を「固定剤」として流し込み、一口サイズに丸めていく。

数分後。 テーブルの上には、キラキラと輝く水色の飴玉が山盛りに完成していた。

「できました。『海猫の飴玉』です」

「……これが?」

ルーさんが、恐る恐る一粒つまみ上げる。

「見た目はただの菓子だが……本当にこれで水の中を?」

「論より証拠です。さあ、行きましょうか。第21階層へ」

ガルドランを出発した私たちは、ルーさんたちの案内で第16階層から第20階層までを一気に駆け抜けた。 道中、何度か魔物と遭遇したが、リザードマンたちの連携は見事なものだ。 ザグさんが前衛で敵を受け止め、ミウさんが側面から急所を突き、ルーさんが全体を見て指揮を執る。 私とエリスが出る幕もないくらいだ。

(さすが、シルバーランク。伊達じゃありませんね)

そして、ついに。 第21階層への階段を降りきった瞬間、視界が一気に開けた。

「……わぁ」

思わず声が漏れる。 そこは、青の世界だった。

天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、そこから発せられる淡い青色の燐光が、階層全体を照らしている。 足元には白い砂浜が広がり、その先には――どこまでも透き通った、美しい水面が揺らめいていた。 地下にあるはずなのに、まるで南国の浅瀬のような光景。

「ここが、第21階層……」

「ああ、我々の狩場だ」

ルーさんが誇らしげに言う。 彼は水辺に近づくと、気持ちよさそうに湿った空気を吸い込んだ。

「ここから先は水の中だ。水晶魚は、この広大な湖の底、複雑に入り組んだ『珊瑚の迷宮』に巣を作っている」

彼は振り返り、真剣な顔で私に飴玉を差し出した。

「リィア殿。本当に、これを舐めるだけでいいんだな?」

「ええ。騙されたと思って、口に入れてみてください」

ルーさんたちは顔を見合わせ、意を決したように飴玉を口に放り込んだ。 エリスも続く。

「ん、ミント味。……悪くないわね」

「よし、効果時間は約一時間です。切れる前に追加で舐めてくださいね」

私は自分の分も口に含み、水際へと歩み寄る。 そして、躊躇なく水面へと足を踏み入れた。

ブーツが水に浸かる――はずが、濡れない。 水が私を避けるように、薄い膜となって弾かれている。 そのまま、頭までざぶんと潜る。

冷たい水が全身を包むが、息苦しさはない。 肺の中に、地上と変わらない新鮮な空気が満ちてくる。 手足を動かせば、水の抵抗をほとんど感じずに体が前に進む。

「……ふふ、快適ですね」

水中から顔を出し、手招きする。

「皆さん、どうぞ! 素晴らしい泳ぎ心地ですよ!」

それを見ていたルーさんたちが、驚愕に目を見開いたまま、恐る恐る水に入ってくる。 そして――。

「な、なんだこれは!? 身体が軽い! 水の抵抗がないぞ!」 「すげぇ! 陸の上みてぇに動ける!」

ザグさんとミウさんが、子供のようにはしゃいで水をかけ合っている。 水泳が得意な彼らでさえ、この感覚は未知の体験らしい。

「たまげたな……」

ルーさんが感嘆のため息を漏らす。

「さあ、行きましょう。水晶魚と……未知の食材が待っています!」

「あんた、最近食い意地張りすぎじゃない?」

私は水底を指差して号令をかける。 私たちは一斉に、青く輝く水中世界へと深く潜っていった。

色とりどりの熱帯魚のような魔物が横切り、巨大な珊瑚が森のようにそびえ立つ。 地上では絶対に見られない、幻想的な光景。

けれど、私の目は魚や珊瑚の美しさよりも、岩陰に潜む「何か」を探してぎらついていた。

(水晶魚……素材も必要ですが、刺し身、カルパッチョ、それとも塩焼き……?)

「リィア、目が怖い」

エリスの的確なツッコミを聞き流し、私は先導するルーさんの背中を追った。