軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26

王城からの帰り道、エルクが珍しく先に口を開いた。

「父から手紙が来た」

「ハルト伯爵から?」

「今回の王室との件が耳に入ったらしい。調律魔法が王室に認められたことで——僕のことを、表に出すことを検討している、と」

サチコは黙って聞いた。

「厄介払いにしたくせに、都合がいい時だけ名前を使おうとしている」

エルクの声は平坦だったが、その下にある温度をサチコは知っていた。

「ハルト家の長男が王室の研究者であることは、家にとって有利だからな」

「どうするつもりですか」

「わからない」エルクは珍しく、率直に言った。

「利用されることは腹が立つ。でも父と縁を切ることも——できないとは言わないが、アンナのことを考えると」

「アンナ?」

「アンナと話した。少し、だが。あの子は家が好きだ。父との関係も、複雑ではあるが——大切にしている。僕が父と対立すれば、アンナが困る」

サチコは石畳を見ながら歩いた。

(この子は、ちゃんと妹のことを考えている。)

「エルク」

「何だ」

「あなたは、お父様に何かしてほしいことがありますか。認めてほしいとか、謝ってほしいとか」

エルクは少し黙った。

「……ない、とは言えない」

「ならその気持ちは持ったままでいい。解決しなくていい。今すぐどうするかを決める必要もない」

「それは逃げではないか」

「逃げと保留は違います」サチコは言った。

「前世で学んだことのひとつは、急いで答えを出した問題の半分は、時間が解決してくれる、ということです」

エルクはしばらく黙った。

「前世の知恵は、実用的だな」

「四十三年分あるので」

「……羨ましい、と思うことがある」

「え?」

エルクは珍しく、少し照れたような間を置いた。

「四十三年分の経験を持つお前が、今ここにいることが。それだけの時間、生きてきた人間と話せることが」

サチコは少し驚いた。羨ましいと言われたことが、ではなく——エルクが素直にそう言ったことが。

「エルク、それは」

「なんだ」

「すごく嬉しいことを言ってくれています」

「事実を言っている」

「それでも」

エルクはそっぽを向いた。でも今日は耳だけでなく、確かに口元が緩んでいた。

学院に戻ってしばらくしてから、アンナがサチコに手紙を見せた。

「父から手紙が来たの。エルクくんのことが書いてある」

差出人はハルト伯爵だった。

内容は——エルクを認知する手続きを進める意向がある、という一節だった。

「どう思う?」とアンナが聞いた。

「アンナはどう思ったんですか」

「嬉しい。でも——エルクくんがどう思うか、の方が大事だと思って。私が喜んでも、エルクくんにとって迷惑だったら意味ないから」

サチコはアンナを見た。

この子は本当に、相手のことを考える。

「エルクに話してみてください。アンナの言葉で」

「私が?」

「あなたの気持ちは、あなたが話す方が届きます。私が仲介するより」

アンナは少し考えて、「うん」と言った。

「話してみる」

その夜、研究室でエルクがいつもより遅くまで作業していた。

サチコが「今日は帰りますね」と言いかけたとき、扉がノックされた。

アンナだった。

エルクがアンナを見た。アンナがエルクを見た。

「お邪魔するね」とアンナが言った。

「少しだけ話せる?」

エルクは羊皮紙を置いた。

「座れ」

サチコは「おやすみなさい」と言って、そっと扉を閉めた。

廊下を歩きながら、後ろを振り返らなかった。

流れは自然に、進んでいる。