軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

いつも通りの朝

ノックの後、暫くしてリシューはシリウスの部屋の扉をゆっくりと開ける。

やはり今日も返事がない。

主の最近の体調不良にそろそろ何か手を打たねばと思いつつ、背後で待機している使用人達を廊下に留め置き、静かに室内へと入った。

ほの暗い室内を見回すと、酒の入っていたデキャンタが空になっている事に気付き、リシューはかすかに溜息を吐く。

いつもならこの時間ハッキリと目を覚ましているはずのシリウスだったが、今日は全く動く気配がない。

今日こそまともな睡眠を取る事が出来たのかと安堵したリシューだったが、ベッドを覆う薄いカーテンの布の向こう側に、横たわる2人分のシルエットが見えた瞬間、目を見張った。

「は?」

女でも連れ込んだのか?

いや、シリウスに限ってそれはあり得ない。

思わず素の声が出たリシューは、慌てて自らの口を噤んだ。

大股でベッドに歩み寄ると、静かにカーテンの中を覗く。

そこにはリラックスした顔で寝息を立てているシリウスと、その腕の中でうつむいて眠っている1人の少女がいた。

「…オリビア様…」

顔は隠れているが、髪色と体型から彼女だと断定出来る。

リシューはオリビアが戻って来た事に心底ほっとしたが、ふと、彼女の首筋に残る赤い跡に気が付き、確認の為に急いでシーツの端を捲った。

お二人共、服は着ていますね。

ほっと息を吐くとゆっくりシーツを戻して部屋のドアまで戻ると、廊下で待機していた使用人達に静かな声で告げる。

「今日は結構です。そちらは私が預かります。朝食は一人分追加を。それからミナを大至急呼んできて下さい」

リシューは使用人から朝食の乗ったワゴンを受け取ると、使用人達を帰し、ミナが到着するまで自ら朝食のセッティングを始めた。

背後からカーテンを引く音が聞こえたリシューが振り返ると、シリウスがベッドの端に腰を掛けていた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「…ああ」

確かに、ここ最近で一番血色が良い。

内心ほっとしたリシューはガウンを手に取ると、シリウスの背後に回って羽織らせた後、椅子を引いて朝食の席へと促した。

丁度蒸らしていた紅茶をゆっくりとカップに注ぎ、シリウスの前に出すと、クローシュを順番に開けていく。

「もうお一方分は直ぐに到着します」

「……ああ」

シリウスは温かい紅茶に口をつけてから、ゆっくりとカップをソーサーに戻す。

「オリビアが16の誕生日を迎えたら、直ぐに式を挙げる」

「…………………………………はい?もう一度言って頂けますか?」

たっぷり時間を置いてリシューは答える。

「オリビアが16になったら」

「いえいえいえ、それは分かりました。そういう意味では無く、どうしてそうなったのかを、順を追って説明をお願いします」

リシューは飛び切り良い笑顔で尋ねた。

「昨晩プロポーズした」

「……はい」

告白もまだなのに?

「受けてもらえた」

婚約もまだなのに?

「………」

至って冷静に答えるシリウスだが、反対にリシューの口角がぴくぴくと痙攣を起こす。

確かにあれだけ想っていた相手と心を通わせる事ができ、それはとても喜ばしい事ではあるのだが。

「展開が早すぎませんか?」

「確かに。だが我慢出来なかった。またいなくなる事があったら私は必ず後悔する。その前に何か確固たるモノが欲しかったのだ」

シリウスは、未だベッドで眠るオリビアのカーテンに映るシルエットに目を向けた。

「確かにそうですが…」

リシューは溜息を吐く。

「ミナに怒られますよ。女心がうんたらかんたらと」

「…」

「ちなみに昨晩、手は」

「出していない」

リシューの質問に、間髪入れずにシリウスは答える。

「安心しました」

「当たり前だ」

シリウスは呆れた声で言うと、もう一口紅茶を飲んだ。

「関係各所への通達は如何しましょうか」

「しっかり伝えておけ。3財閥の当主には私から伝える」

「畏まりました。これ以上おかしな輩が現れたら、今度こそ間違いなく振られるでしょうからね」

「……」

洒落にならない話であるだけに、シリウスはリシューに冷たい視線を送る。

その時、ドアの外からノック音が聞こえる。

リシューはドアまで歩きゆっくり開けると、案の定そこにはミナが1人分の朝食を持って立っていた。

「お呼びかと」

「入りなさい」

リシューはミナを室内へと招き入れる。

「朝食のセッティングをお願いします」

既にシリウスが朝食を始めている姿を見て、不思議に思いながらもシリウスの横に、もう1人分のセッティングを始める。

「終わったら控えていなさい」

「はい」

リシューに言われた通り、朝食のセッティングを終えたミナは壁際に目線を下げて控えた。

しばらく黙々と朝食をとっていたシリウスだったが、ベッドから衣擦れの音が聞こえると、おもむろに立ち上がる。

それからベッドまで歩いてカーテンをゆっくりと開けると、身体を少し傾けて覗き込んで囁いた。

「おはよう、朝食を用意した。起きるかい?」

ミナはもう1人、誰かがシリウスのベッドで寝ているのだろうか?と思いながらも、視線を下げたまま様子を窺う。

一方、小声で話し掛けられたオリビアは、焦点の合わない瞳でじっとシリウスの顔を見ていたが、覚醒し始めると自分の置かれている状況を何となく理解し始めた。

「う…うん。おはよう…」

オリビアは目を擦りながら、無意識にシリウスに向かって両手を広げる。

それを見たシリウスは上機嫌に笑い、身体を屈めてオリビアの身体を両手ですくい上げた。

「おはよう。よく眠れたかい?」

くたっとシリウスの腕の中で身体を預けるオリビアの背中を、とんとんとんと叩きながら頬に口付けを贈る。

寝起きのせいで高い体温は、シリウスに彼女の存在を改めて実感させた。

リシューはミナに給仕を促そうと視線を送るが、彼女は呆けたまま涙を流して立ち尽くしている。

あの日以来、まともに寝ていないのはシリウスだけでは無かった。

ミナはあの時の自分の不甲斐なさに苦しみ、日々の訓練の際に、身体を酷使して疲れて気を失う様に眠る事でしか睡眠を確保出来ていなかったのだ。

「…ミナ」

リシューは静かに名を呼ぶと、彼女は我に返り、涙を拭きながら紅茶の支度を始める。

「あ、リシュー、ミナ。おはよう~」

ハッキリと目が覚めたオリビアは、ふにゃふにゃと笑いながらシリウスの腕の中で2人に手を振る。

「はい、おはようございます、オリビア様。昨晩戻られたのですか?」

リシューは優しくほほ笑みながらオリビアに尋ねる。

「うん。昨日精霊界から直接来ちゃった」

てへっと笑うオリビアだったが、『精霊界』の言葉に他の3人はぴくりと身体を硬直させた。

「そうですか。お話を聞きたいのは山々ですが、朝食の準備が出来ておりますので、どうぞこちらへ」

リシューは促すが、オリビアはシリウスに抱かれている為、彼に運ばれる形で席に座る。

「そうだミナ!ご免ね。いなくなる前に大騒ぎしちゃって。大丈夫だった?」

「はい。何の問題もありません。お気遣いありがとうございます。それであの、オリビア様。体調の方は…」

ミナは恐る恐る問いかける。

「うん!すっかり元気。理由も分かったから、もう二度とあんな事にはならないと思うよ!」

「そうですか…良かった…良かったです」

ミナは安堵しながらも、ぽろっと涙を溢す。

「あ…ミナ…」

驚いたオリビアだったが、

「さあ!オリビア様!しっかり朝食を食べましょうか!」

涙を拭き、元気いっぱいに笑ったミナの顔を見て、オリビアは安堵したのだった。