軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

星霊界編 魔神と女神の対談~地獄絵図を添えて~

きゃっきゃっと、はしゃいだ声が静謐な森の中に木霊する。

昼間のはずなのに薄暗く、しかし、陰鬱な雰囲気は皆無だ。

木漏れ日の柱がそこかしこに突き立ち、周囲の木々も枝葉の天蓋も、そして色とりどりの花々も、うっすらと輝きを帯びている。あちこちに淡い燐光がゆらゆらと漂っていて、時々ダンスでもしているみたいに宙を舞う。

「ほぅ、これまた美しい森じゃなぁ」

「もの○け姫に出てくる森って感じね」

「なんかちっさい生き物も、こっちを覗いてるっぽいしね」

思わず感嘆の声を漏らすティオに続いて、雫と鈴もうっとりした表情で周囲の景色を楽しんでいた。

神と精霊が住まう島。聖域にして神域。

まさに、そう表現するに相応しい神秘に満ちた森だった。

「……これさ、木の方が俺達を避けてるよな?」

「認識できねぇんだけど、たぶん、そうだなぁ」

「さっきからずっと真っ直ぐにしか進んでないもんねぇ」

龍太郎の確認に、淳史と奈々が足下に視線を落として頷く。

当然ながら舗装された道などない。特に獣道を歩いているわけでもない。自然そのままの森だ。けれど、一度とて木々を迂回したり、それどころか歩きづらさを感じたりはしなかった。

「先程、教えたであろう。〝精霊の小径〟を使うと」

肩越しに振り返った美丈夫の先導者――雷雲の神霊ウダルが、不思議そうに周囲を見回す龍太郎達に答える。

妙子と昇が、先程された簡易な説明を反芻する。

「森に敷かれた空間干渉系の結界、でしたよね? 精霊やウダルさん達、それに……なんだっけ?」

「精霊獣だろ。森に住む生き物は、決まったルートを霊素を纏いながら進むことで、圧縮された距離を進める……だったっけか」

「うむ、その通りだ」

つまり、神と精霊専用のショートカットルートというものが存在するわけだ。空間的距離が縮小されているので、例えるなら、本来の一歩が百歩分になるようなものだ。

「本来は招かれざるお客さんを惑わすことにも使えるんですよね?」

「うむっ、その通りであるぞ、シア!」

くるんっと振り返り、何度も深く頷くウダル。元々歩いてはおらず、地面から数十センチ上の宙を滑るように移動しているので、特に苦もなく後ろ歩き(?)している。

それを見て、リリアーナと愛子が小声で言葉をかわす。

「シアさんが話しかけた時だけ露骨に声が弾みますね?」

「分御魂のウダルさんはもっと落ち着いた雰囲気なんですけど……」

たぶん、ソアレに次いでシアスキーな神霊である。彼もまた完全に分御魂の情報体が馴染むまでは、シアと再会した喜びが滲み出てしまうのだろう。

「シアお姉ちゃん達の時は? 迷子にならなかったの?」

「そういえばそうですね? 真っ直ぐ進めた気がします」

「我等がそれとなく先導していたからな。それに、その、あれだ。あの時は母も大変な状況で、結界の起点となる場所も……星が降ってきたから、な?」

「あ……」

察したシアちゃん。なんともバツの悪そうな表情になる。

「シアお姉ちゃん? どうしたの?」

「あのですね、ミュウちゃん。前に話した通り、ハジメさんがメテオインパクト祭りしちゃいまして、結構盛大にあちこち消し飛んだといいますか」

「あ、察し、なの」

そう、かつてハジメは、ルトリアの遠隔攻撃を止めるために、この孤島にメテオインパクトしたのだ。それも一発と言わず何発も。

おそらく結界には起点があり、それは孤島の中心部にあったのだろう。当然だ。中心に辿り着けないようにするための結界なのだから。

まさか、成層圏外からダイレクトアタックされるとは思いもしなかったに違いない。

「えっと、森の皆さん、パパがごめんなさい。悪気は……むしろ悪気しかなかったかもだけど、シアお姉ちゃんを守るためにきっと一生懸命だったというか、だから、えっとっ」

パパの所業(?)に怒り狂っている子達や悲しんでいる子がいないかと、不安そうに周囲に見回すミュウ。

ちょっぴり気になっていたのだ。森の中に漂う光の正体は、そのほとんどが精霊らしいのだが、どうにも距離感があるように思うのだ。

決して露骨に逃げ出すわけではない。むしろ、気になっている。けれど、近寄るのは躊躇われる。そんな感じだ。

かつて、シアの周囲には精霊が寄ってきていたという話は聞いているが、そのシアと神霊がいてなお遠巻きにしているのは、やはり、それ以上に近寄り難く思っているからではないか。

ミュウは、そう思ったらしい。

『ミュウよ、汝が頭を下げる必要はない。母が許し、受け入れている。それが全てだ』

念話の如き響きは、ミュウの腰元から。

実はミュウ、二メートル弱のゴーレムの肩の上に腰掛けていたりする。

大地の神霊オロスだ。万が一もありはしないだろうが、魔神の愛娘でかつ幼子たるミュウに何かあってはと、念のため最も身近な場所で護衛役を担っているのである。

肩に乗せているのはミュウの要望故ではなく、少しでも遠くを見渡せるようにというオロスの厚意である。

ちなみに、この場にはあとライラとルトリアしかいない。メーレスとバラフは星樹の元で留守番兼、ソアレの回復(という建前でシアの旅行を邪魔させない配慮)&いざという時の拘束係である。

そして、エンティはまだ戻っていない。一応、香織から連絡があって、そろそろこっちに合流できると思うとのことだった。だいぶ落ち着いてきたらしい。優花のお手柄だとか。

なぜか、香織の声音は少し所在なげというか、寂しそうだった。

ツンデレ組に、「とりま突撃ぃ!」が信条の突撃系乙女は共感できる部分が少なかったのかもしれない。

閑話休題。

『精霊達も、負の感情を抱いているわけではない。見慣れぬだけだ。異界の子は気配からして異なる故に。そのうち慣れよう。気にする必要はない』

「ロスくん……うんっ、ありがとうなの!」

『オロスだ。ロスくんはやめなさいとあれほど……』

実は、箱庭では割とオロスに構われているミュウ。神霊のお兄さんお姉さんは等しく親しいし、神霊側もミュウを好いてはいるが、特にオロスと海流の神霊メーレスはミュウを構いたがる傾向にあったりする。

なのに、今回メーレスが同道せず留守番組になっているのは、今向かっているのが海岸線だからだ。

そう、彼、あるいは彼等にとってのトラウマの地だ。

この聖地たる島を観光するに当たって、やはりシア達が乗り込んだ当時の手に汗握るだろう出来事は見てみたい。

その必然的な要望に応えるため、こうして精霊の森を観光しながら現場に向かっている。ただ、普通に歩いては時間が掛かりすぎるので、〝精霊の小径〟を使って。

だが、あのハジメが作り出した地獄絵図を、わざわざ見に行きたい当事者(神霊)などいるわけもなく。今回はオロスが同道しているわけだ。

「パパぁ! 精霊さん達、怒ってないって! でも、もうメテオしちゃメッだからね! なの!」

「ああ、分かってるよ。必要な時は、ひとまず空爆にしとく」

「ならよしっ、なの!」

「『いや、よくないが!?』」

ウダルさんとオロスさんのツッコミが見事にハモった。龍太郎達も心は同じだった。

「あらあら、ミュウ。ダメよ。パパは今、大事なお話中だから、ね?」

「あっ、そうだったの。パパ、女神様、ごめんなさ――あっ、んっ」

ごめんなさいも返答させてしまうと思い至って、思わず自分の手で口元を覆うミュウ。

苦笑しつつ振り返ったレミアが、代わりに小さく頭を下げる。

精霊の森を観光している一行の最後尾に、ハジメとルトリアが並んで歩いていた。二人の斜め後ろにはそれぞれライラとユエがトップ会談の補佐役の如く控えている。実際、観光と対談を同時進行しているのだ。

ユエ達が、特にミュウが、ハジメに気になることを抱えさせたまま観光させたくないと気遣った結果である。とはいえ、先に対談を済ますにしても待たせておくのは忍びない。故の同時進行だ。

ハジメが片手を振って気にするなと伝え、ルトリアも微笑を返した。

「……良い子ですね」

「ああ、自慢の娘だ」

「珍しいほど清廉な気配を纏っていますね。所謂、巫女や神官の資質を持つ子ですね。貴方の娘として生きていることを考えれば、なおさら。奇蹟の清らかさです」

「絶賛をありがとう。さりげなく刺してきたことはスルーしてやるよ」

「……ちなみに、ハジメに影響されて誕生日に兵器を求める子だけど? 世界を真っ赤に染めてやるぜ、とか言うんだけど?」

「あの、母よ。ミュウは悪魔の王共に溺愛されておりますが。本人も彼等を躊躇なく使役しておりますが……」

ハジメのジト目をスルーし、しかし、ユエとライラの言葉は無視できず一瞬だけ硬直するルトリアさん。少し視線を泳がせる。

その視線が、娘の呼び方についてオロスに謝罪したり、気を遣っている様子のレミアに向く。

「良き母を持ったのですね」

「まぁ、否定はしないが」

しみじみと、深い感心を以て頷くルトリアさん。どうやらレミアに対する評価が爆上がりしているっぽい。それくらい、ミュウが置かれている環境下で、神視点的〝ミュウの清廉さ〟は驚異的なのだろう。

この男に強い影響を受けている娘なら、もっと濁ったり歪んだりぶっ飛んでもおかしくないのに、それでも清らかなのは母の愛が守っているからなのですね? ああ、なんと尊いことか! 世が世なら、レミア、貴女を聖女認定するのに!

「念話か何か知らんが、心の声が漏れてんぞ」

「……ん、頭にちょっぴり響いてきた」

口の端をピクピクさせているハジメに、ルトリアは誤魔化すように咳払いを一つ。

(……もっと真面目一辺倒な女神かと思っていたけど、意外に人間臭い)

(そうだな。何度も人間に語りかけてきた神だ。本来は、俺達が思うよりずっと人に近しいところで寄り添っていた神なのかもしれないな)

なんて感想を念話でこっそり共有しつつ、精霊の森の景観や少しずつ寄ってきている精霊達との交流を楽しんでいる面々を最後方から眺めるハジメとユエ。

「さて、話の続きですが」

同じく、楽しげな異界の子等に、ルトリアは優しげに目を細めながら口を開いた。

「南雲ハジメ。貴方が異界の女神フォルティーナから得た情報に間違いはありません」

「そうか……〝枝葉〟復活の影響は?」

「私の認識し得る限り、この世界には出ていません」

砂漠界の女神フォルティーナから得た情報の共有と、認識や知識の差異を確認していたハジメとルトリアだが、返ってきた結論にハジメはひとまず安堵の吐息を漏らした。

ユエが「良かったね」と言いたげに和らいだ表情で指先だけで触れてくる。ハジメも目元を和らげて、ユエへ肩越しに頷いた。

「ただ、世界間の時間差に関しては……現状では原因不明〟と言わざるを得ません」

「女神でも分からないか」

曰く、本来、別の宇宙であっても〝世界樹の枝葉〟が存在する星において時間差が生じるということはないらしい。

「推測はできます。まさに、〝枝葉の消失〟の影響こそが原因の可能性も十分にあるでしょう」

「けど、それだと〝枝葉の復活〟で是正されるんじゃないのか? 他の世界に時間差がない理由も分からない」

「ですから、あくまで可能性の一つです。そもそも貴方の〝ゲート〟に問題がある可能性も否定はできないでしょう。地球とこの世界を隔てる〝壁〟に予想外の干渉をしている、など」

「それは、まぁ、そうだな」

「あるいは……」

「あるいは?」

そこで、ルトリアは顔をしかめた。まるで、嫌なことでも思い出したみたいに。

「南雲ハジメ。貴方が求める答えにも関わります。〝厄災〟と、貴方が呼称している存在についてです」

すっと僅かに息を吸う音が鳴った。ハジメの目が鋭さを帯びる。

「この世界にも?」

「ええ、かつて存在しました」

瞑目するルトリア。その美しい容貌が、眉間に寄せられたシワで少し歪む。全身から腹立たしさと嫌悪感が滲み出ていた。

「南雲ハジメ、この世界には大地の子と天の子がいることは理解していますね?」

「人間、獣人、魔族が大地の子で、天人族が天の子だな」

「ええ。しかし、かつては海の子も存在していたのです」

「海の子……」

思わず反芻し、前方に視線を向けるハジメ。

なんか、ミュウが光になっていた。

ほんの少し目を離した間に何があった!? と目を剥くハジメとユエ。娘が〝人型の光〟みたいになっていれば、そりゃ驚く。

ミュウもミュウで驚いているらしく「お、おぉ~~? なんも見えんのぉ~。ミュウ、今、どうなってるの~?」と手足をわたわたさせている。

オロスおじさんが『これ、精霊達が群がっているだけだ。危ないから落ち着きなさい』と肩から第三の腕を生やしてミュウを支えていた。隣でレミアも「だ、大丈夫なのかしら?」とオロオロ。

どうやら、遂に好奇心を抑えられなくなった精霊達にもみくちゃにされているらしい。

一体が勇気を出して接触すれば、あとは雪崩式にということだろう。

なんだなんだ! この子なんだ! 心地いいんだけど、なんか変な気配をたくさん感じるぞ! みたいな感じだ。こう、あれだ。初めて見た人間を嗅ぎ回すワンコみたいになっている。

「ミュウちゃん、今、助け――うわぁっぱぁ!?」

「おっと、シアも好かれとるようじゃのぅ――おぉ? 妾にも興味津々か?」

「あら、こっちにも来たわ。ふふっ、ちょっとやめて? 首筋をふわふわ飛ばれたらくすぐったいわ?」

精霊達の遠慮がなくなったようだ。ミュウやシアほどではないが、ティオや雫にもふわふわと。それどころか、龍太郎達の周囲にも精霊達が飛び交っている。

「良き光景です」

ルトリアがぽつりと呟いた。ずっと昔は、こんな風に人と精霊が寄り添い、戯れる光景が当たり前だったのかもしれない。

久しく見ていない光景に険しかった表情が少し解れる。

ハジメもまた急かすことなく、ルトリアの感傷に付き合った。

「……ハジメにはまったく寄ってこない不思議」

「……それ、言う必要なくない?」

精霊達がユエの頭の上でくるくると踊っているっぽい。輝くサークルが出来ていて、その美貌や光を受けて輝く金糸の美しい髪と相まって、まるでリアル天使だ。が、その天使様の表情はちょっぴり意地悪。

まったくちっとも、小さな輝きの一つすら寄りつかないハジメは思わず唇をムスッと引き結んでしまう。

そろ~っと背後から近寄っていた小さな輝きが、ビクッとなって慌てて逃げていく。見ていたライラが思わずフッと噴き出した。

それを合図にしたみたいに、ルトリアが感傷から帰ってくる。

「私が、千年の時をかけて一柱ずつ神霊の子等を創り、今の七柱が揃って更に幾千年か経った頃合いのことです」

幾分和らいだ声音は、しかし、険しさの代わりに悲しみが滲み出ているようだった。

「あの母娘のように、海で生きるに適した種族がいました」

「いました、か」

過去形であることで、悲しみの理由を理解する。これは〝厄災〟に関わる話だ。必然、フォルティーナの悲痛な話――光輝からのレポートが想起される。

「はい、私が滅ぼしました」

「っ、そうか……」

少しの間、沈黙が横たわった。愛子がこちらを振り返っている。〝鎮魂〟の用意はいつでもできている、と言いたげにキリッとした顔付きで頷いてくる。無視した。

「海の底に潜むものが、私の知覚せぬ間に存在したのです。星樹から流れる知識が、その正体を伝えてきました。この世にあってはならぬ存在だと」

すなわち、次元の外の存在。九つの宇宙の更に外側から来訪した〝何か〟だ。

「彼の存在は、少しずつ少しずつ海の子等を取り込んでいました。人種のみならずあらゆる種族の子等も。喰らって力を増し、あるいは魂も肉体も変質させて従属させ、彼等に更に獲物を狩らせて献上させる。密かに、慎重に」

「気が付いた時にはってことか」

「いえ、どちらかと言えば〝気が付いてしまったから〟でしょう」

「どういう意味……ああ、本当に不自然でない程度に少数だったのか。一度に出る被害者の数は」

「大海原のことです。大地や天の子より命は多く巡る。気が付けたのは偶然に近かったのです」

そうして、気が付かれたが故に海の底の怪物は、その魔手を一気に伸ばした。女神に滅ぼされぬよう、より強大な力を得んと大規模な侵食を開始した。

それこそきっと、砂漠の界の〝厄災〟のように。

「海のどこまで、どの種族まで侵食が広がっているのか判別は困難でした。そして、手をこまねいている時間はなかった。ですから――」

そこで一度、言葉を止めるルトリア。いや、詰まったというべきか。きつく握りしめられた拳が、わずかに震えていた。

しかし、表情には後悔の色はなく、瞳も揺らぐことなく、真っ直ぐ前を見つめている。

「ですから、海に生きる一切の存在をことごとく滅ぼしました。完膚なきまでに、運良く逃れた子等もいたでしょうが関係なく、徹底的に」

堕ちた子等を癒やす方法は直ぐには見つからなかった。時間をかければ、発見できたかもしれない。愛しい海の子等を救えたかもしれない。

だが、ルトリアは即断即決した。少なくとも大地と天の子等にはまだ魔の手が伸びていないことだけは確かだったから。

海の命を全て、切り捨てた。

(たぶん、ここが分岐点なんだろうな……)

(……ん。迷ったか、迷わなかったか。ううん、酷な言い方をするなら、女神の責務を優先できたか、できなかったか)

同じく〝厄災〟と相対しながら、滅亡寸前まで追い詰められた砂漠界と、少なくとも世界そのものは健在である星霊界の違い。

おそらく、ユエの言う通りだ。フォルティーナは希望に縋った。愛しい子等を取り戻せるかもしれないと、女神としてすべきだった決断を遅らせてしまった。

そこが後の世界の流れを決めたのだ。

「……女神フォルティーナを責めようとは思いません」

言葉はなくともハジメとユエの表情から、何を考えているのか読み取ったのだろう。

神霊の知識から砂漠界のことも了解しているルトリアだが、その顔に己の決断を誇るような雰囲気は欠片もなく、むしろ、フォルティーナの名を呼ぶ声音には共感と沈痛の気持ちが滲んでいるようだった。

「いつか、女神同士で対談……なんてことがあっても良いんじゃないか」

「……ん。女神友達ができるかも?」

「友……女神同士で? ふふ、面白い発想をしますね?」

思わずといった様子で口元に笑みを浮べるルトリア。存外、悪くない提案だと感じていそうだ。

「一つ確認させてくれ。〝気が付けたのは偶然〟と言ったな? だが、女神が己の世界に入り込んだ異物に気が付けないなんてことがあるのか?」

「ある意味、それこそが最も厄介なところであり、〝時間差が生じた原因〟やもしれぬ、と考える理由です」

「ああ、ここで最初の話に繋がるわけか」

曰く、次元の外の存在故か、〝厄災〟にはこちらの世界の術理が及び難いのだという。

まったく効かないわけではなく、一度認識すれば追えるし、攻防に関する術理も効果がないわけではない。ただ〝存在する〟と認識しない限り探知系の術理をすり抜けるのだという。

「次元を越えるなど、本来はあり得ないことです。〝越えられた〟という時点で、時空に干渉する術を保有していることは想像に難くない」

「なるほど。奴等の来訪が異世界間の〝壁〟に影響を与えて、時間差が生まれたかもしれないってわけか」

もちろん、その場合、ではなぜ砂漠界は時間差がないのかという疑問が出る。〝厄災〟の個体差、あるいは能力差かもしれないが、そこはやはり可能性の域を出ない。

「とまれ、時間差に関しては問題ありません。ライラは我が子。そちらの王樹と星樹を介して、ライラと繋がれば正すことは可能と考えます」

「そうか。それなら是非とも協力してほしい。無限魔力があるとはいえ、世界を繋ぎっぱなしは落ち着かなくてな」

「そうでしょうとも。ええ、承りましょう」

世界間の時間差問題が原因は不明ながら一応片付き、ハジメの顔に少し笑みが浮かぶ。

と、その時、不意に風が吹いた。無風に等しかった〝精霊の小径〟に、枝葉を揺らして空から風が舞い込む。同時に、

「ちょっ、ちょっ、ぶつかるってば!」

「そんな失敗するわけないでしょ? 私を誰だと思ってるのよ! エンティ様よ!」

そんな騒がしい声も降ってきた。

ザザザッと天蓋代わりの枝葉がざわめき、まるでその隙間に差し込む木漏れ日のように人がするりと降りてくる。

エンティと、彼女の腕にぎゅっとしがみついている優花、そして、

「ただいま~、戻ったよ」

苦笑気味に翼を一打ちして着地した香織だ。

「おかえり、何もなかったか?」

「うん、それは大丈夫。平和そのものだよ。湖も綺麗だったし」

「……随分と話し込んでたようだけど?」

「あはは、うんまぁ……」

苦笑気味のまま、香織はエンティと優花へ視線を向けた。釣られてハジメ達も見やる。

エンティと優花が、何やら顔を寄せ合ってこしょこしょと内緒話に興じていた。

「……んん? なんか距離近くない?」

「だな」

「だいぶ親睦を深めてたからね。私そっちのけでね。何か発言する度に、〝香織みたいな奴には分からないのよ〟みたいな目で見られ続けたからね……」

らしい。それは苦笑いも浮かぶというもの。

基本的に、優花がエンティ(分御霊)と絡むことはない。〝箱庭〟に入ること自体が滅多にないからだ。まともに話すのも今回が初めてのはずだ。

どうやら随分と気が合ったようである。何やらユエが意味ありげな視線を向けてくるが、気が付かない振りをするハジメ。

一方で、ルトリアお母さんが「エンティ、どういう了見ですか? 母の言うことを聞かず飛び出して――エンティ? ……聞こえていない? え、無視? エンティ? エンティ!」と声をかけているが、エンティちゃん、優花との会話に夢中で本当に気が付いてなさそう。

お母さん、ショックを隠しきれない! ライラお姉さんが額に青筋を浮かべてアップを始めました! 今にも闇の拳骨が飛びそう。

という寸前に、

「見てなさい、優花! 私がお手本を見せてあげる! エンティ様のお手本マジ神ぃ~~って言わせてあげるわ!」

オタク一家の影響が隠しきれない女神様。優花が「やっぱりいいわよ! やめましょうよ!」と手を伸ばすが、風の化身を捕まえることなどできるはずもなく。

「い、行くわよ!」

ふわりと飛んだエンティは、なぜかハジメをキッと睨みつけ――

ぽすっと。

「…………何をしてる」

「ふ、ふんっ。なんてことないわ! これくらい!」

顔を真っ赤にしながら、いつもの(分御魂の場合の)定位置についた。そう、ハジメの頭の上に尻を乗せて座るあれである。

器用にあぐらをかいて、堂々と胸を張り、腕を組んでいらっしゃる。心なしか誇らしそうだ。ツインテも高ぶる気持ちを表現しているみたいにぶるんっぶるんっ。

「ほ、ホントにそこが定位置だったなんてっ」

「ふふんっ、だから言ったでしょ! こいつは私のお尻に目がないのよ!」

そうなの? とユエ様が見てくる。もちろん、誤解だ。大変遺憾である。なので、とりあえずいつも通り、エンティの素足をむんずっと掴んでぶん投げる。

ひゃわぁ~っと悲鳴を上げながら、しかし、風船みたいに重さを感じさせない様子で空中をふわふわ飛んで優花の隣に戻るエンティ。

いつもならキャンキャンッと子犬のように抗議の声を上げるだろうに、今は分御魂との統合が済んだばかりだからか、「やってやったわ! いつも通りに、そう、いつも通りにね!」と羞恥心に震えながらも達成感に浸っているっぽい。

なお、直ぐ傍ではルトリア様が蚊帳の外に置かれたショックであからさまに落ち込んでいた。漫画なら顔に縦線が入ってる感じ。

ライラが必死にフォローしているが、エンティは優花しか見えていないようだ。

「さぁ、次は優花の番よ!」

「えっ、でもっ」

「安心なさい。この 私(かみ) の加護がついてるわ! それに約束でしょ!」

「うっ」

何をする気なのか。今度は優花がキッとハジメを睨んだ。そして、ええいままよ! と言わんばかりにツカッツカッと勢いよくハジメのもとへ寄ってくると、わずかに逡巡を見せたあと、

「えいっ」

ぷにっと人差し指をハジメの頬に押し当てた。

ハジメと優花の目が合う。妙な沈黙が漂った。

「……園部。一応聞くが、なんの真似だ?」

返答はなく、代わりに人差し指がグリグリと押し込まれる。もちろんこの間、優花の顔は熟れたリンゴより真っ赤である。

更に、あたかも「とどめよ!」と言わんばかりに、もう片方の手も使ってハジメの頬を摘まみ、もみもみ。

一拍。すっと離れる優花ちゃん。何も言わず、カチコチした動きで固唾を呑んで見守っていたエンティのもとへ。

「ど、どうよ!」

「ふっ、やるじゃない、優花。流石は、このエンティ様が〝友〟と認めた人間なだけはあるわね!」

「なんなんだよ」と困惑するハジメの隣で、ユエが両手で顔を覆ってぷるぷるしている。小声で「……ダメっ、初心すぎて見ていられないっ。これが共感性羞恥心っ」とかなんとか呟いている。身悶えているようだ。

「ねぇねぇ、ハジメ君。それより、こっちはこっちでどうなってるの?」

「あん? そんなの見ての通り……」

そう言えば、今のやり取りに誰もツッコミを入れてこない。というか、香織達が戻ったのだから、雫達なら「おかえり」の一言くらいあってもいいはずだが……

と思い前方へ視線を戻すと、

「……そして、誰もいなくなった」

まさに、その通りだった。前方にあるのは、草花のベールで覆れた行き止まりだけがあった。

「話をしている間に到着していたようですね」

ルトリアが澄まし顔で言う。娘に無視されたショックは忘れた、というより、そんな事実はなかった! ということにしたらしい。

とりあえず、ライラが頭にヤのつく自由業の人みたいな顔でエンティを睨んでいる。

たぶん、神霊同士の念話的なやつで叱責を受けているのだろう。みるみるうちに「やらかした!」みたいな顔になっていくエンティ。

というのはさておき。

どうやら、重い話をしている間に足取りも重くなり、前方組とは少し離れてしまっていたらしい。

で、元々出口に近かったこともあり、ミュウ達の方が先に〝精霊の小径〟を出てしまったようだ。ちょうど、香織達と入れ違いになる形で。

「……仕方ない。さっきの優花の勇姿はしっかり保存しておいて……っと、早く行こう」

「ユエさん!?」

実はさりげなく、エンティと優花が内緒話を始めた時点からいろいろ察して録画していたらしいユエ様。優花の抗議もスルーしてさっさと出口へ行ってしまう

慌てて後を追う優花に続いて、ハジメ達も続く。

叱られるのを待つ子供のようなしょぼしょぼした顔でルトリアに謝るエンティと、「別に? 気にしていませんよ?」と絶対に気にしていることが丸わかりな表情のルトリアお母さんの、プチ母娘喧嘩を引き連れながら。

草花のベールを抜けた先は、確かに、かつてハジメとシアが転移した孤島の海岸線だった。断崖絶壁のある場所だ。

「あれぇ? 優花っちじゃん!」

「香織も、戻ってきたのね?」

海岸線の先――崖の縁で、 燦々(さんさん) と照らす陽光を反射して宝石のように輝く大海原を眺めていた奈々と雫が振り返って手を振ってくる。

「みゅ? エンティお姉ちゃん、しょぼしょぼしてる? どうしたの?」

「え、あ、その……ちょっと母様に失礼なことをしちゃって……」

流石はミュウ。めざとい。落ち込んだ人がいれば直ぐに発見・声をかける。

エンティのバツの悪そうな様子と、「私、気にしてませんから」的な表情を取り繕い続けるルトリアを交互に見やり、最後にレミアママを見て、ミュウはニパッと笑った。

「ちゃんとごめんなさいするの! そしたらね、ぎゅって抱き締めて許してくれるの!」

「「えっ」」

「ママとはそういうものなの。ね? ママ!」

「あらあら、そうね。娘がちゃぁ~んと謝れたら、抱き締めて褒めてあげるのは当然ね?」

うふふっと笑って頷くレミアママに、またしても「「えっ」」が重なる。ルトリアママとエンティ娘だった。

顔を見合わせる。視線が泳ぐ。既にごめんなさいは済ませているので、ルトリアがどうするかにかかっているこの場面。

なんとなく事態を察して皆が見守る。そのせいで余計に度量を問われるような形になってしまった。更に激しく動揺するルトリア。

神霊は確かにルトリアの子だが、赤子や子供時代があったわけではない。分御魂のようなスライム状態ではなく、最初から今の形で誕生した。

故に、皆無ではないが、少なくとも抱き締めるなんて行為はもう数千年、下手をしたら一万年以上ない。神の感覚でも、とても久しぶり。

一拍おいて、ルトリアはキリッとした表情になった。

「……来なさい」

「!!?」

両手を広げて見せた。エンティが目をまん丸にし、視線を泳がせつつもおずおずと近寄る。

そっと抱き締めるルトリア。豊かな胸元にエンティの顔が埋まる。くたぁ~っとエンティから力が抜けた。そのまま風に吹かれて飛んでいきそうなくらい。

「ふっ、やはりおっぱい。おっぱいは全てを解決する」

ミュウがキメ顔でそう言った。レミアママが頬を抓ってメッをする。

「「「至言かよ」」」

「龍くん?」

「男子最低ぇ~」

鈴さんの無表情が龍太郎に刺さり、奈々の軽蔑の眼差しが昇と淳史の 癖(へき) に刺さる。愛子とリリアーナが、びっくりするほどシンクロした動きで自分の胸元をペタペタ触りながらスンッとした表情になった。

「やれやれ。ご主人様よ、ここらで過去再生しようと思うが構わんか?」

「ああ、好きにしてくれ。こっちはまだ話があるから。解説は、エンティにでもさせればいい。当事者だ」

数千年ぶりの母のハグに陶然としていたエンティの首根っこを掴んで引き離し、ぽいっとティオの方へ投げ飛ばすハジメ。「なにすんのよぉーーっ」と抗議の声が上がるが、気にせずルトリアに向き合う。

「久しく忘れていましたね。母は子を抱き締めるもの。ええ、その通りです。ウダル、オロス、ライラ、あなた達も――来なさい」

「後にしてくれ」

バッと手を広げるルトリアお母さん。

神と言えど、やはり男神と女神では異なるようで、ウダルとオロスは「い、いや、ありがたき申し出だが我は遠慮を……」「すまぬ、母よ。流石に……」と躊躇いがある模様。ライラは嬉々として抱き付こうとするが、話の邪魔なのでユエが阻止した。

ハジメが一度だけ足踏みする。真紅のスパークが走り、地面から椅子がせり上がった。視線でルトリアに勧める。

ミュウ達が過去視を楽しんでいる間、落ち着いて話ができるようにしたかったのだ。話の続きの内容的に。

元々地面に足などつけていなかったルトリアであるから、あるいは不要と断るかと思ったが、意外にも素直に腰を落ち着けた。

「さて、時間差問題の件はOKだ。この世界の〝厄災〟の歴史も聞いた。気になるのは――」

ティオが過去再生を始めたのと同時に、ハジメは懐から羅針盤を取り出した。

「……人の子は、凄まじいものを作り出しますね」

一目見て、羅針盤の有する破格の能力を看破したのだろう。ルトリアが、驚きを通り越して少し呆れ顔になる。

「何を問いたいかは分かります。果たして、それと女神の権能はどちらが上か、ですね?」

「ああ、見解は?」

「性質は違えど、当該世界においては同等とみていいでしょう」

ハジメの眉間に深い皺ができた。ユエの手がハジメに重なる。力を抜いて? と。無意識に、そして必要以上に嫌な想像を巡らせた自分に気が付いて、ハジメはふっと息を吐いた。ユエに礼を込めた微笑を向ける。

視界の端では、過去のエンティ達が天変地異クラスの攻撃をハジメに仕掛けていた。空に浮かぶ天人族の浮遊島と万の天軍、そして精霊獣の大群にミュウ達が息を呑んでいるのが分かる。

「探知できないなら、今もどこかに潜んでいる可能性があるってことだよな?」

それこそ最大の懸念。女神の権能と羅針盤が、一つの世界内に限定するなら探知能力において同等である以上、羅針盤もまた探知できないことになる。

しかし、その懸念をルトリアは首を振って否定した。

そして、視界の端ではハジメがあっさりと天変地異から脱し、天人族の王の首を絞めていた。

――こいつの命が惜しかったら動くな! それとも弾けたトマトが見たいか?

と、邪悪な顔で脅すハジメさん。ご丁寧にも、ドンナーをこめかみにグリグリと押しつけている。

神霊も天人も声を揃えて非難した。なんて卑劣な奴だ! と。

ほんとにな! と龍太郎達も声を揃えて同意した。

――勝てばよかろうなのだっ

と、過去のハジメさんは返した。まるで龍太郎達にも答えるみたいに。

聞き覚えのあるセリフだ。と、香織を筆頭にミュウ達が視線を転じた。ユエの方へ。

「……もう、ハジメったら。照れる」

「照れる要素がどこにあったのだ?」

ライラが理解の外にある怪物を見るような、あるいはそんな怪物を前に全てを諦めた 只人(ただびと) のような目をユエに向けている。

天人の王が、自分ごとやってくれ的なことを叫んでいるのが、とっても英雄的。龍太郎達の心は一つだった。

天王さん、がんばれっ。貴方ならきっと乗り越えられる!!

「いいえ、それはありません」

「……根拠は? 探知できないのに、どうしてそう断言できる?」

そんな外野を気にすることなく、魔神と女神の対談は続く。

「狩り尽くした後も、精霊達には常に世界の隅々まで捜索・監視をさせていましたから」

「……あ、ああ、人海戦術……いや、この場合、精霊海戦術か? とにかく、ああ、くそっ。確かに、ごり押しだが確実で有効な方法だ」

どうして思いつかなかったのか。暇を持て余している悪魔なんていくらでもいるのだ。羅針盤に反応がないからといって、〝ないもの〟として扱うとは。

羅針盤の破格の性能に、知らぬうちに頼り切っていたらしい。まさか、これに探知できぬものなどあるはずがないと。

自分の間抜けぶりに思わず頭を掻きむしるハジメ。ユエが困った人を見る目で、いつでも隙を窺っている愛子にGOサインを出す。

待ってました! 鎮魂! ぺかーっと輝くハジメ。すんっとなる。

「人の子にあるまじき大きな力を持つ弊害でしょうか。時には原点に立ち返ることも大切ですよ、南雲ハジメ」

「忠告、痛み入るよ、女神様」

溜息を吐きつつも素直に忠告を受け入れたハジメに、ルトリアの表情が緩む――かと思われたが。

――ぐぁああああっ

――何がっ、がはっ!?

――ギャアアアアッ

――痛い痛い痛い痛いッ

――た、助けっ、体の中に何かっ

――神よっ、どうか我を救いたまぇっ、ゲホォッ

視界の全部が紅く染まって、阿鼻叫喚が響き渡り、天軍も精霊獣も空を飛ぶ存在が血みどろになりながらパタパタと墜ちてくる光景が広がったので、盛大に引き攣った。

もちろん、神霊本体との情報共有で、この時に何があったのかは知っている。微細な金属片を大量に散布し生物の体内に入れたことも、それを以て万軍の命を握って拘束したことも。知っているから〝南雲家の十戒〟にも盛り込んだのだし。

けど、改めて見ると……

「マジで地獄じゃんね……」

「悪魔だよ、やっぱり南雲君は悪魔の神――魔神。ううん、邪神の方が相応しいかも?」

「人の所業じゃねぇ!」

いつも陽気な奈々さえ引き攣り顔に、妙子と昇は巨悪を前にしたように険しい表情。もちろん、レミアママは迅速にミュウを抱き寄せて目も耳も塞いでいる。やはり、おっぱいは全てを解決していた。

「は、話には聞いていたけれど、実際に見ると……これは酷いわね、うん」

「しもうた。モザイクなりなんなりフィルターをかけるべきじゃったなぁ」

雫とティオに続き、香織と愛子、リリアーナもドン引きの様子。

「愛ちゃん、今こそ〝鎮魂〟の出番だよ!」

「……うっぷ、すみません。あまりの惨劇に吐き気が……」

「肝心な時に本人がギブアップ!?」

優花が友になった神様に、なんとも言えない目を向ける。

「こんな仕打ちを受けておいて、あいつの女神になるって……エンティって、もしかしてティオさんと同じ――」

「ちょっとやめなさいよ! 私をあの救いようのない変態と一緒にしないで!」

ティオが、びくんっと反応する。ちょっとニヤけている。――のはさておき、エンティは大変不機嫌そうに言った。

「だいたいそんなこと言ったら、ここにいる人間の大半、いとも容易く惨劇を起こす男に好意を持ってるじゃないのよ」

それはそう、と頷かざるを得なかった。シアが必死のフォローを行う。

「安心してください! 残酷に見えて、全て非殺傷です!」

「「「「「ひさっしょう」」」」」

それってなんだっけ? と言いたげだ。皆揃って。

つまりまぁ、最終的には回復も蘇生もして死傷者はゼロなので、〝非殺傷(殺傷しないとは言ってない)〟という感じのあれだ。

終わりよければ全てよし! を基準にした非殺傷概念である。

と、シアは言いたいらしい。

無理がある……と皆が思った。心は一つだった。

「ルトリア」

「!?」

ハジメに声をかけられたルトリアがぴょんっと跳ねた。座ったままなのに器用だ。

あえて気にしないようにしつつ、ハジメは至って真面目に対談を続ける。

「現在、〝厄災〟が存在しないのは分かった。だが、これからはどうだ? 少なくとも人間の領域から精霊は消えた。姿を見せることもない。巡回は難しいだろう」

「そうでもありません。精霊を探知するための霊素もないのです。密かな巡回は可能です。それに何より、侵入を阻むために世界も閉ざしましたので問題ありません」

「結界か。フォルティーナと同じ、〝厄災〟を阻むやつか?」

「その通りです」

ルトリアの視線が隣に座るライラに向く。過去から響いてくる阿鼻叫喚を頑張ってシャットアウトしながら。

「我が子を新たな〝枝葉〟の化身に迎えたこと嬉しく思いますよ、南雲ハジメ。ライラにはまだ、世界を閉ざす術理は使えないでしょうから、私から伝授しておきましょう」

「は、母が私に秘術を? こ、光栄の極みっ」

「貴女も一つの世界を預かる者になったのです。励みなさい。神の責務を忘れることなかれ。いいですね?」

「はいっ、この存在にかけて遂行いたします!」

ビシッと襟を正すライラに、ルトリアお母さんは嬉しそうに微笑み、その手で優しくライラの頭を撫でた。ライラが恥ずかしそうに身を捩る。もじもじ。

「助かるよ。既に神霊の記憶から伝わってると思うが、他の神霊達も化身候補だ。だから……」

「ええ、分かっています。皆に伝えておきましょう」

「チッ、私だけじゃないのか……」

ルトリアが「え? ライラ? 今、舌打ち……」と驚愕に目を見開いて振り返る。ライラはいつもの淑女前とした表情で「はい、母よ。何か?」と小首を傾げている。

気のせいか……と視線を外すルトリアお母さん。

気のせいじゃないです。すみません、おたくの娘さん――の分御魂の悪影響がちょっと出てるっぽいっす……

という内心は、そっと心の奥にしまっておくハジメとユエだった。

だって、娘二人が反抗期(?)なのに、最後の娘たるライラまで……となったら、お母さんの心労がやばそうだから。

「とにかく、いろいろ参考になった。旅行から帰ったら、さっそく地球もチェックしようと思う」

「それが良いでしょう。しかし、くれぐれも慎重に」

「分かってる。藪を突いて蛇が飛び出すどころの騒ぎじゃないからな」

過去映像の中で、エンティ、ライラ、バラフ、メーレスの神霊組が決死の攻撃を行っている。地上に落ちて悶え苦しむ天人や精霊獣達に被害が及ばぬよう気遣いながら。

降伏し、この場に留まるなら危害は加えないと訴えるハジメだったが、もちろん、エンティ達は止まらない。この巨悪をここで仕留めねば! という決意で胸がいっぱいだ。

止まれば良かったのに……

これもある意味、藪蛇だった。

――さっさと降伏しろ! さもないと、あの浮遊島を吹き飛ばすぞ!

天人族の拠点だ。彼等の住まう都でもある。当然、非戦闘員もいるに違いない。

死兵の覚悟を決めている連中には何を言っても通じない。ならば、家族を人質に取るというわけだ。もちろん、実際にする気はないのでブラフだが。

「「「「「「この外道ッ!!」」」」」」

思わず口を突いて出ちゃう罵倒は、優花達から。雫達も顔を覆ったり、天を仰いだり。

「……案外、彼の存在にとっては貴方の方が藪蛇かもしれませんね」

「ん? なんだって?」

こんなところでご都合性難聴を発症しなくても、と流石のユエも少々呆れ顔。

とはいえ、実際そんな外道な所業はしていないことをルトリアは知っているので、ちょっと気になってチラ見しつつも話を続ける。

「砂漠界のことを考えれば一概には言えませんが……少なくとも、我が世界に出現した彼の存在の基本行動は〝隠れること〟にありました。そうして、力を蓄えるのです」

「……総じて侵略には慎重だと?」

「中には意思疎通が可能な個体もおりました。我が世界の子等を奪った事実は万死に値するので問答無用に滅ぼし尽くしましたが……あるいは、侵略は目的ではないのではないか、そう思わせる個体もいたのです」

「どういうことだ?」

「私に比肩する力を持ちながら、まるで戦い自体を避けたいというように逃げに徹し、挙げ句、自ら別次元へと消えた存在もいたということです。彼の存在は、私や神霊達以上に、別の何かを恐れているようでした」

「……」

〝厄災〟とは結局なんなのか。また疑問が増えた。頭痛でも感じているみたいに、こめかみをグリグリするハジメ。ユエが立ち上がってハジメの後ろに回り肩を揉み始める。リラックスリラックス~。

その傍らに、過去のエンティがぶっ飛んできた。どしゃーーーっと盛大に顔面から地面に突っ込む。

天人も精霊も自己犠牲を厭わず、神霊達に叫んだ結果だ。自分達はいいから、どうかあの邪悪を滅ぼしてください! と。

皆が思った。完全に魔王に立ち向かう勇者パーティー(神霊達)と、彼等を決死の覚悟で援護する兵士達の図じゃないか、と。

人の子や精霊獣達の献身を涙ながらに受け取った神霊達である。もはや止まることなく、突撃! 突撃! 突撃ぃ! 世界に平和を取り戻すんだ! と言わんばかり。

で、エンティも神殺しのアーティファクト群にぶっ飛ばされたわけだ。

しかし、神霊は不死身のようなもの。やるなら徹底的にやらなければ止めることもできないから。

くっと苦悶の声を漏らしながらも浮き上がった過去のエンティちゃんの目の前に、シュタッとヒーロー着地を決めるハジメ。

あ、と過去エンティから声が漏れる。と同時に、ハジメは左手で拳を作って、一切の躊躇いなく放った。

――男女平等パンチィーーーーッ

「「「「「「あっ」」」」」」

優花達から揃って声が漏れた。それは、まるでスローモーションのように見えた。

鋼鉄より堅い金属の拳。魂魄魔法の力で神霊にも効くそれが、エンティの頬に容赦なく突き刺さった瞬間を。

美少女の顔が一瞬ひょっとこのようになり、ついでぐりんっと白目になって、直後、時間の流れが戻ったかのように空中超高速スピンを決める過去エンティ。

そのまま再度、地面に顔面から着地した。グシャッと。

「……痛かったわ。すっごく。体よりも心が」

リアルエンティちゃんの目が死んでいた。そのまま風にさらわれて消えてしまいそうなくらい儚い。封印していた黒歴史を思い出してしまった南雲一家のよう。

「と、とにかく、場合によっては戦わずして追い払う選択肢もあり得るかもしれません。あらゆる可能性を捨てないように、ということです」

「忠告、痛み入るよ。ありがとう、女神ルトリア」

ハジメが心から感謝していると分かる笑みを浮べる。そして、片手を差し出した。

無意識の行動だった。それだけ有意義な対話だったのだ。ハジメにとって。

触れることを求める行為は女神からすれば不遜だったか? と直ぐに思い直すが、女神ルトリアは少しだけハジメの手を見つめ、ふっと柔らかい笑みを浮べた。

そして、

「貴方の世界を守らんと手を尽くす姿勢は評価に値します。本来、それは勇者の役目ですが、貴方にもその心は――」

自らハジメの握手に応じようとして。

視界の端で、ダメ押しに背中を踏みつけられたエンティが緑色スライムにもじょ~っとなっていく様と。

目の前に展開されたゲートから飛び出した左手に顔面を鷲掴みにされたライラが、そのままゲートに引きずり込まれ、メーレスが放った渾身の超圧縮水弾の肉盾にされた光景と。

黒色スライムになったライラの中にこっそり爆弾を仕込んで上空のバラフに投げつけ、ライラスライムもろとも爆破した光景と。

最後の神霊となったメーレス相手にスライムエンティを突きつけ、ぐにゅ~~~っと変形するまで握り込み人質ならぬ神質にし。

――やっ、ちょっ、どこを揉んでっ!? こ、この不届きものぉーーっ、アッ、そこはだめぇ~~っ

みたいな悲鳴というより喘ぎ(?)に近い声をあげさせて(あくまで偶然だと被疑者は供述しており)メーレスを困惑させ、その隙に体内に侵入させたアラクネで身のうちから爆破解体するという所業を行い……

「エンティさん、ちなみにどこを揉まれたのか聞いても?」

「玉井っちは死んでいいよ」

奈々の肘鉄が玉井の肋骨に悲鳴を上げさせたり、エンティがちょっと情緒不安定になって愛子の治療を受けたり、シアでさえフォローできず誰もがハジメに、「これは酷い。いや、仕方なかったのは分からないではないんだけど、ね?」的ななんとも言えない表情を向けているので。

ルトリアは応じかけた握手のための手を、すっと引っ込めた。そして、

「――心は、ないかもしれませんね……。一応確認させてください。実は世界征服を企んでいたりしませんか?」

そう問うたのだった。腹の内を探るような目になって。

「いや、しねぇよ」

「……本当に?」

過去映像の中で、スライムエンティちゃんの声が徐々に大きくなっていく。本当に、人型だったならどこに該当する部分を揉まれていたのだろう。

空中で膝を抱えてくるくるふわふわ、羞恥心のせいか殻に閉じこもってしまったリアルエンティちゃんの様子からすると……。

なんとなく女性陣の目つきがきつくなってきた感じがしないでもない。

何はともあれ、あと一歩のところで女神様が握手に応じるほどの信頼には届かなかったようだ。

まだまだ観光も対談も始まったばかり。

当時は仕方なかった部分があるとはいえ、自業自得といえば自業自得。もう少し良い感じに戦えば良かったなぁと、ハジメは今更ながらに天を仰いだのだった。