軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

星霊界編 一緒に行けない? それでもぉおおおおっ

「〝龍〟の正体――いえ、想念の元と類似存在の心当たりですか……」

地獄絵図鑑賞会という名の観光を終えた後、ハジメ達はまた〝精霊の小径〟を使いながらウダル達の勧める森の名所を巡りつつ星樹のもとへ戻ってきていた。

なお、森の名所巡りは地獄絵図で疲れた心を癒やすためだ。

輝く精霊の泉も、まるでゼ○ダの伝説に出てくるデク○木様のような古木の精霊も、精霊が踊る度に万華鏡のように姿を変える花園も、どれも大変素晴らしかった。

しばらく、ハジメとユエも女神との対談を中断して楽しんでしまったくらいだ。

「ああ。〝龍〟が妖精界で生まれた以上、妖魔の一種なのは確かだろう。〝厄災〟じゃあない。だが、それ以上の脅威だ。なら、あれほどの存在を生み出せる想念とはなんだ? 数多の信仰心から生まれる神ですら霞む存在だぞ?」

微妙に反響するハジメとルトリアの言葉。

それもそのはず。二人は今、ルトリアが星樹の根元に作り出した 洞(うろ) の中で向かい合っているのだから。

ルトリアさんが洞の奥にちょこんっと座っている。三角座りで。

外を見たくないというかのように出入り口に対し横向きに座っているので、まるで雷に怯えた少女が家の中に作った小さなテントの中に引きこもっているかのよう。ここは安全地帯だから! 絶対に大丈夫だから! みたいな。

隣にはライラが足を揃えてしゃなりと座っているので、なおさら、お母さんに付き添われている少女感が凄い。

「……私の知識が及ぶところでは――」

閃光、轟音。ルトリアが「ひゅっ」と息を呑んだせいで言葉が止まる。

「ありません」

何事もなかったように続けた。澄まし顔で。

「妖精界の女神の知見が及ばぬぅっ――ことを、私が知る由もなっくぅっ」

不自然なイントネーションは、もちろん爆音と閃光に合わせて。

「故に、類似存在のこころっ……あたりも、再び生まれ来る可能性についてぇっもっ、語る言葉は持ち合わっせて! ――いません」

「あ、うん、分かったよ。ちょっと待って」

向かい合う位置であぐらを掻いて座っていたハジメが、その膝の上にちょこんっとお尻を乗せているユエを見下ろした。

膝上に座りたいという理由で、本来の少女モードに戻っているユエが、「ん?」と見上げてくる。服装はそのままなので、だぼだぼな格好と相まってあまりにも可愛い。

視線が合っただけでハジメの言わんとするところを察したユエが、指パッチンを鳴らす。

すると、外から響いていた轟音が完全に消えた。

「何をしているのです? まさか、私が恐れを抱いているとでも?」

「いや、単純に聞き取りづらかっただけだ」

「……そうですか。それなら仕方ありませんね、ええ」

果たして、聞き取りづらかった原因は爆音のせいか、それともいちいちイントネーションが乱れるルトリアの言葉か。

あえて言及はすまい、とハジメとユエは思わず顔を背けた。

そして、なんとなしに見る。その視線の先――洞の外の少し離れた場所で、星樹と過去映像をお供に昼食を楽しんでいるシア達の姿を。

外は完全にピクニック状態だ。

カラフルなシートを敷いて、森の散策中に精霊達にオススメされて取ってきた果物や木の実などの森の恵みを楽しんでいる。

野球ボール程の大きさの見た目はクルミ、しかし、食感と味はクッキー生地のバニラ風だという木の実を両手で持って、ハグハグハグッと一生懸命かじっているミュウが大変愛らしい。

よほど気に入ったのだろう。頬がパンパンだ。食べ方といい、まさにリスである。

だが、そんなミュウも含めてピクニック組の視線は上空に向いていた。花火を見上げる観客の如く、目が離せないといった様子で。

そう、シアVSルトリア戦を過去再生しているのだ。

ならば、なぜ対談が洞の中で行われているのかは言うまでもなく。

「おいたわしや、母よ」

「何を言っているのですか、ライラ? 私は何もいたわしくありませんが?」

ライラが漆黒のドレスの袖口で目元を覆っている。涙を堪えるみたいに。でも、あくまで認めないルトリアさん。

あくまで、激しい戦闘の最中では落ち着いて対談できないだろうという女神の配慮だと言い張りたいらしい。泣ける。

静かになったことで少し落ち着いたらしいルトリアが、改めて口を開く――という前に。

視界の端で、なんか盛り上がっている。特に男子陣が。ミュウにも絶賛されているのか、シアお姉ちゃんがちょっと照れくさそうにしている。

優花達は揃って透き通ったような表情を浮べていた。理解はできないけど、まぁ、シアだもん。そういうこともあるよね? みたいな一種の諦めの境地だ。

当時、ハジメの相手をしていて現場にいなかった神霊組は揃ってライラと同じような「おいたわしや」といった表情で、ウダルやオロスは「うん、痛いよねぇ。シアの殴打。分かる」みたいな共感の表情だ。

なお、ソアレは眠っている。ルトリアが見かねて眠らせた。理由は言わずもがな。彼女のシアに対する情念は深淵より深い。落ち着くには今しばらく時間が必要だ。

それはさておき。

そこまでピクニック組が騒いでいれば、流石に気になるというもの。

ユエが空間魔法で〝窓〟を開いて外の様子を見る。ちょうどアンコールに応えて、もう一度シアの大技が過去再生されるところだった。

――ぶっ飛べやぁあああああっ、ですぅ!!!

空中で大の字になったシアから、なんか出た。こう、ペカーッと光線が。ルトリアの怒濤の攻撃が全て消し飛ぶ。

――え?

「あ……」

過去と現在のルトリアの声が重なった。現実のルトリアさんが「見てはいけないものを見てしまった!」みたいな感じで目を見開き、過去のルトリアさんは「意味が分からない!」と言いたげに目を見開いている。

「分かる」

「……ん、分かる」

気持ちは一緒だった。ハジメとユエも。なので、意味が分からないついでにもう一発。

――シぃ~~アぁ~~~……インパクトぉっ!!

今度は右拳からなんか出た。ペカッーーッと。

某バグキャラな筋肉だるまさんの技が、なんなとなくで再現される。バグってやがる。

咄嗟に空間遮断系の結界を張ったルトリアだが、まさかまさか。それすら粉砕されてお腹を――

「ハァハァハァッ」

「いけない! 母よ! 気をたしかに!」

「フゥーーッ、フゥーーッ」

ポンポンが痛そうに両手でお腹をさすっているルトリアさん。幻肢痛だろうか。やはり、まだ直視はできないらしい。トラウマ克服にはもう少しかかりそうだ。

「……ご、ごめんなさい」

流石に罪悪感が湧いたようで、ユエはそっと〝窓〟を閉じた。ついでに〝鎮魂〟もかけてあげる。

「……ちょっと精霊達が悪戯を」

「精霊、女神に悪戯しすぎだろ」

「……ハジメ! シッ」

自分でもかなり苦しい言い訳だと思ったのか、ルトリアは少し口元をもごもごさせている。

この後はユエ様の顔面パンチも待っている。思い出すと本格的に取り乱しそうなので、ハジメは急いで対談へと意識を戻させることに。

シリアルには、三倍増し以上のシリアスをぶつけるのだ!

「〝龍〟は地球だけの問題じゃない。まず、そこの認識を共有したい」

「異論などあろうはずもありません。王樹と天樹の女神が存在を賭して封じなければ、明日は我が身だったでしょう」

ふぅ~っと一息。ルトリアの必要のない呼吸が整う。ライラが優しく背中をさすっているのがなんとも言えないが、女神の表情はキリリッと引き締まった。

「〝龍〟の封印は今のところ万全だ。少なくとも、俺が今できる範囲では万全を期したつもりだ。女神としての見解を聞かせてほしい」

「畏怖すら感じますよ、南雲ハジメ。およそ、人の子が取れる対策ではありません。星の力を掌握した貴方も、天星大結界……でしたか。それを創り上げた人の子も」

「安部晴明……俺の国でも伝説の偉人だ。俺は彼の偉業に乗っかっただけだな」

「どちらも等しく世界を救う偉業です。貴方も、尽力した人の子等も、誇っていいのですよ?」

原因の一端は〝世界樹の枝葉復活計画〟なので素直に受け取るのはどうなのかと、ハジメはなんとも言えない表情になった。

ユエに「照れてる?」と悪戯っぽく微笑まれて、誤魔化すように咳払いを一つ。話の軌道を戻しにかかる。

「だが、何事にも絶対はない。封じる手段はあればあるほどいい。それも個人の力量に依存しない方法が」

「しかり。ですが、既に最高位の封印であると考えます。少なくとも、我が権能に役立てる要素はないでしょう」

「そうか……」

あくまで星霊界の女神だ。実質的に神霊の分御魂を封印の守護に就かせているような現状、既に破格の協力があると言っても過言ではない。

半ば予想していたので、ハジメにも深い落胆は見られなかった。

「封印に問題が起きた時、より多くの手段を取れるようライラやエンティを筆頭に秘術の類い、あるいは〝枝葉〟の力をより引き出す術を教えることはできます」

「それは願ってもないな。ああ、十分に封印強化の手段だ」

「ライラ、学ぶべきことがたくさんありますよ。励みなさい」

「はっ、必ずや期待に応えてみせます!!」

実質的に〝枝葉〟の化身となった神霊の技術的パワーアップだ。ハジメの表情も綻ぶ。ライラの歓喜も一入だ。ハァハァッと息が荒い。

大変な名誉を受けられると知り興奮していらっしゃる。ともすれば過呼吸を起こしそうなくらい。

過呼吸が持病の女神母娘……なんか嫌だ。とハジメとユエは思った。

「加えて……万が一にも封印が解けた時は、我が権能の全てを以て協力することを確約しましょう」

「考えたくもない事態だ。絶対に阻止するつもりだが……ありがたい。その言葉が聞きたかった」

女神との対談における第二の目的。ルトリアとの協力関係の言質を受け取り、どこかほっとした表情になるハジメ。

見上げてくるユエの表情も優しい。見た目はシャインマスカットだが、味は塩こしょうの利いた肉団子な果実(?)をあ~んしてあげる。一息ついて? と。

もはや条件反射のレベルでパクッと食いつき、話の途中だったと少しバツ悪そうにするハジメ。ユエがくすりと微笑む。

ナチュラルにいちゃつく二人を、ルトリアもまた無礼だと憤ることなく微笑ましげに見つめていた。

洞の外が輝いている。ミュウ達が歓声を上げているのが分かる。おそらく世界改変中の過去映像を見ているのだろう。

それに気が付いて外を眺めながら、ルトリアは言う。

「世界は繋がっている」

「うん?」

唐突な、独白じみた声音に首を傾げるハジメとユエ。

「しかし、私はその事実を好ましく思っていませんでした」

「……」

遠くを見る眼差し。ルトリアの、いろんな感情がない交ぜになったような表情に、ハジメ達は口を挟む気になれず、ただ静かに耳を傾ける。

「世界は、その世界の中で完結しているべきです。事足りぬことなどないのだから、それで十分のはず。他の世界は禍を呼び込むリスクを負うだけ。そう思っていたが故です」

だから、ルトリアは一度だって〝勇者〟を喚んだことはない。総計七千年以上を激痛に苛まれながらも己の魂を切り取り、七柱の神霊を生み出した理由もここにある。

過去にされた〝勇者召喚〟は、あくまで人の子がなしたこと。かつて天人の神官が、神より伝えられた秘術を独自に研究・改良した末の召喚技術。

人の世の争いに神の手を煩わせるわけにはいかないと、多世界の存在を聞いていた神官が異界の勇者を頼って独自にやったことが始まりだ。

故に、それはあくまで神域の秘術には及ばぬ劣化技術。〝異界人召喚技術〟であって〝勇者召喚技術〟ではない。

だから、喚び出されるのはいつも勇者ではなく〝勇者の資質を持つ者〟だけ。

女神の叱責を受けた天人族は最初の召喚以降、直ぐさまその技術を破棄した。しかし、異界人のもたらす恩恵に目が眩んだ過去の人々は技術を盗み出し、幾度かの召喚に成功していた……という経緯があったらしい。

シアの召喚は、その技術の欠片を集めてなされたのだ。本来なら不可能なレベルで失わせたはずだが、あのルイスという術士は紛うことなき天才だったのだろう。

「……自ら勇者を選定しようとは思わなかったの?」

そこまで話を聞いて、思わずといった様子でユエが尋ねる。

「そんなことをすれば、我が子がどこぞの世界へ連れていかれるではありませんか。それも死地に等しい状況の中へ」

「……た、確かに?」

「お、おう」

真顔だった。ルトリアさん、すっごく真顔。

女神だから、責務として勇者召喚を拒むことはできないし、しない。けれど、己の世界の人の子が連れていかれるのは耐え難い。

だから、勇者選定はしない。あるいは、勇者召喚しない理由の一つには、その痛みが分かるから、というのもあるのかもしれない。

愛が重い。ともすればヤンデレっぽさを感じてしまうくらい。だって、女神様ってば本当に真顔だもの。

「本当に、いらぬものを持ち込むのですよ、異界の存在は。知識も、技術も、価値観も、それが新たな争いを生むとは思いもせずに」

視線が逸れたので、ほっと息を吐くハジメとユエ。

なんとなく、ダリアを思い出すハジメとユエ。ダリアさんはメイド服を愛用しているが、メイドさんではない。メイド服は女性が着る最高位の衣装なんて伝えたお馬鹿な異界人がいたのだ。

そんな言い伝えは、本当に可愛い方なのだろう。

ルトリアの視線がハジメの指輪に向く。宝物庫に。

まさに、いらぬ技術の宝庫だ。超兵器の類いが人の世にばらまかれれば……本当の地獄絵図が生まれる可能性は大いにあるだろう。

「……個人的な付き合いは許すが、異世界間クラスの交流は許さないって言いたいのか?」

聞きたいこと、確認したいことに関する対談は大体終わった。最後はハジメの要望についてだ。観光の許可は既に出ている。後は異世界間の継続的な交流である。

女神や神霊との交流に否はないだろう。協力関係を築けたのだから。

だが、星霊界の住人と他の世界の住人の交流は……まだ言及されていない。

果たして、ルトリアの結論は。

「ええ、許可できません」

拒否だった。

どうしてもという要望ではない。異世界間で相互協力できれば文化の発展や有事の際の助け合いにも有効だろうと思っただけだ。

とはいえ、今まで協力的だったルトリアなだけに、その断言は少し意外で言葉に詰まる。

「……いや、意外でもないか。この世界の連中は、今が頑張り時ってことだよな?」

「ええ、その通りです」

ハジメの理解の言葉に、冷たいとも思えたルトリアの表情が和らいだ。

「……ん、なるほど。安易に代替手段を得たら霊素を奪った意味がない」

ユエの補足が、まさに答えだ。彼等は自分達の力で先に進まなければいけないのだ。それが贖罪であり、人に課された試練だから。他の世界の技術提供は、今の星霊界の人々にとって毒にしかならないということだ。

……それはそれとして。

洞の外に、なんか精霊獣が続々と集まっているのが微妙に気になる。

森の中では、神の気配を畏れてか精霊ほど無邪気でない彼等は遠巻きにして近寄りはしなかったのだが、どうやら遂に寄ってきたらしい。

過去映像を見終わって、でもパパはまだお話中で、さて、どうやって過ごそう? パパ達がいないのに遠くに行きたくはないし……あっ、変な動物さんがいる! おいでなの~!

という感じの可能性が大。一部でコミュニケーション特異点とか呼ばれているミュウに手招きされては、彼等も抗えなかったに違いない。

と、推測するハジメとユエ。だいたい合ってる。

「その通りです。こちらの技術や知識を他の世界に広めることは許しましょう。神器や分御魂自体を贈った以上、そして独自に霊素を生成し干渉する術を持つ以上、今更ですから。しかし――」

「逆は許可できないと。あくまで俺達個人の付き合いは良いんだな?」

「許します。先に言った通り、救世を成した者への礼ですから。ただし、転移の門を人の世の中に直接設置することは許しません。必ず、我が神域を経由すること。良いですね?」

「うちでいう〝世界扉〟用のエントランスのようなものだな。いざという時のセーフティーが女神なら、こちらも安心だ。了解した」

……視界の端に、なんかやたらとミュウに懐く精霊獣が映った。立派な一本角が生えた白馬だ。淡い輝きを纏っていて神秘的である。

ミュウに頭を垂れて鼻先を押しつけている。ミュウも可愛い可愛いとニッコニコの笑顔で鼻筋を撫でている。

それだけなら微笑ましい光景なのだが……

ほんと綺麗だねぇ~と、香織が触ろうとするとサッと凄まじい反応で避けた。ミュウには一切影響がないように鼻先の位置は固定したまま、体だけサイドステップしたのだ。

どう見ても拒否反応だった。凄まじいまでに嫌悪感が伝わってくる。

香織がショックでガタガタ震え始めた。洞の中に、ユエが小さくブフッと噴き出す音が響く。

シアが苦笑しながら「偶然ですよぉ」と笑顔で触れに行く。

一本角から後ろ脚での蹴りが飛んだ。咄嗟にクロスガードするも数メートルほど吹っ飛ぶシア。口元が引き攣る。

「ただ、これは現状を鑑みてのことだと理解してください」

「こちらの人間社会が安定したら、交流の機会もあり得ると?」

「そのように捉えていただいて問題ありません」

ミュウが驚いて思わず後退り。レミアがミュウを庇うように後ろから抱く。一角獣の目がギロリとレミアを睨んだ。

もしや危ない生き物なのかと、たまたま一番近くにいた龍太郎が二人を守るべく傍に駆け寄ろうとする。

その瞬間、一角獣が一条の光になった。と錯覚するような突進を行った! 一本角がギラリと輝く!

まるで、「男がこの子に触るんじゃねぇえええっ!!」と言わんばかり。殺意すら感じるそれに、龍太郎から「うぉおおおおおっ!?」と雄叫びじみた悲鳴が出る。

咄嗟に〝重金剛〟を展開した龍太郎。同時に、その眼前に橙色の障壁が展開され、更にティオが間に割って入った。

ティオの反応速度は納得のところだが、鈴まで反応できたのは愛の成せる技か。

しかし、結果的に衝突はしなかった。一角獣が直前で軌道を変えたからだ。最初から当てるつもりはなく脅しのつもりだったのかもしれない。

直ぐに立ち止まった一角獣は龍太郎を睨み、フンッと鼻を鳴らした。レミアへも視線を向け、「まぁ、しょうがないだろう」みたいな表情をする。馬なのに、なんて表情が豊かなのだろう。

誰もが困惑する中、一角獣はちょうど正面にいた人物にぴくりと反応した。何かを推し量るようにジッと見つめる。

警戒して身構えるその人物は――優花だった。

一拍。パカラッパカラッとゆっくり歩み寄る一角獣。

咄嗟に動こうとする雫達だったが、それをウダルが止める。危険はないと。あれはそういう生き物なのだ、と言っているっぽい。

「それがいつのことになるかは分かりませんが……いつか、その時が来ればいいと思います」

「異界の何かがもたらされるのは嫌なんじゃなかったのか?」

「己の世界の中だけで完結すべきである。そう信じて、失わずに済んだかもしれないものを多く失ったのかもしれない。少なくとも人の子がシア・ハウリアを召喚せねば、私は、私の子供達を自らの手で、また……」

「……人だけじゃなく、女神もまた変わる時が来た?」

「ええ。そうなのかもしれないと感じています」

ユエの問いに、うっすら微笑んで頷くルトリア。

その瞳に滲むのは、どんな感情か。

あの時もっとこうしていれば……そんな人間なら誰しもが一度は思うことを、ルトリアもまた感じている。そんな風に見える瞳だった。

シアの召喚は、そしてハジメ達との出会いは、女神が己を見つめ直す契機にもなったのかもしれない。

という、なんか良い感じにハジメ達とルトリアが言葉を交わしている一方で。

一角獣が優花に懐いている。確かに心配はなかったらしい。

ミュウにするように自ら鼻先を優花に触れさせる。困惑しながらも、ちょっと嬉しそうに撫でてあげる優花。

ミュウが走り寄って一角獣の脚をぺちぺちしている。もう暴れちゃダメ! と叱っているようだ。分かった、と言っているみたいに頭を垂れる一角獣。

いったいなんなんだ……と一角獣を見つめるシア達に、当の一角獣は優花やミュウからは見えない角度でシア達の方へ首を回し、

ブルルルルッ、ペッ!!

唾を吐いた。チンピラもかくやといったメンチを切りながら。

シア達が一斉に、「こ、こいつッ」みたいな顔になった。

「……あの子は乙女の守護者です。危険はありません」

なぜだろう。星霊界に生きる全ての命を愛しているはずのルトリアさんだが、一角獣を見る目はちょっとジト目っぽい。問題児の教育に困っているお母さんのよう。

「……今、まさに香織とシアが拒絶されたけど」

「言い方を変えましょう。純潔の乙女の、です」

「ただのユニコーンじゃねぇか」

ハジメさん、大正解。星霊界のユニコーンさんだった。

乙女じゃない(意味深)乙女は許せない。男なんて逆にこの角で貫いてくれるわ! を地で行く性霊――精霊獣らしい。

それはミュウに懐くはずだ。優花は……うん、何も言うまい。

「大丈夫なんだろうな?」

「乙女と認めた相手のためなら、いとも容易く命すら捨てて守る子です。その対象が大切にしている者に対しても、毛嫌いはしても傷つけはしません」

「……なんかやだ」

ユエから素の「やだ」が飛び出した。見た目はいかにも神馬という感じなのに……と。

シア達もウダルから説明を受けたのだろう。警戒は解いたものの、どことなくジト目だ。優花は顔を真っ赤にして離れようとしている。

妙子さん、特に動揺もなくにっこり笑顔で「アレンさんにあんなことしちゃったし、私も触らせてもらえないかぁ」と言って周囲をざわめかせる。あんなことってどんなこと!? 英国のエリート諜報員さん、何をされたの!? と。

昇(のぼる) は昇で、お宝を見つけたトレジャーハンターみたいな目になりながら「なんてこった! 可能性の獣じゃねぇか! 柳(リーウ) さんと引き合わせることができれば……」とか普通に気持ち悪いことを呟いている。

そんな中、普段のノンデリ淳史ならスマホが臨終するリスクを負ってでも茶化しそうなものだが、今回は大人しい。あるいは何か気になることでもあるのか?

ざわついている周囲をよそに、チラチラと視線を飛ばしている。

視線に気が付いた当人が「ん?」と小首を傾げ、直ぐに何か察してニマァ~~ッと意地の悪い笑みを浮かべた。

なに? なに? 気になんのぉ? さいてぇ~みたいな雰囲気で淳史の横腹をぐりぐり。

はぁ? なに勘違いしてんの? 自意識過剰じゃね? みたいな表情を返す淳史。

ユニコーンセンサーが更なる守護るべき乙女を捜して輝いている。チラッと視線が飛んでくるが、じゃれる二人の姿に何を思ったのか、不機嫌そうにカーーッ、ペッ!! と唾を吐いてそっぽを向いた。

そんなことより、今はこの麗しの幼女様を背に乗せることこそが我が使命! とでもいうかのように、ミュウの前に膝を折って背に乗るよう促している。

レミアママ、凄く嫌そう。あらあらしながらも、乗りたそうにしているミュウの手を離さない。ユニコーンさんと視線が合い、珍しくも火花が散らしているっぽい。

「ちなみに、交流の一環として精霊や精霊獣を何体か、箱庭に招待したいんだが」

「エンティの記憶から理解しています。我が子が女神を務める世界に、この星の子がいないのは寂しい。ええ、無理強いは許しませんが、望む子が居れば受け入れてあげてください」

「それは良かった。ただ――」

「……あれは拒否。なんかやだ」

ユエが被せ気味にそう言った。それはそうだ。ユニコーンさんがいると、この先、〝箱庭〟に招待された女性は全員、ある種の判定を受けることになるのだから。

自分が判定されるわけではなくとも、同じ女性としてそりゃ嫌に決まっている。

「というわけで、あいつ無理にでもついてきそうなくらいミュウに懐いているけど、場合によっては女神として言い聞かせてやってほしい」

「……よいでしょう」

女神様が視線を逸らしつつも了承してくれる。拒絶された我が子を哀れむが、自業自得にも思えるのでなんとも言えない……みたいな表情だ。

女神の了解が取れて、良かった良かったと深く頷くユエ。とはいえ、不安は残る。果たしてミュウの方はどうか。気に入っておねだりされたら……

――ねぇ、パパ! ユエお姉ちゃん! いいでしょ? ユニコーンさん飼ってもいいでしょ? お願いなの!

――ダメだ、そんなどこの馬とも知れない馬、元いた場所に戻してきなさい!

――ん、情操教育に悪い、こんな性なる獣はメッ

――そんな! ユエお姉ちゃんだって性なる吸血姫なのに!

「ぐふっ」

「ユエ、どうした!?」

まさかシミュレーションで自爆したとは言えない。自覚がある証拠になってしまう。

「……なんでもない」

「いや、今、明らかにダメージを受けて――」

「そ、それより! ……そう! 私からも確認したいことがあるっ」

「あ、はい。構いませんが……どうしてそんな前のめりに?」

誤魔化し半分だからとは、やっぱり言えない。だが、ルトリアとの対談次第では確認すると決めていたことだ。目配せすれば、ハジメも了解したらしい。頷きが返ってくる。

「……さっき、人の子は今が頑張り時って話をした」

「ええ、それが?」

「……頑張って償いと試練を乗り越えた先、貴女が異界との交流を許可してもいいと思えた時が来たら……世界の在り方、元に戻す?」

再び、霊素を人の手に。精霊や精霊獣も人に寄り添う存在に。

世界を改変した者の責任として、この先の未来でルトリアが望むなら再び手を貸すというユエに、ルトリアは少し目を丸くした。そして、好ましげに微笑を浮かべる。

そこに単なる責任以上の、ルトリアに対する気遣いを感じたから

「ユエ、貴女の気遣いと歩み寄りに感謝します。ですが、不要です」

「……そう? もう人の手に霊素を戻すつもりはないってこと? 未来永劫、人間とは関わらない?」

人の子を心から愛する母だ。いつかはまた人の世に寄り添いたいだろう。未来永劫、断絶した関係のままは寂しいだろう。そう思っての確認だったのだが……

ルトリアに悲壮な決意をしているような様子はない。むしろ、穏やかだ。

「そうではありません。何もしなくても、いつか霊素は人の子に戻るという意味です」

「……そうなの?」

目をぱちくり。魂魄の改変による霊素剥奪だ。とても戻るとは思えない。ユエだけでなく、ハジメもまた意外そうな表情になる。

「命が散れば魂も霧散する。しかし、霧散するだけで消えてなくなるわけではありません」

「そこはまぁ、知ってる知識だ。魂魄魔法の領分だしな」

「……ん」

故に、問題はその先だった。女神の知識だ。

「霧散した魂はその世界固有のエネルギーに還元され、世界を循環します。色の付いた一滴の水が、大きな川の流れに落ちて混ざり合い見分けがつかなくなるように」

「……命が生まれた時、その川の流れから散った一滴が宿って魂になる?」

正解、と頷くルトリア。そうして、命は巡るのだと。

「大いなる樹は、その循環を補助し、あるいは澱まぬようにするための存在。この世界のエネルギーを素子に変換して外の世界へ放出し、逆に他の世界から素子を取り入れ、それぞれの世界に適した形にして流す。ある種の浄化機能でもありますね」

「……ん? 待って。人の領域からは丸ごと霊素を取り上げてる。自然の中にもないはず。それじゃあ新しい命は……」

少し心配そうに眉根を寄せたユエに、ルトリアはくすりと微笑んで首を振った。

「心配ありませんよ。私には生きとし生けるものを魂レベルで改変して霊素を取り上げるなんて荒技は、それも一度に短時間でとなれば不可能です。ですが、世界を巡る霊素量を、改めて微細に調整するくらいはできるのですよ?」

「……それは……確かにそう。女神だし」

「ええ、女神ですから」

女神が、改変後の世界をきっちり管理していないはずがない。無用の心配だったと少し恥ずかしそうにするユエ。もぞもぞとお尻を動かして座り直しちゃう。

今は少女モードで服がぶかぶかなのだ。そんなことをすればスカートが際どい感じになる。ハジメはめくれそうなスカートを手で押さえてあげながら、話の流れから得た推測を口にした。

「そうか。魂を改変しても死ねば霧散し、浄化され、新たな命に宿る魂はこの世界に適した新しいエネルギーから作られる。つまり、次代の人間は霊素を取り戻している?」

結果は、半分当たりで半分不正解だったようだ。ルトリアが苦笑を零す。

「世界の流れは、人の世のように性急ではありませんよ、南雲ハジメ。ほんの数年で大いなる樹が全ての霊素を入れ替えるわけではありません。何百年あるいは何千年とかけて世界を回すのです」

「つまり、この世界の人間は何世代か何十世代かかけて少しずつ霊素を取り戻していくってことか?」

「人間だけでなく、生きとし生けるもの全てですが、その通りです」

だから、ちょうどいいのだ。人の子等を試すには。人は痛みを忘れる生き物だから、けれど教えを後世に残せる唯一の生き物でもあるから。

果たして、今受けている痛みを忘れてしまうような年月が経った時にも、同じ過ちを繰り返さずにいられるか。霊素を扱える人間が少しずつ増えていく社会で、なお自制と自然への愛を保てるか。

まさに、人の世を見守り続ける女神のみが知り得ることだ。

納得して頷くユエとハジメ。少しの間、沈黙が横たわった。会話が止まった。

それは他に話すことはなかったか頭の中を確認する時間だった。

穏やかに待つルトリアの前で、ハジメとユエは頷き合った。ユエの体が輝きを帯び、再び大学生モードになる。

「女神ルトリア、こちらからは以上だ。旅行の結果によってはもう少し相談させてもらいたいことができるかもしれないが」

「問題ありません。南雲ハジメ、貴方との対談は有意義なものでした。これからも、そうであると信じましょう。言葉を交わせたこと、嬉しく思いますよ」

「こちらこそだ。応じてくれてありがとう」

お互いに立ち上がり、今度こそ固い握手を交わす魔神と女神。

ユエの表情も和らぎ、ライラもほっと胸を撫で下ろしてる。

「……ハジメ、あんまり食べてないでしょう? 今からでもピクニックしよ?」

「ええ、そうすると良いでしょう。……過去視はしませんね?」

「しないしない。森の恵みを堪能させてもらうよ。食事のお供は十分だしな」

警戒するルトリアに苦笑しつつ、洞の外に出るハジメ。

視線の先には、ユニコーンさんは放置して他の精霊獣と戯れるシア達の姿があった。

揃って美しく、そしてユニークな生き物だった。

炎のようなオーラを纏う 鳳凰(ほうおう) の如き鳥が雫の肩にとまっている。雫が少し緊張しているのは、その瞳に知性の輝きを見たからか。

「この子、なんだか頭が良さそうね。すごく綺麗だし……」

『ありがとう、お嬢さん』

「キャァアアアアッシャベッタァアアアアアアアッ!! それも凄い渋いおじさまボイスで!!」

ティオや香織はバスケットボール大の真っ白なモフモフふわふわな綿毛に埋もれている。綿毛型の精霊獣だ。現れた時は集合して雪男モドキな姿だった。

『翼のある子、空の子、天の子!』

『異界の翼! いろんな翼の子!』

「わっぷ、ちょっ、そんなにモフモフしないでぇ」

「知性があるんじゃなぁ。どれ、異界の翼とはこれかの? おぉ、喜んでおる」

「あ、だから私達に興味が? じゃあ私も翼を出して――もっとモフモフきたぁ!」

リリアーナと愛子は、極彩色の煙(?)が虎のような形を取った精霊獣に、まさに煙に巻かれるようにして弄ばれている。

「この虎、虎? 絶対私達のこと、からかってますよねぇ!」

「リリィさん、怒らないで。素通りされる時、体内が銀河みたいで綺麗ですよ~」

「いや、愛子さん。普通に大口開けて呑み込んでくるのに、なんで平然として……あ、自分に〝鎮魂〟かけてるっ、ずるい!」

奈々達は何十匹もの宙に浮く猫もどきに囲まれている。大きな目に裂けたように笑う口元、カギ尻尾が特徴で、まるで〝不思議の国のアリス〟に出てくる 悪戯猫(チェシャキャット) のよう。

「ちょっ、このスケベ猫! スカートめくりって小学生か!」

「ふむ、水色か……」

「グッジョブだぜ、悪戯猫さ――ああっ、俺のバッグ返してぇ!」

奈々がやたらとスカートを狙われ、淳史が学者の如き目つきでそれを観察し、昇がバッグを奪われ駆け回る。その傍らでは、

「かわいいねぇ。ほら、見て、龍くん。この子おねむだよ? 周りはこんなに騒がしいのに」

「こっちもゴロニャンしてやがるぜ」

「……なんというか、鈴ちゃんも坂上君もしばらく会わない内に随分と……同棲が原因かな? もう、カップルというより夫婦だね? 雰囲気が。まるで自分達の赤ちゃんをあやしてるみたいだよ?」

「「!? よ、よせやいっ」」

「うん、ほんとそういうとこね?」

妙子が感心半分羨ましさ半分くらいの表情で肩を竦める。旅行から帰ったら、アレンをもっと調きょ――親密にならないとね、と決意しながら。

更に、レミアとミュウのもとへは新たな馬が一頭。角はなく、代わりに翼が生えた白馬だ。輝きを纏う姿は神馬というに相応しい。神話に出てくるペガサスである。

「あらあら、この子は触らせてくれるのね? うふふ、ありがとうございます」

「みゅ? ママ、なんだかユニコーンさんの様子が……」

レミアとミュウを翼で覆うようにして穏やかに見つめるペガサス。そして、そんなペガサスに、ユニコーンさんがとんでもない形相を向けている。

まるで不倶戴天の敵でも見るかのような形相だ。

ペガサスに争う意思はないようで、むしろ、ユニコーンに向ける目は諫めているかのよう。あるいは、ユニコーンに目を付けられた幼子とその母親を守りにきた、みたいな雰囲気にも見える。

「ハジメさぁ~~ん! お話は終わりましたーーっ?」

シアの傍には一際大きな力を感じる龍モドキも。見るからに触り心地が良さそうな真っ白な毛並みと艶やかな鱗に覆われていて、まるでネバーエンディングストー○ーに出てくるファルコ○を幾分か小さくしたような姿だ。

実際、触り心地が良いのだろう。白龍をモフモフするシアの表情は、人をダメにするクッションにダイブした時とそっくりのだらしない表情になっている。

「この龍さん、うちにご招待します! いいですよねぇ~?」

『勇敢なお嬢さんの頼みだ、私に否はないよ。異界の魔神殿、よろしく頼む』

既に〝箱庭行き〟の交渉は済ませた後のようだ。

他にも全身を苔と草花に覆われたゴリラっぽい精霊獣や、歩くキノコみたいな精霊獣、風船みたいに膨らんで浮いたり萎んで地面を転がったりする狸みたいな精霊獣、足元からひょっこり頭だけ出しているポケモンのディグ○そっくりな精霊獣などもいる。

キャッキャッと不思議な生き物達と戯れる家族の姿は、なるほど、確かにこれ以上ない料理のお供だろう。

「離れた場所から窺っている大きな気配も感じるが……」

「……ん、敵意はない。大型の精霊獣は遠巻きにしてる?」

「あなた達を気遣っているのでしょう。大きい、強いというのは、それだけで相手に畏怖を与えますから」

「知能が高いな」

「ただの獣ではありません。精霊獣の中でも長い年月を生きた子等は、相応の理知を得ますから。そういう意味でも良き交流ができるでしょう」

ルトリアのシア達と精霊獣達の戯れを見つめる目は、とても優しい。

それは他の神霊達も同じで、封印中のソアレ以外の全ての神霊達もまた嬉しそうに眺めている。

……いや、一体だけ少し違うか。視線がチラチラと飛んでくるというか、上の空というか、ある意味、情緒不安定というか。

当然、気が付いたルトリアさんの表情が不意に厳しいものになる。そうだった。このことについて問いたださねば、と思い出したように。

視線がスッと傍らのハジメへ向いた。

「南雲ハジメ、こちらからも問いたいことがあるのですが」

「ああ、なんでも聞いてくれ。とはいえ、大抵のことは神霊と共有しているはずだが……」

ミュウが手を振っている。レミアの前に座る形でペガサスの背に乗って。レミアも少し照れながら小さく手を振ってくる。

ユニコーンさんが見るからにキレていた。ペガサスさんに。

「なんじゃワレぇ? 毎度毎度、説教たれおって。おぉん? ワイが先に目ぇつけた子やぞ? なに勝手に乗せとんねんっ。お? お?」みたいな顔だ。

ペガサスさん、これ見よがしに溜息を吐いた。やっぱり言葉が通じねぇ、みたいな雰囲気だ。下から睨め上げてくるユニコーンの視線とツンツンッと当たる角が心底煩わしそう。

とはいえ、ペガサスに乗れて嬉しそうな母娘の姿は大変微笑ましい。ハジメも手を振り返しながらニッコニコ――

「エンティを、いつ 娶(めと) る気なのですか?」

「ごふぉっ」

思わずむせた。ルトリアの方を見れば、真顔がすぐそこに。真剣だ。めっちゃ真剣な質問だ。

「いきなりなんの話だ?」

「近いうちに妻達と子供も作る気なのですよね? エンティもきちんと含まれていますか?」

「含まれてるわけないだろ!?」

「つまり、あの子を妻にはするが子は作らないと? なぜです? 神との間に子を成すことに不安が? それでしたら、私が問題ないと保証を――」

「待て待て待て! 話を勝手に進めるな! そもそも娶る気もねぇよ!」

「!? や、やはり、あの子とのことは遊びだと? 弄(もてあそ) ぶだけ弄んで捨てる気ですか?」

「人聞き悪いな、おいっ」

ルトリアから怒気混じりの神威が溢れ出す。割とマジでキレかけていらっしゃる!

せっかく円満に対談が終わったというのに、痴情のもつれ(勘違い)で魔神VS女神が勃発しようとしている!

「エンティの記憶を受け取ったんだろ? そんな関係じゃないことは分かってるはずだが」

「エンティの記憶を受け取ったからこそ分かります。むしろ、察せぬなどあり得ないほどあからさまではありませんか。知らぬ存ぜぬは許しませんよ」

お母さん、ガチだ。そして、ユエ様が隣で「確かに」と呟いた。

スススッとルトリアの隣へ移動し、キリッとした表情でハジメを見る。女神側についた! ほら、答えて。早く答えて、ハジメ! と視線で訴えてくる! 絶対、半分は面白がっている。

「一人しか愛せないわけでないことは既に証明している。女神の寵愛を受け取るに、何が不満だというのです? 私はあの子の母として――」

「だからちょっと待て。悪いが俺は――」

「ちょぉおーーーーとぉっ、何を話してんのよぉーーーっ!?」

流石は風の神霊。こちらの会話が聞こえていたようだ。ハジメとルトリアの会話をぶった切るように真っ赤な顔で飛んでくる。

「エンティ。知っての通り、神と人が結ばれたことは過去にもあります。子を成すことも可能です」

「わざわざ言わなくても知ってますけど!? ウダルなんか昔は何人もお嫁さんがいましたし!」

遠くでウダルの頭上に〝!?〟が飛び出した。なぜかシアに向かって「む、昔の話だ!」と弁明している。シアは当然、「いや、知らんがな」みたいな顔だ。

「しかし、南雲ハジメに語ったことはないでしょう? どうにも貴女の記憶を見る限り歯がゆいといいますか……母は貴女が心配なのです。まずは、南雲ハジメに正確な情報を与え、そのうえで貴女の寵愛を――」

「母様のばか! もう黙っててください!」

「ば、ばか? だまって? エンティが、私をばとう、した……?」

ルトリアお母さん、ショックのあまりふらりっ。ライラとユエが咄嗟に両サイドから支える。

そんな母の様子はお構いなしに、エンティはキッとハジメを睨んだ。ついでに指もさす。

「か、母様の勘違いよ! 私、別に、そんな……違うからね!」

「お、おう。まぁ、なんだ。母親からすると距離感が近すぎたのかもな。今度から尻を乗せてくるのはやめろ――」

「お尻は乗せるわ! 絶対にね!」

「そのこだわりはなんなんだ……」

「エンティ。なぜ、誤魔化すのです? 貴女の言動からすると、どう考えても貴女は南雲ハジメのことを――」

「母様? 私には私のやり方があるんです。次に口を出したら……嫌いになりますっ」

「……」

ルトリアお母さんが白目を剝いた!! まるで一昔前の少女漫画のキャラがショックを受けた時みたいにピシャーーッと雷が奔ったみたいに!

ライラが「母よ! お気を確かに! っ、息を――してない?」と叫びながら愕然としている。ユエが冷静に「元から呼吸は必要ないでしょ」とツッコミを入れている。

集まってくるシア達。他の神霊や精霊獣達も集まってくる。

流石に声の大きさもあって事態は把握しているのだろう。一部は面白がるように、あるいは苦笑しながら、神霊達はエンティに咎めの視線を送りながら。

「…… 婿(むこ) 姑(しゅうとめ) 問題、勃発?」

「やめてくれよ」

ウダルやライラ達に囲まれ説教されているエンティを横目に、ハジメは苦笑いを浮かべる。しかし、雰囲気は緩い。来た時よりずっと。

ユエもからかい気味の言葉に反して表情はニコニコだ。

対談は無事に終わった。想定していた中では上々の結果だった。

それでハジメの心が少し軽くなったことを感じ取ったのだろう。良かったね、少なくとも星霊界の旅行は気兼ねなく楽しめるね、と慈愛に満ちた眼差しをハジメに向けている。

からかいの仕返しに、そんなユエのほっぺを優しくむにぃ~っと摘まんで、ユエもくすぐったそうに自ら頬をすり寄せて……

「パパ! お話、終わった!? あのね、あのね! この子、家に連れて帰ってもいい――」

ユニコーンさんがあまりにペガサスさんに絡むので乗り換えてあげたミュウが声をかけてくる。

もちろん、答えは一つだ。

「「元の場所に返してきなさい!」」

「「!!?」」

ユニコーンさんとミュウは揃って目を見開いた。「なぜ!?」と。

その後。

森の恵みを味わいながら、神域の孤島巡りを楽しんだハジメ達。

まるで世界中の宝石を集めたような輝く鉱石で埋め尽くされた洞窟や、呼吸にまったく支障のない不思議な水で満たされた湖、空間がループしていて永遠に落ち続ける峡谷、草原かと思えば巨大な亀の背中だった場所や、もちろん星樹の天辺からの絶景も。

神秘に満ちた孤島を堪能している間に、エンティが謝ったこともあって(ライラ達に説教された末に渋々といった感じだったが)ルトリアも復調し、最後には大型の精霊獣も交えて宴が催された。

〝箱庭〟に勝るとも劣らない幻想的な空間に、誰もが夢心地だったのは言わずもがな。

途中から、せっかくだからと〝箱庭〟から妖精や妖魔、デモンレンジャーズも呼んで……

旅行最初の異世界交流会の夜は、更に賑やかさを増して 更(ふ) けていったのだった。

翌日の朝。

バルテッド王国の広々とした執務室には、かつてない緊張感が漂っていた。

室内にいるのは四人。

例のあの人のメッセージ曰く、転移してくる場所はここで、時間はもう間もなくだ。

国王エリックは椅子には座らず、待ち構えるようにして執務机の少し前に立っている。その横にルイス、グレッグ、フィルの幹部兼幼馴染み達が並んでいた。

「いいか、これが最後の練習だ。行くぞ!」

「「「おう!」」」

四人以外、誰もいない執務室に響く緊迫感に満ちたやり取り。まるで大会を目前に控えた体育会系の部活のよう。

エリック国王はすぅ~~と息を吸うと、決死の表情で声を張り上げた。

「すまない、シア! ダリアはもうこの国にはいない! それどころか、どの国にもいない! 行方不明なんだぁーーっ!!」

心の中で〝今だ!〟と叫ぶエリック。通じ合った幼馴染み四人は、一斉にリンボーダンスの如く後ろへ倒れた。

キレッキレの動きで取ったブリッジのような姿勢は、まるでマトリック○の主人公ネオが初めて弾丸回避をした時のよう!

で、そのタイミングで〝ゲート〟の輝きがふわっとな。

「な、なにやってんだ……」

「エ、エリックさん……?」

ルトリア達の見送りを受けつつ来訪したハジメ達は、目の当たりにした。

転移の先で、なぜか仲良く並んでブリッジしているイケメン四人を。

もちろん、困惑を通り越して誰も彼もがドン引きである。

まさか、ダリアの行方不明を伝えた途端、怒ったハジメによって頭に風穴を空けられるかもしれないから回避の練習をしていたなんて、説明もなしに伝わるはずもない。

故に、それはただの奇行で。

大恩ある、未だに思い出にしきれない女の子との五年弱越しの再会なのに……

なので、エリック達の心は一つだった。

「「「「最悪だぁっ」」」」

取り敢えず、愛子から渾身の〝鎮魂〟が飛んだ。