軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

星霊界編 注文の多い異世界女神(至極真っ当)

「ヒッ、お腹はもう殴らないでっ」

緊迫した空気が一転、女神様の悲痛な叫びに違う意味で冷える現場の空気。

出迎え直後の威厳が嘘のよう。空中で器用にうずくまる女神様の姿は、まさに理不尽な暴力を受けて怯えるただの女性の如く。

神霊達もまた神威を霧散させて心配そうに寄り添う――いや、なんか某火輪の神霊さんだけ恍惚の表情でシアを凝視しているが――

とにかく、神的醜態をさらす母の後ろで「どうしよう……」「やっぱりこうなったか……」みたいな感じでオロオロしていらっしゃる。

もちろん、これぞ女神! と叩き込まれた第一印象を一瞬で無に帰された(しかも本人に)優花達もまた酷く動揺している。

ギギギッと油を差し忘れた機械のようなぎこちなさを以て顔をシアに向ける。

その目には疑いようもなく疑念が宿っていた。

すなわち、暴行の容疑である。

「ち、違うんです! これには海より深いわけがありまして!」

「俺から簡単に説明しよう。ハウリアは〝世の中の問題の九割は暴力で解決できる〟と豪語する一族である。そして、シアはハウリアである。つまり、そういうことである」

「なに論理的に証明しました! みたいな顔してるんですかっ。ハジメさんは黙っててください! だいたい合ってますけどぉ!」

だいたい合ってるんだ……とちょっと引く優花達。そんな会話が聞こえてか、ルトリアがハッと我を取り戻した。

慌てて立ち上がり、何事もなかったかのように澄まし顔を作る。

威厳復活! 威厳復活! 何かを誤魔化すかのように神威マシマシ! 後光も普段の三割増しで輝いてます!

神霊達もいそいそと定位置に戻っていく。まるで練習した役者みたいに。人型の神霊――闇の神霊ライラや雷雲の神霊ウダル、流転の神霊エンティがなんとも言えない微妙な表情になっている。(ソアレはシアしか見ていない。シアは絶対に目を合わせないようにしている)

加えて、気のせいだろうか?

大地の神霊――大柄な人程度のサイズの宙に浮くロックゴーレム姿のオロスや、氷雪の神霊――クリスタルの如き透明な大鷲姿のバラフ、海流の神霊――これまた縮小サイズモードで宙に浮く海龍メーレスといった表情の分かりづらい神霊達まで、「もう見ていられない……」みたいな感情が滲み出ている。

何はともあれ、だ。

「星の導きは正常や否や。少し確かめておりました」

うずくまったのはお腹を庇ったからじゃないよ。ちょっとしゃがんで星樹の根元を確認していただけだよ。

つまり、そういうことにしたいらしい。女神様的に。澄まし顔なのが余計にシュール。

なので、奈々が思わず口に出しちゃう。

「え、女神様の誤魔化し方、下手すぎ……?」

「シッ、奈々! 空気を読みなさい!」

優花が慌てて奈々の口元を手で押さえる。ルトリア様の鉄壁(?)の真顔に一瞬亀裂が入った、ような気がした。

「……異界の子よ、再びまみえたこと嬉しく思います。しかし、此度の来訪の目的が――」

気まずい空気の中を強引に突っ切るように話し始めるルトリア様。

しかし、その視線が捉える。捉えちゃう。

ちょうどハジメの後ろにいて見えていなかったらしい人物がひょっこり顔を覗かせた瞬間を。

おそらく、反射的な行動だ。

「ヒッ、もう顔は殴らないで!!」

再びうずくまる女神様。今度は両手で頭を庇うようにして顔を隠すスタイル。いわゆるカリスマガード状態。

再び場が凍りついた。言い訳のしようもなく、もはや神様の威厳は致命傷を受けて瀕死状態だ。立て直せるだろうか?

あまりにも哀れを誘う姿だったので、ハジメは一瞬、「どなたか! お客様の中に〝 鎮魂(マインドケア) 〟できる方はいませんか!」と場を和ませるウィットに満ちたジョーク(?)を飛ばそうと考えるが……

というか、視界の端で愛子が既に準備を終えていて、「やりますか? やっちゃいますか!?」みたいな目を向けてきているが……

なんとなくそういう空気じゃないっぽいので空気を読んでやめておいた。……なぜか、残念そうに魔力を霧散させる愛ちゃん先生。〝鎮魂〟のやりすぎで〝鎮魂中毒〟にでもなっているのだろうか? あるいは趣味に?

なんてハジメと愛子のやりとりは置いといて。

優花達は、やっぱりぎこちない動きで第二の犯人へ顔を向ける。

「……フッ」

流石はユエ様。暴行犯を見るような優花達の目に 狼狽(うろた) えることも言い繕うこともせず、むしろ「やってやったぜ!」とお手本のようなドヤ顔で誇った。

それを見て、龍太郎、昇、淳史の三人のルトリア様を見る目が生温かくなる。

「まぁ、旦那が神殺しなんだし今更か」

「ダメだ。もうどんだけ威圧感を出されても威圧されてあげられる気がしねぇ」

「なんだろう、この心のざわめきは。さっきまでのあれが必死に強がっていた姿かと思うと、物凄く可愛い女神様に見えてきたんだけど……」

「ちょっと男子ぃ~~っ、失礼でしょ!」

響いた鈴の注意が、むしろ神様的にプライドブレイク。

だが、きっと図星だったのだろう。ルトリア様はまたもハッ!? と我に返り、羞恥心か、それとも怒りか、微妙に震えながら立ち上がった――直後に、まさかの追撃。

「め、女神様! 頑張ってなの!」

「くっ……」

殺せっ、だろうか? 呑み込んだ言葉は。 幼子(ミュウ) の心からの励ましは、むしろ泣きっ面にパイルバンカーだったらしい。

察したレミアママが慌てて頭を下げて謝意を示し、「ほら、ここはパパ達にお任せして?」と、なおエールを贈ろうとしているミュウを諫める。

母娘の善意の必殺コンボが炸裂した。らしい。女神的に。あくまで善意なので何も言えない。でも、今はその気遣いの心が何より強力な攻撃だ。

ソアレ以外の神霊達から、いかにも「もうやめてあげて! 母の心のライフはとっくにゼロよ!」と言いたげな視線が飛んでくる。

「い、異界の幼子よ。そして、その母よ。あなた達の心遣い、う、嬉しく思います」

ルトリア様、声が震えていらっしゃる。無理やり浮かべた引き攣り笑顔が痛々しい。

『ねぇ、ヤバない? シアっちとユエっち、神様がこんな有様になるまでお腹と顔を殴ったってことぉ?』

『何それ、すんごいドSじゃん。流石は神殺しの奥さん達。こっちまでドキドキしちゃう』

『誤解ですぅ! 私もユエさんも一発だけですよぉ!』

一応、女神様を慮ってアーティファクトによる念話でこそこそ話す奈々と妙子に、シアが懸命に弁解。

だが、相手は女神だ。敵対し敗北したとしても、和解した以上は多少の警戒はあれど威厳を保つことくらい問題ないのでは? なら、ここまでトラウマになっているということ自体が、二人の血も涙もない暴行具合を証明しているのでは?

と思うのは自然な思考である。

「……どうせ創世以来、人の拳で悶絶したことなんてないんでしょう。あるいは、ダメージさえ負った経験はないのかも?」

あえて声に出して、貧弱ぅ貧弱ぅ! と言いたげな視線をルトリアに向けるユエ。ルトリア様の目が激しく泳いだ。

図星だったらしい。どうやら、ルトリアにとって〝人の子にぶん殴られる〟という経験は、それにより与えられた痛みは、ハジメ達が想像する以上に衝撃的だったようだ。

それこそ、実は来訪の連絡が来た直後から今日まで、出迎え時の威厳ある言動の練習をこっそりしちゃったり、その度に、呼吸など必要ないのに時折何かを想像して過呼吸になる姿を神霊達に目撃されちゃったりするくらいには。

「……話の腰を折りましたね。先程から足下にて精霊達が戯れを――」

「うんうん、そうだね。よく分かったから、ひとまず挨拶をさせてもらっていいか?」

まだだ、まだ舞える! 神の威厳は決して敗北しない! と涙ぐましい誤魔化しをするルトリアに、流石のハジメも同情を禁じ得ない。

明らかにわざと無表情ジト目を作って、腕組みしながらルトリアを凝視し始めたユエにメッをしつつ、視界を遮るように間に割って入る程度には。

「挨拶……拳で、ですか?」

「ちげぇよ。どこの不良漫画だよ」

挨拶と言った瞬間、ビクンッと肩を震わせ警戒するルトリア様。どこから拳が飛んできても、今度こそ防いで見せると言わんばかり。重症だ。

呆れるハジメに、そうは言っても……と言わんばかりに、ルトリアは細い指先をピッと明後日の方向に向けた。

指先に光が生まれて飛び出し、その光は何もない薄く広がって何か光景を映し出した。

ユエが見える。くずおれ、頬を押さえているルトリアがいる。どうやらルトリアも過去再生ができるらしい。

なんだなんだとハジメ達――特に優花達が注目すると、

――いつか、マウントを取って泣くまで殴るから

ヤンキー座りでしゃがみ込み、殴り倒した女神様を睨め上げるヤンキーみたいな表情のユエが、そう脅していた。

なるほど、これはトラウマになるのも納得の恐ろしさ。映像の中で、女神様が震えながらカリスマガード状態になるのも無理からぬことだ。

優花達が「うわぁ」とドン引き顔になっている。シアが「違うんです! ユエさんがちょっと私のこと好きすぎぃ! なだけなんです!」と、あんまりフォローになってないフォローをしている。

サッと映像が消えた。

「ハァハァッ、来訪の、くっ、目的の一つは……ふぅふぅっ……これでは?」

もう一度言うが、女神に呼吸は必要ない。なのに胸元を押さえ息を荒げる姿、まさに過呼吸状態。

どうやらルトリア様、ユエが有言実行しにきたと思っているらしい。

ちなみに、女神は涙を零すということもない。なので、「泣くまで殴る」とは、女神的に「お前を永遠に殴る」と宣言されたに等しかったりする。

なるほど、ほんとに怖い。生まれて初めて暴力を受けた女神様だ。そりゃあトラウマにもなる。

ハジメが溜息を零した。

「ユ~エ~。話が進まねぇから、お前から何か言ってやってくれ」

ハジメの苦笑交じりのお願いに、ユエは如何にもしかたねぇなみたいな雰囲気でふぅっと一息。

「……私の大事なシアを殺そうとしておいて、簡単に許されるとは思わないで。まして、必要だと判断したら何度でも同じことをすると宣言した以上は」

「……」

やっぱり拳ですか? マウント取る気ですね? と防御を固め始めたルトリアに「けれど」と続けるユエ。

「……そのトラウマった姿で報いは十分とする。だから、泣くまで殴るのは勘弁してあげる」

「……ほんとう?」

なんだろう、ルトリア様、ちょっと幼児退行してないだろうか? 聞きたかった言葉を聞けて安堵するあまり気が抜けてしまったのかもしれない。

淳史の口から「え、かわいっ」と声が漏れた。奈々が余計なこと言うなと言わんばかりに淳史のつま先を踏んづける。アッ!? なにすんだよぉ!

「……ん。この世界のことも、貴女のことも、私達はもっと知りたいと思ってる。友好関係を築くために来た。信用してほしい」

無表情ジト目から一気に柔らかい雰囲気になるユエ。浮かぶ微笑は神族さえハッとさせるほど美しく、慈愛に満ちていた。

『なぁ、鈴。痛みで分からせてから優しくするって、これもう調きょ――』

『龍くん、そこは言わないであげて。女神様のプライドが今度こそ死んじゃう』

仲間内には聞こえる龍太郎と鈴の会話に、優花達は乾いた笑みを浮かべずにはいられなかった。

「……ん、本当。今回の旅行で友好を深められたら水に流してもいい」

「そうですか……」

今度こそ安堵の吐息を漏らすルトリア様。よほど気を張っていたのだろう。しゅるしゅるしゅる~と擬音が聞こえそうなくらい神威やら輝きやらが収まっていく。

これには見守っていた神霊達もソアレ以外はにっこり。

ソアレの目がそろそろ血走ってきているが、だからこそ誰も彼女には言及しない。まさに、〝触らぬ神に祟りなし〟である。

「では――」

ルトリアの表情からも強ばりが取れ、ようやく話が進みそうになる。なので、その前に、そして最後にユエ様から一言。

「……ん。取り敢えず、降りてきて?」

「え?」

「……降りてきて?」

ルトリアの目には、穏やかに、そして優しく微笑むユエが映っていた。

にこにこ、にこにこ。

なのに、なぜだろう。妙な圧を感じるのは。戸惑い、反応が遅れるルトリア様。

それを拒否と受け取ったのか。ユエ様の表情がストンッと落ちた。と表現したくなるくらい綺麗に感情が消えた。

優花達が、いや、それどころかハジメ達まで「ひぇっ」と一歩後る中、スゥッと青ざめていくルトリアに、ユエはドスの利いた声で言い放った。

「……いつまで見下ろしてる。早く降りてこい」

「あ、はい」

ルトリア様はとても素直だった。シュンッと転移まで使って地上に降りた。神霊達も慌てて降りてくる。

ソアレだけどさくさに紛れてシアに飛びつこうとしたので、ライラが闇の鞭で拘束したが。

いつの間にか後ろに下がっていたハジメ達の方へ、くるんっと可憐にターンを決めるユエ。惚れ惚れするようなにっこり笑顔付きだ。

「……ハジメ、これでいい?」

如何にも、ちゃんとできたでしょ? 褒めて? みたいな雰囲気だ。背後で、鳥肌でも立ったのだろうか? 腕をさすりさすりしているルトリア様が、なんとも言えない。

『ユエの奴め、内心では全然許しておらんな? 大人げないと断じるには、まぁ、心情は分からんでもないがのぅ』

『ユエのシアスキーはハジメと同等レベルだもの。仕方ないかしら?』

『それはシアさんにも言えることですけどね。まさに相思相愛というか……私達のことも大事に想ってくれているのは分かりますけど、お二人の間には割り込めない何かがあるといいますか……』

『ねぇ、雫ちゃん、リリィ。この場合、直接召喚をした王国の人達ってユエ的に……』

香織の疑問に、雫達は顔を見合わせぶるりと震えた。優花達も優花達で、これから向かう予定の国が急に暗雲に包まれたような気がしてならなかった。

『……失礼な。人を狂犬みたいに。シアの友達がいる国に酷いことなんてしない』

相手が女神だから念のため釘を刺す意味も込めての対応だったのだろう。だから、思うところはあれど、王国の人間に辛辣な態度を取ることはないに違いない。

そこにある心は間違いなく〝全てはシアのために〟だから。

それが分かるので、シアは思わずといった様子でユエに抱きついた。

「えへへ、ユエさんったら。もぅっ、どんだけ私のこと好きなんですかぁ!」

「……ん~、シアが私を想う気持ちの十倍くらい?」

「え~? 私の方が十倍、いえ百倍好きですけどぉ?」

イチャイチャイチャイチャ。いつもならシアの胸に埋もれるユエだが、今は大学生モード。二人に身長差はほとんどなく、お互いの腰に腕を回して密着し、鼻先が触れる距離で見つめ合う姿は……

背景に咲き乱れる百合の花を幻視しても仕方ないというもの。

見慣れたティオ達は「あらまぁ!」と微笑ましげだが、優花達は別だ。「おぉ~」と謎の感動(?)に浸っている。淳史と昇はなんか拝んでいた。目の保養になったのだろう。

一方で、心のタガが外れそうな者も。

「キィーーッ、あの女! シアとあんなにっ」

ソアレさんだ。鬼の形相になって飛びかかろうとしているのが視界の端に映っているような気がしないでもないが、バラフが氷漬けにして止めているので皆仲良くスルー。

龍太郎がハジメの肩にぽんっと手を置く。

「シアさんの告白の時とかも思ったけどよ……南雲、二人がいちゃつき始めると蚊帳の外なのな。元気出せよ? 話、聞くぜ?」

「同情の目で見るのはやめろ。ぶっ飛ばすぞ」

尊くて良いだろうが。俺は気にしない。と言いつつも、ちょっと所在なげな雰囲気がなくもないハジメだった。

何はともあれ、ユエの対応でルトリアが落ち着いたことに変わりはなく。

「改めて、歓迎の意を示しましょう」

地を滑るようにして少し歩み寄ったルトリアが、気を取り直して言葉を向けてくる。

「我が名はルトリア。この星樹の化身にして世界の管理者。自然を司る神霊の母たる者。どうか、この再会が良きものとなることを願います」

初っ端、かなり残念な有様ではあったが、ふわりと微笑むルトリアは、やはり女神と呼ぶに相応しい美しさだった。

淳史が「きれいだ……」と頬を赤らめて陶然と呟く。割と大きな呟きだったので、余計なこと口走るなと、奈々は抜き手を淳史の肋骨の間に差し込んだ。クェッ!? と怪鳥の鳴き声みたいな声が漏れた。

「こちらも改めまして! ルトリアさん、お久しぶりです! また会えて嬉しいです! 紹介しますね? こちらが私の家族、それからお友達です!」

紹介をシアに任せたのは正解だったようだ。女神の心を動かしたのはシアである。そのシアの、変わらない天真爛漫ぶりは神の後光よりも眩しいのは周知のこと。

誇るように、あるいは小さな子が宝物を見せびらかすように、一人一人、家族と友人を紹介していくシアに、ルトリア達の表情は比例して綻んでいくようだった。

なお、神霊達(本体)に関して、流石に世界を越えて分御魂の情報を受け取ることはできないので、彼等にとってもシアは別れたきりであり、優花達とも初対面だ。

分御魂が経験してきた情報を受け渡せるよう用意はしてきている。

エンティ曰く、神霊に情報共有できれば、神霊を通してルトリアも共有できるとのことなので、いろいろと手っ取り早い。

シアがあんまりにも嬉しそうに自分達を紹介してくれるので、無粋かと思い控えていたが……

「シア・ハウリア。紹介に感謝します。貴女が良き家族、良き友に恵まれていることはよく分かりました。彼等・彼女等が貴女の〝帰る理由〟だったのだと、このルトリア、確かに理解しましたよ」

「えへへ……分かってもらえて嬉しいですっ」

良い雰囲気だ。ルトリアがシアを微笑ましく、好ましい存在として見ているのがよく分かる。

当時はろくに交流する時間もなく、魔力の関係で直ぐに帰郷しなければならなかったが、こうして少しでも話をすればあっという間だ。

少なくともシアに関しては、もう顔を見た瞬間、腹パンがフラッシュバックすることはないのではないだろうか?

それはそれとして、そろそろ飢えた獣が限界っぽい。

分御魂の情報がなければ、おそらく四年、本体の駄ソレはシアを想い続けたはずで、今や氷漬けの上から更にオロスの岩で完全封印! みたいな有様になってなお「じぃあ゛~、わた゛しを見て゛ぇ~~」と汚い声を微かに響かせている。

これは早急に情報共有してあげるべきだろう。某アルテナのような怪物が生まれる前に。

龍太郎達もそろそろ気にしないようにするのが厳しくなってるし。さっきから、優花が不安そうな表情で袖をクイックイッと引っ張ってくるし。

「シア、悪いが……」

「はい? ……あっ」

シアが察したようだ。やはり、ついテンションが上がって情報共有の存在が頭から飛んでいたらしい。恥ずかしそうにモジモジしている。

「分御魂の経験を本体に共有したいんだが良いか?」

「構いません。むしろ、その方法の教授を考えていたところです」

了解を得たところで、ハジメは〝宝物庫〟の指輪をはめた手を掲げた。真紅の輝きをわずかに帯びる。

その色合いにエンティとライラ、バラフとメーレスが思わず身構えた。かつて世界が紅く染まり作り出された地獄絵図を思い出したのだろう。彼女達も十分にトラウマっているようだ。

それはさておき、〝宝物庫〟から七色の光の球が飛び出した。

あらかじめ分御魂達が抽出した情報体らしい。それらが、それぞれの本体のもとへ返っていく。

胸元にすぅっと溶け込むようにして入っていき、一拍。

全てを了解した本体達がそれぞれの反応を見せる。

驚愕や困惑は誰しも、一部はハジメへ畏怖にも似た目を向け、ライラなどは母と同じ大樹の化身に選ばれたことを誇りドヤ顔に、禁断症状が出ていたっぽい〝岩の中〟のソアレさんは「にゅふっ、ぬふふっ」と気持ち悪い笑い声を漏らしながら、シアと過ごした日々に浸り……

そして、もっとも反応が大きかったのは、案の定というべきか。

「あ、あっ、あぅあっ……」

ハジメに対し、実は微妙に気にしつつもムスッとした顔を崩さなかった流転の神霊ちゃんが、それはもう見事に顔色を赤に変えていた。

分御魂の情報共有は、ただの記録共有ではない。経験共有だ。分御魂が感じたこと、今の想い、考えも当然共有される。自分のこととして。

なので、まぁ、当然こうなる。

「なにやってんのよぉっ、私ぃーーーーっ!!」

絶叫である。風がぶわーーっと吹き荒れ、局所的な嵐が巻き起こる。もちろん、ルトリアお母さんにメッされ掻き消される。

とめどなく溢れる羞恥心の発散方法を失ったエンティは、真っ赤な顔のままハジメを見て、ツインテをぶわっと逆立てた。

そして、ちょっと涙目になりながら、

「か、勘違いしないでよね! あんたの女神になったのは分御魂であって私じゃないんだからぁ!」

繰り返しになるが、分御魂の経験は全て自分のこととして共有される。

今は、蹂躙劇直後のハジメへの印象しかないエンティ(本体)と、ハジメだけの女神となったエンティ(分御魂)が統合されている途中なのだろう。

なので、

「「ナイスツンデレ!!」」

「完璧なツンデレなの!」

「 菫(すみれ) お義母様の言う通りでした。カメラをスタンバイしていたよかったです! 資料は確実に持ち帰りますからね!」

淳史&昇、そしてミュウから満面の笑みとサムズアップが、菫お母さんの差し金らしいリリアーナがカメラ撮影しちゃうくらい、それはそれは見事なツンデレっぷりだった。

「私のお尻は、そんなに安くないんだからぁ! ばかぁーーーっ!!」

「あ、エンティ! どこへ行くのです! 戻ってきなさい! ――え、無視?」

ルトリアお母さんが愕然としていた。エンティちゃん、数万年越しに初めての反抗期か。羞恥心がオーバフローして聞こえていないだけという可能性もあるが。

視界の端で〝宝物庫〟が輝く。優花だ。スカイボードを取り出している。

「南雲! 私が後を追うわ!」

「え? いや、ほっとけば――」

「なんだか他人事の気がしなくて、放っておけないのよ!」

言うや否や返答も聞かず飛んでいってしまう優花。

「ある意味、語るに落ちてるくない?」

「そこんとこ、どうですか南雲くん?」

奈々と妙子からのニヤニヤ顔をハジメは努めてスルーした。

「優花ちゃんが心配だから、一応、私も行ってくるね?」

「ああ。頼んだ、香織」

翼を広げて、香織が優花の後を追っていく。その直後だった。

「シア! ああ、わたしの友! もう我慢できないっ。再会の抱擁を止めること、それ自体が罪と知れぇ!」

「「「あ」」」

重なった声はライラ、バラフ、オロスのもの。闇の鞭と氷と岩でソアレを拘束していたメンバーだ。

その全ての拘束が太陽に灼かれた。岩が溶けてドパッと溶岩が溢れ出し、蒸発した氷が蒸気となって霧散する。灼き千切られた闇の欠片が熱気に煽られゆらりゆらゆら。

「うふふっ、シア。本当のわたしに会いに来てくれたのね?」

「ひっ」

傍から見ると、 湿度(じょうねん) 100%、どろどろの 溶岩(あい) を纏い、 闇の(ヤンデレ) オーラを漂わせる、恍惚顔の女が迫ってくる図、である。

それはシアとて後退る。

分御魂とはここ最近、上手く付き合えていたのだが、どうやら一日千秋の想いで再会を待ち望んでいた 本体(ソアレ) に、その〝上手い付き合いの記憶〟は劇薬だったらしい。

これも時間が経って統合が進めば落ち着くとは思うが……

「さぁっ、シア! 抱き締めて! あの時のように抱き締めて!」

「あの時ってどの時ぃ!?」

更に下がるシア。ユエが前に出る。

「……シアは私のシアだが? お? お? 分御魂と同じように分からせてやろうか、おぉ?」

「ユエさんも煽らないでぇ!っていうか、なんで星霊界の人達に限ってヤンキームーブなんですか!?」

「ソアレ、落ち着きなさい。母の言うことを――」

「お母様は黙っていてくださいませ! これは女の戦いなのです!」

「え、だまっ、え? ソアレが私にだま……え?」

数万年越しの娘の反抗期パート2。お母さんのショックは計り知れない。ちょっとよろけちゃうくらい。

神霊達が、ソアレを止める組とルトリアを支える組に別れてアワアワと動き出す。

「愛子さん、今こそ出番では?」

「リリィさん! やっぱりそう思いますか? 実は私もそう思って準備は既にできています! ティオさん、良ければご一緒しますか?」

「……愛子よ。お主、本当に〝鎮魂中毒〟になっておらんか? なぜ、そんなに嬉しそうなんじゃ」

「最近、めっきりやる機会がなかったからかしらね?」

確かに、この中では愛子が一番、〝鎮魂〟どころか魔法を使う機会自体少なかっただろう。ハジメが愛子の仕事を気遣って一番配慮していた相手だから。

しかし、愛子とて人間。たまには持てる力を使いたい気持ちも湧くに違いない。早く、はやく鎮魂をっ、鎮魂を打ちたいっ、ハァハァッ、みたいな?

そんな愛ちゃん先生はイヤだ……みたいな表情で、後方腕組み状態になっている龍太郎と鈴が、

「やっぱりスムーズにはいかないねぇ」

「だなぁ。予想はしてたけどよ」

溜息を吐いた。一番、地に足を付けてどっしり構えているのは、この二人なのかもしれない。

それからしばらくして。

「来訪の目的はある程度聞いていましたが、なるほど。そういう事情からでしたか」

まるで何事もなかったかのように、ルトリアが真剣な表情で頷いた。その手はライラと触れ合っており、情報共有がなされたことを示していた。

同時に、シアの手には赤スライムがもじょっていた。ユエ様に分からされた者の末路だった。

「大変、結構。望みを受け入れましょう」

「……随分とあっさりだな。観光はともかく、世界の構造に関する話は警告か苦言か、なんにせよいい顔はされないと思ったが」

少し訝しむハジメに、ルトリアは微笑を浮べた。意外にもそれは、まるで母が子を褒める時のような笑みだった。

「元より、世界のバランスを取り戻さんとする試みは称賛に値する偉業。事の重大性を理解し、慎重を期し、可能な限りの知見を得えんとする在り方を、私は貴方の美徳と評価します」

やはりフォルティーナと同じく、女神的には〝世界樹の枝葉復活計画〟は願ってもないことなのだろう。

そこに否はなく、そのうえで女神さえ凌駕する人の子が自己完結して好き勝手せず、物事の可否を判断するに女神を頼る姿勢が好ましかったようだ。

「貴方はもう少し傲慢な人の子かと思っておりましたが、評価を改める必要がありそうですね?」

「いや、傲慢だと思うぞ。ただ、肝が冷えたんだ。鼻っ柱が飛びきる前に〝龍〟を知れたのは良かった」

「失敗は人の子とは切っても切り離せぬ大切な要素。それ自体は悪にあらず。省みて、学び、そして積み上げる力こそが、人の子の真価なれば」

それが真価のはずだと、世界の破滅寸前まで信じ続けた女神の言葉だ。ある意味、最上級の褒め言葉かもしれない。

意外な高評価に少し照れたのか、ハジメが居心地悪そうに頭を掻く。それを見て、ルトリアの表情が更に柔らかくなったように見えた。

「南雲ハジメ、と言いましたね」

「ああ」

「今の貴方に背を向けることこそ愚行と判断し、可能な限り、その問いに答えることを約束しましょう」

「そうか……感謝するよ、女神ルトリア」

一歩下がって見守っていたユエ達、それにミュウ達もほっと胸を撫で下ろした。

なお、羞恥心で一陣の風になってしまったエンティちゃんは未だに戻っていない。もちろん、彼女を追いかけていった優花と香織も。

いったい、どこまで行く気なのか。それとも、今頃どこかでガールズトークでもしているのだろうか?

それはさておき、ルトリアの視線がミュウ達から順に龍太郎達を巡り、最後にシアへ行き着く。

「もちろん、人の世に会いに行くことも許します」

「ルトリアさん!」

「我等の世界のために心を砕いてくれた異界の子――シア・ハウリア。貴女が、我が子等に親愛がため会いたいというのです。否などと言えるはずもない」

ルトリアなりに、この世界の人間達を殺さずに済む第三の選択肢を与えてくれたこと、己の心を絶望から救ってくれたことには深く感謝しているのだろう。

柔らかい雰囲気を見て、シアは思わず尋ねた。ずっと気になっていて、ハジメが確認する予定のことをつい。

「あのあの、私達の世界とこの世界の時間差って、前に来た時と同じですか?」

前に来た時の時間差はおよそ四倍だった。地球の一時間が、こちらの四時間くらいだったのだ。

もし、時間差が一定でなく、より早く時間が進んでいたら……

そんな少しの不安を抱えながらの問いかけに、ルトリアは目を瞬かせた。

「時間差? 大いなる樹がある星同士で? そんなはずは……」

スッと目を伏せ、神霊達(エンティ以外)から受け取った情報を精査しているらしいルトリア。その表情がわずかにしかめられる。まるで不可解な事実に直面したみたいに。

「どうやら時間差があること自体、今、知ったみたいだな」

「……ええ、神にとって時間という小さな概念は縁遠いもの。しかし、大いなる樹が存在する星同士で時の流れに差があるはずは……これも大いなる樹が多く失われた影響? それとも世界を閉じたことが原因で……」

言葉の途中で何やら思考に沈みブツブツと呟き始めたルトリアに、ハジメは目を細め、他の者達は戸惑いを見せる。

気になるワードのオンパレードだが、何はともあれ、だ。今はシアの求める答えを得ることが最優先。ハジメは口を開かず、シアに視線で促す。

シアは頷き、少し強めに声をかけた。

「あの! ルトリアさん!」

「! ……少し考えに耽っていました。安心なさい、シア・ハウリア。ライラ達の記憶と比較するに、時間差に変わりはほぼありません」

「ほぼ?」

「そちらの暦で言うところの、〝五年弱〟といったところでしょうか」

少し時間差が広がったようだ。それでも、五年に至っていないくらいなら許容範囲である。シアはほっと胸を撫で下ろした。

「その世界を繋ぐ門を、開いたままにしているのは時間差を解消するためですね? 時空間への干渉を感じます。神霊同士を楔代わりに……なんと強引な」

ルトリアの若干呆れが垣間見える目が、ハジメ達が出てきたゲートを見やる。実は、入ってきた時からずっと開きっぱなしだったゲートを。

無限魔力のなせる技だ。この強引な方法こそ、地球と星霊界の時間差を一時的になくす方法だ。

今は神霊達から受け取った記憶があるから納得できるが、実は、こんなゲートを維持し続けるハジメ達が以前よりもヤバ――強くなっていることも、ルトリアを極度に緊張させていた原因の一つだったりする。

「何か問題があるなら閉じるが?」

「いえ、今のところは。少し話したいことはありますが……」

ルトリアも心情はハジメと同じらしい。今はシアを優先すべく視線を転じた。穏やかな眼差しだ。

「貴女が懇意にしていた者達の細かな動向を、私は知りません。人と我等の断絶の決意を貫くためです。ですが、少なくとも人の子等が今も、互いに争わず手を取り合って懸命に生きていることは知っています」

「そう、ですか……そうなんですね!」

「ええ。シア・ハウリア。私達はもはや人の世に言葉を届けることはできません。ですから、彼等の生き様が貴女の目に適ったなら、どうか我々の分まで褒めてあげてください」

「ふふ、分かりました! このシア・ハウリア、皆のお母さんに代わって、しっかりと見てきますね!」

ビッと敬礼して、笑顔でルトリアの気持ちを受け止めるシア。

「それじゃあ女神に接触の許しも得たことだし、エリックだったか? 一応、国王の元へメッセージを送っておくか」

そう言って、蒼穹色の綺麗な六角柱形の水晶を取り出すハジメ。

「おう? なんだよ、南雲。一国の王様に会おうってのに、事前連絡してなかったのかよ」

「大丈夫? 急に行って歓迎してもらえる?」

龍太郎と鈴が至極常識的な心配を口にした。それはそうだ、と淳史や奈々達も心配そうな目を向けてくる。

転送準備をしているハジメに代わり、ティオと雫が補足した。

「時間差が一定か分からんからのぅ。いくら羅針盤で居場所を掴めるとはいえ、結局、いつ到着するか分からんでは逆に相手を困らせるじゃろ?」

「シアは英雄でしょ? 国賓待遇の者が来るには来るけど、いつ来るかは分からないじゃあ、ずっとそわそわしちゃうわ」

龍太郎達が「確かに、そりゃそうか」と納得の表情になる。と同時に、同じ納得顔でもリリアーナの場合は心のどこかに火をつけられたようで。

「ああ、それ、ほんと困りますよね。ガハルド皇帝とかシモン教皇とか、先触れで〝近いうちに行く〟とか出すんですよ? いつだよって、私、毎回送られてきた手紙を床に叩き付けますもん。というか通信機使ってくださいよ。こっちは忙しいんですよ。相手が相手だから迎える準備だって大変で、だから効率的にしたいのに、いつでも迎えられるよう準備を継続しておくことがどれだけ労力の無駄か、偉い人には分からないんです! そもそも時間というのは人類が生み出した最強の効率化概念ですよ? 使えよ、人類なら最大限に時間という便利概念を使えよ! 一分一秒で指定しろ! のんべんだらりと仕事してるんじゃない――」

「リリィさん、落ち着いて! ――〝鎮魂〟!!」

「あらあら、愛子さんも落ち着いてください。そんな嬉々として……旅行でテンションが上がっているのかしら?」

とりあえず、リリアーナが時間にルーズな皇帝陛下と教皇猊下に不満を溜め込んでいるのは理解しつつ、ともあれ、そういうわけでエリック陛下への連絡も今になったわけだ。

突然キレだしたリリアーナに、神霊の記憶から読み取った知識で「な、なるほど。これが〝突然キレる若者〟というやつですか」と少し引きつつ、ルトリアは咳払いをした。

注意が自分に向いたのを確認して、表情を真剣なものにする。少しばかりの神威も纏った。今から重要な、女神としての話があることは明白だった。

「南雲ハジメ、そして異界の子等よ。このルトリアは此度の来訪に歓迎の意を示すと言いました。その言葉に二言はありません。しかし、全ての自由を許すわけではありません」

厳かで、戒めるような声音だった。魂で感じる、神威の籠もった本気で訴える言葉だった。まさに、神の言葉である。

「制約が必要か」

「そう、あなた方を受け入れるための大切な約束です」

自然と、ハジメ達は居住まいを正した。龍太郎達はもちろん、ミュウも神妙な表情で聞く姿勢を取る。

ルトリアの視線がユエを捉える。

「 違(たが) える時は覚悟なさい。存在を賭した女神の恐ろしさを知ることになります」

「……ん」

余計な言葉はなく、しかし、ユエは深く頷いた。愛しい存在のために命を捨てて守ろうとする者の強さは知っている。何より、共感もできるから。

一方的な理由で身内を狙われるならともかく、あえて相手の大切なものを踏みつけにするようなことはしない。そう気持ちを込めて見返す。

通じ合ったのか、ルトリアが少し目元を緩めて頷き返した。

果たして、この世界を旅行するに当たって、どんな条件が課されるのか。

精霊との接し方か? ダリア達に今の女神達の話をしてはならない、とか? あるいは武装を全て預けろなんてこともあり得るか。

少しの緊張が龍太郎達の間に漂う。ハジメ達もまた、今後の異世界交流の成否は、きっとこの瞬間にかかっていると感じて真剣な面持ちになった。

一拍、ルトリアもまた少しの緊張と共に、条件を口にした。

「まず、むやみに隕石を降らせないこと」

「「「「「「できるか!!」」」」」

龍太郎、鈴、淳史、昇、妙子、奈々のツッコミが綺麗に炸裂した。ハジメ達の表情にも「あれぇ?」といった感じに。

構わず続けるルトリアさん。

「次に、勝手に世界を改変しないこと」

「「「「「「だからぁっ、できるかぁっ!!」」」」」

再び綺麗にハモる渾身のツッコミ! しかし、ルトリアにとって、ハジメ達に課す旅行の条件は死活問題であるからして! 引かず止まらず一気に言い放つ!

「三つ、女神をむやみに殴らないこと。四つ、人の社会に異界の兵器を供与しないこと! 五つ、世界を紅く染めたり、生き物の体内に金属片を入れて苦しめないこと! 六つ、悪戯に殺害と蘇生を繰り返さないこと!」

龍太郎達のみならず、ミュウやレミア、愛子達の視線がハジメやユエ、シアの方に向く。

言葉はなくとも気持ちは十全に伝わった。

すなわち、「……これ、誰かさん達の所業を列挙しただけじゃね?」と。

「母よ、我の要望もお願いします!」

「ソアレのことも、です! 事前に打ち合わせした通りに!」

「分かっています!」

大人しく控えていた神霊達――そのうちウダルとライラが小声で耳打ちする。既に〝条件〟ではなく〝要望〟と言ってしまっているが、ルトリアは、いかにも「安心なさい。母がしっかりと伝えてあげますからね!」みたいな表情で頷いている。

「七つ、雷を気合いで避けない。避ける時はきちんと理論的に回避方法を説明できるようにすること」

「あの、それもう世界を守るための条件ですら……」

シアちゃんのツッコミは無視された!

「八つ! 神霊の心を折った上で優しくしないこと! 優しくしたのなら最後まで面倒をみること!」

「なんか捨て猫を見つけた子供に注意するお母さんのセリフじゃね?」

「ソアレさん、既に女神様にまでそういう扱いなのかな?」

淳史と奈々が、なんだか悲しい生き物を見る目でソアレを見やる。

シアの手の中でもじょ? としているソアレさん。くつろいでいて話は聞いていなかった様子。なるほど、こりゃダメだ。

「九つ、神霊をむやみに揉みしだかないこと! 揉みしだく場合は触るところを選び、優しく揉みしだくこと!」

「……ハジメ?」

「ち、違うぞ、誤解だ、ユエ。スライムをもじょっただけだ。触った場所なんて知らない」

100パーセント、エンティの要望だろう。初めてスライムエンティを揉みしだいた時、彼女はいったい、どこを揉みしだかれていたのか。

自分の母親になんてことを訴えさせているんだ。と思いつつも、龍太郎、淳史、昇の三人は良からぬことを思わず想像してしまって、ちょっと動揺した。

ジト目の鈴が龍太郎の爪の白い部分をギュッとする。うぐっと声を漏らす龍太郎。その傍らで、淳史もまたつま先をグリグリされていた。

ちょっと寂しそうな昇くん。

「最後に」

「まだあるのか」

「軽はずみに女神を殴らないこと!」

「それ二度目だが?」

きっと大切なことなので二回言ったのだろう。

何にせよ、以上が星霊界を旅行するうえで遵守しなければならないルールらしい。

ハジメ、ユエ、シア以外の全員が思った。心は一つだった。すなわち、

――実質、自由じゃん! 条件は多いけど極めて真っ当じゃん! と。

「パパ、ユエお姉ちゃん、シアお姉ちゃん。お願いだから自重してね? なの」

ミュウが心配そうに、星霊界のルールというより〝南雲家の十戒〟みたいなルールを作らせた犯人達にお願いする。

ハジメ達は顔を見合わせ、苦笑を零した。そして、

「努力する」

「……前向きに検討する」

「〝気合い〟は十分論理的だと思いますぅ!」

「ダメだ、なの。まったく安心できねぇの」

まったくその通りだと、この場の全員が一抹の不安に駆られたのだった。

もちろん、一番不安そうなのはルトリア様だった。

ところ変わって、バルテッド王国の執務室にて。

扉を開けて入ってきたのは、金髪金眼のイケメン王。エリック・ルクシード・バルテッド国王その人だった。

かつては野性の若獅子を彷彿とさせた彼だが、五年弱の歳月は彼から野性味と若気を消し去り、代わりに風格と威厳を備えさせていた。

群れのボスたる本物の獅子へと成長したかのような彼は、しかし、愛用の椅子に座る前に、はたと足を止める。

その鋭い目元がスッと細められた。

「なんだ?」

視線の先には、六角柱形の青い水晶らしきものがあった。デスクの上に、ちょこんっと乗っている。

まったく見覚えがない。実用品でもなさそうだし、調度品というには小さすぎる気がする。

誰かの贈り物か? 最近、とめどなく増えている婚約者候補からの? しかし、王の執務室に、それも執務用のデスクに本人が知らぬ物を勝手に置くなんて、そんな不届き者はいないはず。いたら問題だ。

「どうしたものか……」

五年前なら、霊具を疑っただろう。あるいは、それによる暗殺も考えた。

しかし、力ある道具が失われた昨今、その心配は皆無だ。

「フッ、考えすぎか。昔とは違うのだ。大方、ルイスあたりの忘れ物だろう」

幼馴染みの側近達も、最近は舞い込む縁談を捌くのが大変そうだから。

と思い直して、エリック王は止まっていた足を一歩、動かした。

直後だった。

ペカーッと水晶が輝きを放ったのは。「なっ!?」と顔を庇いながら驚愕するエリック。

「陛下!? どうされ――なんだ!?」

近衛騎士団長のグレッグ――黒髪短髪が今はだいぶ伸びてオールバックにしている――が飛び込んでくる。そして、同じように驚愕しながらもエリックの襟首を掴んで自分の後ろに引かせ、防御姿勢を取る。

直後、それは起きた。

水晶から放たれた光が人型を取ったのだ。

「「えぇっ!?」」

なんて、国王と近衛団長にしては間抜けな声が漏れても仕方ない。何せ、現われた人物は五年前、いろんな意味でエリック達の心をぐっちゃぐちゃにしてくれたこんちくしょうな野郎だったのから!

地球の人間ならホログラムと表現しそうな人型が何やら話し出す。これはメッセージだの、送った理由だの、いろいろ。

驚愕のあまり固まっていた二人だが、しかし、この一点だけはするりと耳に入り、しっかりと脳が理解した。

――シアが来る。また会える。

自然と表情が綻んでいく。だが、それも少しの間。

だって、聞いちゃったから。シアちゃん、ダリアに会うのを楽しみにしているらしい。それもすっごく。

メッセージが終わり、水晶が輝きを失う。

一拍。

エリックとグレッグは顔を見合わせた。

「……陛下。ダリアは、もう……」

「言うな、分かっている。くそっ、あいつがああなってしまったのは俺達の責任でもあるが……」

揃って沈痛な表情になる二人。しかし、のんびりしている暇はない。明日には来るというのだから。もてなし不要とは言うが、そうはいかない。救世の英雄一行なのだから。

「とにかくっ、誠心誠意、事実をお伝えするしかない! 緊急招集だ!」

「承知」

グレッグが慌ただしく執務室を出て行く。

エリックはぐっと拳を握り締めた。シアに会えるのは嬉しい。だが……

「シア……すまない。俺達はダリアを……」

忸怩たる想いが宿る言葉は、どこか儚く執務室に響いた。