軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記㊹ どうか安らかに

「「「「うーーー☆ちゃぁ~~~~~んっ!!!!」」」」

巨大な地下空間の中心にそびえる大樹の幹。そこから無数かつ極太の枝が伸びて空中回廊を形成している最終試練の間に、悲痛に満ちた絶叫が響いた。

主に白崎家とミュウのものだ。

その視線の先には、放射状に砕けた大樹の幹に半ば埋まるようにして全身から血を噴き出している美少女がいる。

黒髪に褐色肌、ふりふりのバトルドレスの魔法少女――うー☆ちゃんだ。

ユエの認識干渉により擬人化された人型Gである。

最終試練の見学はGの大群に対する耐性が必要であるため、過去再生を編集するのではなく見る側の認識を変える手法が考案された結果なのだが……

はっきり言おう。

「む、 惨(むご) すぎますっ」

愛子の言う通りだった。

最初はまだ良かったのだ。

底で 蠢(うごめ) くのはキラキラと輝く☆マーク。それが一斉に飛び上がってくる光景は、まるで光の噴水のようで思わず感嘆の声が上がったほど。

鈴が〝聖絶〟を展開した後も、視界全て光に埋め尽くされる光景は実に幻想的だった。

そして、光り輝く球体の中から、まさに魔法少女の変身シーンというべき登場をして魅せたうー☆ちゃんには、思わず拍手が鳴り響いたくらいだ。

ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶミュウの姿には、南雲家もクリエイター魂が満たされて「してやったり!」とにっこりである。

まして、過去映像の中でも、

――ああ、本当に愛らしいな

――ん、本当に素敵

と、ハジメやユエが口に出してにっこり笑顔なのである。あれほど「黒ごま黒ごま」と呟き続けながら精神的に死んでいた雫すら「まぁ、可愛らしい……」とちょっぴり頬を染めているのだ。

感情反転の魔法がかかっているのは分かっていても、認識上では可愛い魔法少女しか目の前にはいないのでセリフと状況が見事に合致している。

鷲三達はもちろん、智一や薫子、昭子、それにレミアも「これなら見ていられる」と笑顔で安堵の吐息を漏らさずにはいられなかった。

……その周囲で、シアや香織達が「あっ」と何かを思い出して青ざめたことには気が付かずに。直ぐに自分達もそうなるとは思いもせずに。

――じゃあ、死ね

――取り敢えず、死ね

慈愛満面、優しさすら感じる声音と共に放たれたのは、まさかの宣告。そして、シュラーゲンと〝震天〟という殺意極高の攻撃。

左半身を抉り飛ばされ、衝撃波で全身が砕けたようになり、ダメ押しとばかりにハジメの跳び蹴りを受けて幹にめり込むうー☆ちゃんに、時が止まった。

認識干渉のせいで、体液も白い液体ではなく普通に真っ赤な血に見える。

美少女が、可憐な魔法少女が、圧倒的暴力により一瞬で血みどろ……

友愛どころか慈愛すら感じさせる雰囲気のまま、容赦なく相手を殺しにかかるという光景に脳みそがバグりそう。

笑顔で固まったまま、現実逃避気味に「………え?」と困惑の声を漏らす智一達。

香織とシアが「これはまずい!」と過去再生のストップをユエに申し入れるが、ユエは「何が問題なの?」と怪訝な様子で直ぐには止めない。

なので、流れちゃうわけだ。

「もうやめたげてよぉ!」

「ああっ、銃弾が何度も!?」

「うー☆ちゃん! 逃げて! ほらっ、ユエが狙って――あぁ!? 腕がもげた!?」

罵倒し合いながらもコンビネーション抜群のユエ&ハジメにより、穿たれ、天龍に襲われ、雷撃に打たれ、再生すれども直ぐにボロボロになっていくうー☆ちゃんの悲惨な様子が!!

ミュウが涙目になり、レミアが思わず目を背け、当時は自分の方の対応でハジメ達の様子をあまり確認できなかった雫までもが、人一倍Gが苦手だったはずなのに気遣いを見せている。

「みんな、いったいどうしたんだ?」

「……ん。私とハジメの共闘。感情反転しているのに凄くない?」

ハジメとユエがミュウ達の様子に困惑した様子を見せる。そんな二人の向こう側に広がる過去映像の中では――

悲しいな。悲しいな。だが死ね。

こんなに愛らしい存在なのに。敵でさえなければ殺さずに済んだのに死ね。

と、雰囲気と行動が完全不一致な所業を繰り広げるハジメとユエの姿が。

「ま、まるでサイコパス……」

鷲三お祖父さんの引きつり顔と、思わず出ちゃったっぽい震え声がとても印象的。ハジメとユエのきょとんした表情を見て、虎一や霧乃もちょっと震えちゃう。

もちろん、ウロボロス三世達の大部分が炎で殲滅されるというのは事前に聞いていたので分かっていた。

けれど、想像していたのは、よくアニメや映画などである光に呑まれるようにして消えていく……という最後だったのだ。

まさか、ここまで直接的にボッコボコにされるとは……

予想してしかるべきと言われればそれまでだが、Gの大群を見ずに済むという部分に意識を割かれすぎたとしか言い様がない。

ただ、その中でも例外がいるようで。

「ほんと! 二人とも殺したいくらい憎しみ合っているはずなのに息ぴったりねぇ!」

「おいおい、ちょっとかっこいいじゃないか!」

「南雲愁! 菫さんまで! 二人ともいったいどういう神経をしてるんだ!?」

「「?」」

息子夫妻そっくりのきょとん顔! こわいっと智一さんが震えちゃう。

「いやいやっ、普通は心が痛むだろ!? あんな可愛らしい少女がボロボロにされているんだよ!?」

「頭は大丈夫か、智一君。そう見えているだけで、中身はウロボロス三世さんだぞ?」

「君にだけは頭の心配はされたくないわ!! というか、その見た目の話をしているんだ!!」

分かっていても、少女が痛めつけられる姿は見たくないだろう!? と智一が叫ぶ。薫子達もうんうんっと後押しするように頷く。既に過去映像は見ていない。完全に目を逸らしている。

「ウロボロス三世さんも気にしてないどころか、もっと見てと言ってるわ。皆さん、気にしすぎじゃないかしら?」

「菫さんっ、そんな簡単に割り切れないわ!」

「どうしてそんなに平然としていられるのよ! あっちも酷いことになってるじゃない!」

薫子と昭子が声を大にして指摘するが、表情を見る限りあんまり伝わっていない感じだ。どうしてよぉっと手を取り合って地団駄を踏む薫子さんと昭子さん。

何せ、ハジメとユエの戦いだけでなく、昭子の言う〝あっち〟――直ぐ近くでのシア達の戦いも視界に入っているのだ。

そちらでは、半人型のG――〝ねんど○いど版〟みたいなデフォルメされた、これまた可愛らしいうー☆ちゃん――あえて呼び名をつけるなら〝ちびうー☆ちゃん〟が、ある意味〝うー☆ちゃん〟より酷い目にあっているのだ。

「見ないでっ。違うの! こうするしかなかったのよっ」

「ごめんなさいっ。あぁっ、私はなんてことを……」

「ユエさん! 表現が細かすぎませんか!? 表情とかどうなっているんです!?」

「う、うぅむ……罪悪感が凄まじいのぉ」

両断され血飛沫を撒き散らす幾人もの〝ちびうー☆ちゃん〟。刀と双大剣という直接的な武器だからこそ、完全に少女に対する大量惨殺現場となっていて。

シアの方も、絶大な威力を持つ殴る蹴る、鈍器で叩くという極めて直接的な暴力行為により、頬を殴り飛ばされる少女、お腹を押さえてうずくまる少女、体がひしゃげて手足がおかしな方向を向いたまま倒れ込む少女などが量産され。

その周囲では、ティオの火炎により焼身に悶え苦しむようにして炭化していく少女達が地の底へ落ちていき……

雫と香織は既に両手で顔を覆ってイヤイヤしており、シアはユエに詰問。ティオも激しく目を泳がせながら、どうにか愛子と一緒に鎮静の魔法で皆の心を守っていく。

そんな、完全にカオスに陥っている現場で、南雲一家は顔を見合わせた。

そして、何やらSAN値が削れているっぽい皆を心底不思議そうに見回し、一言。

「「「え、でも……魔法少女って酷い目にあうものだし。常識でしょ?」」」

「「「「「何その常識!?」」」」」

智一達から「頭は大丈夫か!?」みたいな目で見られて、南雲一家が揃って焦り気味に言い募る。

「え、えっ、でも! 実際に魔法少女ものと言えば、ハードな戦いにシリアスなストーリーがつきものじゃない!」

「そうだそうだ! 暴力を振るわない魔法少女なんて魔法少女じゃない! だって、魔法自体が暴力なんだぞ!!」

「実際、ユエだってそうじゃないですか! 生粋の魔法少女と称すべき存在ですよ? それが昔、誰より信頼していた叔父に裏切られ、家臣と一緒にフルボッコにされた挙げ句、三百年も封印されていたんです! ほら、リアル魔法少女でもそうなんですから!」

ハジメにビシッと指を差されて、ユエがものすっごく微妙な表情になっている。

もっとも、ユエが過去映像を見ても平気そうなのは、魔法少女は酷い目にあうものという先入観からではなく、美少女だろうがなんだろうが敵なら排除するという価値観が優先されているからだ。

なので、智一達の言葉に対し「ちょっと何を言ってるのか分からないです……」というのは本音である。

「あのね。パパ、おじいちゃん、おばあちゃん」

頭痛を堪えているような他の人達に代わり、ミュウがおずおずと一歩前に出た。頭の上のウロボロス三世を気遣いつつ指摘する。

「たぶん、みんなが想像してたのは……日曜日の朝の魔法少女だと思うの」

「「「…………」」」

再び顔を見合わせる南雲一家。次第にすれ違いの内容を理解していき、視線が泳ぎ出す。

なるほど。確かに、あっちの魔法少女は表現がだいぶマイルドだ。敵をぶっ飛ばすときも、きらめいたり、光の中に消えたり、とにかくなんか良い感じに倒せる。血がぶしゃーってなったりしないし、首をぱっくんちょされたりしないし、人間兵器みたいな扱いをされたりも、まぁしない。

すっと視線を転じる。この間も流れ続けている過去映像の方へ。

ハジメによって人型を保つ核である魔石を撃ち抜かれ、うー☆ちゃんが爆発四散した。それはもうぶしゃーっ!! みたいな感じで。

つい見ちゃった昭子さんがふっと倒れ込み、愛子が慌てて支えている。鎮魂の出力アップ!! 今、限界を超えろ! 映像の中でもハジメが〝限界突破〟してるし!

青ざめた顔の智一達を前に、あとレミアに手で目隠しされたミュウを前に、三人は再び視線を合わせ、一拍。

ハジメと愁は言葉に詰まって視線を泳がせ、菫は冷や汗を噴き出しながらも――開き直った。

「みんな、聞いて! いえ、思い出して!! そもそも、うー☆ちゃんは倒されることを望んでいるのよ! 自分を打倒してくれる人が現れるのを、ずっとずっと待っていたの! 全力を尽くし、なお『超えられるものなら……どうか私を超えて行って! 世界のために!』って! 少女が傷つけられている光景? いいえ、違うわ! まったくの解釈違いよ! ストーリーに対する理解が浅すぎると言わざるを得ないわ!! 時を超えて想いを託そうとする守護の魔法少女と、揺らがぬ絆を持つ挑戦者達の、死闘という名のOHANASHIなのよ!? 熱くたぎる以外に何があるというの!? ああっ、うー☆ちゃん! 時を超える魔法少女! 仲間に託された使命を、彼女は果たすことができるのか! 挑戦者達は、彼女の幾千年と背負い続けた想いを受け止めることができるのか!? 果たして、決闘の行く末は!? ――魔法少女うー☆ちゃん、神殺しの未来へ――かみんぐすぅ~~~ん!!」

オタク特有の早口説明。熱が入りすぎて、なんか勝手に設定を盛ったり、急に劇場版のPVみたいな語り口調になったりしているが、まぁ、言いたいことは伝わった。

もちろん、共感はない。

「義母さま……Coming soonじゃないです。もう結果は出てます……」

「なんて流れるような弁舌なのかしら……」

「既視感あるよね……」

「真実を織り交ぜた適当なストーリーを自信満々に演説するところ……誰かさんにそっくりです」

「愛子よ、そこは濁さんで良いぞ。言うてやれ、この母親にしてこの子ありじゃとな」

シアが菫にダメな人を見る目を向け、雫と香織の生暖かい視線がハジメに向き、苦笑いを浮かべる愛子と呆れ顔のティオの言葉に智一達が一斉に頷く。

そうすることで、最後の光景からは完全に視線を逸らした。

五十体の人型が猛撃を行い、ユエが〝神罰之焔〟の準備に入り、そのユエを守らんとハジメが全身全霊の迎撃を行うという光景から。

つまり、たくさんのうー☆ちゃんが……もう見ていられない有様になっている光景から。

そうして発動する〝神罰之焔〟。

蒼い焔が一気に空間全体に広がり、ここだけは不幸中の幸い(?)というべきか、火力が高すぎたせいもあってグロい光景にはならず、智一達のイメージ通り光に呑まれるようにしてうー☆ちゃん達は焼滅していった。

後には何も残らず。

しんっとした空気が漂う。なんて微妙な空気だろう。南雲一家の冷や汗が尋常ではない。

―― 見事!! 天晴!! ――

「「「うー☆ちゃん!!」」」

基本的に空気を読まず、威風堂々と己を貫くのがポリシーなウロボロス三世さんがパチパチと拍手を送ったことで空気が変わる。

救世主でも見たようにパァッと表情を輝かせる南雲一家。全員から「これが南雲家なんだろうな……」と諦めと呆れの混じったジト目が注がれた。

ハジメが誤魔化すようにしゃべり出す。

「いやぁ、それにしてもスーパーティオさんはいつ見ても違和感が酷いな!」

「誤魔化すために 躊躇(ちゅうちょ) なく妾をだしにしよったな?」

ティオが珍しくも興奮せずにジト目を強める。できればあまり触れてほしくなかったのだろう。

だって、映像の中でも、

――ま、まるで、伝説の竜人族じゃないですか!

――貴女、誰なの!?

シアと香織にそんなことを言われているくらいなのだから。

感情反転による仲間への憎悪を理性で抑え込み、使命を語り、鈴達をいさめ、香織達を叱咤し、守護者の名にかけて皆を守ると宣言していたのは、確かに聞こえていた。惨殺現場が怖くて見てはいないが。

「ああいうのが普段のティオさんなら、アドゥルさんも安心でしょうにね」

「昭子殿!? ああいうのが普段のティオさんなのじゃが!? 常時、興奮しておるわけではないのじゃ!」

「「「「「え? ……? え?」」」」」

主に身内から困惑が転がり出る。こいつ、何を言ってんだ……という正気を疑うような眼差しが。

「スーパーティオタイムは滅多にないからこそ、スーパーなんだぞ?」

「……ん。ティオ、自身のゴールデンタイムを安売りしないで?」

「解せぬっ」

自分ではきちんとメリハリのある切り替えができているつもりだったらしい。まぁ、一応刺激しなければ普通に竜人モードなので間違いではない。

半分本気半分揶揄いといったところか。昭子さんは割と普通に普段から変態的な人だと思っていたようで意外そうだが。

ティオが地味に 拗(す) ね始めたせいか、霧乃さんが視線を娘に転じて口元をにやつかせる。もう一人、いじられる者を作って仲間を増やしてあげようというのか。

「ふふ、雫ったら意識しちゃって。頑張ってなんでもない感じを装ってるけれど……かわいいんだから」

「お母さん!?」

見れば、なるほどと納得せざるを得ない。過去映像の中でハジメとユエが戻りシア達と会話している陰で、なぜか明後日の方向を見ている雫がいた。

何やら百面相し、自分の頬をつねり、でも自然とハジメをチラ見して、慌てて視線を逸らして何かを否定するように首を振っている。

香織や鈴が「ん?」と雫の様子に気が付くが、その時には既にすんっと真顔に。あとは不自然なくらい自然な様子で会話に加わる。

「あらま、雫ちゃんったら。ハジメのことどれだけ憎かったの?」

霧乃に続いて菫までニヤニヤ顔で尋ねれば、雫の頬にはすっと朱が差した。

「黙秘します」

「今更じゃないかしらねぇ?」

「お母さん、うるさいっ」

「ちなみに、私が雫ちゃんの気持ちを確信したのはこの時です! バレバレでした!」

「香織!?」

「戦ってる時も、それはもう雫ちゃんが憎かったものだからずっと意識は割いていたんだよね。だから、その時点で気が付いてたよ。雫ちゃんったら、頑張って理性的に戦ってたけど隙あらばハジメ君を探して睨むんだもの」

ほら、ここ! ここ! と、わざわざ過去再生に干渉して時点を戻し、ハジメに憎々しげな、それはもう情念たっぷりの視線を向ける雫を指さす香織さん。

雫の視線が思わずハジメに向く。ハジメと視線が合う。みるみるうちに赤くなった雫は、そのまま両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

香織はにっこにこだ。雫ちゃんのかわいいところ頂きました! みたいな表情である。それは霧乃も同じらしい。「流石は香織ちゃんね」と、一緒になって雫の傍にしゃがみ込み、悶える娘をつんつんして愛でる。

「で、ハジメ君。睨まれていることも、試練後に意識されていることも完全スルーしているハジメ君。当時を振り返って、今どんな気持ちかね?」

「虎一さん……」

真顔のおっさんに詰め寄られて、ハジメは僅かにたじろいだ。が、直ぐになんとも言えない、くすぐったそうな雰囲気になって頬を掻く。

「前にも言いましたけど、当時はまさか雫が俺を特別視するなんて、香織の存在がある以上あり得ないと思い込んでいたもんで……勘弁してください」

「で?」

「いや、まぁ……かわいいとは思いますよ」

雫から「んんっ」と唸り声が響いてきた。無意味に香織をぽかぽかと叩き始める。恥ずかしさ限界突破で八つ当たりせずにはいられないらしい。

「あはは、雫ちゃん顔真っ赤――痛っ!? ちょっ、雫ちゃん割と痛い――アッ!? イタッ、ごめんなさい! 謝るからほっぺに爪を立てないで!!」

じゃれ合う二人に、先程までの凄惨なうー☆ちゃん劇場で削れた正気度もだいぶ回復してきたらしい。智一達の表情も自然な緩みを見せている。

そんな中、涙目で頬をつねってくる雫からどうにか逃げ出した香織は、慌てて話題を変えにかかった。

それがまた、ほんわかし始めた空気を微妙なものに変えるとは思いもせず。

「そ、それにしてもユエの魔法は今見ても凄かったね!」

「……ん! 当然!」

「うー☆ちゃんさん、本当によく生き残ったと思うよ」

ミュウの頭の上で、ウロボロス三世がむんっと胸を張る。

―― 緊急 転移! ――

少し考える素振りを見せ、推測を口にするハジメ。

「? ああ、なるほど。緊急時には転移で退避できるってことか?」

―― 肯定!! ――

そういうことらしい。ウロボロス三世だけの緊急避難の方法が確立されていたようだ。

なるほどと納得しつつ、香織は苦笑いを浮かべてシア達に言う。

「本当に焦ったよね。透過はしたけど物凄く熱かったし、髪の先端とか少し焦げちゃったもんね」

「え?」

「え?」

「え?」

「……え?」

上から順に、シア、ティオ、雫、そして香織自身だ。

シア達の顔には明らかに困惑が浮かんでいる。そこに共感はない。まるで、香織だけが体験していたみたいに!

一拍おいて、その場の全員が察した。バッと一斉にユエを見る! ユエ様、バッと視線を逸らした。

香織の笑みが固まる。かと思えば、一瞬で表情が抜け落ちた。

過去再生に干渉。目的の時点を早送りと早戻しで調整しつつ、当時の自分達がいた場所にずんっずんっと歩み寄っていく。

そして、瞳孔の開いた瞳で一人一人を丹念に観察し始めた。

「シア……………………焦げてない」

「ティオ……………………こげてない」

「雫ちゃん……………………コゲテナイ」

「鈴ちゃん……………………コゲテナァイ」

至近距離で、各々の全身を視線で舐め回すようにチェックしていく姿は実に異様で、まるで、「いちまぁ~い、にまぁ~い」とお皿を数えていく某妖怪のよう。大変こわい。

ユエがそっと 踵(きびす) を返した。忘れた頃のいたずらが見つかって、「そ、そういえばそんなことやっちまってたなぁ」と、冷や汗を流しながらほとぼりが冷めるまで逃げようとしている子供のように。

だが、遅かった。というか、呆れ顔のハジメに首根っこを掴まれてネコのようにぷら~んっとしてしまって逃げられなかった。

「光輝君も龍太郎君も………………コゲテナァーーーイイイッ!!」

ぐりんっと首を回す香織さん。やばい。ミュウがガクブルしながらレミアママの胸の谷間に逃げ込んじゃうくらい。

「ユエぇええええええっ!!」

「……ちょっとした悪戯心だった! ごめんなさい!」

「ふざけないで! 逃げ場ないし、防げないし! 本当に焦ったんだからね!」

「……う。で、でも! 香織も悪い!!」

「はぁ!? なんで!?」

「……スルーした! 私の悪戯スルーした! なんにも反応してくれなかった!」

「いや、だってそれは、シア達が何も言わなかったから! ちょっと焦げちゃったくらいで文句言ったら空気読めてないかなって!」

確かに、過去映像の中では新たな階段が出現してハジメ達が進んでいるのだが、ユエが何か期待したような表情で香織をチラ見している。

しかし、香織は回復魔法であっさり焦げをなくしてしまい、そのまま何もなかったように振る舞っていて、それを見たユエがしょんぼりと少し肩を落としているように見えなくもない姿が映っていた。

全員が思った。かまってちゃんかよ……と。

おそらく、香織に対する感情の反転で、自分でも意外なほど嫌ってしまったのだろう。それはつまり、意外なほど気に入っていたというわけで。

そんな感情の変動に対する反動のせいもあってついつい悪戯してしまい、なのに、いつものように反応してくれず悲しかったという感じか。

「最後の一撃って場面で、しかも初めて使う魔法なのに、よくもまぁ悪戯する余裕なんてあったな?」

「……香織の魂を使徒に定着させるのに、最も重要な部分を担ったのは私。香織の魂に関しては、本人より私の方が熟知してる。この程度なら意識するまでもない」

「つまり、無意識レベルで選定から微調整までできるくらい、香織を知り尽くしていると」

「ユ、ユエ……」

「……ちょっと語弊がある! 香織もなんで赤くなる!?」

「もぅ、ユエちゃんったら、本当に香織ちゃんのこと好きねぇ」

「あらま、香織も赤くなっちゃって。ふふふ」

菫と薫子の微笑ましそうな眼差しと言葉はあっという間に伝播し、その場の誰もが同じような雰囲気になった。

いたたまれない。ユエと香織は揃って、先程の雫のように両手で顔を覆ってしまう。

それにカラカラと笑い声を上げ、一拍おいてハジメが柏手を打つ。

「さて、大迷宮の見学はこんなもんだろう。最後にゴールの庭園を見に行こうか。フェルニルの上から見るのとはまた違った絶景だと思うぞ」

ウロボロス三世が干渉してくれたのか。タイミングよく庭園へと続く幹の階段が出現した。

「……んん! そうしよう早くしよう!」

「ちょっと予定も押してるしね! ほら、みんな早く行こ!」

羞恥心を誤魔化すようにして、二人揃ってパタパタと駆けていくユエと香織。

そっくりな挙動をする二人に、ハジメ達はますます笑い声を上げたのだった。

「おぉ~、大樹の天辺にあるとは思えないな!」

「本当に庭園なのね……きれい……」

智一と薫子が感嘆の声を上げる。

目の前に広がる光景――緑豊かな芝生のような地面に複雑に行き交う水路。そこに架かる可愛らしいアーチに、美しい花々と果実の実る木々。小さな白亜の住まいと、奥には石版が埋め込まれた立派な樹に、他の者達も瞳を輝かせている。

菫と愁だけは、

「なんだか絵本に出てきそうな可愛らしい場所ねぇ」

「これを……リューティリスさんが? 馬鹿な。もっとこうアブノーマルな感じかと……」

と、少し困惑気味だったが。イレギュラーな出来事で、先にアブノーマルな女王様を見てしまったからだろう。試練の内容も内容だったし、こんな森の奥でひっそりと生きる可愛らしい女の子のメルヘンチックな家、みたいなところとは露ほどにも思わなかったらしい。

「こっちがフェアベルゲンの方角だな。まぁ、木々と白霧で見えないが良い景色だぞ」

ハジメがミュウを抱っこしながら促す。

なお、ウロボロス三世さんはハジメの意図を読んでミュウの頭上から離れた。そして、ハジメの肩に座った。

ハジメさん、ビクンッと震える。が、耐える! ウロボロス三世さんは敬意を持てる相手だから! 見た目の奇怪さならリーさんも同じさ!!

「確かに絶景だな」

「フェルニルの高度より低いはずなのに、まるで雲海の上にいるようだ」

「周囲は雲海、北には雄大な山脈、東には海も見えるわね」

鷲三達がほぅと熱い溜息を吐いた。飛翔するフェルニルから見る異世界の光景も良かったが、確かに感じ方が違う。ファンタジーの象徴のような大樹のてっぺんから世界を見渡すというのは、言葉では表現し難い感動があった。

しばらくの間、景色を堪能する一行。と、不意にミュウがぽつりと呟いた。

「リューティリスお姉さんは、きっと、ずっと、ここから樹海の人達を、世界を見守っていたんだね」

「ミュウ?」

「深い場所にいて、外の世界のことは何も分からなかったミレディお姉さん達と違って、リューティリスお姉さんだけはずっと見ていたと思うの。森人族さんは長生きだから、きっといろんな光景を」

「そう、だな。そうかもしれないな」

ハジメ達は初めてその事実に気が付いたようにハッとした様子を見せ、愁や菫達も含め、誰もが自然とミュウの言葉に耳を傾ける。

「それは、とても辛いことだと思う。女王様だもん。樹海の皆が大事だったはずなの。でも、何があっても何もしてあげられないなんて……ミュウは弱っちいから、何もできない辛さは分かる気がするの」

「お前が何もできないなんてことはねぇよ」

「……ミュウは自覚なさすぎ。もっと自信を持って」

「ですねぇ。ミュウちゃんほどのスーパー幼女を、シアお姉ちゃんは他に知りませんよ?」

「我を忘れたハジメ君さえ止められちゃうんだもんね」

「誰とでもとも直ぐ友達になってしまうしのぅ」

口々になんの冗談だと本気で返されて、ミュウの視線が泳ぐ。が、レミアママの誇らしそうな表情を見ると、どこか照れくさそうにはにかんだ。

愛しげに目を細めながら、ハジメが先を促す。

「で? 何が言いたいんだ?」

「ぅ、あのね、それでもリューティリスお姉さんは、この場所にしたの。何もできなくても、死ぬまで目を逸らさないって、そんな気持ちだったんじゃないかなって思うの」

何も知ることさえできない深い闇の底。知ることはできるけれど何もできない遥か空の上。

どちらが辛いという話ではない。ただ、きっと彼女は、死ぬその時まで〝樹海の女王〟だったのだ。民の幸せも、民の嘆きも、全てを最後まで受け止める覚悟でこの場所に終の棲家を作ったに違いない。

「すごい人なの。かっこいいの」

考察を口にし終えて、どこか遠い目で樹海を眺めるミュウに、ハジメ達は顔を見合わせ……ふっと笑い合った。考えもしなかった事柄だったから。

「やっぱ、お前はすげぇわ」

「あらあら、この子ったら……うふふっ」

「レミアちゃんったら嬉しそうねぇ。まぁ、気持ちは分かるけど」

「自慢の孫娘だなぁ」

南雲一家とレミアママの感想に、異論を唱える者などいるはずもなく。智一を筆頭に親達はミュウの感性と心根に瞠目し、ユエ達は慈しみと感心の混じった柔らかい眼差しを向けた。

その中でも特に、

「みゅ? うーちゃん?」

―― 感服!! 我 感服!!! ――

ウロボロス三世の感動は大きかったようだ。感涙を流していそうな雰囲気で、いつもよりずっと太く空中に文字を描いている。

それどころかウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッと羽ばたいて、ハジメとミュウの周囲を飛び歓喜の乱舞を見せてくる。羽音にちょっとゾゾゾッと鳥肌が立っちゃう。

「……ん。それじゃあ、そのかっこいいリューティリスお姉さんのメッセージを見に行こう」

「それと、あの時のハジメ君もね!」

「二人共やけに推すが、俺、あの時そんなに変な顔してたか?」

「「変ではないけどしてた!!」」

「息ぴったりだな、おい」

ユエと香織がらんらん♪と石版が埋まった樹の方へ行くのを苦笑い気味に追うハジメ。シアとティオ、雫も「まぁ、確かに一見の価値はある」とミュウや愛子、レミアに茶目っ気のある表情を向けつつ、他の者達を促して後を追った。

そうして、奥の石版が埋まった樹の前で、今度は香織が過去再生を発動した。始まった映像の中で樹の幹が変形して、一部がせり出すようにしてリューティリスの形になっていく。

造形が秀逸な木製人形のような姿だが、先にあの絶世の美貌を見ているので誰もが自然と姿を重ねる。

「ギャップやべぇな」

「……ハジメ! シッ」

「ハジメ君、空気読んで!」

残念な本性を垣間見てしまった今は、こんなシリアス一辺倒なリューティリスは確かに違和感が酷い。みんな分かっていても何も言わなかったのに! と、ユエと香織の注意だけでなく、ミュウからペチペチッと頬にお叱りを受けてしまうハジメ。

娘に叱られて肩を落とすハジメを放置して、語られる内容に耳を澄ませる。

その内容は、仲間との絆を信じろという話と概念魔法の存在。

そして、〝導越の羅針盤〟の贈呈と能力の説明。

すなわち、望んだ場所を指し示す解放者の秘宝であること。そう、それがたとえ、

――別の世界であっても

リューティリスの澄んだ声音に、過去映像の中のハジメが震えたのが分かった。

傍目にも呼吸が乱れ、羅針盤を持つ手に力が入っているのが分かる。大きく見開かれた目の奥に、その瞳に、かつてない希望と熱が湧き出しているのがよく分かった。

オルクス大迷宮での、ハジメの絶対に帰郷するのだという決意と覚悟を見て、他の旅路も見学してきて、それでもまだまだ見ていない道程もあって、だからこそ愁達は、この時のハジメの心情が我が事のように感じられた。

死に物狂いで歩んできた道の先に、ようやく、本当にようやく帰る手がかりを一つ掴み取ったのだ。それが、どれほどハジメの心に光をもたらしたか。その胸中を、どれだけの歓喜が満たしたか。

薫子と昭子など、ハジメの感動が移ったみたいに涙ぐんで「良かったわね」と呟いている。智一達も「そうか、ここで遂に手がかりを……」と、まるで当時のハジメ達に「よく頑張ったなぁ」と褒めるような眼差しを向けている。

「やったじゃないか、ハジメ」

「ユエちゃん達にも本当に感謝ね。ここまでハジメと一緒に苦難を乗り越えてくれたんだもの」

「おいおい、父さんも母さんも大げさだぞ。まだ、帰り道を特定する方法を手に入れただけなんだからな?」

「あら、そんなこと言っても、あんためちゃくちゃく喜んでるじゃない」

「極力冷静でいようとはしてるが、声がめっちゃ震えてるぞ」

くすくすと優しい表情で笑いながら指摘してくる両親に、ハジメはほんのり赤くなりつつそっぽを向いた。自覚はあるらしい。

「お義母様! お義父様! ここですっ、ここ!」

「タイミングを見計らって~~~~~~っ、ストップぅーーっ!!」

「おい、香織」

ハジメのツッコミも知らんとばかりにスルーして、香織は過去映像を絶妙なタイミングで停止させた。

それは、攻略を終えてさぁ帰ろうという時。

ユエ、シア、ティオ、香織が、疲れたというハジメに癒やしてあげるとアピールして、そんな彼女達にゆっくりと視線を巡らせたハジメが、一拍おいて見せた表情。

「わぁ~。ミュウ、パパのこの表情すきぃ~~」

「はぅっ、これは確かに見せたくなるの分かりますっ」

「あらあら……素敵ですね」

ミュウ、愛子、レミアがほわっと頬を染める。智一達も目を丸くしている。それほどに、ここまでの旅路で見せてきた過去のハジメの表情とは、些細だけれど明らかに違う雰囲気が宿っていたのだ。

「……」

「なるほどなぁ」

菫は言葉無く、しかし、嬉しそうに目を細めた。愁は腕を組んで、やっぱり嬉しそうに笑う。

「なんだよ。普通に笑っただけだろ。というか、むしろちょっと困ってるの見て分からないか?」

「……やれやれ、そういうことじゃないの、ハジメ」

「まったく、分かってないね、ハジメ君」

「お前等、ほんと息ぴったりだな!」

今までの余裕のなさから来る獰猛で不敵な雰囲気はそのままに、召喚される前の柔らかさや優しさが混在したような、ほんの少し、かつての己を取り戻したような、不可思議な感情を湛えた微笑。

奈落で消えるはずだった穏やかな少年の心は、ユエという存在に辛うじて繋ぎ止められて、シア達との出会いで守られ、そして帰郷の希望と共に少しだけ浮上したのだろう。

その自覚がきっとあって、だからこそ、この見る者の心を解きほぐすような、同時に切なさで締め付けるような、そんな微笑が浮かんだに違いない。

「……まぁ、お前等がいてくれて良かったと、そう思ってたのは間違いない」

「……ほほぅ?」

「ふふぅん?」

「おやおや、ご主人様がデレデレしておるぞ」

「あの時に言ってくれても良かったですのにぃ~」

ちょっぴり頬を染めつつもニヤニヤ顔でハジメを囲むユエ達。抱っこしているミュウからも、なんだか優しい笑みを向けられ、親達からは微笑ましい表情を向けられて、ハジメは気恥ずかしさに耐えられず頭を乱暴に掻いた。

別に、頭の上に着地して『うむうむ、良きかな!!』と後方腕組みおじさんみたいになっているウロボロス三世さんを、さりげなく叩き落としたかったからではない。

「ごほんっ。大樹の大迷宮見学はもういいな? 最後に長老達に挨拶だけして次に行こう。ウロボロス三世、いや、うーさん。話せて良かった。また会おう」

―― 良! 再会!! ――

少々強引に話を進めるハジメ。その心情を察して愁達がくすりと笑いつつ頷く。が、そこでユエがストップをかけた。

「……ハジメ、何を言ってるの! まだ重大イベントが残ってる。最重要と言っても過言じゃない!!」

「…………それは、やっぱりあれか?」

どうやら忘れていたわけではないらしい。ユエがぷっくりと唇を尖らせる。シア達も「えぇ? スルーはないですよ」と困惑顔だ。

「……まさか、わざとスルーするつもりだったの?」

すぅーっと息を吸いながら視線を逸らすハジメ。そのつもりだったらしい。

「酷いですよ、ハジメさん! 人生の一大イベントですよ!?」

「じゃなぁ。いつ見るのかと期待しておったのに」

「ほら、早く根元に戻ろうよ!」

シア、ティオ、香織がハジメに詰め寄っていく。その光景に首を傾げる親達。

菫が「いったいなんのこと?」と尋ねると、どうやらハジメの心情を察しているらしい雫が苦笑い気味に答えた。

「実は、この大樹の根元が……ハジメがユエにプロポーズした場所なんです」

「「なん、だとぅ!?」」

「あらまぁ!」

「そうだったのね! 素敵じゃない!」

「ぜひ見てみたいわね!」

南雲夫妻が目をくわっと見開き、薫子と昭子、それに霧乃がきゃ~っと黄色い声を上げる。智一達も興味深げな様子だ。

「いや、見せないぞ」

「……そんな。私との素敵な想い出じゃないの?」

「ハジメ君、酷い! ユエがしょんぼりしちゃったよ!」

「ハジメさん、どうしたんです? 私の告白成功シーンは、そこまで抵抗感なかったじゃないですか」

「そりゃあ、あれはプロポーズじゃなくて、猪突猛進に迫り続ける兎への降伏宣言みたいなものだし」

「どんな感覚!? ちょっとショックなんですが!?」

何はともあれ、ハジメ曰く本当に特別な想い出だからこそ見せびらかしたくないということらしい。二人っきりの想い出にしておきたいと。

だからこそ、当時も、たまにテレビやネット動画で見る公衆の面前でのサプライズプロポーズみたいな形ではなく、わざわざ二人っきりになってから想いを伝えたのだ、と。

「……んぅ~、つまり、私との想い出を独占したいってことぉ?」

真意を聞いて一気に機嫌が良くなるユエ様。もじもじしちゃう。香織から「そういうこと……チッ」と不穏な音が響く。香織パパが悲しそうな目になる。

「あんたの心情とかどうでもいいわ! どうせ結婚式挙げる時には想い出諸々映像で流したりするだろうしね! 母親の当然の権利として、プロポーズシーンの視聴を要求する!!」

「理不尽の権化か」

「父親の権利も合わせて主張させてもらおう! さぁ、大人しく出すもの出せ!!」

「なんだよ、親父だって自分のプロポーズを息子に見られるのは嫌じゃないのか?」

「それはそれ、これはこれ!」

「理不尽の権化だ」

期待の視線が多い。愁と菫だけでなく、母親達のキラキラの視線が突き刺さる。ミュウやレミア、愛子達も興味津々だ。

ハジメは溜息を一つ。

「いや、そんな目を向けられても折れないからな?」

「「「「「えぇ~~~」」」」」

菫達は不満たらたらだが、ユエ的には逆に納得できたらしい。「ハジメが、そんなに独り占めにしたいならしょうがない。くふふっ」と口にしつつ、香織にマウントを取るようなドヤ顔を見せる。香織から「チッ!!」と舌打ちが響く。智一パッパが悲しむ。

「ただ……うん、オルクスでは見なかったし、ユエが〝あれ〟を見せたいなら構わない。もちろん、プロポーズシーンはカットしてな?」

「何よ。息子のプロポーズシーンよりおもしろ――ごほんっ。素敵なシーンがあるというの?」

「遅めの反抗期になってやろうか」

額に青筋を作りながらも、ハジメはユエに視線で問うた。どこか優しい、気遣うような眼差しだ。それで、ユエも察したらしい。

「ユエの大事な想い出だ。あれはユエのものだ。だから、見てもらうかどうかは、ユエが決めていい」

「……ん」

少し考えて、ユエは少しの切なさと、大切な想い出を噛み締めるような微笑を浮かべて頷いた。空間の窓を開いて地上の根元と繋ぎ、同時に過去視を発動する。

映し出されたのは、根元で幹に背を預けるようにして座り込むハジメと、その膝上にすっぽりと収まっているユエだ。見るからに仲睦まじい様子である。

だが、それを言及する前に誰もが口を噤むことになった。二人の視線の先に、ユエとよく似た金色の髪と紅玉の瞳を持った初老の男が現れたから。

香織から「あっ」と声が漏れる。ハジメが片手に掲げるダイヤモンドのような宝石型の映像記録用アーティファクトに何が収められているか知っていたから。

――アレーティア

愁達には聞き慣れない呼び名が木霊する。だが、その声音が慈愛に溢れていて、誰に向けられたものなのかは、過去のユエの動揺した様子から一目瞭然だった。

「……私の叔父です。あの名は、昔のものです」

ユエを手酷く裏切り、三百年の暗闇に閉じ込めたという叔父。ここにいる者は、実はそれがユエを守るためだったということを概要的には聞き及んでいる。

だが、それはあくまで表面的ものだったのだと、この場の誰もが理解した。理解させられた。

ディンリードが未来に遺したメッセージは、遺言は、まるで血を吐くような苦悩と、未来で姪を助けただろう誰かに対する底なしの感謝と、そして、

――愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。娘のように思っていたんだ。

姪への、否、娘への溢れんばかりの愛情に満ちていたから。

神に狙われている愛しい子を、父親代わりなのに守ってやることができない。隠して、未来の誰かに託すことしかできない。

真意を説明して、万が一にでも神に伝わっては全てが無意味になってしまうから、権力欲にまみれた愚か者を徹底的に演じた。

こんな愚かな男なら、女王となった姪を妬んで簒奪を目論んでもおかしくないと、祖国どころか世界も、神すらも騙しきった。

その無力感、守りたいのに傷つけないわけにはいかない苦悶、娘への押し潰されそうなほどの罪悪感が、痛いほどに伝わった。

誰も何も言えず、ただ、一人の父親の深い愛情と重い決意に聞き入り、胸を打たれる。

――私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ。

過去のハジメが、言われるまでもないと確約を口にする。

そうして、最後に、

――さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように

ディンリードの願いが木霊して。

後には、誰も見たことがないユエの涙あふれる姿と、決して離すまいと寄り添うハジメの姿が残った。

「……叔父様、いえ、お父様。ご覧ください。彼等が、私の新しい家族です」

誇るように、安心させるように、陰り一つない満面の笑みを浮かべながら両手を広げるユエ。

「……私の世界は、幸せで溢れています。ご安心を。そして、どうか安らかに」

澄み渡った青空を仰いで、その向こう側の父親に伝えるように断言するユエは、なるほど。ディンリードの願った通り、確かに幸せの象徴のようであった。

たまらず菫と愁がユエを抱き締めた。ディンリードの代わりにと言うように。それを、智一達もシア達も、これ以上ないほど優しい眼差しで見守る。

そうしてしばらくの間、心地よい沈黙と包み込むような温かい雰囲気だけが庭園を満たしたのだった。

「あ、ユエ。そろそろ過去映像を止めてくれ。もうすぐ過去のユエが泣き止んで例のシーンに入っちまう」

曲がらないのがハジメさんクオリティー。主張したいことは主張しちゃう。

シア達がジト目になる中、むきぃっと苦言を呈したのは菫と愁の方だった。

「ハジメ! ちょっと空気読んでくれる!?」

「もういいじゃないか。ここはエモい雰囲気のままプロポーズを見る以外に道などないぞ!」

「知らん。あんな可愛いユエは俺の脳内フォルダに永久保存して一生出さない」

プロポーズされた時のユエの表情は、それほどハジメ的に独占したいものらしい。ますます気になっちゃう! と皆が皆、無言のうちに見てみたいなぁ~とねだるが……

ハジメさんは同調圧力には絶対負けないマンなので無視する。

「……ん。私もあの時のハジメは独り占めしたくなってきたのでやめておきます」

「ユエちゃんまで……残念だけど、しょうがないわね」

「まぁ、ユエちゃんにまで言われると引かざるを得ないな」

菫も愁も他の者達も、残念そうではあるがユエまでそう決めたのなら無理強いはできないと肩をすくめた。

ユエが照れたように頬を染めつつ過去視を停止する――

停止しない。

「……ん? あれ? なんで!?」

映像の中で、いよいよユエが泣き止み始めた。ハジメの雰囲気が意を決したような感じになっていく!

「ユエ?」

「……ちがっ、私はもう過去視をやめて――んっ、香織ぃ!」

魔力の流れに気が付いてバッと振り返れば、そこには下手くそな口笛を吹きながら明後日の方向を見ている香織がいた。ユエのお願いなんて、むしろ率先して聞いてあげないウーマンなので仕方ない。

そんな香織の所業にうわぁ~と引いた様子の親達や雫達を横目にしつつ、ユエが慌てて阻害しようとするが時既に遅し。

皆がなんだかんだで注目する中、とうとうハジメのプロポーズが――

というまさにその時だった。

映像とハジメ達の間で空間が渦巻いた! ゲート発動の証だ。繋がった空間の奥から飛び出してきたのは、他の誰でもない。そう、

「アワークリスタル換算で早五日!! 完徹爆速で仕事を終わらせたリリアーナ・S・B・ハイリヒ、ただいま戻りましたぁーーーーーーっ!!!」

死人みたいな顔色とパンダみたいな目元の、完全にテンションがおかしくなっている王国の王女様だった!

ミレディみたいなポージングを取っている。テヘペロもしている。でも、死人の顔色にパンダの目元だ。愉快犯を地で行く悪魔みたい。ひく。

あまりに常軌を逸した感じだったので、もちろん、その後ろで流れていたハジメのプロポーズの言葉も聞こえないし、ユエの幸せそうな表情や口づけも見えない!

ユエの阻害も間に合って、過去映像がふっと消える。

まさに、完璧なインターセプトだった。

「あ、あら? 皆さん? どうしました? なぜそんな、残念な生き物を見るような目を? わ、私、頑張ってお仕事を終わらせて合流したんですよ!?」

「うん、そうだな。リリィ、お前はできる王女様だ! 俺はかつてないほど称賛する気持ちでいっぱいだ! よく戻った!」

「……ん! 流石は王国の才媛! そこに痺れる憧れるぅ!」

「え、そ、そうですか? えへ、えへへっ」

ハジメとユエに両側から抱き締められて、照れ笑いを浮かべるリリアーナ。もちろん、ゾンビ顔なので、とっても不気味。まるで、飢えていたところ生きた人間を見つけて興奮しているかのよう。

その有様を見てぽかんっとしていた菫達や香織達も、お互いに顔を見合わせて苦笑い。

雫と香織がぽんっと柏手を打って歩み寄りつつ、

「うん、まぁ、取り敢えず……」

「リリィは寝ようね?」

「エッ!? まだ昼間ですよ!? 私の観光は!?」

絶対に観光するの! 死んでも楽しむの! 大丈夫っ、まだ三日はイケる!! と狂気の戯言を叫んで駄々をこねるリリアーナを、強制的に眠らせにかかったのだった。

その後の話。

―― 再見!! ――

「みゅ! また会おうなの! うーちゃん!!」

ウロボロス三世とミュウが友誼と再会の約束を交わしたのを見届けてから大樹を離れた一行は、次の観光地――シュネー雪原に向かうべく、その前にフェアベルゲンへ出発の挨拶をしに訪れた。

その時、アルフレリック達の視線がチラチラと一点を、それはもう引き攣った表情になりながら見ていたのだが……

それも仕方のないことだろう。何せ、

「なんというか……まるでドラク○みたいだな」

「パーティーメンバーが死んだ時のね。リリィちゃん……王女様なのに、どうしてこうも扱いが雑な感じになっちゃうのかしら?」

愁と菫の言う通り、挨拶回りをする一行の後ろにはふよふよと漂うようにして追随する棺があったのだから。

もちろん、中身はリリアーナである。胸の前で手を組み安らかに眠っている王国の王女様である。

実は、リューティリスからのご褒美である木棺には安眠機能もあるという話をウロボロス三世さんが教えてくれたので、嫌がるリリアーナを気絶させて放り込んだのだ。で、ユエが重力魔法で浮かせて追随させているのである。

最後にフェアベルゲンの民やハウリア達に盛大な見送りを受けつつ、広場に出したフェルニルへ、棺を引き連れて乗り込んでいくハジメ達の姿は……

まるで、宇宙人と捕らえられて箱詰めされた現地民のようにも見えて、実にシュールだった。