軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記㊸ これが、ワタシ?

「いや、壊さねぇよ?」

リューティリスにより提示された選択。

神殺しを成した者に、神殺しの力を大迷宮ごと永遠に破壊するか否かというそれに、誰もが、特に親達が固唾を呑むようにしてハジメの結論に注目する中、返ってきたのは。

そんな即答だった。

待つことなど欠片もなく、ハジメには悩んだ様子もなし。至極あっさり、まるで今夜の夕食を決めるような気軽さで結論が出された。

予想外だったのだろう。

静かに、仁王立ちで選択の結果を待っていたウロボロス三世が、まるでギャグのようにずっこけた。玉座の背もたれの上から転落し、ぽてっと座面に転がってしまう。

親達も揃って瞠目し、シア達も少し驚きを見せている。もっとも、シア達の驚きは迷いのなさに対してで、どうも結論自体は予測していたようであるが。

その証拠に、

「……ん。そう言うと思った」

ユエはまったくこれっぽっちも驚いていなかった。口元に微笑を浮かべ、目を細めて、優しさに満ちた瞳をハジメに向けている。ユエだけはハジメが迷わないことも理解していたらしい。

「ふむ、良いのかね?」

驚きからいち早く回復したのは鷲三だ。少し訝しそうにハジメに問う。

「良い、とは?」

「もちろん、リューティリス殿の懸念について」

神無き世界に残される神殺しの力。

リューティリスは、それを残すことの是非を問うた。未来を想う懸念がそうさせた。

世界を揺るがす力を、神という名の〝共通の敵〟を失った人類は放置できるのか。それを巡って争いが起きるのではないか。そういう懸念だ。

「まぁ、そう簡単に攻略できたら苦労はしませんし」

「事実、この五百年の間で攻略できた者は二人しかおらんものなぁ。妾達を除いては」

「フリードとユエさんの叔父さん――ディンリードさんだけですね」

ハジメの苦笑いにティオとシアが頷く。もちろん、大迷宮攻略がもたらす恩恵の内容が歴史的に失われかけていたせいで、挑戦者自体が少なかったというのもあるが、世界的に知られた今でもトータスの人間では挑戦自体が至難だろう。

オルクス表層の百階層や氷雪地帯などなど真の大迷宮に到達するまでにふるい落とされてしまうのが、トータスの人々の平均レベルだ。

「確かに神代魔法を求めて自滅する人の続出はあり得るけど、それは今までの歴史でもあったことだし……」

「そうね。大迷宮のコンセプトに対する相性もあるのでしょうけど、勇者である光輝ですら得られなかったんだものね」

香織と雫の言う通り、神代魔法使いが溢れて、その人材確保で争われるという可能性も限りなく低い。

「……ん。勝手に死んでいく分には知ったことじゃない」

「けれど、ユエさん。攻略の確率を上げるために情報を求める、ということはあるんじゃないかしら?」

霧乃の意見はもっともだ。つまり、情報を得るためにハジメ達に接触、ないし強引な手段に出る輩もいるのではという懸念である。

が、その懸念に、ユエは吸血鬼の牙を見せつけるような好戦的な笑みで以て答えた。

「……それならそれでいい。神代魔法を得る前に、害ある輩を判別できるから」

「そ、そう」

剛毅で動じない霧乃をして、ちょっぴり頬を染めて視線が泳ぐほど危険で妖艶な笑みを浮かべるユエ。

まさに、吸血鬼の女王の如く。

智一達男性陣が思わず視線を逸らす。頑張ってそうしないと魅入られてしまいそうな本能的な魅力と畏れを感じてしまって。

……いや、智一だけは奥さんのハイライトが消えた目が怖いだけかもしれないが。

ユエの髪を優しく撫でつつ、ハジメが肩をすくめる。

「まぁ、考えていなかったわけではないですが、他にやることがたくさんあって後回しにしていた事柄ではあるんで……これを機に、挑戦者の出現を知らせる監視システムでも各大迷宮に備え付けることを検討しときます」

「ふぅん?」

少しひっかかる様子で愁が顎に片手を添えた。じっと息子を見つめる。

「父さん?」

「いや、お前らしくない気がしてな? こういう場合、お前って徹底してるだろ? 可能性は全て潰す!って感じで」

「そうよねぇ。むしろ、そうやって神代魔法を独占してやるぜ! くらいは言うわよね?」

「よくお分かりで」

苦笑いを深めるハジメ。愁と菫の言う通りだ。可能性は限りなくゼロに近くとも、ゼロでないのなら〝あり得る〟のだ。

フリードのような特異な人材が神代魔法を手にして、ハジメ達に牙を剥く可能性は否定できない。

同じく、ユエの言う通り対応できるしメリットもあるとはいえ、攻略情報を求める者が間接的な手段に出る可能性も否定できない。

そして、こういう可能性を放置しないのがハジメだ。

親としてよく分かっているが故に、まるで理由があって破壊しないのではなく、破壊しないことが前提にあった上で後付けの理由を述べているような、そんなハジメの結論を不可解に思うのは当然だろう。

両親からじっと見つめられ、ハジメは居心地悪そうに身じろぎした。意外なことに、なぜか少し照れくさそうな様子に見えなくもない。言うのを恥ずかしがっているような……

「……お義母様、お義父様。ふふ、ハジメは守ってあげたいんです」

「お、おい、ユエ」

「「守る?」」

「……はい。ミレディ達の生きた証を、この世に」

ユエの代弁に、愁と菫のみならず親達全員が「あ……」と声を漏らした。

そう、リューティリス自身も言っていた。大迷宮は、解放者達の生きた証だと。だから、ミレディに「壊してもいいよ」と言わせたくなかったのだと。

シア達も、ハジメが一瞬も迷わなかったことには驚きはしたものの、メリットやデメリットを度外視した結論を出すことを分かっていたのだろう。くすりと優しい笑みを浮かべてハジメを見ている。

「大迷宮は、ミレディお姉さん達のお墓でもあるの。ね? パパ」

「決戦の後、ハジメさん達は解放者の存在を正しく世界に伝えましたから……そういう意味でも大迷宮は既に――」

「〝世界の守護者〟が眠る場所、ですものね。トータスの人達にとって、新しい聖地になっていくかもしれません」

レミアと愛子の説明通り、それが今の世界における共通の認識だ。

実のところ、新生聖教教会でもミレディ達の聖人認定と、大迷宮の聖域認定の話が正式に進んでいたりする。

それを聞いて思わずフリーズするほど動揺を見せたのは、威風堂々を体現したような存在のウロボロス三世だ。

もし見て分かるほどの目があれば、きっと大きく見開いていたに違いない。それほどまでに動揺をあらわにして、真っ直ぐにハジメへ意識を向けている。

そう言えば知らなかったか、とハジメは頬を掻いた。

「ま、そういうことだ。もう、お前等は、お前のご先祖とその仲間は……反逆者じゃあない。後世に力を遺すことで、幾星霜の時を死してなお戦い続けた〝世界の守護者〟だ。解放者の歴史は、正しく後世に語り継がれるだろうよ」

―― …… ――

彫像にでもなってしまったみたいに微動だにしないウロボロス三世。

世代を重ねたことで初代ほどの思考能力を持たずとも、彼が大きな感情のうねりに呑まれていることは手に取るように分かった。

もしかすると、思考能力のみならず、ある程度の記憶の継承もしているのかもしれない。

だとすれば、彼は正しく継承者で、当時の解放者達の想いを受け継いだ存在で。

―― ッ、感謝ッ、感謝ッ!! ――

ふるふると震えながら、伝える思念さえもどこか震えていた。

けれど、明確に、強く、感謝の念は伝わった。あるいは、彼が泣く機能を備えていたのなら号泣していたのではと思うほどに。

「解放者の、たとえ敗北しようとも後世に繋げようとした強い意志。大迷宮と神代魔法だけじゃない。きっと、俺が知る以上にあんた達が繋いだものは多いんだろう。それに俺が、俺達が救われたのは事実だ」

震えるウロボロス三世に、穏やかな声音で語りかけるハジメ。それはきっと、彼を通してのミレディ達への語りかけに違いない。

「感謝してるさ。旅の道中は、あ~、その、なんだ。余裕がなくて大分と雑な扱いだったと思うし……だから、あれだ。謝罪も込めてだ」

いよいよ照れたように、逆にむすっとした顔になって。

でも、どこか穏やかな雰囲気で、ウロボロス三世から視線を転じ、天井へ、空へ、その向こうのミレディ達を見つめるようにして。

「俺が生きている間は、墓守の真似事くらいしてやるさ。もう二度と、あんた達の真実が忘れられないように、な」

だから、七大迷宮は破壊しない。誰にも、破壊させない。

たとえ、その存在故にハジメ達へ面倒事が降りかかるとしても、神殺しの手段を未来に遺してくれた解放者達の証を、歴史と忘却の彼方に追いやったりはしない。

つまるところ。

それこそが、ハジメの選択の最たる理由だった。

―― 了!! ――

最後にはきちんと玉座の背で仁王立ちし、触覚もピンッと伸ばして、ウロボロス三世は神殺しにして継承者の決断を受領した。

心なしか晴れやかに見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

愁や菫、他の親達も納得顔。そして、ハジメを見る目は……暖かくも微笑ましいような、ハジメにとってむず痒くなるような眼差しだ。

だから口にしたくなかったんだと、ハジメは照れくささを誤魔化すようにそっぽを向いた。

そんな息子のかわいいところを逃すわけもなく、ニヤニヤと両親が忍び寄る。

「何よ、ちゃぁ~んと故人に敬意を払えているじゃない」

「うんうん、良い選択をしたと思うぞ」

「分かったから頭を撫でようとしないでくれ。ニヤニヤ顔もツンツンもなしだ!」

迫り来る両親の魔手を払いのけ、ユエ達のくすりくすりと和やかに笑う声も聞こえないふりをするハジメ。

智一が助け船を出すつもりで、ふと疑問に思ったことを尋ねる。

「そう言えば、ハジメ君。神山も大迷宮という話だったけれど、もしかして放っておいても神山ごと復活するのかい?」

未だに崩壊したままの【神山】だ。リューティリス曰く、大迷宮には自己修復機能があるとのことだったので、もっともな疑問である。

ハジメは、空気を変えてくれた智一に感謝の眼差しを向けつつ、思案するように視線を宙に彷徨わせた。

「う~ん、どうでしょう? 実は、神山の大迷宮って山中じゃなくて地下にあるんですよ」

「え!? そうなのかい? てっきり山頂付近の内部にあったのだとばかり……」

智一のみならず薫子や他の親達も意外そうな顔だ。

香織が死んだ際、山頂で施療して復活したという話を聞いていたので当然といえば当然だろう。

「……ん。神山の大迷宮には二つのルートがある。山頂以外に麓にも魔法陣があって、攻略の証を二つ以上持つ者なら転移で中に入れる」

「で、その場合は攻略の証がある部屋ではなく、別の場所に転移します。そこで過去の教会戦力と、まぁ再現されたものですけれど、彼等と戦うことになるんですよねぇ」

このトータスにおいて、いつの時代にも必ず作り上げられたエヒトを崇める宗教組織が、その総本山を世界で最も高い場所たる霊峰の頂上に設けないなんてことはあり得ない。

故に、山頂は〝現代の教会〟打倒ルートであり、それを避けようとして麓の魔法陣を見つけた場合は、〝過去の教会〟打倒ルートになるということだ。

難易度の差は微妙なところ。過去の騎士は全員が聖なる武具のレプリカを装備し、かつ強力な固有魔法持ちで、現代の騎士とはアリとゾウほどにも戦闘能力に差がある。

対して、現代の教会を相手にした場合、神代魔法使いなら蹴散らせる程度だろうが、現総本山への攻撃なのだから使徒の介入は必至だ。現代における神威の象徴を壊滅させるわけがない故に。

神殺しのために神代魔法を求めることを前提とするなら、山頂ルートは、その手段を手に入れる前に神の本拠地と決戦するようなものであるから、本来は麓のルートこそが正道なのだろう。

ユエとシアの場合は、既に現代教会戦力が壊滅した後に山頂に来たので、変則的なルートとなったが。

なんにせよ、よくよく考えれば総本山の近くでの大迷宮創造が難しいというのは当然のこと。神山の裏側、北側の山脈地帯で人がそうそう寄りつかない麓から手をつける方が合理的だ。

山頂の魔法陣も、ティオと愛子が教会を木っ端微塵にした後で分からなかったが、おそらく教会の中でも秘された場所にあったに違いない。ラウス・バーンは元教会の騎士であるから、立場を利用して敷設したのだろう。

なんてことをつらつらと語ったユエとシアから、ハジメが説明を引き継ぐ。

「一応、山頂の魔法陣は瓦礫の中から見つけたんですけど」

「えっ、壊れてなかったのかい?」

「ええ、魔法陣を刻んだ場所だけ神代魔法のプロテクトが施されたアーティファクトだったんで。決戦後の復興手伝いの時に見つけて、その時に麓のルートも一応見つけたんですよ。神山の裏側に」

まさか、ラウス・バーンも神山ごと崩壊させられるとは思いもしなかっただろう。なので今、神山の大迷宮を攻略した場合、山頂の魔法陣を選択してショートカット脱出すると、一塊の瓦礫として持ち運び可能状態になってしまっている魔法陣の上にひょっこり出てくることになる。

なお、当該魔法陣はハイリヒ王宮の宝物庫の中に保管されている。

「神山の復活自体も可能と言えば可能ですけど、まぁ、今は後回しにしてますね」

「な、なるほど」

ついでに言えば、グリューエン大火山の大迷宮もフリードに要石を破壊されマグマの海に沈んでいたが、こちらは既にマグマが引っ込んで元の様相を取り戻している。

これも自然の活動のせいではなく、大迷宮の再生機能によるものだったのだろう。

「まぁ、とにかく俺の結論はそういうことだ。それより、〝鍵〟の保管は……いや、存在自体、今の今まで知られてもいないんだし大丈夫か」

一通り話も終わり、ハジメが改めてウロボロス三世に結論と確認を取る。

―― 肯定! 必要? ――

「いや、不要だ。中枢の存在を知った以上、羅針盤とクリスタルキーで入れるし、それなら下手に在処を知らない方がいい。てか、むしろ破棄してくれた方が安心だ」

―― ……肯定! 了!! ――

少し考える素振りを見せた後、破棄に了承したらしい。ウロボロス三世が『任せよ!』と言わんばかりに腕を組んで頷く。

本当に人間くさい、それどころか武士みたいな反応をするGである。

そのせいか、他の者達もますます人型Gの存在に慣れてきたようだ。

「ハジメったら、いつの間にか普通にコミュニケーション取ってるわね」

「端から見ると、人型のGと会話する息子の図なんだがなぁ」

「なんだか私達も慣れてきたしね」

「ええ、単語と身振り手振りだけなのに、私もウロボロス三世さんが何を言いたいのか分かるわ」

「慣れって凄いわねぇ」

南雲夫妻と白崎夫妻、そして昭子がなんとも言えない表情でひっそりと言葉を交わす中、ハジメはチラリと時計に目をやった。

「ウロボロス、他はもうないな? そろそろ庭園に行こうと思うが、ここからショートカットできたりするか?」

―― 可! ……不見? ――

「ん? 見ないのかって? 何を?」

―― 無論! 戦! 死闘! ――

ウロボロス三世さんが、両足で己をピッピッと指し示す。どうやら、最終試練の間の見学をしないのかと問うているらしい。

どことなく、うっきうっきと期待している感じだ。

ヴヴヴッと羽を動かしてちょっとハジメ達をぞわっとさせつつ、再びミュウの頭上に舞い戻る。ヒーロー着地しちゃうところにテンションの高さがうかがえる。

ご先祖の解放者の真実が世に伝わっているという朗報、大迷宮が破壊されないこと。それらが彼をご機嫌していることは一目瞭然だ。触覚もふりっふりしている。

「パパ! 見たい人だけ見るのはダメなの? ミュウは平気なの!」

「あ~、まぁ、そうだな。何も全員一緒でないとダメな理由もないしな」

言われてみればそうである。そんな奇特な人間がいるとは思わなかったため普通に拒否案件だったが、かなりGの存在に慣れてきた今なら……

と思って、念のために視線で確認してみれば、

「ふむ、それなら私も見させてもらおうか」

「雫、あなたも見たら?」

「なんでよ!?」

「錯乱ぶりがざぁ~こざぁ~こ♪だったからよ」

「お母さん、それ気に入ったの!?」

案の定、八重樫家は(娘を除いて)見てみたいらしい。

そうすると、流れ的になんとなく他の者達も迷い出す。

「ねぇ、香織。これまでみたいにモザイクをかける形では見られないのかしら?」

「え、お母さんも見たいの? 意外だね……」

「それはやっぱり、娘がどんな風に頑張ってきたのか、それを見させてもらうための旅行だもの。できる限り、香織が関わったところは見たいと思うわ。……流石に、名前を呼ぶのも恐ろしい例のあの虫さん達が、大群で飛び交う光景を見たら気絶しちゃうだろから無理でしょうけど……」

困った表情の薫子の言葉には、智一や昭子も同意の様子だった。見たい気持ちはやはりあるのだ。ただ、Gの大群を前に耐えられない可能性の方が大きいというだけで。

「そ、そっか…………う~~ん、でも一匹一匹にモザイクかけるなんて無理だし……ね? ユエ」

「……ん。それは難しい。結局、空間全体にモザイクが広がって、何が起きているのか分からない感じにしかならないと思う。むしろ……」

「うぅ、モザイクって見えない分、その向こう側を想像しちゃうんですよね。逆に、それが現実より怖いというか」

「……ん、それ」

さもりありなんと、愛子の懸念に頷くユエ。そのまま少し思案する表情になる。

「……映像に被せる形での幻術ではなく、見ている側に魔法をかける……認識に作用させる魔法ならもう少し簡単、かも?」

「ああ、なるほどじゃな。つまり、Gを他の存在に見えるようにするわけじゃな?」

「……ん。でも、その場合に何に見えるようにする? 下手なイメージだとモザイクと一緒。星の数ほどの飛翔する群体であるのが普通で、なおかつ苦手意識も現実の光景も呼び起こしにくい存在。サイズ的に……スズメとか?」

「う~ん、確かに小鳥だと群体行動もするので無難そうですね」

どうやら、見る見ないの問題ではなく、見るけれどどう見ようかという問題に移行したらしい。

見ることが前提であることに、ミュウは頭の上のウロボロス三世を見上げるようにして「良かったね? なの!」とニコニコ顔だ。ウロボロス三世も『うむ! 良きかな!!』と仁王立ちでうんうんと頷いている。

と、そこで相談しているユエ達に、何やら同じく思案していた菫が声を上げた。

「ねぇ、ユエちゃん」

「……ん? お義母様?」

「そのイメージ、私の案を反映できたりするのかしら?」

「……具体的に私がそれを認識できたなら問題ありません」

「OKよ! 一つ、提案させてもらうわ!!」

何やらニッと笑って妙案を思いついた様子の菫が、やたらと気合いの入った声音で息子を呼んだ。

「ハジメ!」

「お、おう?」

「紙とペン!!」

「あ、はい! 先生! ただいま!」

ハジメの方を見もせずに、脳内イメージをより鮮明にするため虚空を睨むようにして片手だけをバッと伸ばす菫。

まるで条件反射のように、ハジメは宝物庫を起動して紙とペンを取り出した。きちんと台座や各種ペンをセットしたペン立てを両手に、騎士が剣を捧げるかのように片膝立ちとなって差し出す。

「あなた! デスク!」

「合点承知」

疑問など欠片もなく、こちらもよく訓練された犬の如く四つん這いに。その背中をできるだけピンッと伸ばしつつ、奥さんの前に陣取る。凄く慣れてる。お出かけした時には、度々こうして背中を貸してきたのだろうと容易に想像できちゃうくらい。

「な、なんだ? 菫さんはいったいどうしたんだ?」

「智一くん! 静かに! 妻の邪魔をしないでくれたまえ!」

「えぇ?」

「ハジメ君? 菫さんは何を――」

「鷲三さん! 静かに! 先生が集中なされています!!」

「ハジメ君!?」

その場に正座し、バインダーに挟んだ紙を旦那の背中に置き、ペンをスチャッと勢いよく抜き取って静かに目を閉じる菫、否、大人気少女漫画家のスミレ先生!

いったい何が起きるんです? と突然の事態に目を白黒させている親達の前で、直後、スミレ先生はカッと目を見開いた。

冗談のように滑らかに動く腕。その度に、耳に心地よくさえ聞こえるシャッシャァッと豪快に線を引く音が鳴る。

ユエやシア、ティオ、それにミュウとレミアがキラキラの瞳になって、あたかもレアな場面に遭遇したかのように急いで菫の周りを囲み、釣られるようにして智一達も菫の後ろ側から覗き込む。

その視線の先では、これまた冗談みたいな速度で美麗なイラストが描かれていく!

必要となるペンの種類や色を即座に理解し、先回りで用意して取りやすい位置に差し出す息子に、極限の集中力で微動だにしない旦那。

そして、視線は鋭く、表情は無表情に近く、指先に全力で集中しているのがよく分かるスミレ先生。

「な、なんて連携なの……」

「まさにクリエイター一家なんだね……」

「は、初めて見ました。スミレ先生のお仕事姿……」

菫の仕事モードなど、職場であるスミレスタジオに行くか、家でたまに見せる姿でしか知ることはない。

なので、香織や雫、そして愛子にとっても普段の陽気で愉快犯な菫とのギャップに、智一達も本物かつ一流の漫画家先生の姿や南雲一家の阿吽の呼吸に、感嘆の眼差しや声をあげずにはいられない様子だ。

「おばあちゃんが絵を描くところ見るのすきぃ~♪」

「そうね。いつ見ても魔法のようでドキドキするわ」

たまに見せてもらうミュウとレミアがキャッキャッと楽しげに声を弾ませている。

本当に凄腕の人の作業というのは、描くことに限らず延々と見ていられるほど人を惹き付けるものだ。

実際、あっという間に形作られていくそれは魔法のようで、誰もが時間を忘れて見入っている。

そうして、大した時間もかからず、やがて菫はペンをばちんっと台座に置き、

「できたわっ!!!」

完成したイラストを掲げた。直ぐさま、ミュウから「わぁっ、かわいいーーーーの!!」と絶賛の声が上がる。異論などあろうはずもなく、一拍遅れてユエや智一達からも「おぉ~」と感嘆の声が漏れ出した。

描かれていたのは、端的に言えば〝美少女〟だった。

白と黒のツートンカラーなふりふりの洋服、黒髪の長いツインテール、小麦色の肌。胸は豊かで腰は細く、ヒップから太ももにかけてのラインは芸術的。絶対領域が非常にまぶしい。

自信に満ちた、今にも「ふふんっ」と鼻を鳴らしそうな表情もかわいらしさと強者感が絶妙に合わさっていて人目をよく惹き付ける。

そんな彼女は、しかし、人外であることも一目瞭然だった。先端がハートを描いた触覚が生えていていて、背中にも虫羽が生えているのだ。

そして、最初は強力な敵なんだけれど、主人公達と何度も戦ううちに絆ができて、終盤では味方になってくれる強キャラ魔法少女――みたいな彼女の周りには煌めく無数の星が渦巻いていた。

「……この短時間で、なんてクオリティー! 流石は母さん! いや、スミレ先生です!」

「いい……これはいいな! 何も言わずとも背景が見える! 彼女の歩んできた軌跡が見えるっ」

息子と旦那の拍手付き絶賛に、スミレ先生は片手で髪をかき上げながらフッと笑みを見せた。まぁ、それほどでも? と自信ありげに。

かと思えば、ぽかんっとしている周囲を放置して直ぐにユエへとイラストを突きつけた。

「ユエちゃん! これなら反映させられるかしら!」

「……この流星群が通常のG? 小型、中型の人型Gは――」

「デフォルメ版が必要なのね! 四十秒くださいな!」

スチャッと四つん這いになる愁と、スチャッとペンと紙を用意するハジメ。

四十秒後、まるで〝ねんど○いど〟版のような美少女イラストが仕上がってくる。仕事が早い!

「……んっ、これだけ具体的なら……いけますっ」

いけるらしい。だが、智一達はなんとも言えない表情である。

だって、つまり、そのイラストを過去映像に反映させるということは……

「ウロボロス三世さん……いえ、世界を守護する慈愛と暴力の魔法少女うー☆ちゃん! これが、貴方のもう一つの姿よ!」

―― !? ――

ウロボロス三世さんに衝撃が走る! ミュウの頭上で両前脚を口元に添え、まるで『これが…… 我(ワタシ) ?』と感動しているみたいにぷるぷる震え出す。

「森羅万象の一切を擬人化できなくて、何がオタクか!!」

この世に、擬人化できないものなど存在しない。美少女化できない存在など、ありはしないのだ!!

脳内変換はオタクの 嗜(たしな) み。それを現実に表出するのが、クリエイターのお仕事よ!!

そう豪語する菫は、智一達が知る限り過去一で輝いていた。

「みゅ~~!! おばあちゃんはやっぱりすごいの!!」

凄いと言えば、確かに凄い。この短時間で、よくぞまぁここまでハイクオリティーなオリジナル美少女イラストを描けたものだと感心せずにはいられない。

とはいえ、だ。

「うー☆ちゃん! かわいいの!!」

―― 照/// ――

前脚で後頭部を掻きつつ、てれてれと照れる人型Gを横目にすると……

美少女の真の姿はこちら。という、逆に現実を突きつけられているような気がしないでもなくて。

果たして、うー☆ちゃんの向こう側にウロボロス三世さんを想起せずに上手く過去映像を鑑賞できるのか。

智一達は、少しの不安と共になんとも言えない表情にならざるを得ないのだった。