軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殴殺勇者シア編 私は今、風になる!ですぅ!

そろそろ太陽が中天に差し掛かりそうな頃合い。

バルテッド王国の王宮にある中庭の一角に、可愛らしい鼻歌が響いていた。

「ふんふんふ~ん♪ ふふ~ん♪ おっそいぞハジメさ~ん♪ 早く来てユエさ~ん♪ 南雲ファミリーの~、ウッサギはこっこでっすよ~♪」

訂正。鼻歌を超えてオリジナルソングが響いていた。シアだ。

ウサミミをピコピコ、ウサシッポをふりふりさせながら歌うシアの様子を、ダリアを始め複数の侍女さん達が微笑ましそうに見ている。

シアが、中庭に咲き乱れる花々でも愛でながら歌っていたなら、美少女と花の戯れにもっと陶然としていたことだろう。

生憎、シアが今愛でているのは鋼鉄の塊だったが。

「痛いの痛いの飛んでいけ~、そうるふれんど~シュタイフた~ん♪」

シアの魂の友――魔力駆動二輪シュタイフ。

数億ボルトの雷槍を受けてぶっ飛んだ愛車だ。あちこち破損しているが、こうして中庭で丹念に調べたところ、どうやら致命的な損壊はないようだった。内蔵兵器が誘爆しなかったのは不幸中の幸いである。今は慰労を込めて洗車しているところだ。

さて、朝食の席で不意に現れたアロガン陛下を文字通りピチュンしてしまったシアが、何故何事もなかったかのようにシュタイフの整備に精を出しているかというと……

実はあのアロガン魔王陛下、一種の分身のようなものだったらしい。ルイスにも一応できる霊法なのだとか。

霊素で作った体なので、当然、飛ぶこともできる。霊素の結合と再構築により、擬似的な転移もできる。生身で移動するより遙かに速く移動できるため、伝令などに使われることが多い。

便利な霊法だが、あくまで霊素で外見を作っただけの幻のようなものなので、本来は実体を持たないし、まして術を使うこともできない。

だが、そこは流石の魔王だったらしい。力技で実体を持たせ、ある程度遠隔で霊法まで使えるようにし、本物と寸分も違わない分身を作れるとのことだった。

とはいえ、魔王ほどの者であっても、〝シア流真っ直ぐ行って右ストレート〟は想像の埒外だったようだ。

その威力や速度は当然。年頃の少女に顔面を殴られるという経験的な意味でも。

砕け散ってキラキラ粒子に成り果てたアロガン陛下を見て、エリック陛下やグレッグは引き攣り顔を、ルイスはにっこり笑顔を、フィルは青ざめた顔を、ダリアは粒子以上のキラキラ顔を見せていた。

なんとも言えない空気の中、突然来訪したアロガン陛下の真意の確認などをするため、ひとまず解散となり、シアには特にすることもなかったので、こうしてシュタイフを慰労しているわけだ。付属のスポンジで熱心にふきふきしている。

(そういえば、ハジメさんのこと言いそびれましたね……)

ふと思い出して、シアはどうしたものかと手を止めた。

不意に訪れたモテ期の到来である。困惑に近いものを感じる。何せ、シアはハジメと出会うまで一族に秘匿されて生きてきたのだ。ハジメと出会うまで、身内以外の異性と交流を持ったことなどない。

そして、フェアベルゲンに存在が発覚してからは、悪意と敵意の海を必死に泳いでいた。ハジメと出会った後も、シアを奴隷として欲しがる者はいても純粋な好意をぶつけてくる者などいなかった。

もちろん、そこにはシアの絶大な好意がハジメ一人に向けられていることがあからさまであったが故に、誰も手を出そうとしなかったというのもあるが……

とにかく、モテるという経験はほぼないのだ。地球に来てから、シアの容姿に引かれて口説いてくる辻告白者(一部クラスメイト達からは辻勇者と呼ばれている)は度々いたので皆無というわけではない。

だが、傍には大抵ユエ達といった美女・美少女がいて、彼女達にも当然目は向くので、〝自分がモテている〟という印象も薄いのだ。

しかも、それすら最近はほとんどない。ハジメが認識阻害のアーティファクトを作ったし、それ以前に、ハジメの存在が轟いている。もはや、シアに手を出そうという男は、辻勇者というより斬新な自殺志願者という他ない状況だ。

(ぬふふ~、ハジメさんったら平和を心がけているくせに、私達のことになると直ぐに魔王モードになっちゃうんですから)

機嫌よく歌を歌いながらシュタイフの洗車に励むシアが、

(遅くとも明日、明後日くらいまでには迎えに来てくれるはずですし、その時に紹介すればいいですかね~)

などと軽く考えていると、相変わらずシアの頭の上で光るスライムしているウダルが声をかけてきた。

『……大したものだな』

「え? 何がです?」

首を傾げるシアに、ウダルはシュタイフの上にぽよよんっと跳び移りながら言葉を続ける。

『我の雷を受けて、何故装甲の一部が吹き飛んだだけで済んでいるのだ? 何でできている』

「むしろ、一部だけでも吹き飛ばしたことに私は驚いていますけど」

『あの戦槌もそうだ。結局破壊できず、手放させるしかなかった。神霊武具でも、あそこまでの強度を誇るものは知らん』

「神霊武具? なんですか、それ」

ウダル曰く、霊素を用いる道具を霊器といい、その中でも神霊自ら鍛えた武具のことを神霊武具と呼ぶらしい。霊器とは一線を画す強力な力を持っているのだとか。

実は、エリック陛下が持っていた大剣。あれも王国に代々伝わる神霊武具の一つで、銘を〝タルナーダ〟といい、風を操ることができる。

「へぇ……私達のところで言うところのアーティファクトですかね。でも、ウダルさん達が造ったものなら、今は敵対しているわけですし取り上げたりしないんですか?」

『人の身で扱える範囲では、どの道我等には届かん』

それこそ、シアのような規格外や、アロガン陛下のような突出した存在でもなければ。ちなみに、ウダル曰く、ルイスもまたアロガン陛下に近い力を持つという。彼が全力を振るえる状態で、かつ神霊武具を使うエリック陛下とタッグを組めば、アロガン陛下と同等以上の脅威になり得るのだとか。

「でも、魔王国を襲った時は退けられちゃったんですよね?」

『我ではない。オロスだ』

「オロスさん? 別の神霊さんですか?」

『うむ。大地の神霊である。こちらに来る前に顔を合わせたが、オロスが言うに、魔王以上にかの国が有する霊素兵器が脅威だったらしい』

そこでウダルは、光球の身でありながら察することができるほど暗い雰囲気を漂わせた。

『大地が、悲鳴を上げたのだそうだ』

「大地の悲鳴、ですか?」

『かの国が生み出したものは、大地の霊素を根こそぎ吸い尽くし、それどころか大地の精霊まで取り込んで破壊をもたらすものだったらしい』

まるで、世界が悲鳴を上げたようだったという。だから、オロスは引いた。

確かに、凄まじい破壊を受けてオロスの魂は傷ついたが、退却せざるを得ないほどではなかった。けれど、彼はそれ以上大地の悲鳴を聞き続けることができなかったのだ。

『客観的に見れば、オロスが引いたことは悪手であろうな』

そのまま攻めきれば、魔王国は落ちていたかもしれない。結局、問題を先送りにしただけで、悲鳴はまた上がるかもしれない。

分かっていて、それでも攻めきれなかったのは、オロスの恐怖故だ。自分が消滅する恐怖ではなく、精霊という子供達の悲鳴に対する恐怖。神霊として、神罰の執行者として、あるまじき失態と言えるだろう。

だけれど、

『オロスを責める気にはなれん。気持ちは、我にも痛いほど分かる』

「そうですか……」

どんな言葉をかければいいのか。シュタイフの上で意気消沈している様子のウダルを、シアはそっと掌に移した。言葉が見つからなくて、ただ慰めるように撫でる。

なんとなく、シアは思った。

地球という情報が溢れるあの世界で、様々なことを見聞きした。この世界の問題は、地球の問題と類似している。

人口爆発、資源の枯渇、大地や大気の汚染……。異常気象は神霊だ。自然界の上げる悲鳴が聞こえる世界と聞こえない世界、どちらが幸運なのだろう。

シアには分からない。分からないが、しょんぼりしているウダルを見ていると、他人事だと切り捨てる気にはなれなかった。

と、その時、ふと視界の端に明滅する光が見えた。おや? とウサミミを傾げながら視線を向ければ、そこにはウダルによく似た光球が、近くの花壇に立て掛けてあったヴィレドリュッケンの周りに集まっているのが見えた。

『我が子等だ。雷の精霊達である。人前に出てくるとは珍しい。我がいるからか?』

「そういえば、最近は精霊さん達も人里には滅多に近づかないんでしたね」

雷雲の化身が傍にいるから安心して出てきたのか。しかし、それにしてはウダルのもとへ集まってきたというより、ヴィレドリュッケンに興味津々で出てきたようにも見える。一部はシュタイフの方にもやって来た。

「アーティファクトが珍しいんですかね?」

『うぅむ。いや、違うな。シアよ。この戦槌と二輪の乗り物には、雷を溜め込む性質のものがあるのではないか?』

「へ? 雷ですか? ……ああ! ありますね!」

ヴィレドリュッケンを手に取り、魔力を流してギミックの一つを作動させる。直後、ヴィレドリュッケンがバチバチバチッとスパークを放った。

雷の精霊達が、「わぁ~~っ」と楽しげに群がる。

「一応、蓄電機構が付いているんです。鍔迫り合いとかになった時に相手を感電させる機能なんですけど、ぶっ飛ばした方が早いんで使ったことないんですよね~。なので、すっかり忘れてました~、あはは」

『う、うむ。そうであるか』

ぶっ飛ばされた身としてはあまり笑えない。ウダルが若干引いている中、シアは自分の体にも青白いスパークを迸らせる。

「こんな風に身体操作の一環で私も電気を纏うくらいはできるんですけど、あくまで静電気レベルなんで悪戯程度にしか使えませんしね」

ユエが、たれユエと化して掃除機の前から退いてくれない時などに、お尻にバチッとしてやるのだ。「ひゃぁ!?」と可愛い悲鳴を上げて、お尻を押さえながらもぞもぞと移動するユエが可愛くて、実は最近のお気に入りだったりする。

元々は朝にハジメを起こしに行って中々起きてくれない時のために習得したのだが、〝纏雷〟を有するハジメには効かなかった、なんて裏話もある。むしろ、逆に感電させられてベッドに引きずり込まれたくらいだ。素直に〝シア流おはよう(物理)〟をした方が早い。

青白いスパークを纏うシアを、遠巻きにダリア達が「まぁ!」と口を押さえて見ていると、同じように「まぁ!」とびっくりしていた雷の精霊達が集まってきた。シアの周りを、踊るようにしてくるくると回る。

『……どうやら気に入られたらしいな。シアよ、お前の傍は心地良いと、精霊達がはしゃいでいるぞ』

「そうなんですか? って、わわっ、ウサミミで遊ばないでください! ひゃっ!? 服の中はダメですよ~! あ、髪を引っ張らないでくださぁい!」

きゃっきゃっと実に楽しそうに踊る精霊達。

シアに懐くように戯れるその光景を見て、ウダルは実に穏やかな雰囲気になった。先程の沈痛な様子が嘘のように晴れている。人と精霊の懐かしき姿、そしてあるべき姿に、彼自身も喜んでいるようだ。

何より、シアに向けられる感情がとても温かい。否、むしろ熱いくらいだ。

『しかし、シアよ。雷の力があまり役に立たないとは、雷雲の化身として聞き捨てならんぞ』

「そうは言っても、ウダルさんも私の戦闘スタイルを体験したなら分かるでしょう? 戦槌みたいな超重武器で鍔迫り合いになった時点で、不利な間合いに入られているのと変わりませんからね。吹き飛ばすに限ります」

『つまり、一瞬の接触――打撃でも相手に雷撃が加われば十分有効というわけだな? あるいは、私のように雷撃を飛ばせればなお良い』

「それはまぁ、そうですね」

『うむ。ではやってみよう』

ぽよよんっと跳ねて、ウダルはヴィレドリュッケンへと移動した。そして『子供達よ、我に力を貸しておくれ』と精霊達に声をかけて集めると、一緒になってヴィレドリュッケンの中に消えてしまった。

「え? ちょっとウダルさん? 何してるんですか?」

『むむ? なんだこれは? わけが分からんな。しかしまぁ、なんと複雑かつ精緻な作りか。やはり異界の子は侮れんな……。ふむ、こんな感じか?』

なんだか嫌な予感がして、シアはヴィレドリュッケンを打ち出の小槌のように振った。「ウダルさぁ~ん、勝手に中に入らないで~」と言いながら。

だって、よくよく考えると非常に不味いのだ。ウダルも精霊達もみんな雷の化身で、そしてヴィレドリュッケンは弾薬満載の兵器……

『刮目せよ! この雷雲の神霊であるウダルが、シア・ハウリアに新たな力を授け――』

凄まじい放電が迸り、ヴィレドリュッケンがスパークと閃光を放つ。その姿はまるで、某アベンジャー○の神が持つハンマーのよう。

で、弾けた。爆音と共に。

シアが「ひょわぁ~」と悲鳴を上げながら転がり、吹き飛ばされたウダルと精霊達が高々と空を舞う。離れた場所で見守っていたダリア達も「きゃ~」と悲鳴を上げながらコロコロと転がっていった。

ズンッと地響きを立ててヴィレドリュッケンが落ちてきた。穴という穴から黒煙を噴き上げている。外殻に損傷がないあたりは流石ハジメクオリティーだ。万が一の誘爆に備え、戦槌自体が使えなくなることがないよう対策はきっちりしてあったらしい。

とはいえ、装填していた弾薬系が全滅したのは確実だろう。戦槌としての機能は損なわれていないだろうが、射撃系の機構はハジメに検査してもらわないと危ないかもしれない。

ぽてっと落ちてきたウダルスライムに、シアは煤を払いながらジト目を送った。

「刮目した結果、私の相棒が酷いことになっているんですが?」

『解せぬ』

弾薬というもの自体を知らなかったウダル的に、何故爆発したのか理解できなかったらしい。

シアはウダルスライムに指を突き付けると、グリグリしながら言った。

「もしかして、あれですか? この先のことを考えて今のうちに私の武器を破壊しておこう的な?」

『誤解である。シアのためを思ってやったのだ。これだけの武器なら神霊武具化できるかと思ったのだ』

「でも爆発したと」

『うむ、爆発したのだ。それ以前に、我の力を上手く蓄積できなんだ。世界が異なれば物質の性質も異なるということか……。純度の高い霊石を組み込めば上手くいくと思うのだが……』

「まぁ、善意だというのは信じます。ありがとうございます、ウダルさん。でも、これ以上私の相棒で試すのは禁止です」

ハジメ以外に自分の相棒を預けるつもりはない。きっぱりヴィレドリュッケンへの出禁を告げるシアに、ウダルはうなだれた。好感度を稼ごうとして失敗した人……みたいな感じだ。

と、そこへバタバタと慌ただしい足音が響いてきた。

「シア! 無事か!? 一体何があった!?」

駆け込んできたのはエリック陛下とグレッグ達近衛騎士だった。爆音を聞いて飛んできたらしい。

しゃがみ込んでウダルスライムをツンツンしているシアに、もしや怪我でもして蹲っているのかと思ったエリック陛下は、勢いを上げて近寄ってきた。

伸びる両手から考えて、おそらく抱き上げようとしているのだろう。

もちろん、シアはサッと身を翻して回避した。エリック陛下が「アッ」と声を上げてバランスを崩す。そして、そのままうなだれウダルの上にダイブした。

気まずい空気が流れる。

「ご無事ですか、シア様」

「あ、はい。……なんかすみません」

何事もなかったかのようにシアに駆け寄り身を案じるグレッグ近衛騎士団長。シアは苦笑いしながら返事をする。

その間に、怒りか羞恥かは分からないがぷるぷると震えながらエリック陛下が起き上がった。

「……申し訳ありません、ウダル様。下敷きにしてしまい」

『……よい、許す』

なんだか、男として心が通じているような雰囲気だった。好いた女のガードの堅さが、人と神の垣根を越えた友情を生み出した……のかもしれない。

何事もなかったように立ち上がったエリック陛下は、ごほんっと咳払いを一つ。シアを見つめながら口を開いた。

「あまり心配をかけるな。お前に何かあったら、俺は……」

「え~と」

瞳に宿る熱量が凄い。一体全体、自分の何がそこまでの感情を彼に抱かせるのか、シアにはさっぱりだった。辻勇者達のような容姿に引かれて~というだけでない熱い想いが空気を通して伝わってきそうだ。

これはもう、適当に流してハジメの到着を待ってから既婚者だと言えばいいです~というわけにもいかないかも、と思い、シアは改めて話そうと口を開きかける。

しかし、何か呪いにでもかかっているのか。またも邪魔が入った。それもかなり緊急の知らせが。

「陛下っ。魔王国より知らせが届き――何をしているのです、陛下?」

霊法による移動だろうか。流れる光のようなものに乗ってやってきたルイスは、報告をしようとして、エリック陛下が熱い眼差しと共にシアへ手を伸ばしている姿を目撃した。眼鏡を反射させながら笑っていない笑顔で尋ねる。

「け、怪我をしていないか確認を――」

「してませんよ? っていうか触らないでください」

シアからデレの欠片もない言葉の棘が返ってきた。エリック陛下のハートに突き刺さる。全く甘さがないので痛いだけだった。

ついでに、シアがさりげなく距離を取っていることにも地味にダメージを受けた。物理的な距離は心の距離。

「それよりルイス。報告があるのだろう? 聞こう」

「おっと、そうでした。陛下、アロガン魔王陛下来訪の真意が判明しました。彼の部下が、本国より伝達を受けて伝えに来たのです」

「諜報員が入り込んでいることは、まぁ、この際おいておこう。それで?」

「はい。魔王陛下の目的は――救援要請です」

エリック陛下の目が大きく見開かれた。

場の空気が一気に引き締まって緊迫する中、ルイスが詳細を報告する。それによれば、大地の神霊オロスが、魔王国への神罰を再開したというのである。しかも、今度は天人族の大部隊まで率いているらしい。

魔王国の首都まで、もう半日の距離まで来ているという。

「アロガン殿の非常識な来訪はそれが理由か。動揺の欠片も見えなかったが……内心では焦っていたな?」

エリック陛下が得心がいったという風に頷く。シアもまた深く頷いた。

「なるほどです。私に迫ったのも、勇者を確実に引き込みたかったからですね」

「いや、あれはあの方の性分だ。美女を見たら口説かずにはいられないというな。しかも、相当興味を持たれていたぞ」

「解せないです」

あのナルシストの化身のような男に目を付けられていると言われると、しかも、エリック陛下達の呼び方が〝魔王〟であることも合わせて、実にげんなりしてしまう。

しかも、救援要請に来て女を口説いた挙げ句、ぶっ飛ばされて救援要請自体が遅れるとか笑い話にもならない。そんな奴が仮にも〝魔王〟を名乗るとか、シア的に不快指数が振り切れそうである。

嫌な気持ちを振り払うように頭を振って、シアは話題を変えるべくウダルに話しかけた。

「半日の距離って言ってましたけど、オロスさんの移動速度ってそんなに速くないんですか?」

『そうでもない。奴は大地が人の形を取った姿をしている。大抵は人の子十人ほどの大きさをしているが、大きさは自在に変えられる。大きければ、その分移動も速い』

どうやら、オロスの姿はいわゆる巨大ゴーレムのようなものらしい。通常は、人間十人分くらいの高さというから、二十メートル弱といったところだろう。巨大化すれば、歩幅の関係で移動速度も変わるということだ。

しかし、そうするとわざわざ半日かかる理由が不明だ。その疑問を察して、ウダルが唸るようにして答えた。

『覚悟のあらわれだろう。今度は、何をされようが絶対に引かないという、な。同時に、かの国の者達に覚悟を迫っているのだ』

遅い歩みは、いわば死刑囚が絞首台への階段を上るのと同じようなものか。己の一歩が、魔王国が上る階段だと。

『どうするのだ? 人の子よ。この国の王よ』

ウダルの、厳かな声音が響いた。たった今までスライムしていたとは思えない威厳に満ちた声。それは紛れもなく、神の問いかけだった。目はなくとも、ウダルの視線がエリック陛下に向けられているのがよく分かった。

エリック陛下は、手を握り締め、唇を噛み締め、耐えがたい苦痛に耐えるかのような表情を見せる。深い葛藤が彼を苛んでいるのが分かる。

普通に考えるなら、この後に及んでまだ野心を捨ててない魔王国を見捨てるのは、ある意味最善の手だ。神罰によって彼等が果てれば、精霊との協調という未来に対する懸念を一つ確実に消せる。

合理的な考えだ。一国の王としては最善の考えだ。何を犠牲にし、何を生かすかという取捨選択こそ、王に課せられた義務であるが故に。

しかし、けれど……

「同族、それも助け合おうと曲がりなりにも約束した相手を見捨てる人が、この先の未来で精霊さん達と生きていけるでしょうか?」

ハッとして、エリック陛下は、否、その場の全員が視線を転じた。ヴィレドリュッケンの調子を確かめながら、何気なくそう言ったのはシアだった。

「シア……だが……」

「あはは、あんまり気にしないでください。私は王様じゃないので、王様の考え方はできません。今のはあくまで、私の考えです」

脳天気で、理想論的な考えだと、自ら苦笑いする。

ああ、でも……とエリック陛下は思った。

「望む未来のために一生懸命に、だったな……」

ふと心が軽くなる。またも、目の前の少女の言葉で、態度で、在り方で、心の重りを取り払われた。

エリック陛下が困ったような表情でルイス達を見る。面白いことに、全員が同じような顔をしていた。噴き出しそうになりながら、エリック陛下はなんだか堪らないといった眼差しでシアを見た後、改めた表情をウダルへ向けた。

「ウダル様。救援に行きます。我等の言葉が届くまで、オロス様と戦うことになるでしょう」

『そうか』

「見透かしておられるのでしょう。アロガン殿や、魔王国に傾倒する民の思惑など。それを救わんとする我等は、やはり罪深き種族なのでしょう」

『否定はできぬな』

「はい。しかし、それでも、この救援を以て誠意の一つとしたく思います」

『誠意? 神霊を打ち倒さんとすることがか?』

「いいえ。もう、何一つ、決して、見捨てはしないという我等の誓い。それを守ることへの誠意です」

『……』

合理的な判断、自国あるいは人という種族の利益追求、必要性、打算、欲の追求。

そんなものは、もう十分だ。そうやって発展してきた代わりに、たくさんの大切なものを蔑ろにしてきた。そして、その結果、滅ぼうといている。

なら、人として、国として当たり前だった価値観を取り戻そう。ただ、約束したから守ろう。良心が助けろと叫ぶから助けよう。人として当然に持つべき倫理を掲げよう。現実的判断より理想的判断のために走ろう。

どうせ滅ぶのだ。なら、原点に立ち返ろう。きっと、母なる星樹や神霊達が愛しく思ってくれていた〝人〟に帰ろう。

『……そうか』

ウダルの返事は、それだけだった。ただ、どことなく穏やかな雰囲気に感じたのは、きっと気のせいではない。

エリック陛下は、ウダルから咎めの言葉がなかった事実を噛み締めるように受け止めると、その視線をシアへ転じた。

「……シア。今すぐに出発しなければ手遅れになるだろう。お前の家族は間に合わない」

「そうですね」

本来、バルテッド王国とレテッド魔王国は、霊法で強化した馬を使い潰すレベルで駆けても丸三日かかる。しかし、救済計画が三国首脳陣会議で決議された時点で、シンテッド獣王国より飛竜が貸与されている。精鋭だけなら、一日あれば辿り着けるだろう。

そして、レテッド魔王国なら、かなり被害はあれど一日は持たせられる。

「……約束は守る。家族が来るまで無理強いはしない」

「そうですか」

エリック陛下の言葉に、シアは、おそらく初めて彼に向けて微笑んだ。エリック陛下は、その微笑みを見て思わず口元を手で隠すような素振りを見せながらそっぽを向いた。刺激が強かったらしい。

しかし、逸らした視線の先にルイスのにっこり笑顔があったので、慌てて視線を戻した。刺激が強かったらしい。

「だが、もし家族の説得に成功したら直ぐに助けに来て欲しい。それまでは持たせてみせる。だから、だからシア。期待してもいいだろうか? お前が助けに来てくれることを」

熱い眼差し。まるで戦地に赴く前に、恋人に再会を約束する男のよう。ルイス達も前に出てきて、同じように言葉を残していく。少しでも己の存在をシアに刻みつけようとするかのように。ついでにウダルもぽよよん。

シアは苦笑いを浮かべて首を振った。エリック陛下達は傷ついたように顔を歪めた。

「約束は、守る相手がいないと意味がないじゃないですか」

「……なに?」

ヴィレドリュッケンを一振り。射撃モードはともかく戦槌としては申し分なし。ついで、シアはシュタイフにまたがり魔力を注いだ。途端、キィイイイイという作動音と共にシュタイフが始動する。走行能力も問題なし。

「さて、私のシュタイフたんと、空飛ぶトカゲさん、どちらが速いですかね?」

そんなことを、にひっと笑って言うシアに、エリック陛下はもう堪らなくなって、

「シア!」

感極まったまま抱き締めようと踏み出した。そして、「おっと」という軽い声と共に、シアに片手で投げ飛ばされて花壇の向こうへと消えていった。

シアはもう慣れてしまったのか、何事もなかったようにルイスへ話しかける。

「馬車を牽引するので、準備してもらえますか? かなりの速度で行くので頑丈なのをお願いします」

「かしこまりました、シア様」

ルイスもまた何事もなかったように、恭しく頭を下げた。それこそ、まるでシアこそ全てを捧げるに相応しい相手だとでもいうかのように。

そうして、早速部下に指示を出しながら遠征準備のため踵を返し、少し進んだところで振り返って、

「シア様。初めて会った時から思っていたのですが」

「はい、なんです?」

王国の女性達が恋い焦がれてやまない、まったく含みのない純粋な笑みと共に言った。

「貴女は、お人好しですね」

「……」

ウサミミがふにゃりとなる。困ったような表情は、ハジメやユエのように割り切りたいと思っていても、結局、あまりできていないことに自覚があるからか。

かつて、シアの母であるモナは、兎人族でありながら英雄になりたかったとシアに語った。ただ逃げ隠れするだけの森のウサギではなく、誰をも守れる英雄に。

誰より強い心を持った女性に、運命は残酷にも、最弱種族の最弱の体を与えたが……そんな彼女の願いと資質は、確実に娘へと受け継がれた。それこそ、規格外なほどに。

もしかしたら、だからこそ、選ばれたのかもしれない。

悲鳴を上げる世界の救世主に。

誰をも守れる―― 勇者(英雄) に。

~~~~~~~~~~~~

三十分後。

シアとエリック陛下達は空の人になっていた。

先頭はシュタイフ。異世界のバイクが作り出す障壁のスカイロードが、牽引される大型馬車に世界初の空中走行を実現させている。

「シ、シアぁ! こ、これは大丈夫なのか!? というか、もう少し速度を落としてもいいんじゃないか!?」

「大丈夫です! 速いに越したことはねぇぜ! ですぅ!!」

ヒャッハーッという雄叫びが聞こえそうなほど上機嫌なシア。

そんな彼女に、馬車の窓から顔を出しながら声をかけるエリック陛下は、風圧で呼吸が妨げられ青ざめている。否、単純に、時速二百キロ近い速度で空中を走っていることへの恐怖で青ざめている。

シュタイフに連結された馬車の中には、ルイス達おなじみのメンバーの他、騎士団と宮廷霊法師団の中から選りすぐりの者達が各五人ずつ同乗しているのだが、全員が壁際にピタリとくっつき、引き攣った表情のまま微動だにしない。

動けば死ぬ……と思っていそうな表情だ。

風圧にウサミミを荒ぶらせ、時折変な、けれど妙に心に残る奇抜なポーズを決めながら爆走するシアは、もはや何もウサミミに入らない様子。

エリック陛下はいろいろ諦めた表情で馬車の中に戻った。シュタイフに相乗りしようとして、なんとなく嫌な予感がしてやめた自分を褒めながら。

と、その直後、何やら外からシアの声が響いてきた。

「むむっ! 何者も、今の私は止められないぜぇ! ですぅ!」

エリック陛下達が「んん?」と顔を見合わせた次の瞬間、連続したちゅどん! という爆音が響いてきた。衝撃でガタガタ揺れる馬車に、騎士達がガタガタと震える。

「シ、シア!? 何があった!?」

「テンジンさんが妨害してきたので、炸裂スラッグ弾を投げました!」

「て、天人族だと!? くっ、救援を読まれていた――」

歯がみしつつ、迎撃せんとルイスに手振りで合図を送った瞬間、またもちゅどん! と爆音が響いた。

「シアぁーっ!! 大丈夫か!?」

「大丈夫ですぅ! 問題ありません! ふっはっはっ! 止められるものなら止めてみなさぁ~~いですぅ!!」

ちゅどん! ちゅどん! ちゅどん! ちゅどん♪

連続した爆音の狭間に、何やら「ぎゃーーっ」とか「ひぃ~」とか「ちくしょうがぁっ」という悲鳴が聞こえてきた。

合わせて、「私は今、風になる!」というご機嫌な声と同時に、馬車が更に加速した。Gがかかって全員青ざめながら必死に壁にしがみつく。

「陛下っ。馬車の座席か壁に手すりを付けることを具申致します!!」

「採用する!! 無事に帰れたら即行で付けろ!」

「御意ぃいいっ」

ガタガタッ、ビキビキッ、メキョ! と不吉な音色を響かせる馬車に涙目になりながら、ダリアが必死に叫べば一瞬で案は採用された。屈強な騎士達が涙目でダリアにサムズアップ。

その後、物凄い遠心力と共にカーブしたり、上下が反転したりと、ジェットコースターのような楽しい時間を満喫したエリック陛下達は、今度は酔いにより青ざめた。

しばらくして「片付きました~」という呑気な声が聞こえた瞬間、全員が天に両拳を突き上げて大歓声を上げた。

俺達は助かった! 助かったんだぁ! 生き延びたぞぉ! 早くおうちに帰ろう! みたいな感じで。

ちなみに、襲ってきた天人族を、シアは射撃で倒したわけではない。ヴィレドリュッケンの射撃モードが整備しないと危険なのは変わらない。

なので、「というか、装填してから射撃って面倒臭いですよね、投げた方が早いです!」という考えのもと、炸裂スラッグ弾を投擲して倒している。弾速は通常の炸薬による場合とあまり変わっていない。

この世界に来てからの度重なる実戦が、シアをどんどんバグ化させているのだが、幸か不幸か当の本人にはあまり自覚がない。

窓の外を確認したルイスが、眼鏡の位置を直しながら口を開く。

「陛下。エナトン丘陵です。既に道程の三分の二を消化したようですよ」

「……凄まじいな」

飛竜を使っても一日かかる距離を、三時間程度で踏破しそうなシア達。

速度に比例してテンションが上がっているシアの「ふはっ、ふははははっ。異世界の空、超気持ち良いぃいいいいいっですぅ!!」的な叫びがエリック陛下達の耳を突く。

ちょっと怖いが、なんとも楽しそうなのでエリック陛下の口元も自然と緩んだ。

それを見てルイスが目を細める。

「陛下、シア様をどうするおつもりですか?」

いきなりの質問に、エリック陛下は面食らったように目を見開いた。こんな時に何をと思うが、ルイスの目が思いのほか真剣だったのでエリック陛下も表情を改める。

「それは、どういう意味だ?」

「お分かりでしょう?」

シアへの気持ちのこと。まだ一日と経っていないのに、まるで魅了の霊法にでもかけられたかのように心を移している。

「シア様は、ご家族が迎えに来られたら元の世界へ帰られてしまいますよ」

「……だからなんだ?」

「きっちり線引きすべきでは、と申しております」

エリック陛下の口元がへの字に曲がった。分かっているけど認めたくない、という感情がよく分かる。

「……お前こそどうなんだ、ルイス。俺達幼馴染みの中で一番年上のお前だが、今まで大して浮いた話もないだろう。女には興味がありませんみたいな顔して、シアには随分と熱視線を送っているではないか」

エリック陛下からルイスへのささやかな反撃。親友で、兄のようでもあるルイスに、拗ねたような口調で指摘する。

いつしか、馬車の中の視線が二人に集まっていた。その中で、しかしルイスは物怖じすることなく、にっこり笑って返答した。

「この熱い気持ちが愛情だというのなら、ええ、確かに私は、シア様に愛情を持っています」

「ぬぐっ。ス、ストレートだな」

「ええ、私が真っ直ぐ向き合えば、陛下はいつも真っ直ぐに返してくださるでしょう?」

「むぅ……」

頭が上がらないなぁと思いつつ、エリック陛下は降参したように両手を挙げて言葉を返した。

「そうだな……。こんな気持ちは初めてだ。シアを帰したくない。こちらの世界で共にあって欲しいものだ」

「はい、私もそう思います。そしてそれは、私と陛下だけではないでしょう」

そう言って笑ったルイスの視線が、グレッグやフィルにも注がれる。

「何せ、神霊であるウダル様すら魅了する女の子だからねぇ」

「違いない」

フィルが肩を竦めながら言い、グレッグは小さく笑みを浮かべて肯定した。

馬車の中に分かり合う者同士の穏やかな笑いが広がった。

「さて、国としては陛下と結ばれてくださると万々歳ではあるのですが、私個人としては納得し難い」

「ほ、本当にストレートだな、ルイス」

眼鏡をクイッとしながらルイスは続ける。

「とはいえ、彼女の心が家族のもとにあるのは事実であり、翻意していただくのは並大抵のことではありません。ここは一致団結して、ご家族への説得も含め協力していくべきかと思うのですが」

「道理だな。とにもかくにも、シアにこちらに残ってもいいと思ってもらわねば」

「今のところ、ここまで協力してくださっていることも考えれば悪い印象はないと思うんだけど、好意までは持ってもらえていないだろうからね」

「前途多難だな」

男四人の熱い議論が続く。そんな中、一人ダリアだけは微妙に冷や汗を掻いていた。

(……シア様が魅力的だと思うなら、何故、元の世界にお相手がいる可能性を考えないのでしょう)

思い出すのは、王宮の中庭で歌っていた時のシアの姿。

(〝ハジメさん〟……気のせいならいいのですけど、なんだかその方の名を呼ぶ時だけ、シア様の雰囲気が違ったような……)

ダリアさんの女の勘は冴え渡っていた。

グレッグの言った〝前途多難〟という言葉。実際のところは〝前途多難〟どころではないかもしれない。

ダリアは、熱心にシアを口説き落とす議論をかわす四人組を「もしそうだったなら、もう見ていられない!」みたいな感じで視線を逸らした。

ダリア的にも、シアとお別れするのは凄く寂しい。もっともっと仲良くなりたいと思う。だから、シアがこの世界との関わりを断たないための議論なら喜んで参加したいところだが……

(シア様! できることなら早々に引導をお渡しくださいませ!)

せめてもの慈悲に、とダリアは心のシアに祈りを捧げた。

そして、その祈りが届いたか否かは、実はシアが先程からまったく叫んでいないという事実と、シアのウサミミが地獄ウサミミであるという事実から推して知るべしである。

彼等は知らない。馬車の外で、当の本人が「やめて~、聞こえる範囲で本人相手の恋バナしないで~!」と居たたまれなさに身悶えていたりすることを。

そうして、ダリアの願い通り、これは早々に引導を渡しておかねばとシアが決意した、その直後、

「おぉ!? エリックさ~んっ、ルイスさ~んっ、なんかでっかいの来ましたけど!」

「! なんだ、どうした!」

「でっかいのとは……」

シアの呼びかけを受けて、エリック陛下達は一斉に窓から身を乗り出して外を見た。その目に飛び込んできた光景に、エリック陛下達は瞠目する。

「な、何故あなたがここに!」

エリック陛下は疑問を口にしながら、前方で滞空し待ち構えている存在に大声で呼びかけた。

「シンテッド獣王国、獣王――グルウェル・ドゥラーク・シンテッド殿!」

進路に立ち塞がるようにして滞空する赤いドラゴン。彼こそ、霊法により完全獣化した獣王国の国王陛下だった。