軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殴殺勇者シア編 暴力反対!ですぅ!

『……大したものだ。そして、哀れだ』

天を衝き、黒々とした雷雲に穴を開ける淡青白色の奔流を見て、神霊はそう言った。

それだけだった。

人間にしては大した力で、生きていればきっと傑物になったに違いないと。

しかし、滅ぶのだから意味はないと。

なんと哀れなのだろう。

だから、せめてひと思いに……と。

『踊れ、神威の子等よ』

雷雲に稲光が走り、轟音が鳴り響いた。それこそ、神が怒りの咆哮を上げたが如く。

「むむっ」

ウサミミピーン! 死のビジョンがシアを襲う!

シアは思わず唸った。

回避しようとして、しかし、回避場所など最初からなかったが故に!

刹那、直上からは天を覆うような極大の雷が。

虚空よりスパークを迸らせて出現した雷の高波が。

シアを包み込むようにして襲撃した。

世界が白く染まるほどの閃光。回避されるなら、そもそも逃げ場をなくせばいいと言わんばかりの圧倒的な雷嵐。

それはまさに、視えていても逃げられない絶対の死。

神の理不尽。

なので、

――レベルV

閃光に一拍遅れて轟く雷鳴。その狭間に、聞こえるはずのない可憐な声が響いた。

そして、役目を終えた神雷の嵐が霧散しかけたその瞬間、

「うりゃあっ!!」

『!?』

今度こそ、明確に、神霊の表情が変わった。

絶対の死であるはずの攻撃。その光を、絶望を、突き破るようにして肉薄してきたウサミミ少女は――無傷!

激しい動揺が行動を一拍遅らせる。神に相応しい知覚能力を以てしても、ハッと我に返った時には逃れ得ぬキルゾーンの中だった。

視界を埋めるは巨大な戦槌の打撃面。

大気が破裂する音と共に、音速を超えた戦槌の一撃が神霊を捉える。

『ぬぉ!?』

直撃の瞬間、神霊は怖気に襲われて咄嗟に腕をクロスさせた。

インパクト!! 不動を思わせた神霊が、まるで小石のように吹き飛んだ。

空中で錐もみし、スパークを迸らせながらどうにか制止する。

『ぐぅっ。馬鹿なっ。ただの殴打が、我が身を傷つけるなどっ』

動揺する声が、都の上空に木霊する。

彼は雷と同義。瞬間的に雷化すれば、あらゆる物理攻撃を無効化できる。霊法による攻撃ならば有効だが、それとて雷速で動く彼を捉えられない。誕生以来、幾万幾千の歴史の中でも、ぶん殴られた経験など皆無だ。

追撃するように宙を踏んで突進してくる目の前の少女へ、再び、神霊は全方位雷撃を放った。

しかし……

「爆! 砕! ですぅ!!」

雷の光の中へ呑まれたシアは、やはり、僅かな時間、足を止めたのみ。雷が効果を薄れさせたと同時に、閃光を突き破るようにして突進してきた。

『馬鹿なっ』

咄嗟に、雷速で一気に距離を取る神霊。

そう、雷雲の化身たる神の一角が、人を相手に逃げの一手を打ったのだ。

己のあり得ない行動を意識する間もなく、神霊は、なお突進してくるシアへ動揺のまま叫んだ。

『なぜ傷一つない!?』

「気合!!」

そんな馬鹿な! みたいな顔になる神霊さん。美丈夫なのに、なんだか残念な感じになっている。

一瞬で間合いを詰めたシアが、大上段からの一撃を神霊へ叩き込む。

『遅いっ』

知覚能力も神域にあるのだろう。神霊は二度も無様は晒さなかった。

パシッと軽い音を立てて消えた。かと思えば、空振ったシアの周囲に、数十人の神霊が出現した。

『今度こそ終わりだ』

神霊の片腕がスパークを放ちながら肥大化。更には剛槍に形状変化した。それが、全方位からの槍衾となってシアを襲う。

先程の極大の雷光の中で、どんな方法で回避していたのかは知らない。が、ならば、直接に、確実に、己の手で仕留めると言わんばかり。まさに確殺の意思が乗った攻撃。

が、シアはそもそも、回避などしていない。

その場を動かずスッと目を閉じたシアに、遂に諦めたかと考えた神霊は、

『馬鹿なっ。なんだそれは!?』

もう何度目かも分からない動揺の声を、再び夜空に響かせた。

――シア流空間魔法 半転移

空間魔法の失敗とも言えるそれは、自らの位相を強引にずらすことで全ての攻撃を無効化する絶対の防御法。

半透明になったシアは、この瞬間、この空間にはいない。故に、全ての攻撃は彼女をすり抜ける。

腕の雷槍を解除して、神霊は動揺しつつも別の攻撃に転じようとした。

その瞬間、カッと目を見開いたシア。半透明から確かな実体を取り戻す。

「ぶっ飛べやっ!! ですぅ!!」

『ぐぁっ!?』

激発一発。衝撃により停止状態から瞬間的に加速したヴィレドリュッケンを、更に膂力で加速させながら独楽のようにぶん回す。

横薙ぎに振るわれた戦槌により、神霊が放射状に吹き飛んだ。

更に、頭上にいた神霊の足を掴んで、戦槌代わりにして下の神霊へと容赦なく投げつける。

パッと閃光が散って、分身していた神霊が一斉に消えた。少し離れた場所に、本体だろう神霊がスパークと共に出現する。

『攻撃どころか我を掴んだ、だと? 一体、お前は何をした――』

「気合!!」

神霊から『くっそぉっ』という歯がみしていそうな声が、シアのウサミミに届いた気がした。見た目は、ギリギリ威厳を保っているので、きっと気のせいに違いないが。

ちなみに、気合ではなく魂魄魔法だ。

雷というあやふやな実体であっても、存在する以上は魂が宿っている。実体なき存在への干渉こそ魂魄魔法の神髄。シアには魔法の才能が悲しいほどないので、掴んだりぶん殴ったりしかできないが。

とはいえ、霊法による攻撃でもないのに己を捉えるシアに、神霊はかなりの警戒心を見せた。

『……どうやら、認めねばならんらしい』

「おや? 話し合いに応じる――」

『汝は、過去に来訪した異界の子より脅威であると』

「あ、そっちですかそうですか」

ちょっと期待したのにぃ! と荒ぶるウサミミ。

『認識を改めよう。汝は、排除すべき世界の敵であると!』

「……世界の敵認定されちゃいましたよ。私は、平和を愛する森のウサギだというのに解せないです」

その自己認識こそ解せない……と、クラスメイト達なら思ったことだろう。

とまれ。

「まぁ、魔王の嫁ですし! ここは光栄だとでも言っておきましょうか!」

『秩序と平和に、死を以て報いよ!!』

勇者として召喚されたはずなのに、まるっきり逆の立場。そのことに苦笑いしつつ、シアは戦槌を構え直した。

刹那、高速スライドショーの如く、死のビジョンがシアを襲った。

「くっ、速いですぅ!!」

戦法が変わった。隙の大きい高威力広範囲の攻撃が一切ない。至近距離に留まることもない。

連続した雷の弾ける音。虚空に、線香花火の如く飛び散る無数のスパーク。

一秒の間に、一体何度攻撃したのか。

そう、それは雷速による完全なるヒット&アウェイ。

(本気というわけですね! 攻撃の鋭さが段違いです!)

先程までとは比べものにならない圧倒的な速度。否、それはもはや瞬間移動というべき現象だ。

(かわしきれないです!)

内心で絶叫するシア。同時攻撃ではないのに、シアの知覚能力を以てしても、そう見えてしまうほどの速度。

拳を前屈みで回避した瞬間、膝蹴りが顔面を狙ってきた。

回避しきれず鋼纏衣で防御する。まるで自分がヴィレドリュッケンで殴られたような衝撃が伝わった。強制的に跳ね上げられて身を反らしてしまう。

苦し紛れにシアも蹴りを放つが、神霊は既におらず、代わりに死のビジョンが視せてくる。背後から迫った雷速の蹴りが、自分の後頭部を襲って頭が破裂する瞬間を。

「んんにぃ!!」

気合の声を上げて、強引にヴィレドリュッケンを後ろ手に回す。頑丈な戦槌が盾となって死を回避するが、今度は前に吹き飛ばされた。

背後から迫る死の気配。激発を利用して体を独楽のように回し、背後へ打撃。

やはりいない。

そして、眼前にかかと落としが迫っていた。

「――ッ!?」

『落ちよ』

空気を引き裂いたような轟雷が鳴り響いた。直後、数億ボルトの落雷に呑まれるようにしてシアが墜落する。人の身に空は不遜だとでもいうかのように叩き落とされた。

轟音と同時に着弾。王都の外れにある平野にクレーターが生み出される。

パシッという音と共に、土煙が舞うクレーターの縁に神霊が降り立った。

『驚愕だ。まだ生きているのか』

「……はぁはぁ、当たり前ですよ」

風に吹かれて晴れていく土煙。クレーターの中心で、シアはペッと血を吐き出した。

その姿は、クラスメイト達が見れば驚愕に目を見開いたことだろう。それくらいに傷ついていた。

回避しきれず、鋼纏衣でも防ぎきれなかった雷により赤く腫れた肌。髪やウサミミもところどころ焦げ、殴打の痕が内出血という形であちこちにある。

更には、途中、腕や足を形状変化させた雷剣や槍によって、浅くはあるもののあちこち斬られて血を流している。

『……その程度の傷か……人の身に許される力を超えている』

「はぁはぁ……ええ、この程度ですよ。随分、温い拳でしたね。気合が足りていませんよ」

はぁふぅと息を整え、誰かさんを彷彿とさせる不敵な笑みを浮かべる。

僅かに気圧されたように息を呑んだ神霊は、しかし、直ぐに鋭い眼差しをシアへと送った。

『だが、時間の問題だ。お前は我に付いて来られない。我の攻撃を無効化した妙技。あれも出さない。もう出せぬのであろう? これ以上は、無駄に苦痛が長引くだけだ』

「だったら?」

『……我は、安らかな死を与えたいのだ』

慈悲である。と、そう言う神霊は、理不尽だけれど、きっと優しいのだろう。

だから、

「はっ」

シアは笑い飛ばした。

この世に、諦めるということほど唾棄すべきことはないから。

最愛のあの人に教わったのは、まさに〝不撓不屈〟なのだから。

『……愚かな』

神霊は僅かに瞑目し、そして、壮絶な殺意を滾らせた。

同時に、シアは全力でその場から跳躍した。クレーターから脱出し、平野を転がるようにして移動する。

その一瞬前までいた場所に連続した雷が突き刺さった。予兆のない数億ボルトの雷撃が、天の雷雲よりスコールとなって降り注ぐ。

まるで、神殿に並ぶ無数の列柱廊の如き落雷の柱の隙間を、縫うようにして神霊が迫った。

刹那の必殺がシアを襲う。

(やっぱりっ、きっついですねぇ!)

歯を食いしばって、猛攻を必死に回避し、防ぎ、耐え抜く。防戦一方で反撃などまるでできない。

身体強化レベルⅤ状態でなければ、既に死んでいたかもしれない。

そう、身体強化〝レベルⅤ〟でなければ。

ヴィレドリュッケンと鋼纏衣を駆使しても、シアの傷は増えていく。けれど、決してシアは、 更なる身体強化を(・・・・・・・・) しようとはしなかった。

死のビジョンは、今このときも高速で脳内を駆け巡っている。

シアの死に直結する未来を自動で見せるこの能力は、必然、自動で魔力を消費する。本来の未来視より格段に消費魔力は少ないとはいえ、一秒で数十の死が襲い来るこの戦場では、決して馬鹿にできない。

そして、更にとつてもない魔力を消費する半転移も、既に三回使った。決戦時には一回しか使えなかったことを考えれば、消費魔力の改善は劇的と言っても過言ではないが……

それでも、これ以上の連続使用は魔晶石があったとしても、そうそう使えるものではない。

じり貧だ。

神霊の指摘した通り、じり貧である。

それこそ、最大の身体強化で一気に片をつけない限りは。

けれど、シアはそうしない。ただ、耐える。ひたすら耐える。

一体、どれほどの時間そうしていたのか。神霊が雷速移動する度に鳴り響く雷鳴。既に、幾千万という数の落雷により平野は耕されたようになり、無数のクレーターができている。

地形すら変える猛攻が、一体どれだけ叩き込まれのか。

満身創痍の姿を晒すシア。ヴィレドリュッケンすら既に弾き飛ばされ遠くに転がり、今はまるでコーナーに追い詰められたボクサーがするように、両手で頭を抱えるような防御姿勢のまま……

ガードに隠れて、表情は分からない。

彼女は気が付いているだろうか。

いつしか、王都の外壁から多くの人が見つめていることを。

そして、先程ついに追いついたエリック達が、少し離れた丘の上から言葉を失ったように見つめていることを。

まるで、都の人々には、これ以上手を出させないと言わんばかりの姿。

そんな少女の姿を見て、多くの人々が涙を流していたことを。

絶望し、死を待つしかなかった人々が、祈りを捧げていることを。

そして、そんな少女を救おうと、否、たとえできなくとも、国王の命令すらなくとも、これ以上放ってなどおけないと王都の軍が出撃準備を始めていることを。

『……なぜ倒れん』

必殺をまき散らしながら、神霊が呟いた。

その声音に、何か得体の知れない……敢えて表現するなら、畏怖のような感情が含まれていることに、当の本人は気が付いていただろうか。

常人なら、既に数百回は蒸発するか粉砕されていなければおかしい攻撃を受けて、何故、堂々と立っていられる。

為す術などないはずなのに、何故っ、心が折れない!?

『だが、もはや動けまい。これで終わりだ』

距離を取り、腕を剛槍へ。螺旋を描き、スパークが迸る。天から落ちる幾本もの雷が集束していく。

シアに余力なしと見て、再度練り上げた大技。

「シア!! もういいっ、逃げろぉおおおおっ」

エリック陛下の絶叫が轟く。

「くっ、間に合えっ」

ルイスが焦燥に歪む表情で杖に力を練り込む。

「シア様!!」

ダリアの悲壮な声が木霊する。

そして、

『世界に秩序を』

雷雲の化身が、一撃必倒の攻撃を携え一筋の光となって突進した。

なので、

「呼び捨てにすんな! ですぅ!!」

右ストレートでぶん殴る!!

『ごぁ!?』

綺麗に、これ以上ないほど完璧に入ったクロスカウンター。

雷槍はシアの顔を掠めて虚しく宙を突き、シアの右ストレートは神霊の左頬に突き刺さった。

視認などできるはずもない雷速なのに。

今まで、死のビジョンによる事前回避しかできていなかったはずなのに。

シアが繰り出したカウンターは、惚れ惚れするほど完璧だった。

神霊は為す術なく、まるで光が鏡に反射でもしたかのように弾き返された。

ぶっ飛び、地面をバウンドし、そのまま地面に深い溝を作ってようやく止まる。

『……ぐっ、あり得ん。偶然だ』

確かなダメージを感じさせる震える声音。神霊は、横たわった状態から一気に雷速の世界へ入った。

そして、刹那のうちにシアの背後へ回り込むと、雷の手刀を繰り出し――

パパンッと小気味よい衝撃音が響いた。同時に、

『ぬぐぁ!?』

神霊の悲鳴も響いた。

顔面への無数の衝撃により、またも吹き飛ばされたのだ。今度は辛うじて体勢を整え、とにかく距離を取った神霊は、見た。

シアが構えを解いている。

否、あれも構えだ。と、神霊は察した。あの、頭を両腕で覆うような防御姿勢ではなく、右拳を顎の辺りに下げて、左腕をL字のように下げた、おそらくもっと攻撃的なスタイル。

そう、それは

――シア流ボクシング ヒットマンスタイル

またの名をデトロイトスタイル。スナップを効かせた左腕のジャブは、まるで鞭のよう。

「ふむ、中々いけますね。You○ubeできちんと学習した甲斐があります」

トントンッと足でリズムをとっているシアが、慣らしがてらジャブを放てば、パパパパンッとまるで空気が破裂したような音が鳴る。それ、もうジャブ違う……と地球人なら言いそう。

一度ならず二度までも、神霊が吹き飛んだ。

その事実に、飛びだそうとしていたエリック陛下達は思わず足を止めてぽかんっと口を開き、王都の人々はしんっと静まり返っている。

そんな中、シアは、偶然ではなかったのかと慄然として動かない神霊を見やり……

顎元に添えた右拳を解いた。

そして、ちょいちょいと指を曲げる。

言われずとも明白だ。神霊にもよく分かった。

すなわち、「ほら、どうした? かかってこいよ」である。

『……侮るなよ。我の 領域(速さ) には、誰も追いつけん!』

パシッと放電。ガードを下げた状態の左腕の方へ。そこから一気に蹴りを叩き込もうとして――

『――っ』

パシッと消える。攻撃を中断して。

今度は反対の右側へ瞬間移動じみた雷速移動。

そして、手刀を――

『――っ』

またも中断。雷速で、隙を窺うようにシアの周囲を移動し続ける。

全てが色褪せ、時の流れすら遅くなったような雷速領域は、彼だけの世界。その世界では、それこそシアのように未来を垣間見る力でもない限り認識などできるはずもない。人という種の、知覚能力の限界を遙かに超えた領域なのだ。だからこそ、神域なのだ。

なのに。

だというのに。

どうして……

(目が合うのだ!?)

内心で絶叫する神霊。

ああ、ほら。

まただ。

油断なく構える少女の目が……

この絶対領域の中にいる自分を……

追っている!

先程まで、確かに見えていなかったはずだというのに、視線が剥がれない!

ドンッと、地面が爆ぜた。

畏怖に囚われかけた神霊がハッとしたときには、目の前でステップを踏むシアの姿があった。

「疾ッ」

『ぬおぉ!?』

死に物狂いの回避。だが、鞭のようにしなる左腕は、ただでさえ軌道が読みづらいというのに、常に未来位置を狙って打ち込まれてくる。

視えているだけではない。動きそのものも見切られている。

「見える! 私にも見える! ですぅ!!」

『雷だぞ!? 目で追えるわけがないだろう!?』

ないはずだ。なのに、やはりシアの視線はどこまでも追ってくる。確実に雷速を視認している。

回り込んでも、正面から急迫しても、正確無比な拳が飛んでくる。一度引いても、引いた場所へ逆に回り込まれている。

ロックオンでもしているかのように、拳の連打が神霊を捉えて逃がさない。刻一刻と、速さも見切りも精度を増大させていく。

そうして、遂に、

「シャオラァッ!!」

『ガハッ!?』

一瞬で十発近い左拳を受けた神霊の足が止まり、その瞬間、シア渾身の右拳による痛烈なボディブローが叩き込まれた。

魂魄魔法も併用した拳は、文字通り、神霊の魂にまで響く致命の一撃だ。

体をくの字に曲げてたたらを踏む神霊。

「せぇい!!」

かわいらしさすら感じる掛け声とは裏腹に、繰り出された蹴りの威力は全く容赦がない。

俯いた状態だった神霊は、真下から迫った蹴り上げを顔面へまともに食らって弾けた。

そう、雷の体を維持できず、頭部が弾け飛んだのだ。

天を衝くかのような、垂直に伸びたしなやかな長い足が美しい。

『くっ、おのれ――』

直ぐさまスパークを迸らせて再生した神霊だったが、頭部を失ったことで一瞬、意識の間隙ができたのは致命的だった。

ガシッと、背後から回される二本の腕。思わず、神霊の言葉が止まる。肩越しに振り返れば、にっこり笑うウサミミ少女が。あら、可愛い。そしてそれ以上に怖い。

「どっせぇえええいっ!!」

『ま、待て――』

待たない。

神霊さん、神生初のバックドロップをご体験。『プギャ!?』と神霊にあるまじき悲鳴を上げて、再び頭部が弾け飛んだ。

パシッと、どこか死に物狂いな印象を受ける離脱を図る神霊。頭部を再生するより、とにかくこのウサミミ少女から離れなければ! という意思が垣間見える。

どうにか再生した神霊は、肉体的疲労など感じないはずなのに『ぜぇぜぇ』と息を荒げていた。

きっと、魂へのダメージとか、あるいは無茶苦茶なウサギという未知な存在への精神的疲労のせいだ。

再び、油断なくヒットマンスタイルで神霊と相対するシアに、神霊も余裕のなくなった形相で相対して……

『ど、どういうことだ! 汝、傷はどうした!?』

絶叫じみた声を漏らした。

それも無理からぬことだろう。何せ、さっきまで打ち身や切り傷、そして火傷でボロボロだったはずなのに、なんか普通に治っていたのだから。

原因はもちろん、

――シア流再生魔法 気合回復

致命傷級の重傷だと無理だが、打ち身骨折火傷、あと軽い状態異常くらいなら、数分あればある程度治せちゃう。

なので、当然、神霊への回答も、

「気合です!」

『おのれぇっ、また気合か!』

「気合があればなんでもできますぅ!」

『なんでもできすぎではないか!? 人の子は恐ろしいな!』

本当に恐ろしいのだろうということは、神霊が今まで一度もしたことのないツッコミじみたことをしていることから推して知るべし。

同等以上の存在と認め始めているのか、会話まで成立し始めている。

『そもそも、何故我を追える! この速さについてこられる!?』

「きあ――」

『気合はもういい!!』

「慣れました!!」

『おのれぇっ、そんな理由でぇっ』

伊達に、ひたすら防御に徹しつつ、ガードの隙間からジッと観察していたわけではない。

シア的に、身体強化MAXは、まさに切り札だ。修練によって、今やチートメイトやラスト・ゼーレがなくとも自力で〝レベルⅩ〟には至れる。

しかし、至ってしまえば、しばらく動けなくなるか、最低でも著しく戦闘能力が低下するのは避けられない。

神霊は複数いるという話であったから、万が一に備えて身体能力によるごり押しは避けたかったのだ。

ならば、攻撃自体は、神の使徒のような分解攻撃でもないわけで、身体強化レベルⅤなら未来視と鋼纏衣でギリギリ耐えられそうだったこともあり、また決戦後、実戦から遠ざかっていて鈍っているという実感もあったので、ここらで〝勘〟を取り戻そうと思ったわけだ。

おかげで、地球に戻ったらハジメが白目を剥くこと請け合いだ。

雷撃の速度を視認して回避、それどころかカウンターまで当てられるようになったということは、自慢のレールガンも避けられるようになってしまったということなのだから。

バグウサギは、戦えば戦うほどバグっていく!

『……致し方ない』

どうにか落ち着きを取り戻した神霊は、小さく呟いた。

実のところ、神霊に明確な死というものは存在しない。とはいえ、無敵でもない。自然現象が意思を持った存在であるが故に、その実在は意思――すなわち、精神力に依存する。

つまり、再生する気力を失うほどにやられれば、力を失い、あるいはしばらくの休眠を余儀なくされる。数年から数十年は出現しなくなる。

だからこそ、神霊は決断した。

そして、シアは察した。

今、確かに神霊の気が自分から外れたと。戦意が、殺意が、自分から逸れたと。けれど、敵意だけは感じ取れる。

それはつまり、神霊がこの場を引こうとしているということ。同時に、更なる戦力を引き連れて戻ってくる可能性があるということ。

だから、

『我々、母なる大樹を守護せし神霊は、汝を決して――』

「レベルⅦ」

衝撃が神霊を襲った。油断していなくとも反応しきれなかった超速の拳打。

しかしそれは、その場を動かずになされたもの。身体強化レベルⅦの領域で初めてなし得る飛ぶ拳。そう、拳圧だ。まるで某狩人協会の会長の如く。

神霊は、御託など並べず脱兎の如く逃げれば良かったのだ。そうしなかったが故に、顔面をドパンッされて一瞬の停滞を余儀なくされた。そして、その瞬間、撤退の可能性を永遠に失ったのだ。

『くっ、また奇妙な技を――!?』

ハッと気が付いた時には、もう遅い。

視線の先に彼女はおらず、嫌な予感は背後から。

肩越しに振り返った神霊が見たもの。

それは、落ちてくる赤い月……

「森のウサギさんからは逃げられない! ですぅ!!」

と、見紛う血色の戦槌。

――シア流変成魔法 紅戦槌

血液操作による、血で創った戦槌。

それが容赦なく、雷化して逃げようとした神霊の未来位置へ、吸い込まれるようにして打ち落とされた。

地鳴りにも似た激震が王都近郊を揺るがす。大気すら震えるような衝撃が王都の人々に、そして丘の上のエリック陛下達を襲った。

爆発でもしたかのような土煙が上がっている。誰もが息を呑み、しんっと静まり返る。

直後、「あっ」と声が上がった。誰の声だったのか。その声に釣られるようにして、皆が天を仰ぐ。

そして、見た。

雷雲が、夜空に溶けるようにして消えていく様を。その向こう側に、まん丸のお月様が顔を覗かせる様を。

信じられない。そう思うけれど、夜天に起きている現象が何より雄弁に事実を物語る。

ゆるりと風が吹いて、土煙が晴れていく。

それに合わせて、人々の、そしてエリック陛下達の視線が天から地へ戻った。

そこには、

「ふぃ~~。久しぶりに血湧き肉躍る戦いでした」

額の汗を拭いながら、なんとも気の抜ける声を出すウサミミ少女がいた。

ハラハラと真っ赤な花びらが散るようにして戦槌が消えていく。

代わりに、サッと手を伸ばせば飛んでくるヴィレドリュッケン。パシッと小気味よい音を立てながらキャッチして一振り。肩に乗せてとんとん♪

そんな彼女の足下には、拳くらいの大きさのスパークする光球が脈打ちながら転がっていた。まるでビクンビクンと痙攣でもしているかのようだ。

おそらく神霊の成れの果てであろう光の球を、シアは逃げられないようむぎゅっと踏みつけた。そして、「やっと大人しくなりました」と言いつつ光球へビシッと指を差すと、声を大にして言った。

「暴力反対です! 平和的に話し合いましょう!」

彼女は、神霊を打倒するという偉業を成した真の勇者。

人類の希望。

それは分かる。だけど、と誰もが思った。

あのウサミミ少女は、やべぇ奴だ……と。

「あ、それと 王様(・・) 。呼び捨て、四回目ですね?」

「!!?」

エリック陛下は思った。やべぇ状況だ……と。