軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殴殺勇者シア編 うっさうさにしてやんよ!ですぅ!

ガタゴトッとお尻に優しくなさそうな振動音を上げながら、一台の馬車が森に沿って走っていた。

冴え冴えした月の光から身を隠すような様子だ。

とはいえ、その馬車の周囲には、馬に乗った幾人もの騎士や術士達がいるので、あまり忍べてはいないようだったが。

森に沿っているのは気休め程度なのだろう。

忍ぶというには走行速度が速すぎる点からも、一行が可能な限り早く目的地に着きたいと考えていることがよく分かる。

そんな道を急ぐ馬車の中は、なんとも奇妙な沈黙で満ちていた。

(めっちゃ居心地悪いですぅ~)

重苦しい……というわけではないが、相手の出方を窺うような微妙に緊張感のある沈黙は、静かにシアのウサハートにダメージを与えていた。

言うなれば、そう、あれだ。

転校初日の、転校生の気分だ。

誰に話しかけるべきか。そもそも自分から話しかけるべきなのか。っていうかチラ見するくらいなら話しかけてくれていいのよ? ほら、一人くらいムードメイカー的な人、いるでしょ? 陽気に話しかけてくれてもいいのよ! カモン!

という心境だ。無意味に持ち物の確認とかしちゃう、あの心境だ!

原因は分かっている。

先のVS天人族である。

そして、圧倒的な物理力である。

近寄って殴る! これぞ奥義! と言わんばかりの単純にして明快にして身も蓋もない戦いは、彼等の心象に消えない何かを刻み込んだらしい。

地上にスタッと降り立ったシアを見る彼等の目には、一様に、それこそ女神――もとい闘神の降臨でも目撃したかのような畏敬の念が満ちていた。

即座に、国王であるエリックからして一斉にかしずくほどに。

シアが慌てたのは言うまでもない。あたふたしながら「かしずかないでくださぁ~い! そこ、拝まないでくださぁい!」と全員を立たせ、とにもかくにも落ち着ける場所に行きましょうと、王国行を自ら提案してしまったくらいだ。

なお、あの廃墟は勇者召喚の文献から発見した古い遺跡で、王都は別の場所だった。

そんなことを回想しつつ、シアは馬車の窓から顔を覗かせて、風にウサミミをパタパタさせながら月に祈る。

(ハジメさ~ん、ユエさ~ん! 今、この瞬間に迎えにきてくれてもいいんですよぉ~)

届け! この想い!

「シア様……お綺麗です……」

届いたらしい。正面のメイドさんに。ウサハートの射程圏は割と短かったようだ。

祈りの内容とは異なるが、せっかく沈黙を破ってくれたのだ。

シアはにっこり笑いながら、メイドさん――ダリアに視線を向けた。

なんだかうっとりしていらっしゃる。どうやら、窓から差し込む月光に照らされ、物憂げな様子だったシアに見惚れていたらしい。

「えっと、ありがとうございます? でも、ダリアさんもお綺麗ですよ?」

「そ、そんな……畏れ多いですわ。お強くて、お綺麗で、月の女神様のようなシア様に比べれば、私など路傍の石でございます!」

小さな握り拳を両手で作って、「ふんすっ」と鼻息荒く力説するダリアさん。〝両手で握り拳〟は、この人の癖らしい。

「路傍の石って……そんなに卑下しなくてもいいじゃないですか。それとも、ダリアさんくらい綺麗な人が、この世界の標準なんですか?」

お世辞でもなんでもなく、超絶美人や美少女に見慣れているシアから見ても、ダリアは謙遜が嫌みになるくらいには美女だった。

とはいえ、よく考えるとエリック陛下やルイス達を含め、男性陣も美形揃いである。そういう世界、あるいは国なのだろうかとシアは小首を傾げた。

会話の取っ掛かりを探っていたのだろう。シアの隣に座っているルイスが、どこかホッとした様子で会話に加わる。

「いえいえ、シア様。ダリアは我が国でも美姫と称賛されるほどの美女ですよ」

「美姫? お姫様なんですか?」

なら、どうしてメイド? とシアはますます首を傾げた。

ちなみに、ルイスのシアに対する呼び方が変わったのは、あの戦闘の後、改めてお互いに自己紹介したからだ。

シア的に、勇者は例の彼を彷彿とさせるし、自称するには黒歴史を刻みそうな称号だ。なので勘弁して欲しいと頼んだ結果、シア様呼びに落ち着いたのである。

「直系の王族ではない。公爵令嬢だから、王家の血は引いているがな」

ルイスに代わって答えたのは、何やらむすっとした表情のエリック陛下だ。シアの対角線上に座って、ずっと腕を組んでいる。

不機嫌なのかとも思える雰囲気なのだが、チラ見の大本はこいつだ。シアに興味津々なのが透けて見える。

ルイスが何やら苦笑いしながら引き継ぐ。

「正直に話しますと、勇者召喚の儀で、シア様のような可憐な女性が現れるとは思っていなかったのです。文献にも、かつて幾人か召喚されたことのある勇者は全員男性だったとあります。ですから……」

「あ~、つまり、ハニートラップですか?」

否定の言葉は、ダリア公爵メイド令嬢から。

「トラップなどではありません。勇者様に、身も心も捧げる覚悟でございました」

「我が国に対する好感度を高めたい、という打算があったのは否定しません」

苦笑いを浮かべるルイスの言葉は、確かにぶっちゃけすぎなくらいだ。

しかし、聞けばエリックとルイス、そしてダリア。あと、グレッグとフィルの五人は、所謂幼馴染みの関係らしく、みな、ダリアを大切に思っているらしい。

そんな女性を、本人が志願したとはいえ、人格も定かでない勇者に献上するというのは、彼等的に酷く苦しい選択だったようだ。

それでも、勇者を相手にするには、ダリア以上の適任はいなかった。

「あはは……ぶっちゃけすぎな気もしますけど、ルイスさん達の誠意だと受け取っておきます。でも、どうしてメイドさんなんです? 国民から美姫なんて称賛される人には、あんまりな気がしますけど……」

「? メイド服は、女性の戦闘服かつ最高のドレスなのではないのですか?」

「……」

この優顔眼鏡、頭は大丈夫だろうか……と、シアは思わずジト目になる。

ルイスは困惑顔で、

「かつての勇者様がもたらした、異世界で最高位の服装だと伝わっているのですが……」

「うちの世界のバカ勇者がすみませんでしたぁっ」

日本人です。絶対、その勇者日本人です! それもアキバの戦士系ですぅ!

と、シアは思わず謝罪した。異世界なのをいいことに、勇者の野郎は自分の趣味を伝統にしやがったのだ。なんという勇者……

シアの突然の謝罪に馬車内が騒然とする。声が聞こえたらしい馬車外の者達も「何事!?」とか、「まずいっ、陛下がシア様を怒らせたのか!? ミンチになるぞ!」とか、いろいろ聞こえてくる。

「な、なんなんだ一体!」

エリック陛下、外へなんでもないと伝えつつ、シアに苦言を呈す。いろいろ伝えるのが難しい問題……というか、地球でもある意味特殊な業を背負った特殊な民族――日本人の説明は非常に難しいので、シアは笑って誤魔化す。

※注意! 異世界人であるシアの個人的な見解です!

「あはは……なんでもありません。それより、王国に到着するまで、まだ時間がかかるんですよね?」

「え、ええ。到着するのは夜明け頃になるかと」

夜を徹しての行軍は危険だ。しかし、天人族に襲われた以上、あの場に長居もできない。今は多少の無茶をしても、本国に戻り防備を固める必要があるとのことだった。

シアは少し眉を八の字にして口を開く。

「それなら、私のお迎えの方が早いかもしれませんね」

エリック陛下の表情が険しくなり、ダリアが切願するような眼差しを向け、ルイスが困惑混じりの悲しげな表情を見せる。

「シア様。そのお迎えというのは一体どういうことでしょうか? 差し支えなければ、是非教えていただきたいのですが」

世界を越えるというのは生半可ことではない。世界の理をねじ曲げるような所業だ。

王国最高最強の術士であり、天才の名をほしいままにしているルイスとて、失伝した文献を偶然発見し、それを再構築するのに十年近くかかったのだ。文献では、ついぞ送還の儀が行われたという話も一切なかった。

「え~とですね、まぁ、なんというか、私の家族なら世界を越えることも普通にできるんですよ」

ルイス達は割と善人の部類だとシアの直感は告げている。とはいえ、大して知りもしない、それも国家規模の相手に、身内のことをべらべらしゃべるほどシアの口は軽くない。言葉は自然と濁される。

ルイスの眼鏡がキランッと光った。

「それは、シア様に肘鉄やら電撃やらを浴びせた御仁のことでしょうか?」

「そ、そうですね……」

「つまり、貴女様ほどの方にそうできてしまうほどのお強い方というわけですね?」

「まぁ、はい……」

ゴクリッと生唾を呑み込む音が響いた。エリックか、ダリアか、それとも二人共か。

まるで、シアという闘神を歯牙にもかけない化け物でもイメージしたかのように、緊迫した空気が流れる。

実際は、その化け物も、最近自慢の弾丸(ノーマル弾だが)を普通にかわされたりつかみ取られたりして「このバグウサギが!」と戦慄の声を上げていたりするのだが……

シアは、ルイスの言わんとするところを察して先に言葉を返した。

「でも、助力を乞うのは難しいと思いますよ?」

「……それは、やはりシア様と同じ理由でしょうか?」

いえ、単に面倒だからですよ。他人にはめっちゃドライな人なんで。

という言葉は、空気を読んで言わないシアちゃん。ハジメとは違うのだよ! ハジメとは!

曖昧に笑って誤魔化すと、ルイスは難しい表情で考え込んだ。

「くそっ。だから勇者召喚など反対だったんだっ」

エリック陛下が、絞り出すような声で小さく毒づいた。ダリアが、シアの顔色を気にしながら咄嗟に「陛下っ」と止めに入るが、相当ストレスが溜まっていたのだろう。滅び行く世界で、救済の道の先頭に立つ若き王は、その重圧を吐き出すように言葉を垂れ流した。

「我々、人の業だ。先祖の業を背負うのは、今を生きる我々のはずだっ。異界の人間になど、最初から頼るべきではなかったのだっ」

「陛下……。ですが、その件は何度も話し合って結論を――」

「分かっているっ。分かっているともっ、ルイス! 同意したのは俺の弱さだっ。元より、我々だけでは救済など不可能に近い。分かっていたから、俺もまた縋ってしまったっ。希望を抱いてしまったっ」

だから、あれだけの力を見せられて、なおさら強い希望を抱いてしまったから……

「逆恨みだと分かっている! それでも言わせてもらうぞ、シア・ハウリアっ。お前は――残酷だっ」

「……」

確かに、酷い逆恨みだ。シアは誘拐されただけ。降りかかる火の粉を払っただけ。責められる謂われなど、これっぽっちもない。むしろ、見ず知らずの人達のために危険を背負えというエリック達の方が、よほど残酷だろう。

分かっている。きっと、おそらく、ただ一人勇者召喚に反対していた彼こそが、誰よりも分かっている。

けれど、脳裏に浮かぶ臣下達の顔が、きっと 勇者(希望) と一緒に帰ってきてくれると信じて待っている臣下達の顔が……

何より、守るべき民達の顔が……

若き王の、言葉の堤防を破壊してしまう。

両手で顔を覆って、うなだれたエリック陛下。その姿はまるで、人生に疲れ切った老人のようだった。

自ら招いた勇者に対する暴言。しかし、ルイスもダリアも言葉を失ったように固まっている。それが、二人の心情を何より雄弁に物語っていた。

自分達は、勇者召喚に失敗した。

自分達は、希望を手にすることができなかった、と。

「……なんで私を召喚しちゃったんでしょうね」

勇者なら、その称号を持つ者がいるのに、とシアは苦いものをたらふく口に含んだような表情をしながら思う。

同時に、何故か思い出してしまう。

自分のために命を犠牲にした家族のことを。

樹海から逃げて、帝国に追われて、大峡谷で狩られて……

その全ては、シアのためだった。

家族は、決して家族を見捨てない。

獣人族の中でも、最弱故に最強の絆で結ばれていた兎人族であるが故に。

だから、最後の最後まで、自分を見捨ててくれないと分かっていたから、シアは駆け出した。

未来を垣間見る力。それが伝える標を希望に。

未来は変えられると信じて、なりふり構わず、文字通り〝必死〟で。

今、目の前でうなだれる王を見て、ふと思う。

もし、あのとき、ハジメやユエに見捨てられていたら、自分もやっぱり逆恨みしたのだろうか、と。そして、こんな風に嘆いて、崩れ落ちたのだろうか、と。

考えたくもない。考える意味もない。けれど、これ以上ないほど恐ろしいIFだった。

うさ……と、自然にウサミミが萎れてしまう。

だからだろうか。気が付けば、重苦しい空気の中に言葉を響かせていた。

「そう言えば、霊法とか霊素とかってなんなんでしょう?」

「なに?」

「は?」

「え?」

三者三様の疑問符が宙に飛ぶ。誰も彼も、突然で空気を読まない質問に呆気にとられた様子だ。

シアはお構いなしに質問を重ねる。

「あのテンジンさんが飛んでいた方法とか、神霊? とか、いろいろ不思議ですよね」

「いや、お前の殴打の方が遙かに不思議だと思うが?」

細身の女の子に、というか人類に出せる出力じゃねぇよ……というエリック陛下の心のツッコミが聞こえてきそうだ。ルイスとダリアも深く頷いている。

それは置いておいて! と、手で箱を脇にどける仕草をしつつ、シアは苦笑いしながら言う。

「さっき、私は言いました。〝それほど危険がないなら~〟って」

天人族は、この世界における神の使者だという。そして、一国の王であるエリックが、天人族の王でもない男相手に、同等以上の相手として接していたことからすると、この世界における天人族は、かなり強者に位置する優れた種族だと判断できる。

しかし、

「テンジンさん達、普通に弱かったです」

「よ、弱い……確かに、シア様が圧倒しておりましたが……」

ルイスが引き攣った表情を見せる。

シアが「あの人達、テンジンさん達の中で、どれくらいの強さです?」と尋ねると、ルイスは少し考えた後、「中堅どころでしょうか。精鋭になると彼等の数倍は強いでしょう」と答える。

ふむっと頷いたシアは言う。

「やっぱり弱いですね。今のところ、全然危険を感じないです。もちろん、精鋭さん達の更に上だっているでしょうけど……」

「けど?」

「取り敢えず、十倍くらいと考えても速度は音速に及びませんし」

「はい?」

「触れるだけで致命傷みたいな攻撃の常時展開とかもしてきませんし」

「シア様? なんの話を――」

「神からインストールされた武技もありませんし」

「……」

「一撃で地を割るような膂力もありません」

「……」

「ついでに、ゴキブリみたいに無限にわき出したりもしないみたいですしね!」

「シア様。それはもう生物ではないと思います」

ルイスさん、大正解。

生物ではない。当然だ。それこそ〝神の使徒〟なのだから。

シアの発言に、ルイス達は少し顔色を戻す。もしや……という思いがわき上がる。

「シア様、もしかして――」

「勘違いしないでくださいね。迎えにきた家族を無視して、私だけこの世界のために奔走するようなことはありません」

「……」

でも、と続ける。その視線は、エリック陛下に向けられていた。その瞳に見える、どこか優しい雰囲気にエリック陛下は思わず息を呑み、

「家族と一緒に戦うなら、もちろん私も頑張りますよ。そのために、説得のお手伝いくらいはします」

かつて、ユエがそうしてくれたように。

「だから、この世界のことを教えてください。面倒って言えないくらい得難いものがあれば、きっと私の家族も手を貸してくれますよ」

本当は、きっと、いや絶対、シアが頼めばハジメは断らない。それどころか、たちまちにシアの気持ちを読み取って、「望みを言え」と優しい表情で言ってくれるに違いない。

たとえ関係ない世界のことでも。たとえ、未知の危険が存在していたとしても。

メリット・デメリットなんて語るまでもない。それが家族だ。それがハジメだ。

けれど、それでは嫌なのだ。シアだけではない。ユエも、香織も、ティオも、雫も、他のみんなも、〝家族なんだから、ハジメは頼めばなんとでもしてくれる〟なんて絶対に思いたくないのだ。

口にはしないけれど、それを聞けばハジメはきっと「もっと甘えてくれていいんだけどな……」と苦笑いを浮かべるだろう。

魔王は身内に甘々だ。とろりと溶けてしまうほどに甘い。

ハジメの嫁をやるには、いろんな意味で強い心が必要なのだ。

シアは、愛しい人を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。

「そして、私の家族が手を貸してくれるなら」

まるで魅入られたように、誇りと自信に煌めくシアの瞳を見つめ返すエリック達。

えっへん! とウサミミを反らしながらシアは宣言する。

「もう何も恐くありません! 運命だろうが、不可能事だろうが、全部まとめて解決ですよ!」

エリックも、ルイスも、そしてダリアも、言葉にできない強烈な感情に囚われて、言葉を失った。

何か言わねばと思うのだが、まるで喉に詰め物でもされたみたいに出てこない。代わりに、行き場を失った力が出口を探して暴れているみたいに血が騒いだ。

ドクドクと、熱い血潮が耳の奥に聞こえる。脳が沸騰したみたいに熱を持ってくらくらした。縫い付けられたみたいに、ウサミミ少女から目が離せない。

それでも、国王として意地か、あるいは単に一人の男として少女にしてやられたままではいられなかったのか。

エリック陛下は引き寄せられるみたいに、シアの膝に添えられた手へと、自らの手を伸ばしながら、

「シア、お前は――」

「呼び捨てはやめてください」

「あ、はい……」

シアちゃん! 譲れない部分は絶対に譲りません!

一種異様な熱に包まれかけた馬車の中は、シアのにっこり笑顔での拒絶によって一気に冷えた。

ちなみに、エリック陛下的に、女性に対して「あ、はい」と返事をしたのは初めての経験である。

「あ、あのぅ、シア様。陛下とはお年も近いようですし……お名前を呼ぶくらいは……」

予期せぬビンタを食らったような呆けた表情のエリック陛下が居たたまれなかったのか、気を遣ったダリアがおずおずと言うが、

「むしろ、年が近い異性だからですよ。ご年配の方とか小さい子だったら気にしないんですけどねぇ」

ハジメ以外の同年代の男に、名前を呼び捨てされるのはなんとなく嫌らしい。もちろん、ある程度親しい間――例えば、今のクラスメイトくらいなら呼び捨てもOKなのだが……

もっとも、その場合はハジメから魔王パンチが飛んでくるので誰も呼び捨てにしないが。

とにかく、出会ったばかりの男は勘弁らしい。さんとか君とか付けるか、あるいは族名で呼べや……と無言の要求がひしひしと伝わる。

シアのガードは堅いのである。

ごほんっと、ルイスが咳払いして空気を変えようとした。まだ呆けている国王を横目に、シアへと口を開く。

「え~、では、シア様。僭越ながら、私より事情を説明させていただきます」

「はい、ルイスさん。しっかりウサミミを傾けますので、よろしくです」

うさっ!! とウサミミがルイスの方を向く。ルイスの頬が緩んだ。

なんだか召喚された場所で見捨てる宣言したときから、彼の眼差しはとても温かい。どうやら、彼はシアの真っ直ぐさを好んでいるようだ。

そんなルイスの説明曰く。

この世界の自然界には、霊素と呼ばれるエネルギーが存在しているらしい。

霊素はあらゆる道具の動力源であり、人類発展の要となった。とりわけ、霊素を用いて現象を発生させる技術――霊法は、人類発展の大きな要因だ。

霊法には、疑似的に自然現象を起こす技の他、身体能力強化や治癒の技もある。

(魔法とあまり変わりませんね……。でも、私の魔力はなんの反応もないですし、別のエネルギーですかね?)

ハジメみたいな分析能力はないので、直感でそう思うシア。

シアが理解しているらしいのを確認して、ルイスは続ける。

「技術や道具の発展、そして開拓による生存圏の拡大……人類は発展してきました。霊素と霊法によって。加速度的に」

しかし、霊素は自然が生み出す有限の資源だった。人自身も体内である程度生み出すことができるが、自然界に比べればずっと少ない。

そして、霊素は、人類のみに与えられた資源ではなかった。

「精霊という存在がいます」

「精霊……ですか?」

「はい。自然物あるいは自然現象の中に生まれた意思をそう呼びます」

シアは、ハジメに聞かせてもらったことのある日本のとある価値観を、うろ覚えながら思い出した。

(確か……万物に神は宿っている。だから、全てのものを大切にしよう、みたいな感じでしたよね。八百万の神でしたっけ?)

精霊には、それこそ万物に比例し万の種類がいると言われているらしい。代表的なのは身近な現象――風や火、水や土などの精霊だ。

大抵、精霊はただの光の玉のような姿らしく、言っていることも曖昧なことが多い。しかし、中には明確に意思の疎通ができる存在もいて、それらは小さな人の姿を取ることが多いようだ。もちろん、虫や動物の姿なのもいる。

そして、その精霊達は、

「霊素をエネルギー源にしています」

「え~と、つまり、精霊さん達のごはんが霊素?」

「あはは……その通りです。そして、それこそが人類危急の原因なのです」

シアの解釈に、可愛らしいなぁと言いたげなほっこり顔を見せつつも、直ぐに沈痛な表情になってルイスは続ける。

「基本的に、精霊は大地や植物など自然から生み出された霊素をごはんとして活力を得ます。そして、精霊は自然を整えます」

「でも、人類は発展してきた……霊素を用い、自然を消費して、ですか?」

「その通りです」

道具を作るために、地下資源を掘り尽くす。

生存圏を広げるために森林を伐採し開墾する。

そのために大量の霊素を消費する。

処理の難しいゴミを埋め立てる。

汚水を垂れ流す。

大地・河川に癒えない傷を刻んでいく。

発展に伴い技術は向上し、より便利になり、安全性は高まって、人口は爆発的に増えていく。

そして、また加速度的に資源を消費し、自然を汚す。

挙句の果てに、

「人が増えれば、価値観も多様化します。国が発展すれば、より大きな欲が生まれます。その結果、起きるのは……」

歴史上、一定の周期で起きてきたこと。

「戦争ですね?」

「はい、シア様。我々は、ほんの二十年ほど前まで戦争をしておりました」

この世界、というか大陸には、エリック陛下が治める人間の国である最古の王国バルテッドの他、獣人の国シンテッド獣王国、魔族の国レテッド魔王国が存在するという。

「ん? 魔王? 魔族?」

シアが小首を傾げる。急にトータスでも通じそうな用語が出てきたからだ。

苦々しい表情で答えたのは、黙ってルイスに説明を任せつつ、シアへのチラ見を再開していたエリック陛下だった。

「二十年前の戦争の時から奴等が自称し始めたのだ。精霊の保護だの、自然環境の保護だの、神霊への信仰だのくだらんと言ってな。霊素や霊法という名称も、そういう価値観からの脱却を理由に魔素や魔法と変えたんだ」

「あくまで人類が発見した資源であり、築き上げた技術であるが故に、誰にはばかることもない、というのが魔族側の言い分ですね。技術至上主義と言いますか、霊素や資源の枯渇問題も、全て技術でどうにでもなる。精霊なんぞ知らん、むしろ不要だ! というのが彼等の主張なのです」

「それはなんというか……」

シアは、なんとも言えない表情となる。

ルイスが続きを口にする。

「そんな国ですから、我々の国や、他国とは価値観を大きく異にしていました。最も敏感に反応したのは天人族の国ホンテッド天王国でした」

「テンジンさんの国ということは、精霊や神霊さんを信仰している国なんですよね?」

「はい、その通りです。魔王国とは完全に相容れない価値観ですね」

「それで戦争が起きたと」

はい、と頷くルイス。

魔王国は、人族や獣人族に比べ体内で生成することのできる霊素が桁違いな特殊な一族が発展し、興した国なのだという。

だからこそ、他とは価値観も異なるのだろう。

そして、数は全ての国で一番少ないものの、それ故に強力な霊法を使えるのだという。魔王は実力主義により選抜され、当代の魔王も凄まじい力を保有しているのだとか。

「そして、天人族もまた特別です。彼等は霊法を用いません。用いるまでもなく、直接精霊に頼むことであらゆる事象を発現することができるのです」

明確に意思疎通できる精霊は本当に少ない。しかし、天人族は、明確な意思なき精霊とも交信することができるのだという。

必然、その力は強大となる。自然が味方なのだから当然だろう。

「戦争は長く続き、多くの国が濁流に呑まれるようにして参戦し、そして消えていきました」

残っているのは、結局、先程説明に出た四国だけだという。

「戦争は、技術を発展させます。それも恐ろしいほどの速度で」

魔王国は、天人族に対抗するどころか、戦争により疲弊する自然界を守るために介入した神霊をも屠る兵器を次々に開発したらしい。もちろん、威力・効果に比例して莫大な霊素を消費するものを、だ。

「そういえば、神霊ってどういう存在です? 精霊さんの上位存在かなぁと、聞いていて思ったのですが」

「これは失礼を。説明が抜けていましたね。しかし、シア様。ご明察の通りです。おおよそ、その認識で間違いありません」

ただし、とルイスは続ける。

「シア様。自然災害を想像してください」

「自然災害……台風とか、地震とか、寒波とか……そういうのですか?」

「そうです。それが人の形をとった存在が、神霊です」

「おっふ」

思わず、シアから変な声が出た。精霊の上位版とかいうレベルではない。自然の猛威そのものじゃないですかヤダー、みたいな表情だ。

ちなみに、高い知性を有し、人間とほぼ変わらない姿が大抵だという。歴史上でも数体しか存在が確認されていないが、自然の大本――風や火や水や大地などを、それぞれが司っていると考えられている。

そして、魔王国は、その顕現した神霊を辛うじてだが退けることに成功してしまったらしい。大量の霊素を消費する数多の兵器を使い、魔王自身湯水の如く自然の霊素を消費することで。

「とはいえ、本当に辛うじてです。技術の発展が全ての不可能を可能にすると信じる彼等も、流石に肝が冷えたようで……」

神霊を打倒するに、技術の発展が未だ追いついていない。とはいえ、追い返すことに成功したなら、必ず打倒もできる。今は時間稼ぎが必要だ。

そう判断した彼等は、

「我々との交渉に応じました」

「あ~、なるほど。星樹とかいうのに霊素を返して許してもらおうっていう救済計画でしたっけ?」

シアの言葉に、またもエリック陛下が苦みばしった表情で口を挟んだ。

「恥を知らん種族なんだよ、あいつらはな。今は迎合し、体内霊素の徴収にも応じたが、腹の底では野心が盛大に燃えていることだろう……早急に、なんとかしなければならない」

魔族を滅ぼしてでも……という言外の言葉が伝わる。

なお、魔王国が交渉に応じるに当たって、当然、救済計画に実現可能性の高さを必要とした。

それが、

「勇者というわけですか」

「星樹……大陸の北、海を渡った先にある〝始まりの地〟と呼ばれる孤島にある巨大な木のことです。霊素を初めに生み出したと言われている存在で、この世界の意思そのものだとも言われています。また、全ての神霊と精霊の母と呼ばれています」

顕現した神霊曰く、急激な霊素の消費と自然破壊が、星樹を著しく弱らせているという。

このままでは星樹は死滅し、自然界のバランスも大きく崩れることになる、と。

故に、もはや猶予はなく、星樹は、そして神霊は、人類を滅ぼすことに決めたのだと。

と、そのとき、不意にシアのウサミミがピコンッと反応した。

とても自然な動きで、窓の外へ砲撃モードのヴィレドリュッケンを向ける。

一拍。

轟音と共に炸裂スラッグ弾が飛び出した。馬が嘶きを上げ、直ぐ近くを併走していた近衛騎士団団長のグレッグを筆頭に護衛達が驚愕する。

それと同時に、森から飛び出してきた荒れ狂う猪のような獣の頭部が弾け飛んだ。

額にくすんだ黄色の宝石っぽいものが埋まっていたのだが、それも弾け飛んできらきらと月光に反射している。

「あ、すみません。話の腰を折って。殺意満々の獣さんが襲ってきたものでつい」

「お、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

ルイスさん、ちょっと冷や汗を流しながらもお礼を言う。

窓から、ぬぅっとグレッグの精悍な顔が覗き込んできた。

「……シア様。申し訳ありません」

「いえいえ、条件反射みたいなものなので。こちらこそお仕事取っちゃってすみません」

「……いえ。お見事でした」

シアをジッと見たあと、グレッグは微かに口元を緩めて目礼した。直ぐに馬車から離れ、指示を飛ばす。

「驚きました……グレッグ様が笑いましたよ」

ダリアが「まぁ!」と両の頬を押さえながらそんなことを言う。

「え? 驚くことですか? 人間なんですから普通に笑うと思いますけど」

他人には無表情がデフォルトだと信じられている某吸血姫も、実は中身がかなり愉快な人だ。大笑いしたりはしないものの、身内の前ではかなり表情も豊かである。

しかし、グレッグさんは、無表情レベルでは吸血姫を遙かに凌ぐらしい。

ダリアは言う。

「神霊と遭遇する方が、まだ確率が高いくらいです」

「どんだけ無表情!?」

馬車の外から「ごほんっ」と咳払いが聞こえた。余計なことを言うなというグレッグさんからの警告だろうか。

ダリアは、シアに耳打ちするように身を寄せて「グレッグ様は耳がいいので、きっと、さっきのシア様のお言葉が聞こえていたのですよ」という。シアが少し協力的になったことで、彼の態度も軟化したのかも、と。

なるほど、と納得して頷くシア。

ルイスが苦笑いしながら、話の軌道を戻す。

「ちょうど良かったです、シア様。さっきの獣ですが、ただの獣ではありません。精霊獣と呼ばれる特殊な獣です。精霊の力を使うことができるのです」

その精霊獣こそが、シアを喚んだ最たる理由だった。

「星樹は、私達を拒んでいます。北へ続く道には、凄まじい数の精霊獣が生息していて、今の彼等は北へ向かう者を容赦なく襲います」

「当然、近づけば近づくほど強くなったりするんでしょうね。あと、テンジンさんは当然、神霊さんも出てきそうですね」

「その通りです」

つまり、勇者を召喚した理由は、道中の道を切り開くためというわけだ。

霊石という、霊素を貯蔵できる宝石を持って星樹へ返上するために。そして人への慈悲を乞い最後のチャンスを与えてもらうために。

自分達だけでは、おびたただしい数の精霊獣の大群や神霊達の猛攻を乗り越えられないが故に。

「……それで、シア。助力は――」

「呼び方」

「シア、殿っ。助力は得られそうか?」

エリック陛下の期待と不安を滲ませた問いかけに、シアはウサミミを悩ましげにくねくねさせる。

「断言はできません」

「っ……」

濁すことのない言葉に、エリック陛下はグッと歯を食いしばる。

「ですけど――」

シアが続きを口にしようとして、しかし、再びウサミミが反応して言葉が止まった。

「? どうされました、シア様」

「いえ、ちょっと天候が悪いのかなって……」

低い、地響きにも似た音。精霊獣の存在もあって聴力を強化しているシアのウサミミでも微かに捉えただけの小さな音。

直後、

「エリック!」

「フィル、どうした?」

エリック側の窓の外に、逆さで現れたのは軽薄そうな緑髪青年――フィル・エスピオンだった。

彼は軍においては斥候部隊の隊長で、同時に王家直属の諜報部隊の隊長でもある。今回も道の先に先行して危険がないか確認していたのだが、どうやら何かあったらしい。

馬車の上に飛び乗って、窓から逆さに覗き込むくらいには慌てているようだ。

「遠目に稲光が見えたよ。稲光の間隔からして自然のものじゃない。王都の方角へ流れているように見えた」

「ッ!?」

エリック陛下は、咄嗟にフィルを押しのけて窓から顔を出す。天を仰げば、多少の雲はあれど、見渡す限りよく晴れている。月の光が美しいままだ。

今夜は向かい風だ。目視できる距離で激しい稲光が発生する雷雲があるのに、空気にも、夜空にも、なんの兆しも見えない。

そして、決定的なのが……

「通霊器を使って、中継拠点の部下に連絡を取ったんだけど……誰も応答しないんだ」

通霊器――霊素を用いた長距離通信機だ。霊素の振動を利用しているらしい。便利な道具だが、実は距離的に五キロ程度が限界だ。なので、超長距離で通信する場合は、伝言を中継する人員が必要になる。

王都までの道中、村や隠れ家にフィルの部下が中継役として待機していたのだが、全員が音信不通となっているらしい。

「シア! 馬には乗れるな!?」

呼び方、と忠告しようとしてシアだったが、空気を呼んで「乗れますけど」と一応答える。後で体に呼び方を叩き込もうと思いつつ。

「馬車を放棄する! 全員、最大速度で王都へ帰還するぞ!」

窓から大号令を発するエリック陛下に従い、馬車が急停車した。ルイスとダリアも迅速に馬車から降りる。

シアが降りると、早速馬車から数頭の馬が放され御者が乗り込む。他の馬には騎士達が乗り、今まで乗っていた一際立派な馬をエリック達に渡す。どうやら、随行のため仮に騎乗していただけで、元はエリック陛下達の馬らしい。

いろいろ事情を問いたいシアだったが、エリック陛下が真剣な顔で手を伸ばすので口を噤んだ。

相当、切羽詰まった状況のようだ。

「私の前に乗れ、シア!」

「仏の顔も三度までですからね?」

さりげなく呼び捨てにしてくるエリック陛下にジト目を向けつつ、シアは自分を拾い上げようとするエリック陛下の手をササッと避けた。

そして、宝物庫を光らせる。

「そ、それは?」

エリック陛下のみならず、全員が目を剥いている。

「私の相棒ですぅ!」

そう言って、いろいろ説明を端折ったシアは相棒に跨がった。

そう、ハジメより譲られ、深夜の都市部で警察と追いかけっこする原因にもなったシアの相棒。

魔力駆動二輪・シュタイフだ!

※よい子は決して真似してはいけません。交通ルールを遵守しましょう!

「ほら、何を呆けているんですか! 何やら不味い状況なんですよね? 出発しますよ!」

「あ、はい……」

所在なさげに宙を彷徨っていた手を引っ込めたエリック陛下は、ごほんっと咳払いを一つ。

気を取り直して号令をかけた。

それから走ること一時間。

霊法による強化を受けているようで、かなりの速度を発揮する馬達。持久力も強化されているらしく疲れた様子も見せない。

そうして見えてきたのは、幾本も空へと上がる黒煙だった。

近づくに連れ見えてくるのは、炭化した村だった。原型を留めている家屋はなく、地面には幾つものクレーターがあり、田畑はめくれ上がっていた。

そして、焦げ臭い匂いの挾間に鼻を突く異臭……

シアは知っている。

その匂いを。

かつて、帝国に追われたとき、嘲笑と共に届いた匂い。

そう、家族が焼かれた匂い――

人が焼けた匂いだ。

「……ルイス! 治癒術が使える者を何人か残せ! 生存者を捜させろ!」

「御意!」

唇を噛み締めるエリック陛下。その勅命を受けて、ルイスが部下にハンドサインを送る。

馬の速度は緩めず、滅んだ村を通り過ぎる。

雷雲は、やはり王都に真っ直ぐ向かっているようだ。追いつく気配もない。

それが、エリック陛下達に更なる焦燥と、胸を掻きむしりたくなるような歯がゆさを覚えさせた。

「……エリックさん。これが、さっきのお話に出てきたあの?」

「そうだ。まさに、神罰というやつだっ」

吐き捨てるようにそう言ったエリック陛下に、シアはシュタイフで併走しながら少し考え込む。

やがて、遠くを見る眼差しになって……一拍。

「先行しましょうか?」

「なに?」

思いがけず強い意志の乗った言葉を受けて、エリック陛下は隣を見下ろす。

馬上より低い位置にいるシアの、真っ直ぐ見上げてくる瞳に、エリック陛下は思わず喉を鳴らした。

心臓が跳ねたような気がしたが、それを無視して尋ねる。

「……いいのか?」

シアは、困ったような、苦いものを食べたような、なんとも形容し難い表情を浮かべた。

「説得のお手伝いくらいはするって言っちゃいましたからね。その前にみんな炭にされちゃあ、流石に寝覚めが悪いです」

ハジメほど割り切れないし、某勇者ほど自分を捨てられない。

その時その時で、後悔しない未来のために全力で進む。

それがシアだ。

事情を何も知らなければ、知らんふりもできた。

けれど、同情して、事情を聞いてしまった。

ここで「やっぱりやばそうなので逃げます」なんて言ったら……

――約束だからな

傷がつく。大切な思い出に。シアの矜持に。

それらを読み取ったわけではないだろうが、エリック陛下は何かに納得したように頷いた。

そして、

「雷雲を追え。そこが王都だ。……頼む、シア」

「呼び方」

「あ、はい。……シア、殿」

一瞬真顔になったシアに若干の恐怖を覚えるエリック陛下。

引き攣り顔の彼を置いて、シアは一気にアクセルを吹かせた。

風すら置き去りにするような高速で進む。

錬成魔法による自動整地機能や、場合によっては空中に障壁の道を展開することで空中走行も可能にする機能で爆進する。

道中、幾つもの村が同じように消し炭にされていた。

ウサミミを集中させても生存者の呻き声一つ聞き取れない。

一体、何人が亡くなったのだろう。

そんなことを思いながら進んでいると、遂にウサミミが明確に雷鳴を聞き取った。空中に躍り出て更に加速。

ほどなくして、大きな丘の向こうに見えたのは……

「……これは酷いです」

炎上し、阿鼻叫喚が木霊する大きな都だった。

城壁の外も内も燃えさかり、たえず落雷の雨が襲っている。雷鳴に一拍遅れて爆音が響き、その度に建物が吹き飛ぶ。

中心にある荘厳で巨大な建物――おそらく、王宮だろう。そこは、半球状の輝くドームに覆われて落雷を防いでいるようだ。

けれど、篠突く雨の如き落雷を受ける度に、大きくたわみ、明滅し、少しずつ規模を縮小している。破られるのも時間の問題に見えた。

刹那。

明確なビジョンがシアの脳裏に浮かんだ。槍のような雷が自分を貫き、絶命させるビジョンが。

「――ッ!!」

瞬時に飛び退く。同時に、取り残されたシュタイフに雷の槍が突き刺さった。

轟音と同時に破片をまき散らして吹き飛ぶシュタイフ。

「あぁ!! 私のシュタイフたんがぁ!? 一から手を入れてもらった新車なのにぃ!!」

危うく死にかけたことはさておき、新車にダメージが入ることほど精神的ダメージになることは中々ない。

なんてことを! とシアが視線を転じれば、そこには、

『来たか、異界の子よ』

スパークを放つ美丈夫がいた。稲光が人の形を取ったかのように黄金に輝く、凄まじい体格の男だ。上半身は裸で、下は袴のようなゆったりしたものを纏っている。声は重低音だが不快感は皆無で、しかし、直接脳内に響くようだった。

感じるプレッシャーに、シアは「うへぇ」と嫌そうな顔になる。

間違えようもない。神の使徒と同等以上だった。

『許せ』

もっとも、神の使徒より、ずっと人間味があった。感情も豊かなようだ。

今も、とても悲しそうな顔をしている。

そして、そんな悲しそうな顔のまま、特大の雷槍を放ってきた。

「わわわっ!?」

再び見えた死のビジョン。

雷槍が放たれる一瞬前に回避を終えて事なきを得る。が、刹那、背後から突き出された手刀が自分の胸を突き破る死が視えた。

「未来視のオンパレードですぅ!?」

無理矢理体を捻って回避。

視界の端に、いつの間に現れたのかスパークする美丈夫が見えた。

その美丈夫が、パシッと軽い音を立てて消える。

と、同時に死のビジョン。直上から特大の落雷。

回避。

死のビジョン。

回避。

死のビジョン。

回避。

死のビジョン。

回避。

「――ッッ!!」

久しぶりの死線。息をする暇もない。反撃などもってのほか。

ただ、押し寄せる死神の鎌を、すり抜けることだけに全力を注ぐ。未来視のお告げだけを頼りに、雷速の死をかわし続ける!

傍から見れば、乱れ飛ぶ雷の狭間を、少女が踊っているように見えたかもしれない。

パシッと乾いた音を立てて、少し離れた場所に美丈夫が現れた。

『異界の子よ。どうか足掻かないでおくれ』

「ふぅふぅ。それはできない相談ですよ――神霊さん」

まさに、彼こそ神霊。雷の化身だ。否、この王都を覆う雷雲そのものなのかもしれない。

息を整えながら、シアは言葉を尽くそうする。

「話を聞いてください」

『せめて、安らかなる滅びを与えたい』

「いや、その前にですね、もしかしたら世界を立て直すことも――」

『異界の子よ。哀れな子よ。汝がいるべき場所に、返してやれぬ我が無力を許しておくれ』

「あの? 話聞いてます? えっとですね、もうすぐお迎えが――」

『さぁ、目を閉じて。心安らかに。苦痛は与えない』

ダメだった。全く話が通じていなかった。

天人族とは違う意味で。

シアは理解した。彼は、間違いなく〝神〟の部類だと。

慈しむこともある。哀れむ心だってある。命の尊さを重んじ、胸を痛めながらも争う人々を見守ることだってある。

けれど、己が決定は絶対なのだ。

そこに、人の意思が介入する余地はない。

正しく、理不尽の権化。

神の決定は、絶対なのだ。

「はは……参りましたね。我ながら馬鹿な選択をしました」

ハジメは甘々だから大丈夫だとしても、ユエからはお叱りを受けそうだ。

初戦の敵で大丈夫そうだと安易に判断して、敵の強大さを過小評価してしまうとは……

だって、ほら。

こんなにも死のビジョンが頭の中を埋め尽くしている。

だから、

『異界の子よ。人の子よ。世界のためだ。滅んでおくれ』

「ハッ! お断りです」

ニィッと不敵に笑って、ヴィレドリュッケンを一振り。

空気を破裂させるような音を響かせて、肩をトントン。

「戦うしかないなら戦うまで。私は、必ず生存の権利を勝ち取ります」

まったくもって、神の力は理不尽だ。

神の決定は、理不尽なくらい絶対だ。

それこそ……

「神霊がなんぼのもんですか。こちとら、神殺しの嫁ですよ?」

更なる理不尽で、〝絶対〟を殴殺でもしない限りは。

ドッと、大気を揺るがすような魔力が天を衝いた。淡青白色の美しい奔流。

真っ向から戦意を叩き付けるウサミミ少女に、初めて神霊が僅かに顔色を変えた。

その神霊に向かって、シアはピンッとウサミミを伸ばして、

「うっさうさにしてやんよ! ですぅ!!」

と、雷雲を吹き飛ばすような力強さで咆えたのだった。