軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殴殺勇者シア編 月までぶっ飛びなっ!ですぅ!

しんっとした空気。まるで時が止まったかのよう。

「えっと……嫌なんですけど」

ダメ押し! 重要なことなので二回言いました!

シアの言葉で、ようやく場がざわつき出す。

改めて見てみれば、この部屋は綺麗な円柱の形をしており、広さは一般的な体育館くらいで、その中に、およそ三十人の人がいるようだった。

シアの足下には複雑な幾何学模様が刻まれている。その周囲を囲むようにして、先程声をかけてきた者達がおり、その更に周囲をローブや鎧を装備した者達が囲んでいるようだ。一人だけ、場違い感のあるメイド服をまとった女性もいるようだが……

とにもかくにも、彼等は一様に、困惑と、悲嘆、そして憤りに表情を歪めている。

そのうち、動揺からいち早く回復したらしい青年が一歩前に出た。

先程、ルイスと呼ばれていた銀髪青目の理知的な眼鏡青年だ。

「勇者様。私はバルテッド王国筆頭宮廷霊法師――ルイス・レクトールと申します。貴女様を召喚した者にございます」

ルイスは、群青のローブをふわりと揺らしながら丁寧な物腰で片膝を突き、静かに頭を垂れた。

「貴女様のお怒りはごもっとも。謝罪は幾重にも致します。ですが、どうか、我等には他に手段がなかったことをご理解いただきたく。決して、無礼を働くつもりはなかったのです。事前にご連絡できる手段があれば正式に使者を遣わし、貴女様のご了解を――」

「あの、別に怒ってはいませんよ?」

「え?」

理知的な青年は、その顔に似合わない間抜けな声を漏らした。心なしか、鼻眼鏡がずりっとずれたような気がする。

「で、ですが、今、我等を救済するのは嫌だと……」

それはつまり、いきなりなんの説明もなく召喚したことに気分を害したからなのではないのかと、そう尋ねるルイスに、シアはヴィレドリュッケンで肩をトントンしつつ困ったように言う。

「まぁ、困ったなぁと思っているのは確かですけど、無礼とかそんなことは思ってないです。世界の危機という話が本当で、藁にも縋る思いであったなら、そりゃあなんでもすると思いますし。……身に覚えがあるので、怒ったらブーメランですし」

「は、はぁ」

思い出すのは、かつて全力で遠慮も何もなく縋り付きまくった自分の姿。若干、遠い目になっちゃう。

「自分のことながら、中々の縋り付きぶりでした。肘鉄を食らって、電撃浴びて、足蹴にされて、挙句、魔物の群れにカッ飛ばれたりしても、きっと助けてくれると信じ抜きましたからね!」

「……つまり、私は貴女様から肘鉄を食らって、電撃を浴びて、足蹴にされた挙句、魔物……おそらく、怪物の類いでしょうか? その群れに投げ飛ばされれば良いと……」

ガクガクと真っ青な顔で震えるインテリ系イケメンのルイスさん。滝のような冷や汗を流している。

威勢の良かった金髪の青年であるエリックは「お前……鬼か」といった戦慄の表情になり、軽薄そうな緑髪のフィル青年は「い、異界の女の子は、みんなこうなのかなぁ」と表情を盛大に引き攣らせ、黒髪で寡黙なグレッグ青年は冥福を祈るように目を閉じた。

そして、他の者達も「お、恐ろしい……」と、シアに悪魔を見るような目を向けつつ後退りしている。

「いやいやいや! 違いますから! ただの体験談ですから! 私もずっと昔に助けを求めて、相手の人にそうされたというだけの話ですよ!」

「それはそれで、その相手は鬼畜か何かだと思うのですが……可憐な女性が助けを求めているのになんてことを……」

「い、いやぁ、まぁ、その……」

最愛の人が鬼畜呼ばわりされたのだが、シアちゃん、反論できず。

思い返すと、確かに「なんてことしてくれたんだろう……」と思わなくもない。

再び遠い目をしながら「そういえば、ティオさんなんていきなりお尻にパイルバンカーですしね……ユエさんも頭皮を削られてるし……ハジメさん女の子にも容赦ないですねぇ……」とブツブツ呟く。

そこで、咳払いを一つして、エリックがルイスの隣に並んだ。

「俺はエリック・ルクシード・バルテッド。バルテッド王国の国王だ。聞かせてもらおう。何が望みだ? 我等の気持ちを理解できると言ったその口で救済を拒否したのは、対価を寄越せということなのだろう! 滅びに直面する我等に、何を望む!」

どうやら金獅子を彷彿とさせるエリックは、一国の若き王だったらしい。

最初から、シアに対して妙に固い雰囲気であったことからも、召喚側の意見は一枚岩ではないようだ。

何故、国王が勇者召喚に反対だったのかはよく分からないが……

とにもかくにも、国王が反対側にもかかわらず実行されたというのなら、それは他の部下達のほとんどが賛成側だったということ以外考えられない。

つまり、国王に諫言してでも実行せざるを得ないほど切羽詰まった状態だったということだろう。

ということを推測しつつ、シアは端的に答える。

「何も望みません」

「な、なんだと?」

思わず、動揺をあらわにするエリック。

「あ、強いていうなら、お家に返して欲しいんですけど……」

思いついたようにそう言ったシアに、ルイスは鼻眼鏡の位置を直しつつ、険しい表情で言う。

「……申し訳ありません。失伝した文献から再構築できたのは召喚方法のみなのです。送還の方法は……」

冷や汗を流しつつ答えるルイスに、シアはさもありなんと肩を竦めた。黄金パターンですね! と。

エリックが、顔をしかめながら再度尋ねた。

「望みもないというのなら、何故……文献では、勇者は自ら望んで力を貸したと……」

「私は勇者を自称したことはありません。それに、何をさせたいのか知りませんが、世界を救うなんて一大事です。相当な危険を伴うんじゃないでしょうか? それこそ、あなた達の手には負えないほどの」

「なんだ? つまり、臆病風に吹かれたということか?」

詳しい話を聞く前から怯えて引き下がるとは……と、どこか挑発するような、あるいは呆れたような表情を見せるエリックの問いかけに、シアは――

「はい! その通りです!」

「なっ」

なんのためらいもなく、真っ直ぐにストレートで返した。

言葉を失うエリック達に、シアは苦笑いしながら言う。

「あのですね、私にだって大切な人達はいるんですよ?」

「大切な、人達?」

そう、家族がいる。大切な人達で、シアを何より大切に思ってくれる大事な家族。

「私の命は、私だけのものではないんです」

「……」

大切に思ってくれる己の命を、自分自身が大事にしなくてどうするというのか。安易に命を賭けるような行為は、家族が大切に思ってくれるそれを自ら適当に扱うようなものだ。

「だから私は、まず何より私自身を大事にしないといけません。よく知りもしない世界の、よく知りもしない人々のために命は賭けられないです。もちろん、助けを求める人がいて、それほど危険がないことなら手を差し伸べてあげたいと思いますけれど……帰る方法もない状況で、何があるか分からない異なる世界で、私は、私の命を最優先に守らないといけません」

家族のために。愛しい人達のために。愛しいと思ってくれている人達のために。

だから、

「ごめんなさいです。私は、我が身可愛さにあなた達を見捨てます!」

こんなに決然とした見捨てる宣言を、誰一人聞いたことがなかった。絶句せずにはいられない。

ただの怯えから、あるいは打算からの保身であったなら、いくらでも交渉できた。

そのための交渉材料は、できる限り用意してきた。

しかし、こんな全力で前向きに保身に走られては……

「ふふふ……貴女様は、優しい人ですね」

静まり返っていた室内に、小さな笑い声と言葉が響いた。ルイスだ。

立ち上がって、シアの前に歩いてくる。シアは「はい?」と首を傾げる。

「たった今、見捨てるって言いましたけど……」

たまにいる全て都合良く自己解釈してしまう困ったちゃん系なのかと、シアが嫌そうに眉をしかめた。

しかし、ルイスは、仲間からすら奇妙な目で見られていながら、シアへ優しい眼差しを向けたまま。

「ご自分を守ることに全力を注ぐとおっしゃった貴女様にとって、今の宣言は悪手でしょう。最善手は、協力するふりをすることです」

この異世界に寄る辺がないと言ったのはシア自身。であるなら、衣食住を確保するためにも、確かにそれが最善手だったろう。

その言葉に、エリック達がハッとしてシアを見やる。

「にもかかわらず、何も事情を把握しないうちに、貴女様は宣言なさった。それは……貴女様の誠意でございましょう?」

騙して、下手に希望をもたせるようなことはしたくなかった。

だから、悪手と理解しながら、まず自分の意思を伝えた。

寄る辺なき世界に放り出される、その可能性に気が付いていながら。

「……約束しちゃったら、守らないといけませんからね。私の、そして家族の矜持に賭けて」

あの時、助けを求めたシアに応えた彼のように。長老達から新たなより良い条件を出され、シア達は不要になったにもかかわらず、〝約束したから〟という理由だけで、一国と敵対することも辞さないと宣言した最愛の人のように。

それは、力ある者が、たとえ化け物と呼ばれようとも外道に堕ちないための大切なルールだ。

シアの、微妙に視線を逸らした状態での言葉に、エリック達は目をぱちくりとさせた。ウサミミがふにょんふにょんしている。何人かが、そんなシアの姿にポッとしている。

ルイスは更に優しげな表情になると、エリックの方へ視線を転じた。

「陛下。とにもかくにも、王宮へお連れ致しましょう。勇者殿を、こちらの事情で呼び出したのは事実です。まずは勇者殿に誠意を尽くしませんと、今後の話も始まりません」

「ぬっ……分かった」

渋々、といった様子だが、エリック陛下のシアを見る目つきを見るに、先程までの険しさが薄れているように思える。

確かに、話が性急すぎたし、まずは落ち着ける場所へ移動すべきだろう。と、納得したエリックが、シアを王宮に迎えるべく手を差し出した――

そのとき、

「取り敢えず、王宮へ案内する。その物騒な武器を、そろそろ下ろして――」

「!? いきなりですねぇ!」

突然、ウサミミをピーンッとさせたかと思ったら、手を差し伸べたエリックのもとへ、シアが凄まじい速度で踏み込んできた。

巨大な戦槌を担いだ異界の少女の突然の行動に、近衛騎士団長たるグレッグが素晴らしい反応を見せる。

エリックの首根っこを掴んで、位置を入れ替えるようにしてシアとの間に割り込んだ。

が、シアはお構いなしに突進。グレッグの胸に掌を当てると、

「ぬぐっ!?」

「下がってください!」

華奢な少女が発したとは思えない圧倒的膂力を以て、踏ん張ることも許されずに背後のエリックごと後方へと吹き飛ばされてしまった。

勇者の暴走か!? 王宮へ連行でもされると思って暴れ出したのか!? と騎士や術士らしき者達が色めき立った刹那。

轟音。

閃光。

天井が消滅し、更には光の柱が室内に突き立った。

先程まで、シアとエリックがいた場所を丸ごと範囲に収めた巨大な光の柱は、その衝撃を以て周囲の者達を吹き飛ばしていく。

(放電! 特大の雷撃ですか!)

取り敢えず、襲い来た衝撃波をヴィレドリュッケンの一振りで衝撃返ししつつ、シアは内心で分析する。

その分析通り、光の柱はバリバリとスパークを放っており、それが落雷であることを示していた。

とはいえ、継続して落ち続けていることや、ピンポイントすぎる着弾地点からすると、自然現象ではあり得ないだろう。

それを示すように、シアと同じくなんらかの手段で衝撃を防いだらしいルイスが、苦み走った声音で叫んだ。

「天人!? 我々の行動が知られていたのか!」

雷が細くなっていく。だがホッと息つくことなどできはしなかった。

シアの優れた感覚が、上空に集束する大きな力の奔流を察知したがために。

だが、それを声に出す前に、エリックが総毛立った様子で叫んだ。

「総員防御を固めろ!! 何か来るぞ!! ルイスッ、勇者を守れ!」

グレッグは当然のこと、フィルも他の騎士や術士達も一斉にエリックのもとへ集った。位置的に間に合わないと判断した者達は、その場で対ショック姿勢を取る。

エリックの言葉に即応したルイスが、何やら呟きながらシアのもとへ滑り込んできた。

「勇者殿! その場を動かぬよう!」

直後、ルイスの持つねじれた杖が淡い光を帯びたかと思うと、半球状の障壁が出現した。

シアが「おぉ~」と場違いな感嘆の声を漏らすと同時に、後方でもエリックが背中に背負っていた大剣を抜いて床に突き立てた。そうすれば、淡い金色の渦巻く障壁が発生する。

次の瞬間だった。

天井が崩落し、それが砲弾の如き速度で落ちてきたのは。

「ぐぅっ」

「ッ!?」

障壁に着弾する天井の巨大な石。あちこちから呻くような耐える声が、シアのウサミミに届く。

(ただの崩落じゃないですね。これは……風の音? 吹き下ろしの……〝風槌〟の強力版ですかね?)

空を見上げるシア。その優秀なウサミミは、障壁の外で起こる現象を正確に捉えていた。

ティオやユエが、何度か使ったことのある風属性の魔法〝風槌〟。打ち下ろしの強烈な暴風を吹かせる魔法だ。

今、シア達を襲っているのは、より強力なもの。言ってみれば、ダウンバーストのようなものか。

「くっ、ダメだっ。建物が持たない! 勇者殿!」

「わわっと!」

部屋全体に、蜘蛛の巣のように亀裂が走る。障壁の耐久度以前に建物の方が持たなかったらしい。

このままでは障壁ごと吹き飛ばされる……

そう判断したらしいルイスが、シアを抱えようというのか、咄嗟に飛びついてきた。

なので、サッと避けておく。

ルイスさん、「え? うそでしょ?」みたいな顔でシアの前を通り過ぎる。

その瞬間、建物全体が放射状に吹き飛んだ。当然、障壁を張っていた者達も、盾などで耐えていた者達も、同じように吹き飛ぶ。

暴力的な突風に弾き飛ばれ、空中に投げ出されたシア。ルイスが「勇者殿!」と空中で手を伸ばしているが……

シア的に、それどころではないので視線を切る。

「殺意が高いですぅ」

ウサミミピコピコ! 今までとは異なる鋭い風切り音がウサミミを突く!

ちょうど飛んできた元建物の素材である石を足場に、シアがひょいと身を翻せば、その直ぐ傍を不可視の刃が通り過ぎた。

更に! おびただしい数の風切り音! 遙か上空に稲光まで見える!

篠突く雨の如き無数の風刃。ただでさえ不可視なのだ。回避できるはずもなく、仮にできたとしても、おそらく雷速で落ちてくる雷の雨までは回避不能……

なので、未来を垣間見る。

「安全圏は~、ここですね!」

ひょいっと空中を踏んで、三歩前へ。刹那降り注いだ無数の風刃が、虚しくシアの周囲を通り過ぎる。

そのまま、ふらりと木の葉のように一歩後ろへ。雷速の閃光が槍のように眼前を通過。

ダンスするようにくるりっと回れば、まるで風刃と雷自身がシアを避けるようにして落ちていく。

トンッと、軽い足取りで宙を踏む。けれど、その軽やかさとは裏腹に、シアの体は弾丸のように後方へ跳んだ。その後を、天から降るギロチンが追いすがるように落ちてくるが、シアには掠りもしない。

あっさりと攻撃範囲から出て地面に着地したシアは、そこでようやく自分がどんな場所にいたのかを目の当たりにした。

まん丸の、地球のよりずっと大きなお月様が浮かんでいる。

雲の狭間から降り注ぐ月光が照らすのは、古びた建物……否、廃墟あるいは遺跡と称すべき廃れた数多くの建物。

全てが石造りのようだ。半分崩壊していたり、今にも崩れ落ちそうなアーチがあったり、なんの用途なのか真っ直ぐな石柱が乱立していたり。

シアが召喚された円柱型の建物は、その中でも一際大きく立派な建物だったらしい。既にクレーターしか残っていないが。

遠目には森が見える。どの方角にも。どうやら、この遺跡のような廃墟群は、森の中にあるらしい。

「う……」

ウサミミに呻き声が届く。視線を転じれば、一人場違いなメイド服を着ていたメイドさんが、直ぐ近くに倒れていた。額から血を流している。意識も朦朧としているようだ。石にでも当たって、軽い脳震盪でも起こしたのだろう。

と、夜の空が不意に明るくなった。月光や稲光とは異なる煌々とした明るさ。

「うげっ、今度は炎ですか!? ほんと殺意高めですね!」

と悪態を吐いている間にも、まるで火山噴火が放つ噴石の如く、無数の炎塊が降ってきた。

シアは、チラリとメイドさんを見ると、「しょうがいないですね」と溜息を一つ。さっと抱きかかえて大きな石柱の後ろへと飛び込んだ。

一拍。

響き渡るのは凄まじい爆音。着弾した炎塊が爆発し、炎と衝撃波をまき散らしている。

まさに、絨毯爆撃というべきか。

石柱の陰からチラリと顔を覗かせて周囲を見回せば、エリック達が必死の形相で凌いでいるのが見える。

直ぐに石柱の後ろへ引っ込んだシアは、「う~ん」と唸っているメイドさんの頬をペチペチした。

「お姉さ~ん! 寝てる場合じゃないですよぉ~。いろいろ大変な感じになってますよ~。ほらほら、起きてください!」

「うぅ~、ペチペチしないでぇ~………ハッ!? ここはどこ!? 私はダリア!?」

誰だ!? と言いたくて舌を噛んだのか。それとも名前はきちんと言えたのか。

金髪金眼のバレッタで髪をアップに纏めている二十代前半くらいのメイドさんは、シアから見ても綺麗な顔をしていた。その綺麗な顔で百面相している。

「お姉さんお姉さん。頭打って混乱中なのは分かりますけど、今、絶賛爆撃され中ですよ。そろそろ正気に戻ってください」

「あなたは……勇者様!?」

ズドンッと爆音。衝撃と一緒に石礫や土砂が跳んでくる。石柱ガードは健在だが、両脇を吹っ飛んでいくそれらに、メイドさんは今度こそ覚醒した。

「勇者様、助けてくださったのですね? 感謝致します!」

「どういたしましてです。それより、現状ってどうなってるんですかね? あの鼻眼鏡の人がテンジンとかなんとか言ってましたけど」

「ゆ、勇者様、なんて冷静な……流石でございます!」

「あ、はい、それはちょっと置いておいて」

何やら感動しているっぽいメイドさん。この人も割と余裕というか神経が太いというか……と思いつつ、シアは物を脇にどける動作をする。

メイドさん――確認すれば、舌を噛んだのではなく確かにダリアという名前らしい――は、焦燥と憎々しさに溢れた表情で空を見上げた。

「天人族でございます、勇者様。遙か空の上に生きる、神の使者気取りの傲慢な連中でございます」

「神の使者……」

シアは思わず「うへぇ」と声を漏らした。そういう存在には良い思い出がまるでない。

「おそらく、連中は勇者様の召喚を察知したのでしょう。勇者様諸共、わたくし達を抹殺する気でございます!」

ウサミミがピクンッと反応する。空から降り注ぐ炎塊の降下音からして、自分達への直撃コースだ。

シアはダリアをお姫様抱っこして、その場を飛び出した。

目を白黒させるダリアだったが、直後、さっきまでいた場所が爆炎に呑まれる光景を見て息を呑む。

シアは、ささっと半壊した建物の裏に身を隠した。

「抹殺とは穏やかじゃないですね。それに、おかしな話です。あなた達の話では、あなた達は世界を救いたいんじゃなかったんですか? 世界救済を掲げるあなた達を、何故、彼等は殺そうとするんです?」

言外に、嘘ついてるんじゃないですか? と尋ねるシアに、ダリアはぶんぶんっと頭を振った。

「違いますっ、勇者様! 信じてくださいませ! わたくし達は、確かに世界を救いたいと思っております!」

「ふ~む、では何故? テンジン族さんとやらの目的はなんです?」

嘘を吐いているようには見えないなぁと思いつつ尋ねたシアに、ダリアは実に嫌な情報を告げた。

「世界を終わらせようとしているのが神――神霊の方々だからでございますっ」

「またそのパターンですか!」

またそのパターンらしい。オーマイガッと、両手で顔を覆って天を仰ぐシア。

「神霊の方々は、人類に見切りを付けてしまったのです。確かに、人はそれだけのことをしてしまいました。けれど、だからといって黙って滅ぼされるわけにはいきませんっ」

「なんだか気になるワードが洪水のように流れてきますぅ」

ウサミミをぺたりっと折りたたんで、「もう聞きたくなぁい!」とアピールするも、ダリアさんの圧倒的説明不足な快速説明はマシンガンのように続く。

そして、シアの優秀なウサミミは、その全てを余すことなくキャッチしちゃう!

「天人族は、神霊の決めたことに絶対的に従います。信仰の対象でございますから。まして、地上の人々が滅んでも、彼等だけは空の上で生きられるのです。手伝わないわけがありませんっ」

「あ~、だからですか。救済のために呼び出された私も、抹殺対象なわけですね」

「抹殺対象なわけでございます!」

そんな力強く言われても……。小さな握り拳を両手で作って、ちょっと可愛らしく力説されても……。

ど突きたい、その綺麗な顔。シアは乾いた笑い声を上げずにはいられなかった。

と、そのとき、シア達のいる場所へ数人が滑り込んできた。

「ダリア! 無事だったか! 勇者は!?」

「陛下! 勇者様は無事でございます!」

険しい表情でやって来たのは、エリック陛下とグレッグ、フィル、そして数人の騎士達だった。

「このまま森に逃げ込むぞ。どうにか王都に戻る」

「しかし、陛下。天人族が……」

「ルイスが押さえてくれる……俺達だけで撤退するんだ」

そういうエリックの口元は、耐え難きを耐えるかのように噛み締められていた。

「そんな……いくらルイス様が王国最強と言っても、あれだけの数の天人族を相手になど! まして召喚の儀で酷く消耗されていますのに!」

「言うなっ。分かっているっ」

そのやり取りで、シアは察した。

おそらく、あの鼻眼鏡の青年は自ら捨て駒の足止めとなることを選んだのだろう。

守るべき主と、そして希望である勇者を逃がすために。

召喚直後からのやり取りで、エリック陛下とその側近達が親しい友人のような関係であることはよく分かった。それだけ、強い信頼で結ばれているのだろう。

その一人を捨て駒にしなければならないことに、グレッグ達も拳を振るわせている。

「とにかく勇者を安全な場所に連れて行く!」

エリックの号令が迸る。グレッグがシアに手を伸ばす。

「お、重いですぅ。勝手に命を賭けられても困りますよ」と、物凄く困った顔をしているシアに。

すると、そのタイミングで、中々仕留めきれないことに業を煮やしたのか天から声が降ってきた。

「無駄な足掻きをやめろ。見苦しい」

雲の上にいた天人族の一人が、上空数十メートル辺りにまで降りてきている。背中に光輝く紋様のようなものを浮かせ、空中に浮遊している。純白の法衣のようなものを着た、禿頭の男だ。

声音と同じく、下界を見下ろす眼差しは氷よりも冷たい。

「全く、何百年も前に消したはずの召喚法をよみがえらせる者がいるとは……貴様等人間はどこまで愚かなのだ」

その極寒の眼差しが、シアが隠れている建物へと向けられた。

「そこにいるのは分かっているぞ、異界人。かつてのように、またこの世界を乱しに来たか」

ルイスと部下の術士達が慌てたように射線へと割り込んだ。

シアは、エリック達の「出るな!」という言葉に「隠れていても意味ないですよ」と首を振り、潔く姿を見せた。その後に、エリック達も臨戦態勢で続く。

「ハッ。召喚法で呼び出された者というから、念の為、部隊を連れてきたが……まさか、ただの獣人の女とはな」

嘲笑が風に乗って夜空に響き渡る。シアは「へぇ、この世界にも獣人っているんですね~。あ、そっか。だから私のウサミミを見ても誰も騒がなかったんですね」と、不快感を見せるでもなく納得顔を見せている。

エリックが、シアの前に出た。険しい表情のまま天人族の男に言い募る。

「天人よ。どうかこの場は引いて欲しい。確かに、人は多くの自然を傷つけてきた。精霊達を追い込むほどに、霊素を乱用してきた。だが、その愚かさに気が付いた。償いの準備はできている!」

「ほぅ、償い?」

よく分からない固有名詞のオンパレードに、シアは「後は当事者でどうぞ」と言ってこの場を辞したい強烈な気持ちに襲われたが……

ハジメと違って、敢えて空気を読まないライオンハートは持ち合わせていない。シアの心はいつだってウサハートだ。自称だが。

なので、一応、この場に留まる。

「そうだ。国中の民から集めた霊素を、ありったけの霊石に蓄えてある。星樹へ、世界の力をお返しするためだ。我々人間は確かに愚かかもしれない。だが、過ちに気が付き償うことができる種族だ! だから、どうか――」

エリック陛下の、必死の訴え。それを、またも嘲笑が遮った。

そして、

「くだらん」

たった一言で、切って捨てた。

雲の狭間、夜天に強烈かつ無数の光が生じる。星の如きそれは、しかし、あまりに不吉な死の匂いを地上へと降らせている。

雲の上の天人族の部隊が、地上へ断罪の光を落とそうとしているらしい。

「悔い改めるがいい。断罪は絶対で――」

「あのぉ~、ちょっといいですか?」

歯がみするエリック達の間を、のほほんとしすぎているようにも感じる声が通り抜けた。

ジロリと、天人族の男の視線がシアに突き刺さる。

「私、ほとんど事情が飲み込めていないんですけど。さっきいきなり召喚されて、いきなり問答無用で抹殺対象になっているんですど、その辺り、是非、考慮していただきたいなぁと」

「くだらん」

やっぱり一言で切って捨てられてしまった。

「貴様の事情など、我等には関係ない。異界から来たという時点で、この世界の秩序を乱す害悪である。存在すること自体が罪であると自覚しろ」

「あ、あのですね! 私にだって家族はいるんです! それに、たぶん一両日中には迎えに来てくれます! それなら世界の秩序を乱すってことにもならないと思うんですが!」

エリック達が、悪い人間でないというのは分かる。

けれど、やっぱり優先すべきは自分の命だ。未知の敵相手に、事情も知らない世界のために、命を賭けることはできない。

それに、天人族の言い分も全く理解できないということはない。ハジメとて、トータスではイレギュラーなどと呼ばれていたりもした。世界の秩序を大事にする者にとっては、異世界人など頭痛の種でしかないだろう。

だから、シアは言葉を尽くす。

争いはやめようと。直ぐに出て行くから、お互い命を大事にしようと。

しかし、天人族とやらは、なるほど、確かにダリアの言うとおり、傲慢が服を着ているような存在らしい。

「それ以上、声を出すな。汚らわしい。地上を這うしか能のない下等生物が、誰に口を利いている」

「…………そちらの価値観はともかく、私にだって生きる権利はあります。家族が帰りを待っているんです」

「生きる権利? そんなものはない。生殺与奪の権利は、常に我々天人族にこそある」

ダメだ。全然話が通じない……

シアは、ウサミミをうさぁ~と、疲れたように垂らす。

そして、

「異界の人間であろうが関係ない。貴様の家族とやらも等しく下等生物であることに違いはない。迎えに来るというのなら、残らず駆除して――」

不意に、天人の言葉が止まった。本人にも、何故止めてしまったのか分からなかった。

ただ、

「下等生物? ハジメさんが? ユエさんが? お義父様達が?」

そう呟くウサミミ少女の発するプレッシャーが、己の肌に鳥肌を立てているのだけは分かった。

「今のは、聞かなかったことにしてあげてもいいです。もう一度お願いします。この場は引いてもらえませんか? お互い、命を賭けずに済む道を行きませんか?」

答えは、天人族の男が巨大な雷の塊を頭上に創り出したことで示された。

猶予はなし。処刑はやはり、絶対らしい。一瞬後には、特大の雷が地上を蹂躙するのだろう。

なので。

真っ直ぐ跳び上がって、右で殴る!

「ぁ、え?」

瞬間移動でもしたかのように、さっきまで眼下にいた少女が目の前にいる。その事実に、間抜けな声を漏らすしかなかった天人族の男は、刹那、人中に鋼鉄のような堅さの拳を食らって吹き飛んだ!

砲弾と化した天人族の男が、廃墟の塔を爆砕して貫通! そのまま射線上の廃墟に風穴を開けながら地面に着弾。ゴムボールのようにバウンドしながら森の奥へと消えていく。

遠目に、何本もの木が倒れる様子が見えて、ようやく轟音と共に土煙が噴き上がった。

たぶん、四百メートルくらい飛んだのではないだろうか。

動揺が、夜風に乗って廃墟を駆け巡った。地上でも、遙か雲の上でも。

「使徒レベルなら防がれるかと思いましたが、意外にすんなりいけましたね」

拳をパキパキ。首をゴキゴキ。

宝物庫を光らせて、バスケットボール大の鉄球を召喚。重力に引かれて落ちるそれを、リフティングのように軽く蹴り上げて、ヴィレドリュッケンを下段に構える。

たっぷり力を込めて~

「いつまで見下ろしてんですかぁ! 落ちてこいやっ、シャオラアアアアアアアッ!! ですぅ!」

とってつけたような「ですぅ!」が華麗に木霊する。

ゴガンッと金属が激突する衝撃音と同時に、ヴィレドリュッケンに打ち上げられた鉄球が垂直にぶっ飛んだ。

途中で白い空気の膜のようなものが発生し、パァンという衝撃音も夜空に響く。

天人達が動揺から回復し、慌てて閃光を落とそうとするが……

時、既に遅し。

雲上へと一瞬で飛び出した鉄球は、次の瞬間、盛大に炸裂し淡青白色の鮮やかな波紋を幾重にも広げた。

一拍して激震が大気を 戦(おのの) かせ、轟音が滝のように落ちてくる。

雲が円状に吹き飛び、空に綺麗な穴が形作られた。

その雲で作られた穴の中心に、まん丸のお月様が見える。計ったように絶妙な位置で、冴え冴えとした月光を天の梯子のように地上へ落とす。

まるで梯子から足を滑らせたかのように、バラバラと影が落ちてきた。

十人ほどだろうか。上空から一方的に殺戮しようとしていた天人族の部隊だ。

数人はそのまま地上へ落ち、土煙を上げる。

一人だけ飛び去っていったが、残りは辛うじて体勢を整えシアに向かってきた。

「天誅だっ」

無数の炎塊や雷撃がシアに殺到する。

「しゃらくせぇですぅ!!」

ヴィレドリュッケンを一振り。パンッと空気が破裂するような音が鳴ったかと思うと、大気が歪むような衝撃波が迸り、全ての攻撃が消し飛んだ。

「そんな馬鹿な!?」

「怯むな!」

天人族の一人が、まるで化け物でも見たかのように目を剥く。

そんな彼を叱咤しつつ、別の天人が、炎を凝縮した剣のようなものを手に出現させた。

「そ、それは!? まさかライトセー○ー!?」

「ラ、ライ? ええいっ、今更恐れても遅いわっ。しね――」

ベギョ! という音と同時に、ライトセー○ー(?)ごとヴィレドリュッケンの横殴りを食らう天人さん。第二のピンボールと化して遠い森の奥へと飛んでいく。

「下等生物の分際で!」

「大人しく裁きを受けろ!」

迫るのは二振りの剣。ライトセー○―(?)ではない、物理的な剣だ。けれど、ただの剣でもない。放たれる威圧感といい、月光を反射する刀身といい、恐ろしいほどの切れ味を感じさせる業物だ。

――カァン

と、音が鳴った。剣を受け止めた、シアの片腕と、上げた足から。

――シア流変成魔法 鋼纏衣 (別称、気合防御)

「は?」

「え?」

シアちゃんの玉のお肌には、傷一つ付いていない! 天人さん達は、目が点になっている。だって、剣だよ? 業物の剣で斬ったんだよ? 大木だって一撃で両断しちゃう切れ味なんだよ?

っていうか、なんで人体からカァンなんて音がなるん?

「隙ありですぅ!」

ヴィレドリュッケンを上にポイ投げ。ア~ンドッ。

――シア流 ダブルラリアット!!

天人達の首からゴキュ! という軽快な音が響く!

「馬鹿め! 武器を手放したな!」

なら、さっきみたいに衝撃波を起こして雷を吹き飛ばすこともできまい! と、更に二人の天人が雷撃を放った。

「バリアですぅ!」

「ああ!? フォルミード! チューチラ!」

シア流バリアにより、首ゴキュで天に召された天人達は、立派な肉壁へと転生できたようだ。真っ黒焦げになって地上へ落ちていく。火葬までばっちりである。

その間に、落ちてきたヴィレドリュッケンをパシッとキャッチしたシアは、そのまま遠心力を利用して投擲した。

辛うじて避ける二人だったが、通り過ぎた戦槌を見てハッとする。

ジャラジャラと鎖が延びていたが故に。

「ふんぬぅ!」

なんとも愛嬌のある掛け声。しかし、人外の膂力で鎖の先の柄を引っ張れば……

当然、慣性の法則を無視したような動きで巨大な戦槌も引き戻される。

「ぐあぁ!?」

通り過ぎたと思った直後に、背後からの衝撃。天人族の一人が轢殺でもされたかのようにひしゃげた。

――シア流 ラビットパンチ(戦槌バージョン)

「このっ、この化け物めっ!!」

全身にスパークを纏う最後の天人。シアは「むむっ、ハジメさんの纏雷のようです!」と警戒心を強める。

そのまま、一筋の閃光のように突進してくる天人。その両手にはプラズマのような雷球が握られており、触れれば、人体などそれだけで消し飛びそうなプレッシャーが感じられる。

なので、

――ハジメ直伝 ヤクザキック!!

「ごぼうぉ!?」

見事、鳩尾に突き刺さったシアの蹴り。

スパークは消え、腹を押さえたままよろよろと下がる天人族の男。

言葉もなく、ただパクパクと空気を求める魚のように口を開閉する天人の視線の先で、シアは大きく体を捻った。その手には、まるで弓を引き絞るかのように後方へと回されたヴィレドリュッケンが……

「どんな事情があろうと、どんな存在が相手であろうと、私は私の生存の権利を譲りません」

ウサミミがピーンッ。ウサシッポもピーンッ。

「言葉を尽くしても殺し合いを望むというのであれば、是非もなしです!」

「ま、まてっ」

絞り出すように制止の声をかける天人族の男に、シアは不退転の眼差しを叩き付けて……

「月までぶっ飛びなっ!! ですぅ!!」

ゴンッと響いて、人影が一つ。

美しいお月様の中心に舞った。

残心を解き、フルスイングした戦槌を肩へ。

トントンしながら地上を見下ろせば、そこにはぽかんっと間抜け顔をさらす若き王様達がいる。

彼等からすれば、大きな月の中に、ウサミミ少女が佇んでいるような光景。

月光にきらめく淡青白色の髪が、夜風になびく姿はあまりに現実離れしていて、無意識に目を奪われるほど神秘的だった。

なるほど。

誰もが納得した。

彼女は特別だ、と。

伝説に謳われる勇者であるかはともかく、特別な少女であることに相違ないと。

だって、あんなにも恐ろしくて、

恐ろしいほどに美しくて、

そして、あんなにも月が似合うのだから、と。