作品タイトル不明
第342話 退行
2032年3月15日9時
「やっと着いたよ! なんかここがもう家みたいな感じがして落ち着くね!」
スカートを風になびかせながらワゴンを飛び下りたミーシャが言う。なびかせるというよりも捲れ上がると言った方が正しいのかもしれない。内心手で抑えろよと思いつつも、覗いていたのがバレてしまうと思ったのでスルーする。
ちなみにカレンがハチマルをテイムしてから残念? な事にいつでもみんなショートパンツを履くようになった。
「ミーシャ、スカートなんだからショートパンツ履いていたとしても気をつけなさい。どこで誰が覗いているか分からないでしょ。ね? マルス?」
クラリスがゆっくりとワゴンから降り、微笑みながら俺に話を振る。
「そ、そうだね。じゃあ行こうか? リーガンの街には入れたけど、正門ではハチマルの事で一悶着あるだろうし」
敢えて深くは突っ込まなかった。なぜならミーシャがワクワクしながら俺の返答を待っていたからだ。きっとミーシャは揶揄うために俺に見せたんだな……どれだけ自身が綺麗になったのか自覚していないのだろう。
エリーとカレン、アリスも馬車から降り、【創成】のメンバーも馬車から降りてリーガンの街を歩く。
別に馬車に乗ったまま学校に行くことも可能なのだが、久しぶりのリーガンなので、みんな街の様子が見たいとの事で歩いたのだ。
そして歩いているとすぐに異変に気付く。行き交う人の数が、去年よりも多いのだ。
「ブラ? 獣人が明らかに多いわよね?」
クラリスに聞かれたブラッドはクラリスに近づきながら
「ああ! 今年から獣人の新入生がリスター帝国学校に入学したんだと思うぞ! それに伴って親父がリーガンにも獣人を住まわせようとしているのだろう! これも人と獣人を友好に見せるための手段の1つだな! 何人合格したかは知らんがな!」
嬉しそうに説明する。確かに獣人の数は多い。去年まであまりいなかったから目立つが、増えたのは獣人だけではなく、人も増えている。
「なぁみんな俺たちの事見てないか? もしかしたら俺の事が好きなのかもな?」
コディがかわいそうな事を抜かすが、誰も相手にしない。だがリーガンの街を行き交う者たちは確かに足を止めて俺たちの事を見ている気がする。
もしかしたら気のせい……自惚れかもしれないが、足を止めてこちらを見ている女性たちはみんな「マルス様」と言っている気がする。俺もコディと同じで自意識過剰なのかもしれない。
「……この視線……嫌……早く行く……」
エリーが何かに気付き、俺の手を引っ張って早歩きをすると、クラリスも
「そうね……ここは早く学校に行ったほうがいいわね」
俺のもう片方の手を引っ張り急いでリスター帝国学校の正門前に向かう。カレン、ミーシャ、アリスも俺を囲むように歩く。もしかしたらさっきのは自惚れじゃない?
エリーの危機察知能力のおかげで何事もなく無事正門前に着くと、案の定正門で足止めをされる。当然ハチマルの事だ。リーガンの街には入れたが、やはりこの学校の中にはすんなりとは入れない。
煩わしいと思う反面、ホッとする。このセキュリティがあればこそ安心できるからだ。そう思ったのは俺だけではなくクラリスも
「はぁ……ここは本当に厳しいわよね。でもこのおかげで不審者が入れないのだから安心よね」
ため息をつきながら言うとカレンが
「そうよね……でもハチマルが入れないということになったらどうしよう……さすがにハチマルとは離れられないわ」
ハチマルを見ながら声のトーンを落として言うと、ハチマルも不安なのかカレンの下から離れようとしない。
「大丈夫だよ、カレン。俺がリーガン公爵にしっかりと説明するから。それに早馬でもハチマルの事はしっかりと書いているからわかってくれるさ」
ほかのメンバーも絶対に大丈夫とカレンとハチマルを元気づけるが、なかなかカレンの表情は晴れない。
そして20分くらい待つと学校のほうから、門兵と一緒にリーガン公爵本人が出向いてきた。
「ただいま戻りました。リーガン公爵」
俺が挨拶をするとみんな俺の後に続いて頭を下げる。
「あなた達、よくぞ無事に戻ってきました。この子がハチマルですね。スザクとビャッコからも聞いておりますが、私も鑑定させてもらってよろしいですか?」
リーガン公爵の言葉にカレンが「はい」と答えると早速リーガン公爵がハチマルを鑑定する。
「これがテイムですか……確かにこの街に入ってから何の騒ぎも起きていないようですし、この街に来るまで特に何もなかったのですよね?」
「はい。この街に来るまで様々な土地や環境で過ごしましたが、ハチマルは一度もカレンの命令に背くことなく、僕たちや、他の者に対しても敵対行動を取る事はありませんでした」
リーガン公爵の言葉に俺が答えるとリーガン公爵が門兵たちに
「これからこの子をリスター帝国学校に入れることを許可します。Sクラスの生徒と同様の扱いでお願いします」
門兵たちはリーガン公爵の言葉を賜ると、「はっ!」と答え頭を下げた。
この言葉にカレンがホッとし、ハチマルの頭を撫でる。
「ではこのまま私の屋敷まで行きましょう」
リーガン公爵の言葉にクラリスが
「あ、あの私たち荷物があるので一度部屋に置いてきてもよろしいですか? 長旅で荷物の量も多いので、すぐに戻ってきますから」
確かに馬車の中にはまだ俺たちの荷物がたくさん入っている。
「え、ええ……分かりました。それでは私は校長室で待っておりますので……」
何故かリーガン公爵の歯切れが悪いが、了承してくれたので各々の部屋に荷物を持ち帰る。
さすがに筋力値がいくら高くても女性陣にこの量の荷物を6階まで持たせるのは男としてどうかと思ったので、まずは女性陣の荷物を【黎明】部屋に持っていくことにした。
俺がやらないと、ブラッドとコディのどちらがクラリスの荷物を持つかで騒ぎ始めるからな。当然俺も持ちきれるわけはないので、風魔法で運ぶ。
ちなみにコディはブラッドの部屋に荷物を下ろすようだ。
「え? 何これ……」
6階まで荷物を運ぶと【黎明】の部屋の前にはたくさんの荷物……いやプレゼントが置かれていた。20個くらいはあるだろう。
「ねぇSクラスの部屋の前って誰でも来ていいんだっけ?」
「ええ……普段であれば女性ならいいはずよ……だけど5階の食堂から6階に上がる階段に立ち入り禁止と書かれていたわよね? Sクラス以外の生徒と先生以外6階に上がったら退学処分って……」
ミーシャの質問にカレンが答える。
「取り敢えず荷物を中に入れようか。多分リーガン公爵はこのことを知っているはずだからな」
【黎明】部屋に女性陣の荷物を置くと、またいつものご褒美タイムが始まる。俺の頬は世界一幸せな頬だろう。
「マルス君、私はみんなのようにキスは出来ないけど、今度しっかりお礼をするからね!」
ミネルバの言葉に
「ああ、じゃあ落ち着いたら俺に鎖術を教えてくれ」
俺が答えるとミネルバは嬉しそうに頷く。
荷解きをせずに下に降りるとすでにバロン、ブラッド、コディ、クロムの4人が待っていたがバロンが
「マルス……部屋の前が凄い事になっていたぞ。羨ましい限りだが……」
俺にもプレゼントが届けられていたのか。
「分かった。教えてくれてありがとう。これ以上リーガン公爵を待たせるのも悪いから俺の荷物は後で運ぶ。みんな行こう」
俺1人自分の荷物を持ち、校長室の扉をノックするとすぐにリーガン公爵が部屋から出てきてすぐに屋敷に向かう。どうやらヨーゼフはまだリーガン公爵の屋敷にいるらしい。
「ヨーゼフはどうですか? 目が覚めたと書いてありましたが」
俺の言葉にリーガン公爵の表情が曇り
「ええ……目覚めたことは目覚めたのですが……私がここで説明するよりもまずマルスが見てどう思うか教えてください」
どうやらクラリスの言っていたように後遺症のようなものが残っているのかもしれない。
リーガン公爵の屋敷に着くと、早速ヨーゼフのいる部屋の前まで来たがここでリーガン公爵が
「今から見るヨーゼフは姿こそヨーゼフですが、皆さんの知っているヨーゼフではないという事を頭に入れておいてください」
俺たちの知っているヨーゼフではない? 黙って頷くとリーガン公爵が扉を開ける。
扉の先の大きな部屋にはヨーゼフが大きなベッドいっぱいに広げられた人形で人形遊びをしていた。
ヨーゼフは俺たちを見ても何も関心を示さず、ひたすら両手に持っている黒髪の男の子の人形と女の子の人形相手に何かを1人で呟いている。
「これが今のヨーゼフです……どうやら幼児退行や子供返りのような現象が起きているようで、記憶もおぼつかないようです。私の事も分からないのか覚えていないのか……そして今の反応を見る限りあなた達のことも忘れているのかもしれません」
リーガン公爵が嘆くように俺たちに語り掛ける。
「クラリス、神聖魔法でどうにかならないか試してみよう」
クラリスと一緒にヨーゼフのいるベッドの近くまで行くと、ヨーゼフが右手に持っている黒髪の男の子の人形を持ち「ヨハン、ヨハン」と言いながらキャッキャ嬉しそうに遊んでいる。
リーガン公爵の言う様に本当に子供返りしてしまったようだ。
俺とクラリスが優しくヨーゼフの頭を触ると今度は左手に持つ女の子の人形に対してまさかの言葉を発した。
「 ア(・) ー(・) リ(・) ン(・) 、みんなで何して遊ぼうか?」