作品タイトル不明
第248話 初戦
試験開始まであと1時間。
俺はギリギリまでこの観客席に残ってみんなと一緒の時間を過ごす。
観客席には冒険者たちが思いつめた表情をしており、真剣に対戦相手を分析しているパーティもあれば、出場する冒険者が集中しておりそれを邪魔しないようにパーティメンバーも気を使っていたりしている所もある。
そんな中俺たちはというと……
「ねぇ私もいい事考えちゃったんだけど?」
ミーシャが口を開く。
たいていミーシャが考えることはロクな事がないが、たまにいいアイデアも出してくれるしな。武神祭の賢者の杖(偽)もミーシャのアイデアだったし。
「なんだ? 教えてくれよ」
「あのさビッチ先輩という人の誘惑に勝てればいいんだよね? だったらさ、クラリスがマルスから見える位置でずっと誘惑していればいいんじゃない?」
確かにビッチ先輩から視線を外すことは出来るが、今度はクラリスから視線が外すことが出来なくなるんだが……だが俺のアイデアと似ていた。
「そんなことするわけないじゃない。マルスにだけ見られるのであればいいけど会場中のみんなに見られちゃうじゃない。もうミーシャったらすぐそうやって揶揄って……」
ミーシャのおかげで平常運転だ。それにしても俺にはいいのか……なら後で……
「やりません!」
ピシャリとクラリスに断言されてしまった。
「随分余裕そうだな。この会場でこんなに賑やかなのはここだけだぞ? いいブロックにでも入れたのか?」
声がする方を振り向くと……【氷帝】のリーダーのヒュージが立っていた。
「お久しぶりです! ヒュージ様! 今回は入れ替え戦もないし、そもそも【氷帝】は入れ替え戦をしなくてもいい位置にいると思うのですが?」
「ああ。今年は神聖魔法使いを探しに来たんだ。Bランクパーティでも神聖魔法使いが入っているパーティがたまにいるからな。もしもA級冒険者になれなかった場合引き抜こうと思っていてな」
やっぱりまだ神聖魔法使いは見つからないのか。
【黎明】には3名、そしてリーナも使えるから俺からすればそこまで少ないという印象はないのだが、やはりこの世界では神聖魔法使いというのは貴重なのだろう。
ヒュージと会話をしていると、また後ろから声がした。
「このパーティは緊張というもの知らないのか? マルス、元気そうで何より。ヒュージも久しぶりだな」
振り向くとそこにはスザクとビャッコの姿があった。
「お久しぶりです! スザク様!ビャッコ様!」
俺が頭を下げて2人に挨拶をするとヒュージも
「スザク様、お久しぶりでございます」
「ヒュージ、そんなに畏まらないでくれ。あとで依頼したいことがある。話はできないか?」
ヒュージはスザクに言われると頭を上げて
「分かりました。私は【暁】の近くで試合観戦をしております。一緒にクエストをした仲ですのでコロシアムのゴタゴタから少しでも守ろうと思いまして」
「奇遇だな。俺もここで観戦しようとしていたところだ。こっちは獣人のビャッコ・ユンカース子爵だ。ビャッコ、前も話したと思うがヒュージ・サザーランド伯爵だ」
スザクに2人がそれぞれ紹介されると、ヒュージとビャッコが握手をしてまた自己紹介が始まった。
先ほどまで俺たちの周囲は緊張感で包まれていたが、スザクとヒュージの登場により少しざわついていた。
「おい【朱雀】のスザク様だぞ」
「【氷帝】のヒュージ様までいるぞ」
スザクとヒュージのおかげですっかり注目されてしまったな。だけど2人がここに居てくれるのであれば、俺が試合をしていても安心できるな。
「Aブロックの選手の方々は選手控室までお願いします!」
アナウンサーの声に一気に緊張感が走る。いよいよだな。
「では行ってきます」
「マルス頑張ってね!」
「……大丈夫……」
「ビッチなんて蹴散らしてきてよね!」
「勝ったらご褒美上げるよ」
「先輩! ファイトです!」
【黎明】女子から一言ずつエールを貰って選手控室に向かう。もちろんバロンやミネルバ、アイクたちにも声をかけてもらった。
選手控室に向かう最中に通路で
「マルス君頑張ってね! 応援しているからね!」
女性に声をかけられた。声がした方向を見るとそこには1年生でAランクパーティに入り、リスター帝国学校を卒業したリリアンがいた。
「久しぶり? なんでここに?」
「けが人が出た時の為に、神聖魔法使いが何人か呼ばれるの。かなりいいお金がでるからね。警備も厳重だし」
そうか、かなり激しい戦いになるかもしれないしな。リリアンの周りには冒険者が警戒をしていた。
「そうか。俺が怪我をしたらよろしく頼むよ」
そう言って手を振って俺は選手控室に向かった。
選手控室に入るとそこは新入生闘技大会の時のように開放されておらず、部屋の中が16等分されており、俺たちは係員の誘導に従い、それぞれの部屋に入った。まるで漫画喫茶の個室のようだ。
「皆さんは指示があるまでその部屋から決して出ないようにお願いします。また声を出すのも禁止にさせて頂きます。試合が終わっても今いる部屋に戻ってきてください。また勝っても負けてもAブロックのトーナメントが終わるまでは決してその部屋からは出ないようにお願いします。これらの約束が守れない場合は失格とさせて頂きますのでよろしくお願いします」
これは徹底しているな……選手同士の交流も禁止で次戦の対戦相手の情報も得られないのか……
「ではA-1の選手の方、部屋から出て入場の方お願いします」
係の者がそう言うと部屋から人が出る気配がした。確かA-1ってカレンが要注意って言っていたエルシスってやつだよな。
エルシスがコロシアムに入場したっぽい気配を感じたがコロシアムはシーンと静まり返っているようだ。
もっと盛り上がるものだと予想していたのだが……コロシアムが静まり返っているからアナウンサーの声がよく聞こえる。
「Bランクパーティ【月華】パーティリーダー、エルシス。推薦人はリスター連合国クラウン公爵、B級冒険者……」
淡々と説明するにエルシスの事をアナウンサーが紹介し始めた。推薦人とかも言うのか……たしか推薦ってA級冒険者1人かB級冒険者10人必要って言っていたよな。わざわざ公爵の名前を出す必要が無いと思うのだが箔をつけるためか?
A-2の選手の紹介もされてすぐに試合開始となった。試合が開始されてもアナウンサーは実況するわけではないようだ。
だが先ほどまで静まり返っていた観客が少しずつ騒ぎ始めている。
恐らく応援でもしているのだろう……そして観客席から悲鳴のような声が聞こえると
「そこまで! そこまで! やめなさい!」
どちらかを制止する声が聞こえた。
なんだ? 何が起きたんだ? 一方的な展開になったのか? 少しするとコロシアムから複数人戻ってくる気配がした。
おかしい……さっきはエルシス1人で行ったのになんで複数人戻ってくるんだ? それに強烈な血の匂いがする…… もしかしたらエルシスはかなりのダメージを受けたのか?
コロシアムはまだ少し騒然としていたが徐々に落ち着きを取り戻してきた。
エルシスが部屋に戻される前に「ヒール」という女性の言葉が聞こえた。リリアンの声では無かった。
エルシスにヒールをかけるという事はやはりエルシスは負けたのか? サーチを使えばなんとなく探れると思うのだが、ここで何かをやらかしてバレたら元も子もないから下手に何もできない。
結局何も情報が得られないまま
「A-7の選手、入場してください」
ついに俺の出番がきた。部屋から出てコロシアムに入場すると一気に不快な視線を浴びせられた。
恐らく会場中に居る魔眼持ちから鑑定されているのであろう。10人以上いるかもしれない。
【暁】の方を見ると女性陣はみんな手を前に組み祈ってくれており、アイクは拳を突き上げて応援してくれている。俺が入場するとすぐにビッチ先輩が俺の前に現れた。
「Bランクパーティ【黎明】パーティリーダー、マルス・ブライアント。推薦人はリスター連合国フレスバルド公爵、リーガン公爵、セレアンス公爵、サンマリーナ侯爵、イザーク辺境伯、メサリウス伯爵、バルクス王国ブライアント伯爵、ザルカム王国ビートル伯爵、A級冒険者スザク・リオネル、A級冒険者ヒュージ・サザーランド」
推薦人の貴族多くね? 会場も推薦人の多さにざわついている。しかしアナウンサーは淡々と紹介を続ける。
「Bランクパーティ【美麗】パーティリーダー、ビラリッチ。推薦人はB級冒険者……」
ビッチ先輩の紹介が終わるとすぐに「始め!」の声がかかった。俺は少し距離を取り、予定していた位置に回り込んでビッチ先輩を鑑定した。
【名前】ビラリッチ
【称号】-
【身分】人族・平民
【状態】良好
【年齢】18
【レベル】50
【HP】98/98
【MP】48/48
【筋力】48
【敏捷】81
【魔力】50
【器用】92
【耐久】38
【運】10
【特殊能力】体術(Lv5/D)
【特殊能力】剣術(Lv6/D)
【特殊能力】短剣術(Lv7/C)
【特殊能力】風魔法(Lv3/D)
【装備】忍小太刀
【装備】影縛りのクナイ
【装備】クナイ
【装備】風装束
やっぱりくノ一だよな。ステータス的には器用値が高い劣化版のミーシャといった感じか。
MPが相当低いのはおそらくリスター連合国出身ではないからだろう。西方諸島に帰ると言っていたから、まぁ予想はしていたけどな。恐らく影縛りのクナイからの初見殺しが得意なスタイルだろう。
【名前】影縛りのクナイ
【攻撃】3
【特殊】-
【価値】C
【詳細】相手の影に刺すと一定時間動けなくする。魔力差が大きいほど動けなくなる時間は増える。自分より魔力が高い相手には無効。
俺は 水精霊の剣(ウィンディーネソード) を抜いて 風纏衣(シルフィード) を展開した。
風纏衣(シルフィード) を展開するのはやりすぎだって? もしもクナイの攻撃を躱せなかった時の為に少しでもダメージを軽減するために 風纏衣(シルフィード) を展開したのだ。
正直躱せるか躱せないかは5分5分だからな。躱す気がないんじゃないかって? そんな事は無い。だから俺はわざわざこの位置に回り込んだのだ。
今回の作戦名は……『愛は勝つ!』だ。