軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4章11話 錬金術勉強会とホムンクルスの疑義

錬金術師エルメスの主催する怪しい夜会。

錬金勉強会では錬金術の披露に引き続き、ホムンクルスの見世物が始まった。

助手が持ってきた大きなガラスフラスコの上には、黒い布がかけられている。

エルメスの説明を要約するところによると、ホムンクルスとは人の精液やら血液を蒸留瓶に入れてそれを腐敗させ、そこから現れた人工生命を人間の血液と混ぜながら、馬の体温ほどで40週培養して得られた人工生命なのだそうだ。

「そこから生まれたっていう証拠がないわよねえ……成長の過程を写真にでもおさめてくれなきゃ」

と、エレンが小さな声でつっこんでいた。

「あのフラスコはつまり、母胎を再現しようとしたいんだな」

ファルマはのんきにそんなことを言っている。

人工子宮、人工胎盤などを創り、精子から人を育てようという試みだとすると、ファルマは理解できなくもない。ただ、受精卵ではなく精子のみを培養しようとするのが間違っている。

それもそのはず、人間の卵というものが知られていない世界である。

地球人が聞くと耳を疑ってしまう話だが、女性も男性と同じように精子を膣から出すものだと思われていた。

「そういえば、エルメス師は人間の子供ができるって言うんですか? それとも、ホムンクルスという、人ではない生物?」

ファルマはピエールに尋ねる。

「小人、とだけ聞いていますが」

ピエールもさっぱり詳しくはない。とにかく観衆からは、フラスコの中身に期待感が高まる。

「一つ聞いてみるんだけど、ファルマ君の説によると、卵と精子が揃ってなければ生命ができるわけないわよね?」

パッレほどではないとはいえファルマの医学・薬学の教科書の、まずまず熱心な読者であるエレンもそれは知るところだ。

エレンは最初、卵の存在というものには半信半疑だったが、ファルマの教科書に触発された侍医クロードの始めた死体解剖を見学し、卵胞や卵丘の実物を見た後は、卵の存在を信じざるをえなかった。

そして、卵巣や精巣の生殖器官としての機能的重要性を改めて思い知ることになった。一つの卵を巡って数億の精子たちの熾烈な闘いがあり、そしてようやく選ばれた一つから奇跡的に誕生するのが人間なのだと知り、エレンは守護神の祝福とは別の意味で、生命の誕生というものに神秘を感じたようだ。

そんな、神秘めいた生命の発生と誕生の話をエレンが知って感動した一方で、

「うん、できないとは言わないけど、あの状態ではできるわけないよ」

などと、ファルマはのたまう。

「できないとは言わないんだ?」

「まあね。生殖工学を駆使すればいつかは」

ファルマの意味深な言葉に、エレンは「ファルマ君の世界観て、どうなってるのかしら」と恐れ入った様子だった。

そうこうしていると、エルメスの張り上げた声が会場に響きわたった。

「さあ、これがホムンクルスです。とくとご覧あれ」

「いよいよだわ」

エレンの期待とは裏腹に、黒布の除かれたフラスコを見たファルマから気の抜けた声が漏れた。

「あのさぁ、それは反則だろう」

呆れてものも言えない、とはこの状態だ、とファルマは思う。

フラスコの中に入っていたのは、一見、指一本分ほどのサイズの服を着た小人に見える。だが、ファルマの目から見れば、実際はそうではない。

「おお……確かに小人は動いている……」

そうとは知らない観衆は大盛り上がりだ。

「人間のようだが……」

エルメスは前のめりになる観衆に注意した。

「神経質なので、見られることを嫌います。あまり近づきすぎないでください」

「生きていましたな。むむ、これは予想外でした」

死体を使ったトリックだと疑っていたピエールも、ちょこまかと動き回る小人の動作を見て、生きていることは認めざるを得ない。

「胎児の死体なんかじゃないわね。ファルマ君はどう思う?」

エレンがファルマをうかがった。

「がっかりすること言うよ」

ファルマは彼らを失望させる前に一度前置きした。

「無毛症か、毛のない種類の猿が特殊メイクしてカツラかぶって服着てる」

エレンとピエールは絶叫しそうになった。

「あんな小さい猿、いるわけないわ! 指ぐらいの大きさよ? それに、手や顔なんて人間そのものよ?」

「毛もありませんし!」

エレンの言葉に、ピエールも頷いて口をそろえる。

「まだ知られてないだけじゃないかな」

地球では、という注釈はつくがピグミーマーモセットという猿は指ほどのサイズしかない。この世界の動物は世界のすみずみまで知られているわけではないようなので、異世界ならではのまだ一般に知られていない小さな猿を使えば、信じ込ませることは容易いだろう。

「そう断言されてしまうと、反論できないけど……猿だったとしたら、毛は? 肌、指先までつるつるよ? 剃ってる感じでもないわ」

「どんなに人間っぽく見えても、白目がないだろ? 猿かほかの野生動物だよ、人間じゃない」

(この手品のタネはしょぼかったな……)

やはり偽物だったかと思うとファルマは気が抜けた。

「スカートの下にはしっぽがあるはずだ。切られていたとしても、痕跡は残ってる。うーん、スカートどうにかしてめくれないかな」

スカートをめくりたいなどと、遂に変態じみた発言を始めたファルマである。

ホムンクルスは容器の外に出すと死んでしまうので出られない、と言った伝説はよく考えられている、とファルマは感心した。手に触れて確認することもできないのだ。

しかし、その時だった。

『……! ……!』

(ん?)

ホムンクルスとされるコスプレ猿の口が動いていた。

まるで言葉を話すかのような口の動きだ。そして……フラスコの中からは声が伝わらないと悟ったのか、フラスコの壁面に息を吹きかけ、文字らしきものを書きはじめたではないか。

”助けてくれ、この男が ……”

ファルマは戦慄した。

「おや。……もう、いいでしょう」

エルメスはそれを遮るようにして黒幕をかけた。

そして助手の錬金術師にホムンクルスの入ったフラスコを手渡し、下げさせた。

「今……何か書いていた!?」

ファルマは糾弾すべく声をあげたが、観衆の熱気の中にかき消えてしまった。

「ホムンクルスは人語を解すると言いますが……ただの落書きのようにしか見えませんでした。なんと書いてあったのですか?」

ピエールにはそう見えたらしい。

「いや、意味はあった」

猿に人間と同等の知性を見たファルマは、常識が瓦解した思いだ。エルメスはホムンクルスが人語を書くことが分かっていたかのように、最後まで書かせなかった。

(猿はエルメスに何かをされたと言いたかったんだ。そして助けを求めていた。だから、エルメスはそれを語らせまいとさりげなく邪魔をした)

地球上において意味のある文字を書く猿を、ファルマはまだ知らない。

地球でも、無限の時間を使って猿に無作為に(キーボードで)文章を作らせたら、確率的にいつか必ず意味のある言葉が出来上がる、という「無限の猿定理」は存在した。

だがそれは、僅か十数文字の意味のある言葉を書かせるだけでも、宇宙が終わってしまうほどの途方もない時間が必要だ。

つまりホムンクルスに扮した猿の書いた言葉は、偶然の産物ではないのだ。

(やっぱり変だ!)

「今、何か字のようなものを書いていなかったか?」

ファルマ以外にも気づいた観衆はパラパラといたらしい。

「もう一度見せてくれ!」

それを聞いて好奇心を掻き立てられたほかの客も同調して声をあげた。

「残念ながら、長時間は見せられないのです。脆弱な生き物ですのでね、大勢の人間の前に長時間いると、自傷してしまうのです」

エルメスはもっともらしい理由を付けて、見せようとはしない。

「代わりと言ってはなんですが、もう一つ面白いものをお見せしましょう。ここにバラの種があります。そこへ賢者の石を入れます。種から、10秒で花を咲かせてみせましょう」

花の種が一面に敷き詰められた木箱を見せ、蓋を閉める。

その箱を揺さぶりながらエルメスは力を加えるふりをし、呪文を唱える。

そして、大げさな呪文を終え、箱を開けると……。見事なまでの、花開いたバラのつぼみが中に敷き詰められていたのだった。

「おおおっ!?」

拍手喝采である。

先ほどのホムンクルスの話をぶりかえすものはいなくなった。

「どうなってるの!? 種から花を咲かせる力があるの!? あれはどういうこと?」

エレンも例外ではなく驚き、眼鏡をかけなおす。

「振ってたじゃないか。これに関しては子供だましだよ」

ファルマはエルメスの些細な動きも見逃さなかった。

エルメスは中には触れなかったが、箱を振っていた。

「振っていた……振っていたらどうして花になるの?」

「つぼみの上に、種がびっしり敷き詰められていたんだよ。容器を振ると、ブラジルナッツ効果で粉粒体は粒子の大きなものが上にくるんだ。実際にやってみたらわかるよ」

大きさの違う粒子を容器の中に入れて振ると、一番上に一番大きな粒子が集まる現象だ。

それを、地球ではブラジルナッツ効果と言った。

「ブラジル? それどういう意味?」

(あ、この世界にはブラジルがないからブラジルナッツもないや)

とにかく、そうなるんだ。

と、ファルマは適当にごまかした。

「そうやって、最後に賢者の石を売り込んで買わせる寸法ですな」

ピエールは危うく引っかかるところだった、と冷や汗を拭いた。

その他にもいくつかの見世物があったが、どれもファルマからしてみれば、タネを予想できる手品の範疇を出なかった。

エルメスはキメラ動物なるものも仰々しく披露し、それを開発するまでの苦労話を面白おかしくでっちあげた。

「見てファルマ君、ヘビに足をくっつけたキメラよ?! 双頭のヘビもいるわ。すごいわ、ちゃんと生きてる」

「足の生えたヘビと、双頭のヘビだね。キメラじゃなくて生まれつきああだったんだよ。たまに起こる奇形の一種だ」

ファルマは顔色も変えず答える。当り前のものを、当たり前だとコメントする。

「驚かないのね」

「見たことのある奇形だから。ヘビは昔、脚をもっていたし」

(奇形動物の蒐集をしているのかもしれないな……ブリーダーとしての知識はありそうだ)

エルメスがそれなりに能力や知識のある人物なのだということは、これまでの見世物の中から窺い知ることができた。

「ファルマ君! 人体浮遊よ!?」

次にカーテンが開くと、エルメスの体の前に催眠をかけられたという女錬金術師が水平に浮遊していた。天井から糸やワイヤでつりさげられていないことを示すために、観衆に女錬金術師の周りをあらためさせる。

「本当に浮いているの!?」

「曲がった金属棒をエルメスの腹部あたりから女性の体の下側に通して、支えているね。同じトリックを使えば、エレンにもできるはずだよ」

やはり、タネの知られた手品の一種だ。ファルマは棒読みで説明する。

「もしかして、本当に浮いてるかもしれないんじゃない? ファルマ君だって飛べるんだし」

当初、完全にエルメスを疑っていたエレンを半信半疑ぐらいにさせてしまうあたり、エルメスは詐欺師としては一流だった。

この調子だと、詐欺被害者は膨れ上がってゆくだろう。

そうして錬金術勉強会という名の集会は、大盛況のうちに終わった。

「どうも皆々様、今宵は最後までお楽しみいただき、ありがとうございました。またのお越しを」

そう言って締めくくったエルメスの周りには、秘術を買いたい錬金術師がわっと群がった。

(これは、毎回集会の参加者が増えていくのもわかるな)

見世物として純粋に見ると、客観的に満足のいく内容だった。

高い入場料を取るだけあり、さらにエルメスの巧みな話術もあり、エンターテイメント性にも優れていた。客もおおむね満足そうだ。

「これで見世物は終わったみたいですよ、ファルマ様。見応えがありましたね」

ピエールの言葉に、ファルマは頷く。全部で六つの見世物があった。

「不覚にも面白かったわ。全部が全部、タネがあると言われても分からなかったし、何でファルマ君は全部わかるのよ」

エレンはタネが見破れないことが悔しいらしい。

「分かるけど、皆には分かりにくいと思うよ」

「それで、ファルマ様から見たこれらの見世物は、全てインチキだったということですか?」

ピエールが総括する。

「インチキっていうか、手品や一般人が知らない現象や、先入観を逆手に取って錬金術ってことにしてるだけですかね」

一つファルマがいえるのは、エルメスは詐欺師なんてやるより、イリュージョニストや興行師をやった方が正々堂々と、しかも白昼堂々がっぽりと稼げるのではないか、ということだ。

でも……とファルマは考え込んで眉根を寄せた。

「ホムンクルスだけは……猿だけど、ただの猿じゃなかった」

ホムンクルスに関しては、ただの手品ではなく、疑惑が残った。

というより、ファルマとしてはホムンクルスを買い上げるかもう一度見せてもらうかして、さっき途切れてしまった文章を最後まで書かせてみたい。

あれがただの偶然だったのか何だったのか、曖昧にしておきたくはないとファルマは思った。

「どうする? バケの皮をはぎに行くの? 私は構わないけど」

エレンは杖に手をかけた。どうやら、やる気のようだ。

対してファルマは丸腰だ。いかんせん薬神杖を持つと彼自身が暗闇で発光してしまうので、夜間ということもあり持って来なかった。

たとえ素手だったとしても、特に危険は感じない。

「ホムンクルスの正体を見極めてから帰ろうかな」

「そうこなくちゃね」

客が引けるのを待っていると、ファルマたちは背後からふと声をかけられた。

「こんばんは。どれかの秘術に、ご興味がおありでしょうか」

誰かと思えば、助手を務めていた女錬金術師である。

「エルメス師より、もし御用があればあなた方を別室へお通しするように申し付けられました」

「私たちを特別に、ですか?」

ピエールの声に険が混ざり、警戒心をあらわにする。しかしファルマはあからさまに怪しい誘いにもお構いなしで、相手の話に乗るのだった。

「今宵の秘術には感動しました。もう一度、ホムンクルスを見せてもらいたいんです。秘術の購入を検討しています」

「……ホムンクルス、ですか」

暫くの沈黙があったが、女錬金術師は承諾した。

「わかりました、こちらです。お見せしましょう」

「ありがとうございます!」