軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4章10話 エルメスの錬金の真贋

疑惑の錬金術師の集会の開催される日がやってきた。集会に参加するために、業務を終えて薬局を閉めると、エレンは予告通り男装に着替えて職員たちの前に現れた。

「わー、エレオノール様、素敵です! 美青年です。かっこいいです!」

ロッテが無邪気にほめたたえる。

「そう? せっかくだから写真撮っといて、ロッテちゃん」

「はいっ! たくさん撮りましょう!」

エレンは膝上までのブーツを穿き、丈の長いマントを羽織り、フェルトのトリコルヌ(三角帽子)をかぶっていた。長い髪も帽子の中に入れ込んで無骨な鼻眼鏡をかけ、つけひげをたくわえた美青年に見える。

ポーズをつけて写真撮影を始めた二人を横目に、ファルマは簡単な変装をする。

(エレンはコスプレしたかっただけじゃないのか? 似合ってるけど)

凛々しさ際立つが、ファルマの印象はそうだ。

「やあやあ、今日はよろしくお願いしますぞ」

薬局のドアを開け、勝手知ったる様子で入ってくる老紳士が現れた。

「誰?」

「はっはっは、私ですよ」

ピエールはメガネをかけ、白髪のかつらをかぶって変装してきた。パッと見、誰なのか分からない。

「え、ファルマ様はそれだけですか?」

ロッテが目を丸くする。

「ファルマ君の変装にはやる気が感じられないわね」

エレンも渋い顔をする。一方、ファルマは覆面をしてローブを着用し、フードを目深にかぶっていた。

「別に、バレなきゃいいんだから」

彼は合理性重視だ。

「うーん、バレバレよ? 試しに、その恰好で表通り歩いてきたら? 気づかれなかったらその恰好で行っていいわ」

暫くして、薬局を出て行ったファルマが戻ってきた。フードを取って、気恥ずかしそうに。

「なんでバレたんだろ?」

「声かけられまくったの?」

「うん。十人ぐらいに声かけられた」

ファルマは手鏡を見ながら、本気で首をかしげていた。

「雑すぎるのよ変装が……もうちょっとバレないように頑張らないと」

エレンは呆れて言葉もない。

「仕方がないわね、ファルマ君。そういうことだからロッテちゃん、私服、貸してあげて?」

「ええっ!? じょ、女装だなんてどういうことですか?」

ファルマ以上にロッテは慌てる。

そして若干、怖いもの見たさという雰囲気も醸し出していた。

「変装よ。屋敷で着ている服がいいわ、くたびれたのでいい、貸してあげて」

ロッテがエレンがファルマの肩に手をかける。ファルマとロッテの身長差は最近になって少しずつひらいてきたが、スカートならばサイズが少々小さくても着用できる。

「大きめのものがありますので、お貸しします!」

ロッテは颯爽と裏切った。

「やめろー!」

「仕方ありません、ファルマ様。お着替えお手伝いしますね!」

ファルマの抵抗むなしく、ロッテに着替えさせられてしまった。

普段、屋敷で召使いとしてファルマの着付けをしているロッテは、ファルマの体のサイズを知っている。ぴったりなサイズの召使い用エプロンドレスを着せられた。

「これなら絶対ばれないわ」

あっという間にロッテの服を着させられたかと思えば、いつ準備したのか、エレンに帽子とロングヘアのかつらをつけられ、アルバイトの薬師たちが手早くメイクを施す。

「やだファルマ君……かわいいじゃない。美少女よ?」

ロッテも首を縦に振って同意している。しかしファルマはというと、ふてくされていた。

「最悪だ。こんな錬金術師の弟子って、いるか? スカートなんて、もぐりだって言ってるようなもんじゃないか」

スカートを穿いた錬金術師はもぐり、というのはファルマの感想である。素足の出たスカートで錬金術をやろうというのがまず、いただけない。危険な薬品を扱う化学者は、身を守るために肌を出していてはいけないからだ。

「あら、大丈夫よ、鏡で見てみる?」

「見たくない」

ファルマは全力で首を振った。ロッテはすかさず二人の写真を撮った。

「やめろー撮るなー!」

「哀れ、ファルマ様……」

ピエールが、笑いを噛み殺しながら形ばかりの同情をみせた。

「さ、これでいいわ。行きましょ」

行く前にどっと疲れたファルマである。

ピエールの荷馬車に乗り、三人の錬金術師一行は、錬金勉強会という名の集会の会場へと向かう。集会は帝都郊外の大きな建物で行われるそうだ。集った錬金術師や薬師たちが会場の建物の地下入り口で呼び止められ会費を徴収されて中に入ってゆくのを、ファルマたちは遠目に見た。

短時間観察していただけでも、三十人は入っていっただろうか。盛況しているとみえる。

「繁盛していますね。会費はおいくらです?」

ファルマは小声でピエールに訊ねる。ピエールが指を折って金額を示す。

「へえ、そんなに取るんですか。それなのに、あんなに盛況と……」

「入場料だけでこの金額ですね、秘儀の販売はもっと高いです。大丈夫です、お金をおろしてきましたから。ここは私が出しますのでお任せください」

料金が高額すぎて、ピエールは涙目になっていた。

勉強会と称して高額な会費を徴収するのだ、とピエールは話す。しかし、破産してでも勉強会に参加している薬師や錬金術師は少なくないらしい。

賢者の石の合成法を習得し、大金を掴んで一発逆転、に賭けているのだという。

「ここは俺が支払いしますね」

ファルマはピエールに三人分の代金を渡した。エレンの分もおごる。

「私の分はいいわよ、ファルマ君。お金には困っていないわ」

「それはわかってるけど、俺が誘ったから俺が払う」

妙に男らしさを発揮しようとするファルマだった。

「そう? ありがとう。じゃ、ありがたくおごってもらうわ」

「やや、これは申し訳ない」

ピエールは嬉しそうに財布のヒモを固く結ぶと、さっさとしまった。彼はほっとしたように見えた。

「では、いよいよですぞ」

ピエールについて、ファルマたちも会場へと向かう。

「こんばんは、まだ入れるかい?」

ピエールはしゃがれ声をつくり、入場料金の徴収人に挨拶をする。

「もうすぐ定員だ。錬金術師のバッジを見せろ」

ほかの錬金術師たちと同じように、ピエールは胸元のバッジを取り出して見せた。真正なバッジには、登録番号がついている。

「この者たちはバッジがないが、弟子だ。勉強のために入れてやってくれ。入場料金は三人分支払う」

ピエールは何食わぬ顔で答え、先ほどファルマに手渡された金で料金を払った。

ファルマとエレンははい、と控え目に頷く。あくまでも目立たないように。

(エレンの男装といい、俺の女装といい逆に怪しい集団だろこれ!)

徴収人はファルマとエレンの顔を間近でジロジロ見ていたが、入れ、と許可を出した。

ファルマの心配もなんのその、素通りできた。

「あれ?」

「ほらね、余裕よ」

肩透かしをくらったファルマに、エレンは得意げに言った。帽子を取れともいわれなかった。

地下会場はだだっ広い催し物場で、無数のろうそくが燃え盛っていたものの、全体的に照明は暗い。その広間に錬金術師たちがギュウギュウ詰めになっている。

ファルマやピエールの知っている、薬師ギルドの薬師も少なからずいたが、誰もファルマたちには気付かなかった。変装のたまものである。ファルマが耳を澄ますと、周囲の声が聞こえてきた。

「エルメス師は本当に素晴らしい。それに秘術を売ってくれるだなんて気前がいいじゃないか」

エルメス(Hermes)だなんて錬金術師っぽい名前だな、そんなことを思いながら、ファルマはさらに聞き耳を立てる。

「エルメス師の秘術を買って、錬金に成功した術師もいるらしいが」

そんな話を盗み聞いていたファルマは、

(錬金術師が錬成術を披露するのに暗がりを好み、昼間は術を見せないっていうのは、まあ定番だよな)

場合によっては、照明によって水銀が金に見えたりもするだろう。

地球史を紐解けば、実際にそういう錬金詐欺もあった。

その話だけ聞けば詐欺の香りがする、そう思うファルマだが、完全に詐欺と疑ってかかるわけにもいかない。なにせ、神術がある世界だ。ファルマと同じく、物質創造のような未知の能力を持つ錬金術師がいても、まったく不思議ではない。

定刻通りに、問題とされている錬金術師が現れた。

弟子の女錬金術師と共に入場してきたのは、朱色のローブを着て、白いマスクをかぶった男だ。

「何で、師はマスクをかぶっているんです?」

ピエールが、隣に居合わせた錬金術師に訊ねた。

「金を湯水のように生み出す本物の錬金術は危険だからな、身元が分かれば、国中の賊に狙われる。金の価値が変わりうるため、国家も放ってはおかないだろう、顔を隠すのはその術が本物だからだ」

「なるほど」

単に詐欺だから顔を見せられないんじゃないの? とエレンは疑っていた。

「エルメス師、お願いします」

「第八回を数えました、錬金勉強会へようこそ。今宵も多くの術師にお集まりいただき、光栄です」

穏やかな口調の男だった。しかし、その声を聴いたファルマは……、

(ん……? 聞いたことある声だな……どこで聞いたっけな)

だが、どこで聞いたものか思い出せない。薬局へ来たことがある客だろうか、と首を捻る。

「彼は平民なの? 言葉遣いが貴族みたいね」

エレンも疑問に思ったのか、ピエールに尋ねる。

「はい。神術使いのようですね……正体は分かりませんが。言葉に訛りがないので、帝都出身の貴族だと目されます。ですが、金銭への執着が激しいことから、下流貴族なのではないかと」

上流貴族は、あまり金にはこだわらないが、領地の拡大にこだわる。そういう理由で、ピエールは下流貴族だろうと踏んでいた。

「一応、正体は隠してるんですね」

「詐欺をしている自覚があるんじゃないかしら。そんなに凄い錬金術師なら、堂々と秘術を皇帝陛下の前で披露するでしょうし、帝国の保護を受けるでしょう?」

「それでは、賢者の石と鉛から錬金を行います」

錬金の実演が始まった。エルメスは、女助手にこぶし大の賢者の石と呼ばれる赤色の鉱物を持ってこさせた。それを砕いてみせると、中まで赤い鉱物だ。炎に照らされ、それはルビーのように怪しく輝いていた。

観衆はエルメスの一挙手一投足に夢中になる。

「割っても中まで赤いことが、お分かりいただけたと思います。それでは賢者の石を溶かし、鉛を入れて反応させます。賢者の石は、物質をよりよい状態にします」

そう言ってエルメスはその鉱物をガラス蒸留器の中で加熱し、蒸気を冷やして液体金属にする。

その様子を見ていたファルマは、ふわりと漂い始めた硫黄のにおいに気付いた。

(エルメスの言ってる賢者の石って、辰砂(cinnabar)じゃないのか)

ファルマはほぼ確信を持っていた。

辰砂とは、硫化水銀(HgS)のことで、加熱すれば硫黄と水銀を取り出せる。

仮説が正しければ、加熱によって水銀が生成されている筈だ。

「あれ、賢者の石じゃなくて辰砂ですよね」

ファルマはこっそりピエールに尋ねてみたが、ピエールは目をぱちくりとしている。

「というのは、何です?」

「硫黄と水銀の化合物なんですけど。ほら、水銀はあの状態で採掘されるじゃないですか」

すると、エレンが困ったように笑った。

「水銀は液体でとれるものだわ、あんな赤い結晶ではないでしょ。どうして赤い結晶から銀色の水銀が出てくるの?」

自然水銀の状態、つまり液体で採れるものだ、とエレンは主張する。

「そうなのか……」

(まあ、液体で採掘できる場合もあるけど……この世界はそうやって水銀を採るのか。産出状況が地球と違うんだな)

「さて、これで賢者の石は溶けました。鉛を持ってきた術師はいませんか」

毎回、鉛を金に変えてもらおうと、鉛を持ってくる術師が少なからずいるらしい。

「この鉛を使ってくれ、できた金はくれるんだろうな!?」

「ええ差し上げましょう」

エルメスは液体になった賢者の石と鉛をるつぼの中に入れようとした。

「るつぼの中を見せてくれ」

会場から声があがった。

「よろしいですよ」

るつぼの中に何も入っていないことを確認させるため、手前にいた錬金術師たちによくあらためさせた。

「何もない……」

「賢者の石と鉛を入れていいですね」

会場が再び静寂を取り戻したところで、エルメスはるつぼに材料を投入する。

「今から金を取り出します。贋金とすりかえないように、るつぼには指一本触れません」

エルメスはるつぼを火にかけ、加熱しはじめた。

そして、なにやら呪文を唱え、あやしげなまじないをかける。

(ただ呪文を唱えてるだけだな。あれは神術じゃない)

ファルマには分かる、エルメスの唱える長詠唱は、発動詠唱でもなければ、神力も込められていなかった。神術使いではあるのかもしれないが、この場では神術は使っていなかった。

錬金術師たちが固唾をのんで見守るなか、エルメスの詠唱が続く。

暫くの時間が経過した。

「そこのあなた、手伝って」

エルメスは手前にいた錬金術師の老人に、火バサミのようなものを使ってるつぼを観衆に向けて傾けるように指示する。彼はエルメスの指示に従った。

「こ、こうか?」

「傾けて中をよく見えるようにしてもらいます、ご覧ください」

炎が消えてしまった頃、るつぼの中には大匙何杯分もの金があった。

「このように、金の錬成に成功いたしました」

エルメスは得意げに観衆に告げた。どっと歓声がわき起こる。

「エルメス師は天才だ! 大賢者だ!」

「真の錬金術師だ! 入れた鉛の何倍もの金になったぞ」

錬金術師たちは心酔し、称賛の声が飛び交い、拍手は鳴りやまない。

古今東西、錬金に成功した錬金術師はいない。会場の中には熱気がこもる。

「どうですか、ファルマ様」

全く手がかりも得られなかったピエールが、ファルマをうかがう。ファルマは、

「水銀は加熱で飛びますので消えるのは当然ですが、加熱した水銀から金ができる理由が分かりませんでしたね……」

水銀に混ぜ物がしてあったのかと疑ったが、硫化水銀と思しき賢者の石を加熱し、蒸留によって得られた水銀は純粋である。

それを、ガラスフラスコに入れていたから、ガラスフラスコの壁面に何か塗っていない限り、混ぜ物ができるはずがない。仮に、混ぜ物があったなら、るつぼの中に不純物が残る。

だが、るつぼの底には黄金以外に何もなかったのだ。

(んー……ニセモノとすりかえてもいなかったし、るつぼの中には何も入ってなかったしな)

ファルマは腕組みをして呻る。神術を使っていなかった以上、タネも仕掛けもあるハズだ。

どちらかというと、秘術を暴くというよりマジックのタネを見破るという方がファルマの感覚的には近い。

「ではあの賢者の石は無から黄金を生み出す、本物だっていうの?」

エレンが納得のいかない、といったように口をとがらせる。

「とても信じられませんが……」

ピエールも頷いた。

「どうでしょうね、俺は賢者の石ってのは硫化水銀だと思っていますが」

二人はあやうく賢者の石の存在を信じそうになったが、ファルマは同意しない。

(一目見ては分からなかったな。でも、析出してきた金の形状をみるに、一回溶けたことは間違いない。水銀に溶けていたのかな)

金は水銀に溶け、アマルガムという水銀化合物を作る。

その水銀化合物である金アマルガムを加熱してやれば、水銀が蒸気となって飛び、金が残る。

そしてその際に大量の水銀蒸気をまき散らしたはずである。

「”水銀消去”」

ファルマはエルメスに代わって会場内に飛散した汚染物質の後始末をしておいた。

水銀蒸気を吸い込むことは、非常によろしくない。そんな事情も知らず、エルメスは称賛の嵐に浴していた。

「あなたがたの中には、こう考える方がいるかもしれません。贋金だと」

エルメスは不敵な笑みを浮かべながら、その場にいた錬金術師たちが喉につっかえているであろう言葉を投げかけた。錬金術師たちの中には、半信半疑という者もいた。

「金ができたということを確認したい術師はいますか? 存分に確認ください」

エルメスが会場を見渡すと、何とピエールが手を挙げた。

「試金石を使ってもいいんでしょうね?」

錬金術師でもあるピエールは、試金石を持ってきたあたり準備がいい。試金石とは、金の純度をはかるための鉱石だ。試金石に金をこすりつけると、その純度に応じて色が違う。贋金は贋金と分かる。

「もちろんですよ」

エルメスは余裕綽々だった。ピエールはわざと金塊の表面を磨き、中からでてきた真新しい面の金塊を試金石にこすりつけると、確かに金ができていると分かった。最高純度ではなかったが、その問題は精錬しなおせばよいだけだ。

金ができたということに意義がある。

「表面だけ金なのかもしれない、金を割ってもいいか」

ピエールが引き下がると、他の錬金術師が進み出てきた。分厚いめっきだと疑った者もいるらしい。

「構いませんよ。比重をはかってもいいです」

ナイフで割ると、中からは見事な輝きの黄金が姿を現した。

「確かに金だ……!」

「賢者の石と鉛から金ができたぞ……! その秘術を俺に売ってくれ!」

もはや、疑う者は殆どなかった。

「賢者の石が本物だと分かったところで、賢者の石合成の秘術を買いたい方は、後ほど私の弟子のもとへ申し出てください。今夜参加してくださった皆さまに限定で、少しお安く提供しましょう」

既にエルメスはセールストークに入っている。

「俺は買うぞ」

「賢者の石は本物だ!」

全財産ではないかというような、なけなしの金貨を握りしめてやってきた術師も一人や二人ではなかった。

「どうするの、ファルマ君。まさか本物だったってことはないわよね?」

エレンも反証できない。

大量の被害者が生まれようとしている現場であるが、ファルマは決め手に欠いている。

「気になることがあるから、近くで見に行ってくる。証拠を隠滅される前にね」

ファルマはエレンとピエールに告げると、観衆の間をするりと縫って前に出て行った。

実演に用いた器具類を助手が片付けようとしていたところで、ファルマの扮する召使風の美少女が前に進み出てきた。

「どうしたのかな、お嬢さん」

エルメスが気付いて、ファルマに振り返る。

「もう一度、るつぼを見せてもらえませんかしら?」

ファルマがエルメスに声をかけた。できるだけ高い裏声を使ってだ。まだ12歳で声変わりをしていないファルマは、その気になって女言葉で話し、裏声を使えば少年だとバレはしなかった。事情を知っているピエールやエレンでさえ、違和感を覚えなかったほどだ。

「ああ、いいよ」

(るつぼの表面、スカスカの多孔質なんだな)

ファルマは細かい部分に目をとめ、るつぼを火バサミで軽くで叩いてみた。すると、叩く場所によって音が変わった。ファルマの予想した通りの感触があった。

(ははぁ……なるほどね)

「何か、気になる部分が? 先ほど、るつぼは他の術師があらためたでしょう」

やや口早に尋ねるエルメスを観察して、ファルマは疑いを深めながら尋ねる。

「ええそうですね、気のせいだったようです。賢者の石から抽出した液体金属にはまだ残りがあるようですので、もう一度だけ素晴らしい秘術を見せてもらえません?」

ファルマはエルメスをほめそやしながら、再実演をもちかける。

「何度やっても同じ結果になるだけだよ、やってもいいが、新しいるつぼを用意させましょう」

エルメスはファルマを笑った。無知な錬金術師の徒弟の戯言のように聞こえたのだろう、だがファルマは笑ってなどいなかった。

「いえ、このるつぼで構いません」

仮面から見えるエルメスの視線が少し泳いだのを、ファルマは見逃さなかった。同じるつぼでは、二度と再現できないはずだ。ファルマはそれを知っていた。

「私の予想では、このるつぼではもう金はできません」

「邪魔だ、お嬢さん。すっこんでな」

観衆から、ファルマにブーイングが飛んだ。

「子供は前に出てくるな、同じ術を見たって同じことだ。早く次の術を見せてくれ」

「ほら、ひっこめ!」

せっかちな男の一人にファルマは首根っこを掴まれてひっこめられてしまった。その際のどさくさに紛れてファルマは、髪留めのピンでるつぼの内壁を軽くこそいで、エレン達のいる場所に戻った。

「確かに、勉強会の時間は限られています、時間が惜しい。次の秘術にいきましょう、次はホムンクルスをお見せします」

エルメスは咳払いをして、ショーを進行した。心なしか、ほっとしているようにも見えた。ホムンクルスはこのイベントの目玉ともいえる見世物だ。

「ただいま」

「何かわかったの?」

エレンが尋ねる。

「”鉛消去”」

ファルマはピンに残った残渣の状態を確認した。そして……、あっけらかんとして言った。

「ほぼ、わかったよ」

「ええっ!? 説明してくれる?」

るつぼの底面は、孔が開いていてスカスカだった。

この場合、水銀は非常に強い表面張力を持っているので、本来ならばるつぼの中に入れても孔の中には入っていかない。だが、穴の下に金粉や鉛などの金属が高密度に含まれていた場合は別だ。吸い寄せられるように穴の中に入ってゆく。

るつぼには、あらかじめ金粉と鉛、もしくはそれらの合金が仕込まれていた。

水銀を加えると水銀は底に空いた穴から空洞の中へ流れ込み、穴の中で鉛、金、水銀のアマルガム(合金)を作る。

そこで加熱。このアマルガムは低温で融解し液状化する。液状化した状態で、るつぼを傾けることによって、るつぼの孔からは金鉛アマルガムが出てくる。

そして加熱により酸化鉛となった鉛は毛管現象によりるつぼの表面に吸収されるが、金はるつぼの中へと残る。

そして、水銀は加熱によって蒸気となり飛び、何もなくなる。

「……というわけで、るつぼの中には黄金が残る」

「そうだったの……! 途中の説明が全然分からなかったけど!」

先ほど、ファルマが火バサミでるつぼを叩き、内部をピンでこそいでみたところ、底部は空隙ができており、鉛はるつぼの表面に吸着されていた。

「仮説だけどね、もう一回実演してくれればわかるよ」

エルメスはここでつるし上げず、次の集会まで泳がせておくのがいい、とファルマは思った。

「さて、これからどうしようかな」

次はるつぼをこちらが用意していって、それを使って再実演をしてもらうのがベストだ。

今のままでは、証拠がなく逃げられてしまう。

(詐欺にしては凝っているな)

とファルマは感心しながらも、野放しにしておくつもりはなかった。

これ以上の被害者を生まないためにも……。

「ついでだから、ホムンクルスも見て帰ろうか」