軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4章12話 湖底にて

複雑に入り組んだ建物の中の通路を抜け、地下へと続く長い螺旋階段を、女錬金術師の後についてファルマたちは下る。

カツーン、カツーンと靴音が不気味に反響した。

次第に空気がひんやりとして、地下に降りるにつれ湿気を帯びてきた。

そして、大きな空洞が足元に見えてきた。

「あれ? ここ、どこ?」

エレンが一定の歩調を崩さず、ファルマに耳打ちする。

「洞窟だな」

階段は地下洞窟の中へと下ってゆく。洞窟全体は広い鍾乳洞のようになっており、地底湖があるようだ。

どれほど下っただろうか。地の底へと取り込まれてゆくような嫌な感覚を味わっているうちに、階段は宙ぶらりんで途切れていた。女錬金術師は無言で立ち止まった。

「これ以上進めませんけど、こんなところにホムンクルスがいるんですか?」

「どういうことなの?」

ファルマに続き、エレンも畳みかける。どう考えても怪しい。

不穏な空気を三人が感じ取った時、ふっ、と女錬金術師の持っていたランプの火が消えた。

完全に明かりをそれのみに頼っていた一同の視界はゼロになる。

「ぐあっ!?」

ふいにピエールの悲鳴がして、大きな水音と飛沫が飛び散った。

地底湖に落ちたのだ。何者かに突き落とされて……!

「ピエールさん!?」

(やられたか!?)

ファルマは薬神杖を持ってきていなかったことを一瞬悔いたが、直後には思考を切り替え、大秘宝と呼ばれる半物質化した職員証をポケットから素早く取り出した。ファルマが大秘宝に神力を通じ手にすると、ファルマ自身が強く発光し、揚力やら浮力やら分からない力を生じさせる。

ファルマの後光は、洞窟の隅々まで明るく照らした。

遥か下の地底湖の水面には、ピエールが仰向けに浮かんでいた。

まだ、息はしている。診眼で見ても外傷はない。やはり突き落されたようだ。

「エレン!?」

そして光を取り戻したファルマの目に飛び込んできたのは、まさにエレンに襲い掛かり喉を掻っ切ろうとする女錬金術師の姿。ファルマは大秘宝を刃物にぶつけるようにして突きを繰り出し凶刃を粉砕した。

女錬金術師は驚愕し、怯えたようにファルマから距離を取った。

「何をするんだ!!」

エレンが殺されていたかもしれない、そう認識した刹那、ファルマの頭に血が上った。

「”水の槍”」

ファルマの声に気付いたエレンは素早く杖を抜き、神技で女錬金術師を吹き飛ばした。

女錬金術師はエレンの至近距離からの攻撃に耐え、片手で階段の縁を掴み、地底湖には落ちていない。彼女は体をばねのようにしならせて宙返りをうち、エレンとファルマより階段の高い位置に着地した。

彼女は黒い長剣を抜いていた。

「どういうことかしら。私たちをこの湖の底へ沈める気?!」

その時、ぬ……っと、地底湖の底から巨大な、黒い異形の影が現れた。

全貌は見せず、水面に落ちたピエールを飲み込もうと大顎を開きはじめた。

開口すれば、クジラほどのサイズはあるだろうか。

「ひっ……」

身の危険を感じピエールの顔が恐怖にゆがんだとき、ファルマは階段を蹴って宙に飛び、急降下する。

「ピエールさん!」

彼の手を掴み、危機一髪というところで水面から引き上げる。

だが、今にも怪物の口の中へ飲み込まれそうになった時、地底湖の水に触れたファルマの手にピリっと痛覚が走った。そして、ほのかに漂う刺激臭に気付く。

(この地底湖、強酸湖だ!)

ファルマはぴんときた。

PH1を切る強酸性の硫酸湖は、地球上の火山帯にも少なからず存在する。だが、何故この帝都に!? それ以上を考える余裕はファルマにはなかった。

ピエールの手を右手で握ったまま、消去の能力を使う。

「”硫酸消去”」

ファルマが消去の能力を使うと硫酸湖ごと消滅し、まさに顎を閉じようとしていた異形は深い湖底へと落下していった。ピエールやファルマの体についた硫酸を消去し、ついでに怪物の襲撃をやりすごすことに成功した。

ファルマはその間にピエールとの二人分の重みに耐えながら大秘宝の浮力によって飛翔し、足場へと戻る。

「飛んだ……だと……!?」

女錬金術師は、唖然としていた。

彼女からは、ファルマが手の中に握り込んでいる秘宝は見えないのだ。また、見えたとしてもそれが何かは分からないだろう。

「硫酸湖に落として溶かそうとしたんだろうが、あいにくだったな」

女錬金術師のピエールへの殺意を見たファルマは、すでに臨戦態勢に入っている。

「覚悟はできているんでしょうね」

エレンは杖で既に彼女を階段の端に追い詰めていた。

女は長剣を持っているが、後一歩でも後ろにひけば、下は奈落だ。エレンが突き落せば。

「降参して武器を捨てて、ゆっくりこっちに来るんだ」

ファルマは言った。捕縛し、悪事を洗いざらいに吐かせ衛兵に突き出すつもりだった。

しかし女は悪あがきに、素早く手を伸ばしてエレンの杖の先を掴み、エレンの体勢を崩して奈落へ突き落そうとした。ファルマはエレンの腰をさっと引き寄せ、手すりを掴んで踏みとどまった。だが、ファルマのフォローによって逆にバランスを崩した女は、小さな悲鳴を上げ、真っ逆さまに湖底へと落ちて行った。

ファルマは秘宝を握りしめ、女を追って湖底へと飛び降りた。

「くそっ!」

だが、ファルマが彼女の手を掴むことはなかった。湖底すれすれで、ファルマは秘宝の浮力を調整して急ブレーキをかける。

そこでは真っ黒な体躯をした、ナマズに似た異形の巨大魚が、湖底に叩きつけられ息絶えていた。すぐ横に、原型をとどめないほどの衝撃をその身に受けた女の死体を見つける。

(間に合わなかった……!)

即死だった。

ファルマは何とも言えない気分になった。

ファルマが硫酸湖を消去しなければ命は助かっていた、そう思うとやりきれなかった。

瀕死であれば始原の救援を使い延命できたが、死亡してしまえばファルマは無力である。彼女はピエールやエレンを殺そうとした相手だ。因果応報というもの、そう思っても、罪悪感は消えない。彼女の遺体は、やがて硫酸湖の中に飲み込まれてゆくだろう。彼は、遺品となるであろう彼女の指輪を取った。

呆然自失としたまま意識を湖底に向けていると、彼はあることに気付いた。湖底にクリスタルの層がびっしりと露出している。さながら水晶鉱山のようであり、しかしその透明な輝きには、覚えがあった。

ファルマが目を奪われていると、死んだ女の遺体を包むように、ふわっと薄い光の膜が現れた。その膜は数秒もせずクリスタルの湖底にすうっと吸い込まれていった。人間に魂というものがあるのなら、魂がクリスタルに吸い込まれたように見えた。ファルマは目を見張る。

(これ、薬神杖と同じ素材?)

ファルマが湖底のクリスタルの層の上に着地すると同時に、ファルマの神力を受けてあたり一面が発光する。

クリスタルの中には、ひときわ透明な結晶も散見された。ファルマは礫となって落ちていた透明な結晶を一つ、手にとってみた。神力を込めると、神力が増幅する。

(晶石だ……薬神杖についてるやつか。こんなところにあったのか……ん? あれは何だ?)

びっしりと湖底に広がるクリスタルのちょうど中央部に、人一人分サイズの四辺の、正方形の石板が埋め込まれていた。その石板には一面に水滴がついていて、水滴はだんだんと大きくなり、おそらくは硫酸がにじみ出てきていた。

(この石板が、この巨大な硫酸湖を作っていたのか……)

ほんの少しずつ、数十年、いや数百年という途方もない時間が経過して、この洞窟内で硫酸湖が形成されたのだろう。ファルマの知らない神術で作られた石板なのか、まだかすかに神力を含んでいるのが分かった。

「引力が?」

その石板と、ファルマの手の中の秘宝が惹かれあっている。

無視できないほどの、吸い寄せられるような力を感じた。ファルマはゆっくりと近づき、注意深く石板を覗き込んだ。

「これは……」

まるでファルマの訪れを待っていたかのように、石板には、光で編まれた薬神紋の刻印があらわれた。

そして、薬神紋の下に、「ここは彷徨える魂の住処。果ての地の泉にて、しかるべきものの訪れを待つ」と、古めかしい言語で光の文字が走り、跡形もなく消えてしまった。ファルマが引力のままに石板に秘宝を近づけ石板と接触させた途端、秘宝を包んでいた白い発光は瞬時に光線へと変わる。

限りなく直線で透明な光は、目も醒めるほどの美しい煌めきを残しながら、とある方角を示していた。

神秘的な光景に、ファルマは圧倒された。

(もしかしてこの光を辿っていけば、薬神ゆかりの遺跡にたどり着く?)

おそらく、その光が示すものはサロモンの言っていた聖泉。

発光は一瞬のことで、秘宝から放たれたレーザーじみた人工的な光線はすうっと消え、秘宝の中に吸収されてしまった。

ファルマは、地上部分の建物の間取りから素早く位置を計算し、石板と秘宝が光線で示した方角を胸に刻み付けた。

「即死だった。遺体は、持って上がれない。……でも、聖泉の手がかりが、見つかったよ」

飛翔してエレンとピエールのもとに戻り、彼らに事の顛末を告げたファルマは、静かな興奮を秘めていた。そんなファルマを、エレンは不安そうな目で見つめた。先ほど救出したピエールは、恐怖とショックからか、その場で眠り込んでいた。

「戻ろうか」

その時、階段の上のほうから、何者かが階段を駆け上がる音が聞こえた。

「誰かいたわ!」

「エルメスかも! ピエールさん起きて!」

ファルマは逃がすまじと秘宝を握り、飛翔で螺旋階段をほぼ垂直に飛び上がってゆく。しかし猛スピードで階段を突っ切り、通路へ出ても人影はなかった。

ファルマは診眼を発動し、建物全体を透視して生体反応をみる。エルメスに重い疾患はなかったが虫歯と遠視があって、ファルマは虫歯の個数や場所を個人識別の手がかりにしている。もちろん、錬金術のショーの時にじっくりと、診眼ごしにエルメスの特徴は入手していた。それを踏まえてあたりを診るに、その反応さえもない。どこかの秘密の通路から素早く逃げ出し、馬にでも乗ったのか、建物の中はもぬけのからだった。

暫くして、カンカンと階段から二人の靴音が聞こえてきて、へばった様子で階段をかけ上がってきたエレンとピエールが追いついた。特に、運動不足のピエールにはこたえたようだ。膝をおさえていた。

「お疲れさま、二人とも。人影は分からなかったよ。でも、エルメスだ、いなくなってるし」

ファルマは二人を労う。彼らはファルマとは違って、地下階段を百メートル近くを自分の足で昇ってきたのだ。

「ふう、ひい……ファルマ様はいったいどうやってあんなに素早く階段を上ったのですか?」

ピエールはファルマが飛翔していたとは知らず、若くて体力があって羨ましいと唸っていた。

「気付かれたのかしら……手下に気を取られている間に、逃げられたわね。失敗したわ」

エレンが悔しさを滲ませ、杖を地面に打ち付ける。

「いや、逃げられてはない。こちらは変装していたし、バレてない。エルメスには、たぶん早ければ明日にでも会える」

「ええっ、どういうことなの?」

「思い出したんだよ、あの声をどこで聞いたかを」

直接対決をして必ず不正を暴き、錬金術師たちを騙した罰を受けさせ、ホムンクルスの謎を解いてやる。

ファルマはそう決心したのだった。