作品タイトル不明
263.そこそこの畑 4
「どうすればフィルタード派の貴族たちの手に渡らずに、領民に渡せるかしら?」
「彼らが病に罹ってるなら、まあ……必要ですけどね。どう考えても領民分って感じじゃないしなぁ」
「そうよね。領民分だったらもっと多いもの……」
「値段をつり上げようとしてるのが透けて見えるのよねぇ」
私たちは吐息を吐きながら、突然訪れた大量のポーションをどうするか? と言う問題に直面している。領民のためならポーションを作るのは吝かではない。彼らはポーション政策における貴族たちの犠牲者なのだから。
他領の、ポーション政策を実直に熟している場所では初級ポーションは大半の人が買える。しかし、疫病が流行っている領の人が他領に買い付けにいくのは……どうなのだろうか? 他領の人が受け入れてくれるかどうかが不透明だ。それに他領で広まれば、自分たちの領の分は他の領に渡すのを難色を示すかもしれない。どこにだって疫病が流行る可能性があるのだから。
とくにフィルタード派と隣り合っている、中立派や王家派の領は疫病が流行っていると聞けば門を閉じてしまうかもしれない。
「ポーションの作成、輸送手段、あと近隣の領への注意喚起……やることはたくさんありそうだけど、魔力過多の畑を作らないと薬草が足りなくなるわね」
「そうね。今ある薬草を全部収穫して、新たにまた作らないといけないわ」
「そもそもどの程度、疫病が広まっているのか……そこもわからないと、薬の優先順位をつけようがないっすねぇ」
「そっか。それもそうよね……」
一番に持っていくなら、疫病の酷い場所にしなければいけない。カーバニル先生を見上げると、さすがにそこまではわからないと言われてしまった。ともかく寄越せ、といった感じでフィルタード派の研究員と貴族たちが押しかけてきたそうだ。
さて、どうしよう。そう考えていると、コンコンと軽いノックの音が入り口から聞こえる。
カーバニル先生が返事をすると、思いもよらない人の声が聞こえた。
「ご歓談中、失礼しますよ」
軽やかな声が聞こえ、そして顔を見せる。そこにいたのはシュルツ卿だった。カーバニル先生は慌てて私に視線を寄越す。私はすぐさま首を振った。シュルツ卿に連絡を取るのは、そこそこの畑の魔術式ができてから。今の段階で声をかけるには早い。さすがに私だって先走って連絡したりしない!
「おや、どうかしましたか?」
「いや、どうかしましたか? じゃないわよ……なあに普通に研究棟に入ってきてるわけ??」
「ちゃんと入り口で受付しましたよ?」
「受付したからって、入れるわけないでしょおおお!!」
「それが入れてもらえたので。こうして入ってきたわけです。なにせ研究員の方が入れてくださいましたからね」
「そいつ、どこの棟?」
「第一と仰ってましたねぇ」
第一の研究員なら、フィルタード派の研究員かもしれない。ロックウェル魔術師団長に雷を落とされて、嫌がらせでシュルツ卿をここに寄越したのだろうか?
本来、他国の人間を研究棟に入れるには事前申請しなければいけない。そして許可が下りるまで時間が掛かるのだ。まあその間に掃除をするわけなんだけど……あまり他国に見られたくない研究なんかもあるそうだ。だからこそ、簡単に入れてしまったフィルタード派の研究員にガッカリしてしまう。
自分の行為が国益を損なうかもしれないと、ちょっとでも考えたりしなかったのだろうか? 自分だって魔術式研究機関で働いているのに。そもそもポーションを作ってこなかったのは領を治める貴族たちの責任だ。もしも魔力量が足りないから、力を貸して欲しいというのであれば申請すれば良い。そうすれば魔術式研究機関から研究員が派遣されたのだ。
そういった事前に講じれる策が沢山あるのに、なにもしてこなかった。神殿と商業ギルドだけではできることも限られる。なぜなら薬草を育てる畑を新たに作る場合、申請が必要なのだ。勝手に土地を広げることはできない。その許可は領主が出す。
私とカーバニル先生、そしてロビンとリーナはそのことが頭を駆け巡った。お互いに顔を見あわせると深々とため息を吐く。
「シュルツ卿、その……元々シュルツ卿をお呼びする予定だったの。でも今日じゃなかったのよね……」
「おや、そうですか?」
「というか、アンタ……そもそも何の用で来たのよ?」
「もっともなお話なのですが、僕がここにきたのは例の鱗が手に入らないかと」
「鱗を手に入れてどうするのよ? 魔力を入れなきゃ、使い物にならないわよ」
「ついでに入れていただければなあと」
「いやあね。タダで手に入れられるものなんてないのよ?」
カーバニル先生とシュルツ卿の間に見えない雷がピシャッと走った気がした。私はハラハラと二人の間を見守る。だってこの二人の間に割って入ったところで、余計なことしかいわないものね。私……それぐらいはわかるわ。もっとこう、上手い切り返しができれば良いのだけどね。
そんな二人の間に割って入ったのはロビンだった。ロビンは、元々協力をお願いするはずだったそこそこの畑の話をする。なぜ今? そりゃあ説明しなければいけないけど。まだファーマン侯爵から返事は来ていないのだ。
「そこそこの畑、ですか……?」
「そう。そこそこの畑。魔力過多の畑じゃ、他に目を付けられて困るでしょう?」
「それは、まあ……そうですね。一カ所だけ潤沢に作物があれば、殿下に対して叛意ありといちゃもんをつけてくる者も出るでしょうし」
「作物があるだけで!?」
「そうですよ。どこの領もカツカツですから」
「みんな、よく蜂起しないっすねぇ」
「蜂起するだけの体力がないんですよ。その日を生きるだけで精一杯です。なにせ海に面した場所とて、領民が船を持つのは禁じられてたりしますからね。漁にでることもままならない」
「それでも他国に輸出する品があるでしょう? 外貨稼ぎに」
「そういう場所は皇帝の直轄地なんです。ある程度、食料が回るようにしているので」
その話を聞いて、ロビンは「なるほど」と頷いた。
皇帝の直轄地にだけ食料があるのであれば、直轄地でない皇太子の領に食料が潤沢にあるだけで叛意ありと言われてしまうわけだ。
「そこそこ、そこそこですか……たしかにうちとしてはだいぶ助かりますね。土地が痩せていて、作物は碌に育たない。肥料を買おうにも、輸入すれば割高になりますしね」
「魔力過多の畑では、作物が病気になることもない。たぶんそこそこの畑でもこの効果はでるんじゃないかと踏んでるんですよ。で、この術式を入れた鱗を実験しようとしてるわけです」
「それに僕を呼ぶつもりだったと? それこそ、タダで渡したりはしないのでしょう?」
「当然でしょう?」
「まあ、そうですよね。必要なのは帝国の情報ですか?」
「それも含む、我々にとって不利になる情報全般ですね」
「ずいぶんと、欲張りますねぇ」
シュルツ卿はロビンをジッと見つめる。ロイ兄様の話では、トラット帝国の情報という話だったけど……それ以上に引っ張ろうということかしら? たしかに情報はあればあるだけ良いとは思う。シュルツ卿が正しい情報を教えてくれるのなら、だけど。
「でも必要でしょう? うちからの食料、一体何割残ってるんです?? 殆ど中央に持ってかれてるんじゃないですか」
「さすがにそこまでは、持っていきませんよ。彼らもメンツがありますからね」
「でも半分は確実に持っていっている。違います? そこに自領で作物が作れるようになれば、それは自領の物ですからね。多少の余裕が生まれるはずでは?」
「……そうですね」
わざとらしいため息を吐くと、シュルツ卿は情報提供を約束してくれる。ただし実際にその鱗が機能するところを見てから、となった。
実際に見てないのに決められないものね。それは仕方がない。内心で頷いていると、シュルツ卿が疫病の話をし出した。急な話題の転換に目を瞬かせる。
「そうそう。ポーションは、作れるのですか?」
「いきなりなによ?」
「いえね。僕をここに入れてくれた研究員の方が、ブツブツと文句をいってらしたので」
「ああ……本来なら自分たちで作りゃあいいものを、王家の政策なんて~って放置してたツケが回ってきたのよ」
「ああ、違いますよ」
「違う?」
「疫病が広まったのは、わざと広めたからです。予言の通りに広めるために」
予言の通りに、その言葉に私たちは顔を見あわせた。