作品タイトル不明
264.そこそこの畑 5
「広めたって、どういうこと!?」
「疫病自体は帝国ですでに広まっています。帝国にできる対策はありません。なにせ薬がないですからね」
「薬がないんじゃなくて、薬草を作ってないの間違いでしょう?」
「どちらでも一緒ですよ。このままでは帝国で爆発的に広まるでしょうね」
「で、でもどうして予言なの!? そんなことのためにファティシア王国でも疫病を広めようとしているってことでしょう??」
「聖なる乙女、の予言らしいですよ? なのでその通りに広めないと、災いが起こると思っているみたいですね」
聖なる乙女。その言葉に、キャスたちから聞いた噂を思い出す。カナン侯爵が会った聖なる乙女は、予言までするというのだろうか? それとも別人??
ただ聖なる乙女と認定された候補はいない。それに予言の内容を知ったのなら、疫病を避けるべく行動をとるはず。それなのに予言通りに疫病を流行らせるなんて意味がわからない。
「まあ、広めると言っても……ファティシア王国はポーションがあります。それに食糧自給率も高い。ああいった病は、碌に食事もとれない貧困層が大半の場所ほどよく広まりますから」
「それはそうでしょうね。だからこそ、その対策にポーションを広めると同時に食糧自給率も上げたのだから」
「まるで疫病が流行ると察知していたかのようですね?」
「察知したんじゃなくて、そうなる可能性はどこにでもある。平和な国なら一番恐れることだわ。だから対策したのよ。国策として一番有用だもの。当然でしょ?」
カーバニル先生はファティシア王国はトラット帝国と違うのだ、とシュルツ卿に告げる。シュルツ卿は肩を竦め、それもそうですね。と頷いた。
私はハラハラしながら二人を見守る。実際にはアリシアから聞いた話から、薬草を育てることを決めたのだけど。その過程で魔力過多の畑が出来たに過ぎない。嬉しい誤算ではあったけど……その誤算のおかげで、食糧自給率も上がったのだからなにが切欠になるかなんてわからない。
そして……この「聖なる乙女の予言」も何かの切欠になったら困る。
ロイ兄様は今はとても元気だけど、この流行病に罹らないともいえない。もちろん兄様が病気になったのなら、即、ポーションを飲ませるけど! でも、フィルタード派の貴族たちがポーションを求めている。そのことに一抹の不安が過るのだ。
彼らがポーションをせしめてしまっていたらどうしよう、と。
さすがに全ての領からポーションを買い占めることはできないだろう。だけどフィルタード派の中にはカナン侯爵がいる。商業ギルドにはカナン侯爵家の縁者も多いのだ。カナン侯爵は聖なる乙女の話もしていたし……キャスたちに話を聞いた方がいいかもしれない。
「……シュルツ卿。彼らは本当に自らの領に疫病を広めているの?」
「ええ。帝国から、病に罹った人間を招き入れています。そして自領に病に罹った人間が数人出たら他領へ追い払っているようです」
「そう。でも……他領へ追いやられても、フィルタード派の貴族たちの領でもない限りはそう広まったりしないと思うわ。他の領はポーションを作っているもの」
「なので他領にポーションの買い付けに行ってるみたいですね。ただあまり芳しくはないようで、そのせいでこちらに無茶振りをしたみたいです」
「そうなの。でも病は領内に広まり始めてるのよね?」
「うちほど食べるものに困る、と言う状態ではないので……そこまで急激に広まることはないでしょうが、それでも貧困層では広まり始めているといえますかね」
ペラペラと文句を言いながら話してくれましたよ、とシュルツ卿は言う。つまりこの情報はお父様たちも寝耳に水だったに違いない。だけどこの話が正確に伝わっているかは謎だ。
フィルタード派の貴族たちは自分たちに都合の悪い話は矮小化する傾向がある。だがポーションがないと自分たちも困るので、求めているのだろう。わざと疫病を広めているなら、商業ギルドもカナン侯爵から圧力がかかっているかもしれない。
もっと正確に情報がほしい。そうすれば今、必要なポーションの量が推察できるしどこを優先にすれば良いかもわかる。だけど情報には対価が必要だ。
そこそこの畑を作るには、まだ魔術式が確立していない。その状態でシュルツ卿は情報を提供してくれるだろうか?
「……シュルツ卿は、どうして鱗が欲しいの?」
「もちろんレナルド殿下の安全のために」
「この間渡した分では間に合わなかったのかしら? それとも間に合ったからこそ、今はもうない?」
「鋭いところを突いてきますね」
「――――レナルド殿下に、呪いをかけた人がいるのね?」
私の問いに、シュルツ卿は何も返さない。だがそれこそが答えだ。
呪いのせいで鱗が破れた。だから追加で必要なのだろう。有益だと、判断されたのだ。
「あの鱗は、ラステア国と共同で作った物よ。作り方のレシピはラステア国が握っている。そう簡単には渡せないわ。アタシにその権限はないの。残念ながらね」
「そうですか……ですが、ポーションを運ぶのに陸路は危険なのでは?」
「そりゃそうだけど、疫病が流行ってるってわかってる場所に他国を介入させるわけにはいかないわよ。運ぶのは飛龍でも、飛龍を操るのは人間よ」
「そうですね。ラステア国の人間です。ですが逆にチャンスなのでは?」
「はあ?」
カーバニル先生は怪訝そうな声を上げる。
シュルツ卿は、ラステア国の印象を良くするために手を借りよ、というのだ。そもそもラステア国の印象が悪い原因はフィルタード派のせいであって、ラステア国のせいではない。彼らが勝手にラステア国を野蛮な国と決めつけているだけだ。それなのに印象を良くしよう、とは??
「……全く、ラステア国にとって旨味はないっすね?」
「だがフィルタード派貴族たちの印象は悪くなる。そしてファティシア王家の印象も良くなる。違うかい?」
「それは、たしかにそうね。フィルタード派貴族たちが国策を適当に熟したせいで、領民たちはその煽りを食っているわけだし。そこに王家が陸路ではなく、空路で最短を選び運んできたら……王家はフィルタード派の領地であっても見捨てないと思うでしょうね」
「そして事実を知れば、怒りは彼らに向かうでしょうねぇ。自称聖なる乙女もどうするんだか……」
ロビンとカーバニル先生はお互いに顔を見あって、うーんと唸りだす。正直、王家に対する印象は別としても……直ぐにポーションを届けられるのは魅力的だ。
それにラステア国を関わらせることで、シュルツ卿は鱗が手に入る。でもラステア国は全く旨味がない。ないどころではないぐらいに、ない。
私たちだってさっき考えたもの! でも現実的ではないのだ。疫病の流行る土地にラステア国の人たちを向かわせるのは。シュルツ卿もその部分はわかっているはず。
「……対面はファティシアの人間でも良いわけだよな。ラステア国に頼む必要はないわけで」
「え?」
「ほら、籠使うといってたでしょう?」
「あ、そうね。飛龍の間に籠をぶら下げて、そこに人を入れて運べるわ」
「だからポーションを届けに領に入るのは、ファティシアの人間にさせるんです。で、領から出たらかならずポーションを飲む。そうすれば運び手のラステア国の人たちにうつすことはない。まあ念のためポーション飲んでもらった方がいいでしょうけど」
「だけど……ラステア国を巻き込むのって、どうなのかしら? 全く関係ないじゃない??」
「そうでもないかもしれませんよ?」
そういってロビンはシュルツ卿を見る。シュルツ卿はにこりと微笑み、戦争において疫病を流行らせるのは有効な手立ての一つだという。つまり、ファティシア王国で疫病を流行らせ、次はラステア国で流行らせようと目論んでいることになる。
「それって……」
「実力じゃ敵いませんからね。さすがの殿下でもラステア国相手に勝てる、とは言えません」
「だから先に弱体化させようとしているの?」
「ちなみに殿下は関わっていませんよ? ついこの間まで寝込んでいらしたので」
「もしかして、レナルド殿下が寝込んでいるうちに強行したんじゃ……」
「殿下が知ったら反対されるでしょうからね。疫病は諸刃の剣です。こちらが対策をとれるなら良い、ですが対策もとれないものを広めれば自分たちも命を落としますから」
つまりこれをネタに、ラステア国に協力を要請すればいいんですよ、とシュルツ卿は私たちに提案した。たしかにこの話を信じるなら、ラステア国にも話を通すべきだろう。
「……レナルド殿下は、無事なの?」
「呪い自体は、無効化できましたが……少々無理が祟りましてね」
「そう。それなら私が、上級ポーションを作ってあげるといったら……シュルツ卿は何を対価にくれるかしら?」
「そうきましたか」
「必要でしょう? 鱗よりも、先に」
そう言えば、シュルツ卿は「お望みの情報を一つお渡ししますよ」と私に告げた。