作品タイトル不明
255.地龍の鱗と魔術式研究機関 1
ひとまず、私はお友達作りを継続している。こればかりは地道な努力が必要だからだ。
キャスたちに協力してもらい、最近の流行を頭の中に叩き込みつつ、誘われる茶会には積極的に顔をだしていた。
面白いもので私が茶会に出席するようになると、中立派や王家派の貴族たちが次々と申し込んでくる。
ちなみに新しい噂も流れていた。噂の内容は「ルティア姫が降嫁先を探している」というものだ。
たしかに私には婚約者はいないけど……茶会に出席するだけで、そんな風に思われるだなんて。噂って本当に面白い。それ以外にもフィルタード派の噂や、トラット帝国の噂なんかも入ってくる。人って、意外と噂好きだ。
でも、噂話を集めるのも悪くない。知らないことを知る切欠になる。
噂の真相を確かめるのも、また面白いものだしね。
「それで、この間の茶会はどうだった?」
もう丁寧な言葉で話すのは諦めた、とキャスはフランクな話し方になっている。私的には普段の生活でそこまで気にする必要ないのにな、と思っていたから仲良くなれたようで嬉しい。
「オーベル夫人のお茶会ね。なんて言うか……凄い噂話ばかりだったわ」
「凄い噂話?」
「つまりね、最初から最後まで噂話だけなの! 凄くない? 噂話だけで、その噂話の真相は誰も知らないの。聞いたことあるわ~って」
「あーオーベル夫人はそもそも噂話が大好きだからなぁ。しかも結末のわからない噂話ばっかりな」
「そうなの。みんな知ってる知ってる~って話をして、これこれこうよね。ってなるでしょう? 私はその後の結末を知りたいのに、誰も教えてくれないの」
「みんなそこまで興味ないんだよ。噂程度で、可哀想ねとか羨ましいわね、とかその程度ってこと」
私ならその真相まできっちり調べたくなるけれど、みんなそうじゃないのね。噂は噂で留めておきたいということだろうか? でもそれって無責任な気がする。
「でも噂ばかり集めてどうするのかしら?」
「そういう噂を精査して、自分に使えるかどうか判断するんじゃないか?」
「自分に使える?」
「そう。その噂を利用して、何かを売り込んだりとか。逆に噂雀を使って、新しい噂をばら撒いたりとかな」
「噂雀って……なに?」
キャスに問いかけると、噂話を広める人のことを「噂雀」と呼ぶと教えてもらった。
商家だと新商品の宣伝に使ったりするそうだ。ただこの噂雀、良い噂を流す場合と悪い噂を流す場合があるらしい。
「それって、誹謗中傷ってこと?」
「そう。相手の家を陥れるとかな……悪い噂を流して孤立無援にする。孤立すると、何かあったときに誰も味方してくれないだろ?」
「酷い……」
「でもさ、これも戦略の一つだよ。フィルタード派がよく使っているだろ?」
キャス自身もカナン侯爵家に連なる商家の一つ。私に覚えがあるだろ? と問いかけられた。たしかに変な噂を流されたことがある。私がトラット帝国に嫁ぐ、そんな噂を。
私はキャスの言葉に頷くと、誰が流しているのか聞いてみた。
「そうだな。噂を流すのに使われるのは、同じ派閥の人間だけど……その中でも中立や王家派の派閥に知り合いがいるヤツが使われる」
「噂をばら撒いて、彼らはどうしたいのかしら?」
「結局は自分たちに都合の良いように印象操作したいのさ」
「印象操作……」
たしかに事前にあの人は悪い人なのだ。なんて聞いていたら、本当はいい人でも身構えてしまうわね。つまり、今後はそういった噂雀の存在も気にしなければいけないということ。
なにせアリシアも私も噂だけは事欠かない。悪い噂、と言う意味で。
アリシアのどの辺を見たらワガママな令嬢に見えるのか、チラホラとそんな噂が流れ始めているのだ。まるで悪役令嬢、アリシア・ファーマンを知っているかのように。
「もしかして、アリシアの噂もそうかしら?」
「……たぶん。アリシア様の場合は、ライル殿下の婚約者だからじゃないかな」
「ライルの婚約者だから、悪い噂を流すの? でも逆じゃない? ファーマン侯爵家は中立派よ。フィルタード派に取り込む絶好の機会だと思うのだけど」
「ルティア様から見て、ファーマン侯爵は取り込まれそうな人なの?」
「まず無理ね」
私がキッパリと言い切ると、そういうことだ。とキャスは言う。
「つまり、取り込めそうにないから瑕疵をつけて婚約破棄に追い込みたいのかしら?」
「そうだと思う。それに、伯爵家以上なら婚約者の対象になるだろ?」
「そうね。後宮にいる側妃の方々も伯爵家出身だわ」
「正妃は無理でも、側妃ならって……夢を見る女子もいるんだわ」
「そう。だから……悪い噂を流しているのね」
「そもそも噂を流されるのが悪い、って見方もあるし」
「どうして?」
「噂の火消しをしなかった。つまり疚しいことがあるからだ、って思われるんだ」
「なるほど。そういうことなのね」
疚しいことなんてない。だからこそ、噂なんて放っておいても大丈夫。そんな風に考えていたけど、心理戦というのはすでに始まっているのか。
実際問題として、アリシアはライルの婚約者ではない。それはアリシアの話す物語との差異である。だから彼らが悪い噂を流したところで、こちらにダメージは無い。そう思っていたけど……印象操作という意味では、アリシアの印象は噂のせいで悪くなる。
そして人付き合いのあまりない私たちは、否定する術もない。のべつ幕無しに話して回るわけにもいかないし。否定をして回るのもダメ、否定しないのもダメ。人付き合いの難しさがこういうところに出るとは思わなかった。
「噂って、本当に……難しいわね」
「そうだな。でも良い噂ほど広がりにくいんだ」
「どうして?」
「良い話って、自分の中で留めておきたいだろ? で、とっておきの場所で話したい。そうすればより自分に注目が集まるから」
「それは、そうかも?」
「でも悪い噂は人に話したくなる。自分が不利益を被ったわけじゃないけど、これ以上不利益を被る人が出たら可哀想だなって心理が働く。あとは悪意を持って広げるのもいるしね」
「つまり悪い噂は広げやすいのね?」
「そういうこと。だから今積極的に、ルティア様たちが他と繋がりを持とうとするのは良いことだよ。なにせ子供の頃から普通にやってなきゃいけないことだからね」
キャスに言われ、私はちょっと項垂れてしまう。たしかにそう。畑仕事が楽しくて、社交を疎かにしていたわ。そのツケが今なのだから、私たちはもっと必死になって頑張らなければいけない。
ヒロインが登場して、引っかき回す前に地盤を固めなければいけないのだ。
彼女が現れるまであと三年、といったところだろうか? そう考えるとあまり時間がないように思える。他にもやることはいっぱいあるのに……
ふう、とため息を吐くとキャスに「継続は力なり」と言われてしまった。
「そうね。頑張るわ。というか、私の悪い噂も酷いのよ。王族の勤めを何もしてないとか、遊びほうけてるとか、あと散財してるとか?」
「本当に散財してる人間は、そんなにシンプルな格好はしてないんだけどね……」
「そ、そうかな? シンプル?? まだダメ??」
「もうちょっと差し色とかリボンに使わないと」
「ぐっ……頑張るわ……」
そんな話をしながら二人で歩く。ちなみにアリシアはテスト休みを利用して、領地に帰るために先に帰っている。ファラとルナーレもそれぞれ用事があるらしい。
なので今日は珍しく、私とキャスだけなのだ。
「ルティア様も休み中は王城に?」
「そう。これから魔術式研究機関に行くのよ」
「魔術式研究機関……ってあの?」
「えっと……どういう意味かわかりかねるけど、魔術式研究機関は魔術式研究機関よ。ラステア国と共同で研究しているものがあって、その話をしに行くの」
「へぇ。ラステア国は布織物がが綺麗なんだよなぁ」
「そうよね。とても素敵よね。私もいくつか持ってるわ」
「そういうのーそういうのしてくれば良いのに……」
「や、休み明けに付けてくる」
絶対付けてきて! と、キャスに力強く言われ、私は頷くしかなかった。そうか。ラステア国のリボンも、輸入できれば人気の商品になるかもしれない。繊細な刺繍も素敵だし。あとでサリュー様に相談してみよう。
校門でキャスと別れ、私はそのまま魔術式研究機関へと向かった。
実は魔術式研究機関は学園と近い場所にあるのだ。これはアカデミーの生徒が、実験場所として直ぐに借りれるように配慮しているらしい。
理由は簡単で、大昔にアカデミーで爆発させた生徒が何人もいたそうだ。
近年でも爆発させた人はいるけどね。