作品タイトル不明
256.地龍の鱗と魔術式研究機関 2
魔術式研究機関の施設は大きい。小さい頃からカーバニル先生に連れられて何度も来ているけど、あのときも大きいと思ったが今も大きい。
沢山の研究者たちの汗と涙の結晶がここまで大きな研究施設を作ったのだ、とはカーバニル先生の言葉だ。ちなみにカーバニル先生も学生時代にアカデミーで爆発事故を起こしている。
ロックウェル魔術師団長といい、みんなどうして爆発事故を起こすのだろう? そんなことを考えながら、受付を済ませるとカーバニル先生のいる研究棟に向かう。
研究棟は三つに別れていて、既存の魔術式を研究する棟。新規の魔術式を研究する棟。そして新しい触媒を使って魔術式の可能性を広げる棟、となっている。
全体の統括をロックウェル魔術師団長が。その下に各塔の統括責任者がいる。新しい触媒を使って魔術式の可能性を広げる棟はカーバニル先生が統括責任者だ。
この棟はポーションの研究も担っていて、私の畑の隣にある魔術式研究機関用の畑もここがお世話している。
「さてと、カーバニル先生のところに行かないとね」
研究棟なだけあって、共同で研究している人もいれば個別で研究している人も。しかし総じて言えることは、荷物量が多い。部屋の外にはみ出しているのだ。通路の半分が書類を束ねた束が積み上がっていたり、実験器具が置かれていたりする。
室内は言わずもがな。
カティア将軍の執務室に続く部屋も本が山ほど積み上げてあったけど、まだあそこは本だけだ。しかし研究室の中は本と実験器具と、実験に使われた魔法石と……あと魔物からとれた素材。他にも色々わからないものが置かれている。
雑多すぎるのだ……もう少し、整然と並んで置いてあれば片付けるのも手伝えるのだけど。下手に弄るとどこに何があるかわからなくなるからダメだと怒られてしまう。廊下の荷物ですらそうなので、部屋の荷物なんて片付けられるわけもない。
私は辺りを見回し大きな吐息をつくと、廊下の荷物をなんとか避けながらカーバニル先生の研究室に向かった。
「カーバニル先生、こんにちは」
開けっぱなしの扉を軽くノックして、中に声をかける。不用心にもほどがあるのでは? と思わなくもないが、在室してる部屋は扉が開けっぱなしのことが多い。これは行き倒れ防止に在室してますよ~という意味も込めて開けているのだとか。大がかりな実験は専用の爆発も受け止める実験室を使うので、開けっぱなしでも問題ないと言っていた。
ラステア国で私とカーバニル先生が、ラステア国の術師の人たちと実験用の部屋に籠もっていた時を思いだす。そりゃあ、アリシアたちも心配になるわよね。
私も今もの凄く、この研究棟の人たちが心配になっているもの……。だって開けっぱなしなのに、中から返事が返ってこない。
「……カーバニル先生? せーんせーい!」
もう一回、中に向かって声をかけると奥の方から呻くような声が聞こえた。もしかして、倒れてる? もしそうなら私だけじゃ、カーバニル先生を起こすことはできない。だけど先に確認も必要だし……。私は雑多に物が積まれた部屋に足を踏み入れようとした。
「おや、姫殿下?」
「え?」
「お久しぶりですね」
「あ、ランドリック団長……もしかしてカーバニル先生にご用ですか?」
「うん。そうなんだ。えっと……どうかしましたか?」
「その、扉は開いていたのだけど……返事がなくて。でもうめき声が聞こえたからどうしようかと……」
「わかりました。ちょっと見てきますね」
「え、あ、私も……」
「いえ、姫殿下はここでお待ちください」
そう言うが早いか、ランドリック団長はカーバニル先生の研究室にひょいひょいっと入っていく。その後ろ姿を見ながら、ハッと思い出す。そういえばカバンの中にポーションが入っていた。初級だけど、何かの役に立つはず。そう思い、ランドリック団長のあとについていく。
「フォルテ、起きろ!」
バシッと叩く音が聞こえ、私は慌ててランドリック団長の後ろに駆け寄った。団長の後ろからこそっとのぞき込めば、カーバニル先生が床に転がっている。
「え、え、あの……先生!? カーバニル先生大丈夫!?!?」
「姫殿下……入り口で待っていてよかったんですよ?」
「で、でも……その、初級ポーションを持っているから……何か役に立つかと」
「そんなにご心配いただかなくても、これは結構頑丈なんです」
「が、頑丈……?」
「ええ。うちの団員をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、する奴ですよ? 貧弱なわけがない!」
「でも……先生はほら、乙女って自認しているし……?」
「自認乙女でも、腕力と胆力はクマ並みです」
クマ、といわれ私の頭に浮かんだのはマクドール副団長だった。カーバニル先生やランドリック団長よりもだいぶ大柄で、その姿でちょこんと座る姿はクマのようだ。
そんな彼とカーバニル先生が同じと言われても……
「えっと……カーバニル先生の方が、小柄だし……」
「見た目と中身が乖離してるんですよ」
「そ、そうかしら?」
「だぁれがクマだってぇ……?」
普段とは全く違う、地を這うようなドスの利いた声が下からする。視線を向ければ、カーバニル先生がボサボサの髪をかき上げこちらを見た。なんとなく目の焦点が合っていない。
私は思わず先生の目の前で手をひらひらと振ってみせる。その間数秒ぐらいだろうか? あら~と声を上げると、先生は勢いよく立ち上がった。
「ちょっとぉー! ランドリック!! 何でここに姫殿下がいるのかしらぁ?」
「僕が来るより前に、部屋の前にいらしたよ? というか、お前まだ猫被ってるの??」
「被ってないわよ! これがアタシの素よ!! 可愛いアタシ! それ以外いないの!!」
「可愛いって自分で言ってて悲しくならないか? グフッ……」
ランドリック団長の言葉に、間髪入れず一発はいった。カーバニル先生の拳が、団長のお腹に。絶対痛い。うずくまる団長に私は持っていた初級ポーションを手渡す。
カーバニル先生は必要ないわよ! というが、でも絶対に痛いもの……
「もう、いやね!」
「えっと……一応、事前に手紙を出してはいたのだけど……」
「え? まって、今日は何日??」
「もう週の終わりよ?」
「うっそぉ~」
「本当よ。もうカレッジはテスト休みに入ったわ」
テスト休みは十日ある。だからこそ、じっくりと話ができると思って手紙を出しておいたのだ。それも二日前に。
初級ポーションを飲み終わったランドリック団長は、僕の手紙も見てないな? とカーバニル先生に問いかける。
「いや~ん。忘れていたわけじゃないのよ? ほら、ここのところ忙しかったからぁ」
「まあね。急な討伐も入ったからね。それは仕方ないけど、床で寝るのだけはやめておいた方が良いよ。ガラが悪くて姫殿下だって驚くからね」
「そ、そんなことより、姫殿下の用事をね! 先に片付けましょうか!!」
「そうだね。僕のは急ぎじゃないし……」
「え、でも……」
私がランドリック団長の顔を見上げると、団長は平気平気と手をひらひらさせた。本当に大丈夫なのだろうか? 私の用事よりも第五騎士団のランドリック団長の用事の方が優先順位として高そうなのだけど??
カーバニル先生を見れば、ほら話す、と言わんばかりに私を見ている。これは私が話さなければ進まないな? と感じて、話しだした。
「あのね、地龍の鱗には土属性の魔術式がはいるでしょう? それに魔力を込めれば、大して魔力のない人でも魔力過多の畑を作れるかもしれない……って言ってたじゃない?」
「そうね。鱗には魔力が入るから……起動と停止するための魔力があれば、鱗に込められた魔力分の魔力過多の畑は作れると思うわ。理論上の話だけど」
「それを実験したいの」
「ふぅん……いいんじゃない? 鱗は沢山あるし」
「でもね、魔力過多の畑を作りたいわけじゃないのよ」
「どういうこと?」
「実験場所は、トラット帝国のレナルド殿下が治める領。そして魔力過多の畑じゃなくて、痩せ細った土地を普通の土地のレベルにしたいの」
そういった私の言葉に、カーバニル先生とランドリック団長は顔を見あわせた。