作品タイトル不明
第9話 種の檻と、あとなんかすごいの出た!
「連理さん、この先、通路が続いていますね」
乃々さんがフライの映像を確認しながら言った。
「無理はしない範囲で見てみよう。戻る道は覚えておきたい」
「戻る道、大事」
ニーナが短くうなずく。
「ひー」
火種ちゃんも、小さく返事をするように揺れた。
俺たちは書架の裏へ進んだ。
崩れた本棚の間を抜けると、古い紙の匂いが強くなる。
しばらく進んだところで、乃々さんが息を止めるように声を落とした。
「……待ってください。奥から音がします」
「紙が擦れるみたいな音だね」
「いる」
ニーナが奥を見つめる。
フライが少し先へ進み、暗がりを映した。
「見えました。小型の魔物です。数、多いです」
「どんな姿?」
「紙袋を、頭からかぶっています」
「紙袋?」
「袋」
ニーナが少しだけ首を傾ける。
「古い貸出袋みたいです。蔵書印のような文字もあります」
「前は見えてるのかな」
「見えてなさそうです。でも、こっちに来ています!」
大きな本棚の影から、小さな魔物が次々と現れた。
「ギィィィィィィィィィィ!!!!」
体はゴブリンに近い。
けれど、頭からすっぽり古い紙袋をかぶっている。紙袋には、読めない文字と、かすれた印が押されていた。
『意味がわからん。なんだあれ!』
『前見えてないだろ』
『図書館の敵それでいいのか』
『数多くない?』
そのさらに奥で、
「わあああああああああ!!!」
誰かの悲鳴が聞こえた。
「別の探索者です!」
乃々さんが声を上げる。
フライの映像が、本棚の向こうを映した。
三人組のパーティだ!
前衛らしい男が盾を構えながら逃げている。
女性探索者は杖を構えたまま、他の仲間に肩を貸していた。
「こっちへ下がれますか!」
「無理です! 通路をふさがれて……!」
返ってきた声は、完全に切羽詰まっていた。
紙袋ゴブリンの一体が、紙袋をかぶったまま跳びかかる。
間抜けな見た目なのに、手に持った錆びたナイフは、まっすぐ倒れた探索者へ向いていた。
「見た目より危ないね」
「はい……! あれ、結構本気の魔物です!」
「まず、あの人たちと紙袋ゴブリンの間に、ツルの壁を作る」
俺は袋から《刹那の種》を取り出した。
「命名するなら、《紙袋ゴブリン》でしょうか」
「袋ゴブ」
「短くなった」
「ニーナちゃん式略称、ちょっとそれっぽいです」
『紙袋ゴブリン!』
『袋ゴブ』
『略称かわいい』
『見た目ゆるいのに動きが怖い』
紙袋ゴブリンたちは、机の下や本棚の隙間から、ぞろぞろと出てくる。
見えていないはずなのに、足だけは妙に速い。
「多いです……! 普通に多いです!」
「紙袋、いっぱい」
「見えてなさそうなのに、足だけ速いね」
「イスにぶつかっても止まりません!」
紙袋ゴブリンの一体がイスに正面からぶつかる。
けれど、倒れた拍子に体勢を立て直し、そのままこちらへ走ってきた。
『見えてないのに来るな!』
『紙袋ずれてるぞ』
『怖いのに間抜け』
『でも数がやばい』
「このままだと、あの人たちが危険だ。《刹那の種》を使おう」
「さっきのツタですね!」
「あのパーティと紙袋ゴブリンの間に広げる。壁と檻、両方にできれば止まると思う」
「種の檻、種の壁」
「うん。やってみる」
『種の檻!』
『花で閉じ込めるのか』
『もう戦術化してる』
『見たい』
乃々さんは、迫ってくる紙袋ゴブリンの群れを見ながら、少しだけ顔を引きつらせた。
「花の檻って字面は綺麗なんですけど、相手が紙袋ゴブリンです!」
「わけがわからない組み合わせになっちゃったね」
「花と袋」
「ひー!」
「来ます!」
紙袋ゴブリンの群れが、一気に距離を詰めてくる。
俺は袋から《刹那の種》を取り出し、床へ向かって投げた。
「《刹那の種》!」
種が床に触れた瞬間、ツルが走った。
「発芽しました!」
「のびる」
ツルはひび割れた床をすべるように広がり、三人組の前へ回り込む。
さらに紙袋ゴブリンの群れの足元を囲んでいく。
緑の線が円を描き、枝が絡み合い、白と淡い青の花が一斉に咲いた。
「ツルが床を走って……探索者さんたちの前に壁を作ります!」
「そのまま閉じろ」
俺が言うと、ツルがさらに伸びた。
紙袋ゴブリンの周囲に、花と枝の檻ができあがる。
「閉じました! 花のツルが檻みたいに絡み合っています!」
「袋、檻の中」
『うおおおおお』
『止まった!』
『花の檻だ!』
『紙袋ゴブリンまとめて閉じ込めた!』
『見た目が変すぎる』
『でもめちゃくちゃ有効』
『木箱から出たアノマリーでこれ!?』
檻の中で、紙袋ゴブリンたちがもがく。
ツルに引っかかった紙袋の隙間から、花が顔を出していた。
「紙袋の隙間から花が出ています!」
「かわいいような、怖いような」
ただ、檻に閉じ込められたのは前の群れだけ。
奥の暗がりから、また紙袋ゴブリンが湧く。
「でも、檻の外からも来ます! 奥から追加です!」
「数が多い。種だけじゃ止めきれないか」
その時、ニーナが俺を見た。
「レンリ」
「うん?」
「ニーナの魔法、使う?」
「え? どういうことですか?」
乃々さんが目を丸くする。
「ニーナ、魔法使えるの?」
「うん。やるね」
「ニーナちゃん、魔法を使えるんですか!?」
ニーナはこくりとうなずいた。
そして、紙袋ゴブリンの群れへ向き直る。
「結晶の光の名の下に」
ニーナの足元に、淡い光が広がった。
「答えよ。其は波動。其は凪。其は放たれる」
空気が震える。
小さな結晶の粒が、ニーナの周囲に浮かび上がった。
『魔法!?』
『ニーナちゃん魔法使えるの!?』
『Sランク精霊だぞ!?』
『初魔法くる?』
『詠唱だ!』
ニーナは、いつもの静かな顔で続けた。
「とっても低出力で」
「そこだけ急にかわいいです!」
「《閃光》」
次の瞬間、白い光が一直線に走った。
『え!?!?』
『!?』
『!?!?!?』
『とっても低出力で!?』
『閃光!?』
『待て待て待て』
「ビ、ビームが出ましたー!」
乃々さんの声が裏返った。
結晶の光は、紙袋ゴブリンの群れをまとめて飲み込んだ。
魔物たちは悲鳴を上げる間もなく、光となって消えていく。
「今のが、低出力?」
「うん。とっても」
「とっても低出力の結晶光線で、紙袋ゴブリンがまとめて光になって消えました!」
『は???』
『ビーム!?』
『低出力とは』
『紙袋ゴブリン消えた』
『Sランク精霊、出力がおかしい』
『初魔法がビーム』
『とっても低出力でこれ!?』
『ニーナちゃん、本当に別格だ』
「乃々さん、大丈夫?」
「大丈夫です! 配信者としては大丈夫ではありません! 今の!」
「それはもう仕方ないかもしれない」
ニーナは、消えた紙袋ゴブリンの方を見てから、俺に振り返った。
「もっと小さくする?」
「できるなら、次はもう少し小さめで」
「分かった」
『次はレーザー?』
『今ので小さくなかったのか』
『連理さん、Sランク精霊の火力調整してる』
『ニーナちゃん素直』
火種ちゃんが、俺の肩の近くで小さく揺れた。
「ひー……」
「火種、びっくりした?」
「ひー」
「俺も少しびっくりしたよ」
「少し、で済みますか!?」
『火種ちゃんもびっくり』
『こっちもびっくりした』
『連理さんが落ち着いてるから場が保ってる』
檻の中にいた紙袋ゴブリンも、花のツルごと光になって消えていた。
床に残ったのは、淡い花びらの光だけだ。
「な、なに……この人たち……すごすぎるわ……」
本棚の向こうで、助かった三人組がこちらを見ていた。
「す、すげぇ……ダンジョンの魔物が一撃で……?」
盾を持った前衛が、ふらつきながら立ち上がる。
「ほ、本当にありがとうございましたっ!」
いきなり深く頭を下げられて、俺は少し困った。
「いや、無事でよかったよ」
「で、でも、今のがなかったら……!」
倒れていた探索者の顔色は青い。
杖を持った女性も、まだ手が震えていた。
紙袋をかぶった小さな魔物。
見た目だけなら、笑える。
でも、ダンジョンでは、それだけで人が帰れなくなる。
ダンジョンは本来……命がけの危険な場所なのだ。
「帰還ポイントまで戻れそう?」
「はい……! 今なら戻れます!」
「なら、先に戻った方がいい。ここ、まだ奥から来るかもしれない」
三人組は何度も頭を下げながら、通路の向こうへ退いていった。
『助かった……』
『普通は命がけの場所だしな』
『見た目ギャグなのに普通に命がけ』
『連理さん、判断早かった』
『種の使い方も素晴らしい』
「でも、《刹那の種》もすごかったです。花の檻、完全に足止めになっていました」
「うん。短時間だけど、まとめて止められるのは大きいね」
「種で止める。魔法で終わる」
「それ、かなり相性のいい組み合わせかもしれない」
『花の檻からビーム』
『コンボ成立してる』
『宝箱で手札増えてるの最高』
『連理さん、引いたものの使い方がうまい』
そこで、空中に文字が浮かんだ。
『静粛に』
「戦闘後にも静粛なんだ」
「今のは、さすがに図書館側も大目に見てほしいです……!」
「魔法、音出た」
「音だけじゃなかったけどね」
『図書館側、厳しい!』
『ビームにも静粛求めるな』
『紙袋ゴブリンが悪い』
乃々さんが周囲を確認し、フライを少しだけ奥へ向けた。
「この先、まだ奥があります。どうしますか?」
「一度、状態を確認しよう。この種は……減らないみたいだね」
袋の中を覗く。
使ったはずなのに、中の種の数が変わっているように見えなかった。
「何粒使っても変わらない気がします」
「無限だね……あっ!」
ニーナが何かに気づいたように顔を上げる。
「無限種」
「ひー」
「…………」
「…………」
『無限に使え種』
『言った』
『今の間なに』
『ニーナちゃん、命名センスが管理機構寄り』
乃々さんが、咳払いをして空気を戻した。
「では、奥の様子を少しだけ確認して、危険なら戻りましょう」
「そうしよう」
ニーナが俺の袖を軽く引いた。
「レンリ」
「うん?」
「次、種と魔法、合わせる」
「一緒に考える?」
「うん。一緒」
『次は種と魔法合わせる』
『連携フラグ』
『次の探索も見たい』
俺は火種ちゃんに視線を向ける。
「火種ちゃん、先を照らして」
「ひー!」
小さな火が、書架の奥へ進んでいく。
「静かに、進む」
「箱もあると良いな」
「うん。楽しみ」
『花の檻、ニーナビーム、火種偵察』
『今日も満足度高い』
『ニーナちゃん、鑑定精霊ではなかった』
『無限に使え種』