軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 花の橋を渡るのなんて無理ですよー!

書庫の奥には妙な静けさが戻っていた。

さっきまで花の檻が咲いていた床には、もうツルも花も残っていない。

ただ、火種ちゃんの明かりが照らす先にはまだ道があった。

崩れた書架の裏側。

ひび割れた床。

崩れた街の家。

その向こうに、まだ何かがある。

ニーナが、じっと奥を見た。

「奥、広い」

「ひー」

火種ちゃんも、同じ方へふわりと揺れる。

乃々さんはフライの映像を確認しながら、小さく息を整えた。

「フライを先に出します。無理そうなら戻りましょう」

「うん。今日は《刹那の種》入手とニーナの魔法が分かっただけでも十分だからね」

『まだ奥あるのか』

『未探索っぽい』

『花の檻とビームのあとにまだ続くのかよ』

『無理はするなよ』

フライが、本棚の奥へ進んでいく。

映像の中で、通路が少しずつひらけた。

そこまではよかった。

けれど、次の瞬間、乃々さんの声が止まる。

「……あれ?」

「何か見えた?」

「通路の先、床……というか地面が落ちています」

フライの映像には、ぽっかりと途切れた床が映っていた。

そこから下は暗い。

ただの穴ではない。何層にも重なった書庫が、谷みたいに下へ落ち込んでいる。

「落ちてる?」

ニーナが首を傾ける。

「はい。かなり広く崩れています。下は、本の谷みたいになっていますね」

「向こう側は?」

「あります。崩れた床の向こうに、古い回廊と扉が見えます。でも普通には渡れません」

『断絶地形』

『崩壊地点か』

『この先何があったんだろ』

『でも渡れないだろ』

ニーナが、落ちた床の向こうを見て言った。

「跳ぶ?」

「乃々さんを連れて跳ぶのは危ないかな」

それを聞いた乃々さんが、なぜか少しだけ胸を張った。

「そ、そんなことないですよ! 私は飛べます!」

「ひー」

「火種ちゃんも反対してるね」

「火種ちゃん、今のは私側についてください!」

乃々さんはそう言いながらも、もう一度フライの映像を見た。

目の色が変わっている。

怖がっているのに、引けないものを見つけた顔だった。

「でも、あの向こう……なんでしょうか……公開マップにはない構造……」

「フライだけ先に行ける?」

「距離があります。途中で映像が切れるかもしれません」

フライだけを送って終わり、というわけにはいかなそうだった。

俺は少し考えて、さっきの戦闘を思い出す。

《刹那の種》は、ツルを一気に伸ばした。

紙袋ゴブリンをまとめて閉じ込めるくらいには、広がり方も強い。は

「そうだ……《刹那の種》を橋にするのはどうかな」

「さっきは檻になりました。でも、橋にするなら……いや、かなり無茶ですね」

「檻にできたなら、橋にもできるかもしれない。木へんつながりで」

乃々さんが、すぐに顔をしかめる。

「わかりづらーいですね」

「花の橋」

ニーナが短くまとめた。

「そうそう。花の橋だね」

『木へんつながりw』

『花の橋!?』

『刹那の種で渡るのか』

『無茶だけど見たい』

『これ成功したら映像やばい』

「でも、すぐ枯れますよ!」

「だから、渡るなら一気に行く」

「走るんですか!?」

「走るしかないと思う」

「走る」

「ひー!」

「火種ちゃん、なぜやる気なんですか!?」

火種ちゃんは、なぜか今にも先導しそうな位置まで進んでいた。

「火種ちゃんに向こう側を照らしてもらおう」

「分かりました。……本当にやるんですね」

「なんとなく、行ける気がするんだ」

根拠があるような、ないような。

けれど、俺の《幸運》は、こういうまだ結果が決まっていない場面に強く働く……気がする。

無茶ではある。

でも、完全な無理ではない気がした。

「ニーナ、浮かんでるからだいじょぶ」

「ありがとう。危なかったら乃々さんをお願い」

「私! 私は実は普通の人間です!」

「俺もなんだけどな……」

『走るのかよ!』

『花の橋ダッシュ』

『フライ頼むぞ』

『これは切り抜き確定』

俺は《刹那の種》を一粒、指先でつまんだ。

向こう側の回廊を見据える。

「いくよ」

「はい……!」

「《刹那の種》!」

種を投げる。

床に落ちるより早く、ツルが伸びた。

「のびる」

「ツルが……落ちた床の向こうまでのびています!」

「届いてくれ」

「ひー!」

火種ちゃんが光を強める。

ツルは空中へ弧を描きながら走り、落ちた床の向こうへ伸びていく。

白と淡い青の花が、その上に次々と咲いた。

「届きました! 向こう側の床に絡みました!」

「行こう。走るよ」

「はい……!」

「花が咲いてくー」

『行った!』

『花の橋ダッシュだ!』

『これ本当に渡るのか』

『画が強すぎる』

俺たちは走った。

花の上を走るなんて、普通なら意味が分からない。

けれど、足の裏には確かにツルの弾力があった。

柔らかいのに、沈みすぎない。

ただ、花はもう端からほどけ始めている。

「わ、わ、花の上を走ってます!」

乃々さんの声が、かなり高い。

「あっ!」ニーナの声。

その横で、ニーナが目を少しだけ丸くした。

「橋を走ってる!」

「今まさにね!」

「ニーナちゃん、こんな時にツッコめないですよー!」

『橋を走ってるw』

『そのままの意味で草』

『ニーナちゃん、今それ言う?』

『花の橋を走る配信、初めて見た』

『宝箱王、地形攻略まで始めた』

「ひー!」

「火種ちゃん、先行して!」

火種ちゃんが向こう側で明るく揺れる。

その光を追って、俺たちは花の橋を駆け抜けた。

「もう少しー」

「わわわわわわわ……!」

「そのままだ!」

最後の一歩で、石の床へ足が乗る。

乃々さんが勢いのまま数歩進み、ようやく止まった。

「渡れました……!」

「橋、枯れてく」

「消えます!」

振り返ると、花の橋は光の粒になって崩れていた。

ほんの数秒前まであった道が、もうどこにもない。

「本当に一瞬だったね」

『消えたあああ』

『あっぶねぇ』

『アノマリーで断絶地形突破とか』

『これ普通のⅠ式探索じゃない』

『木箱産アノマリーでルート開けたのやばい』

乃々さんは胸を押さえて、深く息をした。

「視聴者さんたちも、ドキドキしたかな……あっ、連理さん、待ってください」

「どうしたの?」

乃々さんはフライの映像と、自分の端末を見比べていた。

その表情から、さっきまでのあわてた色が消えていく。

宝箱配信者ではなく、探索記録者の顔になっていた。

「ここ、マップにありません」

「ない?」

「はい。公開マップにも、探索者共有ログにも、この回廊がありません」

「つまり、記録にない場所?」

「そうです。ここ……未登録区画ですよ!」

『やばい』

『未体験ゾーン』

『未登録区画!?』

『マジかよ』

『マップ外きた』

『Ⅰ式で未登録区画なんてあったのかよ』

『花の橋で隠しエリア入った!?』

未登録区画。

その言葉だけで、コメント欄の流れが変わった。

さっきまでの花の橋への驚きとは違う。

もっと深いところで、何かが開いたような反応だった。

「新しい場所?」

「《刹那の種》で、本来行けなかった場所に来たんだね」

「はい。これ、かなりすごいですよ! アノマリーで探索ルートが増えました!」

乃々さんの声が震えている。

怖さではなく、興奮で。

木箱から出たアノマリーが、ただ珍しいだけでは終わらない。

使い方次第で、行けない場所へ行ける。

見えなかった景色を見せてくれる。

「ただ、帰り道は考えないとね」

「もう一回、橋」

「必要ならそうしよう。でも、まずはこの先を見る」

「ひー」

『アノマリーでルート開拓』

『これが宝箱ガチャの強さか』

『手札が増えるたび探索範囲が広がるの最高』

『連理さんすご』

俺たちは未登録区画の奥へ視線を向けた。

古い回廊。

誰も歩いた跡のない床。

奥には、閉ざされた扉がある。

乃々さんが、ふいに鼻をひくつかせた。

「むっ……連理さん」

「うん?」

「この先……良い宝箱の匂いがします!」

「匂いで分かるの?」

「分かりません! でも、ぷんぷんします! これは木箱配信者ならぬ宝箱配信者として! 感じます!」

ニーナが真顔でつぶやく。

「宝箱の匂い」

「ひー!」

『宝箱の匂いw』

『乃々ちゃんの勘きた』

『これはある』

『次回、なんかあるだろ』

『未登録区画で宝箱は熱すぎる』

俺は、扉の向こうを見た。

花の橋はもうない。

戻る道も、まだ分からない。

でも、ここまで来た理由はある。

そう思えるだけの空気が、確かにこの先から流れてきていた。