作品タイトル不明
第11話 未探索領域から、ちょっとエモいのが出た
目の前には新しい通路が現れた。
白い石の……床。壁一面に並んだ古い本棚。
けれど、さっきまでの《墜都大図書館》とは空気が違っていた。
「連理さん、ここ……本当にマップにありません」
乃々さんが端末を見ながら、少し声を低くした。
「花の橋を渡った先だもんね。普通の探索ルートじゃ来られない場所か」
「新しい場所」
ニーナが周囲を見回す。
「ひー」
火種ちゃんは辺りをうかがうように、いつもより慎重に揺れていた。
『未登録区画続ききた』
『花の橋で来た場所』
『空気変わったな』
「……あれ? あの棚、分類表に文字が浮いてませんか?」
「ほんとだ。何か書いてある」
古い分類表に、黒い文字がじわりと浮かぶ。
『分類:迷子』
「迷子扱いされました!」
「否定しづらいね。マップ外だし」
「迷子」
ニーナがまじめな顔で呟く。
『分類:迷子w』
『間違ってない』
『図書館に分類された』
『本当にどこなんだよw』
続けて、別の分類表に文字が浮かぶ。
『分類:火気』
「ひー……」
火種ちゃんが、少しだけ明かりを弱めた。
「火種ちゃん、分類されてる」
「注意ではなく分類なので、少し扱いが変わりましたね!」
「火種、火気」
さらに、俺たちの足元近くの札が光る。
『分類:幸運過多』
「これは連理さんです!」
「決めつけが早いなー」
「レンリ、ラッキー」
「ニーナにも言われると、いよいよ否定しづらいね」
『分類:幸運過多w』
『図書館公認』
『過多は草』
『木箱から紫出してるしな』
冗談みたいな分類なのに、まったくの遊びにも見えない。
この区画そのものが、俺たちを測っているような気配があった。
「でも、この分類……ただの冗談ではないかもしれません。何かを検知している感じがあります」
「宝箱も分類してくれるかな」
「箱、分類?」
その直後、火種ちゃんがふわりと奥へ寄った。
これは……。
何かを見つけた時の動き。
「待ってください。火種ちゃんが奥を照らしています」
乃々さんの声が少し跳ねる。
俺もその明かりの先を見る。
古い本棚の奥。壁際に置かれた低い展示台の陰に、箱があった。
「あります。あっ!!! 箱です!!!!!」
「箱」
「木箱?」
「違います。これは……なんと……」
息を呑んだ。
「銅箱です!」
乃々さんの声が、はっきり一段上がった。
「銅箱……初めてだね」
「はい。木箱、銅箱、銀箱、金箱、虹箱……だから木箱よりもレアですよ!」
『銅箱!?』
『木箱じゃない!』
『未登録区画で銅箱』
『宝箱の匂い当たったw』
『これは期待する』
『やべー!』
「さすが視聴者さんたちも、お目が高い……!」
乃々さんが妙に誇らしげに言った直後、銅箱の近くの分類表にも文字が浮かぶ。
『分類:未開封』
「急に圧をかけてきました!」
「開けてほしそうだね」
「未開封」
ニーナまで銅箱をじっと見ている。
「Ⅰ式で銅箱は珍しいです。しかも未登録区画の銅箱です。すごい! きっと初めての発見ですよ!」
「じゃあ、開けようか」
『銅箱開封!』
『色は何だ』
『木箱じゃなくても宝箱王の箱だぞ』
『頼む、何か出てくれ』
「連理さん、お願いします」
「うん。開けるよ」
銅箱のフタに手をかける。
木箱より重い。
金具も、ほんの少し冷たかった。
開けた瞬間、箱の内側から光があふれる。
「あっ、宝箱の光が……!」
「これは……?」
「青です! かなり濃い青です!」
『青!』
『Aランク!』
『Aランク?』
『紫じゃないこともある!』
『銅箱から青は普通に当たりすぎ』
『それでも意味わからんな』
『また変なの出そう』
光が収まると、銅箱の中には古い額縁が入っていた。
ただの額縁ではない。
金属とも木ともつかない素材でできていて、内側の空白が水面のように淡く揺れている。
「中、 額縁(がくぶち) ?」
「額縁?」
「古い額縁ですね。でも、装飾が普通ではありません。内側が少し光っています」
ニーナが一歩近づく。
「じゃ、《宝具解放》」
白い光が、額縁の表面をなぞるように走った。
「これは、《千景を継ぐ額縁》」
「《千景を継ぐ額縁》……私は聞いたことがありません。未登録か、記録数がかなり少ないアイテムだと思います」
ひと呼吸したあと、ニーナは額縁を見つめた。
「これはね……持ち主が、昔見た景色を映すアノマリー」
「昔見た景色?」
「うん。額縁の中に、窓みたいに出る」
その説明を聞いた瞬間、乃々さんの表情が変わった。
宝箱を見つけた時の興奮とは違う。
「それ……欲しがる人は多いと思います」
「戦う道具じゃなさそうだけど」
「戦闘用ではありません。でも、昔の景色をもう一度見られるなら、必要とする人はいます。美術品として飾る人もいるでしょうし、思い出の場所を手元に置きたい人もいるはずです」
俺は額縁の揺れる内側を見た。
景色を映す窓。
それは、剣でも盾でもない。
けれど、誰かにとっては、戦う道具よりもずっと手放せないものになるのかもしれない。
「……確かにね」
『思い出を映す額縁?』
『普通に欲しい』
『亡くなった家族との場所とか映せるのか?』
『すごすぎる』
『これを青にするとか、ダンジョンの評価はよくわからん』
『まぁ世界変えるわけじゃないしな』
『ホテルとか美術館に置けそう』
『戦闘品じゃない当たりもいいな』
ニーナが、額縁を見ながら自信満々の笑みを浮かべた。
「またの名を、《窓レベル100》」
「まぁ確かに窓がレベル100になったら、そのくらいできそうだね」
「高レベルの窓ですね。いや、高レベルの窓ってなんですか!」
「またの名を《すんごい窓》」
「とにかくすんごいわけだね」
『《窓レベル100》w』
『小学生感』
『ニーナちゃん命名きた』
『でもちょっと覚えやすいの悔しい』
その時、分類表にまた文字が浮かぶ。
『分類:思い出』
さっきまでの冗談めいた分類とは、少し空気が違った。
「分類された」
「このフェノメノン、ちゃんと中身を見ていますね」
「思い出」
『分類:思い出』
『急に良い』
『《窓レベル100》との落差w』
『エモい』
乃々さんは、すぐに表情を引き締めた。
「連理さん、ここで試すのはやめた方がいいかもです」
「危ない?」
「危ないというより、記録と鑑定が先です。未登録区画の銅箱から出た、未確認寄りのアノマリーですから。ニーナちゃんが警告しないから代償はないと思いますが……」
「ちゃんと持ち帰ってから確認した方がいいんだね」
「はい。それに……これ、オークション向きかもしれません」
「アノマリーのオークションがあるんだ」
「まだ値段は分かりませんけど……でも、欲しがる人の顔が浮かぶ種類のアノマリーです!」
乃々さんの言葉は、さっきまでの宝箱配信者としての熱だけではなく、現実的な……価値に対する熱を帯びていた。
「誰かの思い出に関わるものだから?」
「はい。戦闘用ではないのに、持ちたい理由がはっきりしています。そういう品は、思わぬところで値が動くことがあります」
『普通に欲しいもんな』
『記憶は金で買えない』
『オークション候補きた』
『これは欲しい人いそう』
『一点物感ある』
『未登録区画の銅箱、ロマンある』
「レンリの景色も映る?」
ニーナが俺を見上げる。
「俺の?」
「レンリが触ったら映るよ」
「連理さんが見た景色……ですか」
乃々さんも、額縁を見る。
俺は少しだけ、指先を止めた。
何が映るのかは分からない。
けれど、もし本当に俺が昔見た景色を映すなら――。
「どうだろう。試すなら、安全な場所でかな」
「はい。管理機構で確認してからにしましょう」
『連理さんの景色?』
『何が映るんだ』
『気になる』
『額縁、確認か』
乃々さんは、額縁を傷つけないように慎重に包む準備を始めた。
「確かに……視聴者さんたちが言うように、誰かがもう一度見たい景色を映せるなら、数字だけでは測れません」
「大事な景色」
「ひー」
「じゃあ、大事に持ち帰ろう」
「はい。絶対に傷をつけないようにしましょう」
『額縁アノマリーいいな』
『効果確認が楽しみ』
『銅箱から良いもの出た』
『未登録区画だけですごいのに』
未登録区画で見つけた銅箱。
そこから出てきた、思い出を映す額縁。
今はまだ、値段も用途も分からない。
でも、乃々さんが息をひそめるくらいには、そしてコメント欄が急に静かになるくらいには、ただの珍品ではなかった。
俺たちは《千景を継ぐ額縁》を抱え、来た道を戻り、帰還ポイントへと向かった。