軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話 額縁に映ったのは、過去、そして未来?

管理機構の個室に、《千景を継ぐ額縁》が置かれていた。

古びた木製の額縁なのに、傷んでいる感じはない。

長い時間を越えてきたというより、誰かの記憶の奥から抜け出してきたような、不思議な存在感がある。

千紘さんは端末を確認して、やわらかく微笑んだ。

「鑑定結果が出たよ。《千景を継ぐ額縁》は、未登録アノマリーだね。似たものはあるけど、額縁としてはなし。そして、現時点では危険反応なし。代償はないよ。触れた人の記憶を書き換えるとか、心を引きずり込むとか、そういう反応も出ていないね」

「よ、よかったです……! 名前が綺麗なので、逆に少し怖かったです!」

「綺麗な名前ほど、身構える感じはあるよね〜」

「またの名を、《窓レベル100》」

ニーナが満足げに言う。

「うん。ニーナちゃん式の呼び方だと、急にほっこりできるね〜」

「でも、効果はすごいんですよね?」

「うん。持ち主が過去に実際見た景色を、額縁の内側に映すの。映るのは記録映像というより、本人の記憶に残っている景色に近いものみたい」

「記憶に残っている景色……かぁ……」

思い浮かんだ場所は、一つだった。

「使うかどうかは、連理くんが決めていいよ。これは連理くんの持ち物で、映るのも連理くんの記憶に近いものだから」

「うん。やってみよう……たぶん、最初に出るなら、あそこだと思う」

「レンリの景色」

俺は額縁に指先を添えた。

木に触れているはずなのに、水面へ指を入れたような感覚があった。額縁の内側に、夕暮れ前の光が広がっていく。

「額縁が……明るくなってきました!」

「海」

「海ですね! 夕方でしょうか。畑があって、家がいくつかあって……すごく静かな場所です」

額縁に映る風景を見て、俺は細い目をさらに細める。

「うん。俺が暮らしていた島だよ」

「暮らしていた島?」

「異世界で」

一瞬の静寂。

「……異世界……ですか!?!?」

乃々さんの声が、部屋の空気を跳ね上げた。

「うん。俺は一度、異世界にいたんだ。転生者ってやつだったかな。女神にスキルをもらって、その世界に放り込まれて……それで、なぜかこっちに帰ってきた」

珍しく、驚きの表情を浮かべる千紘さん。

「待ってね。確認するけれど、冗談ではないんだよね?」

「冗談だったら、もう少し分かりやすくするよ」

「わかる。レンリは、異世界の匂いがする」

「ニーナが言うと、証言としての力が強くなるね」

千紘さんの表情が、少しだけ仕事のものに変わった。

「そんな……異世界からの帰還者は、管理機構の記録にはないよ。少なくとも、私が確認できる範囲では前例がない」

「連理さん、宝箱以前にご本人が未登録案件じゃないですか!」

「でもただの村人だよ。村人としてのんびり暮らしてただけ」

「転生して異世界暮らしして帰還って……連理さん、いくつなんですか!?」

「それはもう俺にもよくわからないな……」

「木箱からSランク精霊が出た時点で大事件なのに、開けた人まで前例なしだったんですか!?」

千紘さんはあくまで冷静に俺に聞いた。

「女神に与えられたスキル、というのは?」

「《幸運》。異世界だと、不遇スキル、ハズレスキル扱いだった。戦う力でも、治す力でも、すぐお金になる力でもなかったから。勇者でも英雄でも、大魔法使いでも剣聖でもないし」

口をあわわと開けながら、乃々さんは呟く。

「でも、宝箱では……!」

「こっちの宝箱とは、たぶん相性がいいんだと思うよ。まだ結果が決まっていないものを、良い方へ寄せる力。抽選とか、発見とか、巡り合わせとか、そういうところに出る」

「だから、木箱がぶっ壊れた」

「木箱配信的にはちょっと申し訳ないね」

ニーナの言葉に、俺は少し口角をあげた。

「良いんです! 良くないです! 混乱しています! 助けて! 宝箱学的には壊れています。木箱からニーナちゃんが出た時点で、木箱の常識は一回宇宙で破裂してます!」

「ひー……」

机の端で見ていた火種ちゃんが身じろぎ? する。

「火種ちゃんにも心配されてるね」

「それくらい大変です!」

乃々さんは本気でうなずいた。

「異世界帰還者。女神由来の《幸運》。宝箱排出への異常な偏り。……うん、書類が増える音がする〜」

「ごめん」

「謝らないで。ね? 大きい話は、小さく分けて扱えばいいんだよ〜。今日は、まずこの額縁と景色の話ね」

額縁の中で、海沿いの道が映った。

畑の奥に、白い建物が見える。

白髪の老人が木製の車イスに座っていた。

「む、奥に建物が見えます! あれは……療養所、でしょうか?」

「うん。そこに、魔王がいた」

「魔王!?」と乃々さん。

「魔王?」と千紘さん。

「魔王」とニーナ。

三人の声が、同じところで止まった。

「みんな、だいたい同じ反応だね」

「だって魔王ですよ!? 普通に出てくる単語ではありません! 信長じゃないんですから!」

「ある日海岸に流れ着いてたんだ。俺にとっては、白髪の穏やかな老人だったよ。額の左右に古びた角があって、髪の間から長い耳が見えていたけど」

「その特徴で、穏やかな老人として処理できる連理くんもなかなかだね」

千紘さんの言葉に少し考えて応える。

「島では、そんなに怖がられていなかったから。木の車イスに座って、海を見て、時々俺に剣の持ち方を教えてくれた。魔流剣技とかいって」

「魔王に剣を教わっていたんですか!?」

「手習いみたいなものだよ。リハビリのついでに。俺も、家の修理や畑を手伝ったり、車イスを直したりしていたし」

「魔王と生活」

ニーナが少し顔をゆるめる。なぜか。

「うん。そう言うと大げさだけど、一緒に暮らしていた時期があるのは確かだね」

「転生して、女神から《幸運》をもらって、魔王と暮らして、異世界から帰ってきて、今は木箱を開けています……!」

「並べると、かなり落ち着かない人生だね」

額縁に映る島は、その言葉とは反対に、ひどく穏やかだった。

海。畑。小さな家。療養所。夕日を受ける木の車イス。

戦場も、玉座も、魔王城もない。

俺が覚えているのは、そういう景色だった。

「俺がいたのは、平和な場所だった。大きな事件から少し外れた場所。たぶん、《幸運》がそういう方へ俺を流していた……のかな」

「悪いものから、少し外れる力」

「うん。あの島で魔王にも似たようなことを言われた。勝つ力じゃない。でも、ひどい場所から少し外れる力なんだと思う」

乃々さんが額縁を見つめる。

さっきまでの驚きとは違う。宝箱から出たものの価値を見つけた時の顔だ。

「だから、連理さんの宝箱は……ただ高いものを出すだけじゃなくて、必要なものに寄っていくんでしょうか」

「それはまだ分からない。でも、もしそうなら……この額縁も、必要な人のところに行く方がいいのかもしれない。少なくとも、俺以上に必要な人がいそうだから」

「この額縁、欲しい人は絶対に多いです!」

「乃々ちゃんはどうしてそう思うのかな?」

「はい! 戦闘用ではありません。探索を直接広げるものでもありません。でも、これは……失った景色を、もう一度見たい人に届きます!」

「失った景色」

「故郷、昔住んでいた家、家族と見た庭、もう壊れてしまった建物、二度と行けない場所。そういうものを、額縁の中でもう一度見られるなら……欲しい人は、きっといます!」

「見たい人に、渡す?」

「そうだね。俺が持っているより、必要としている人がいるなら、その方がいいのかもしれない」

「すぐ決めなくてもいいよ。これは連理くんのものだしね」

「ありがとう。でも、今の景色を見て、少し分かった。俺はこれを手元に置くために手に入れたわけじゃない気がする。思い出の風景は、いつでも蘇ってくるから」

乃々さんが、小さく息を吸った。

「では……管理機構公認のオークションに出す、という形がいいかもしれません!」

「オークション?」

うんうん頷いて返す千紘さん。

「公認オークションなら、安全確認も所有権の移転も、変な横取りが起きにくい形で進められるよ」

「それなら、お願いしたい。俺たちだけだと、何から始めればいいか分からないから」

「うん。任せて。こういう時のためのお姉さんだからね」

「お姉さん、すごい」

「これで、私たちの資金も……Ⅲ級に必要なゴールドに近づけるかも……」

「《お宝祭り》に行くための資金だね」

「はい。でも、それだけじゃありません! この額縁が注目されれば、連理さんの宝箱がただの高額排出ではないことも伝わります!」

「ただ高いだけじゃない」

「はい! 誰かの思い出や、探索や、これから必要になる場所へつながる。そういう宝箱配信になります!」

宝箱は、開けた瞬間だけで終わらない。

出たものが、誰かの手に渡って、別の価値を生む。

俺がこの世界で開けている箱は、もしかしたらそういうものなのかも。

「じゃあ、すぐ出品準備に入ろうか。公認オークションには、通常出品と注目出品があるの」

「注目出品……!」

「《千景を継ぐ額縁》なら、注目出品枠に回せる可能性があるよ。記録数がかなり少ないうえに、効果が分かりやすい。富裕層、美術関係、ホテル関係、資産家代理人。見る人は多いと思う」

「わわわわ、なんだかすごいことに……」

乃々さんの声が震えていた。

宝箱から出たものが、次にどこへ行くのか。それを一番近くで見たい顔だった。

俺はもう一度、額縁を見た。

海。

畑。

療養所。

木の車イス。

俺が暮らしていた島の夕暮れ。

これがまた別の思い出に変わる……。

「うん。見届けよう。あの島の景色を映した額縁が、次は誰の景色を映すのか……楽しみだ」

《千景を継ぐ額縁》。

銅箱から出た未登録アノマリー。

俺の過去を映したそれは、次に、現代のオークション会場へ向かう。

宝箱の中身が、どれだけの値をつけられるのか。

誰の記憶に届くのか。

その答えは……。