作品タイトル不明
第13話 お金の価値ってなんでしたっけー!?
管理機構公認オークションの会場は、俺が想像していた競売場とは少し違っていた。
整えられたホール。端末を操作する音。
ざわめき。
「大丈夫。今日は私も一緒にいるから。乃々ちゃんは緊張していいし、連理くんは分からないことをそのまま聞いていいからね」
千紘さんが、落ち着いた様子で言った。
「うん、助かるよ。会場に入った時点で、俺だけ少し置いていかれてる感じがある」
「私もです……! スーツの方、着物の方、通訳さん、ホテル関係者らしい方までいます。ダンジョンアイテムのオークションここまで人が集まるんですね!」
「ひー!」火種ちゃんも声を上げた。
「今日は注目出品がいくつかあるからね。《千景を継ぐ額縁》も、その一つだよ」
「注目出品……! 銅箱から出た額縁が、注目出品……!」
そこで乃々さんは足を早めた。
「あっ、出品一覧があります! えっ、すごい……箱の出現ダンジョン、箱格、排出演出、鑑定番号まで載っています!」
「アノマリーは出どころも価値に関わるからね。どのダンジョンで、どの箱から、どんな演出で出たか。買う側はそこも見るんだよ。本当はね」
「見ます! 見ますよね! むしろそこを見ないで何を見るんですか!」
「乃々さん、急に会場側の人になったね」
「違います。私は箱側です」
「箱側なんだ」
「ののは、箱人間」
「ニーナちゃん!?」
本番まで少し時間があり、千紘さんが展示区画へ案内してくれた。
展示台には、見ただけでは何なのか分からない品が並んでいる。横には必ず説明札が置かれていた。
「あっ、《絶対に右へ転がる石》です!」
説明札を読んでみる。
『設置面の傾斜に関係なく、常に所有者から見て右方向へ転がろうとする石。固定を怠ると展示台から落下する。方位錯誤の検査、迷宮内の方向確認、宴会芸に利用例あり』
「宴会芸まで利用例に入るんだ」
「止められてる」
石の右側には、小さな透明の板が三枚置かれていた。
「本当です! 係員さんが小さい板で止めています!」
「右に行きたいだけなのに、ずっと止められてると思うと、少し気の毒だね」
その他の出品物もまた、オークションにかけられる理由がよくわからない。
「次は……《持ち主を褒めすぎる鏡》?」
『対象者の長所を検出し、音声で称賛する鏡。精神補助、接客訓練、自己肯定支援に利用例あり。ただし称賛表現が過剰なため、長時間使用すると羞恥反応を引き起こす』
『あなたは本日も大変えらいです』
「いきなりです!」
『呼吸をしている点も高評価です』
「呼吸、えらい」
「ひー?」
「これ、疲れてる時に見たら危ないかもしれないね」
その隣には、白い仮面が置かれていた。
「こっちは……《持ち主より先に謝る仮面》?」
『所有者が失敗する可能性を検知すると、所有者本人より先に謝罪する仮面。交渉補助、接客訓練、謝罪会見の予備演習に利用例あり。ただし謝罪理由を本人が理解していない場合、場の混乱を招く』
読み終えた瞬間、仮面がわずかに震えた。
『大変申し訳ありません』
「今、誰に謝ったんですか!?」
「なんか社畜感があって俺の心の奥底がキュってなったよ」
転生前のことが魂の奥底からふっと蘇った気がした。
ニーナは不思議そうに呟く。
「ニーナは、何もしてない」
「うん。ニーナは何もしてない。たぶん、近づきすぎただけだと思う」
「その可能性が高いね」
「展示品だけで疲れてきました……!」
「でも、ここに並ぶものは全部、買いたい人がいるの。変だから売れる。危ないから管理する。役に立つから値がつく。それがダンジョンアイテム市場だね」
「じゃあ、《千景を継ぐ額縁》も、ここではそういう目で見られるんだ」
俺が言うと、ニーナがこちらを見つめた。
「変。良い意味で」
「うん。少し落ち着かないけど、嫌ではないかな」
◇
会場係の声が響く。
「続きまして、出品番号二十七番。管理機構鑑定済み未登録アノマリー、《千景を継ぐ額縁》のご案内です」
「来ました……!」
「どうなるか、たのしみ」
「うん。そうだね」
会場の前方に、《千景を継ぐ額縁》が映し出された。
「本品は、所有者が過去に実際見た景色を、額縁内部に再現するアノマリーです。現時点で、記憶改変、精神干渉、対象拘束などの危険反応は確認されておりません」
「前列の方、資料を開きました! ホテル関係者の方も端末を出しています!」
「反応はかなりいいね」
「思っていたより、本気で見られてる」
言いながらニーナが身を乗り出した。
額縁が、知らない人たちの視線を集めていた。
「同型……この額縁の登録例はなく、類似記録も限定的です。空間演出、美術収蔵、個人記憶再現用途として、高い希少性が認められます」
「未登録、類似記録限定的……言葉の一つ一つが重いです……!」
「なんか不思議な感じがするね」
会場係が、入札開始を告げた。
「開始価格は、八十万ゴールドより」
「八十万……?」
聞いた瞬間、乃々さんは口を開けた。
「千紘さん、八十万って、開始価格なんだよね?」
「うん。落札価格じゃなくて、ここから始まる額だよ」
「待ってください……! 八十万ゴールドって、私の配信規模だと何十年分とか、そういう話になります……!」
「もう、すごく高い」
「八十五万」
「あ、ああああ上がりました!」
「九十万。九十五万」
「十万ずつ上がってるのに、誰も迷ってない」
「この会場では、八十万は様子を見る額だったのかもしれないね」
「様子見で八十万はおかしいです……!」
「百十万」
わかりやすく手をバタつかせて慌てる乃々さん。
「連理さん、百万ゴールドですよ!? 普通に探索していたら、人生が変わる額です!」
「うん。これ、俺たちが思っていたよりずっと大きい話なんだね」
金額が読み上げられるたび、前列の端末が動く。
前列の一人が、端末から目を離さない。その横で、通訳を連れた海外の客が短く何かを告げる。
着物の女性は、額縁の映像だけをじっと見ていた。
「百二十万。百三十万」
「まだ止まりません……! どうして止まらないんですか!?」
「欲しい人が複数いるからだね〜。ひとりだけなら、ここまで競らないよ」
「この額縁を、本気で欲しい人が何人もいるんだね」
「誰かが、自分の昔の景色を見たい」
ニーナに対して、俺は微笑む。
「うん。それなら、分かる気がする」
「百五十万」
「信じられない額で吐きそうです……」
「のの、まだだ。まだ耐えるんだ」
「三百万ゴールドの半分になったね……」
「半分です! Ⅲ級昇格に必要な額の半分です! この一品だけで、半分まで来ています!」
Ⅲ級昇格に必要な額はある種の《ふるい》だ。
そこまで本気かどうか。
覚悟するしかない。
「百七十万」
「また上がりました!」
「嬉しいのに、少し怖くなってきた」
「私もです! 嬉しいです! でも怖いです!」
会場係の声だけは、最初から変わらなかった。
「百八十万」
「ここまで来ると、美術品として見ている人だけじゃないね。個人所有、施設展示、資産価値。その全部が乗っていると思う」
「俺たちは、思い出を映す額縁だと思っていたけど……この人たちは、もっといろんな使い方を見ているんだね」
「百九十万」
「二百万が見えました……!?」
「二百万か。……それだけあったら、生活がまるごと変わる額……だったっけ?」
「普通はね」
千紘さんの微笑みにも、少し変化が見える。
それほどの額。
「二百万」
「二百万ゴールド……! これ、もう一つの額縁の値段じゃありません。連理さんが木箱から出したものを、会場全体が本気で取り合ってます……!」
「この額縁、もてもて」
ニーナは額縁から目を離さなかった。
「でも、まだ落札じゃないよ」
「精神の限界です!」
「二百万でも、まだ途中なの?」
「ここから先は、値段じゃなくて、誰が引かないかだね」
「引かない……」
「うん。欲しい理由がある人ほど、ここから止まれなくなる」
会場係が、次の札を確認する。
「次の入札を確認します」
会場がざわめきをより強くする。
「まだ、終わらない」
「二百万で終わらないんですか……?」
「二百二十万」
「まだ上がりました……!」
「二百三十万」
会場が、はっきり揺れた。
それまで動いていなかった後方の席で、一つ、端末が上がる。
千紘さんの目が、少しだけ細くなった。
「……ここで、新しい人が入ってきたね」
「新しい人……?」
乃々さんが、息を止める。
《千景を継ぐ額縁》の競りは、まだ終わらなかった。