作品タイトル不明
第8話 低級木箱からまた何か出たー!
「連理さん、今日の探索先はⅠ式ダンジョン《墜都大図書館》です」
転送ゲートの前で、乃々さんが端末を確認しながら言った。
隣にはニーナ。肩の近くには、ふわふわ揺れる火種ちゃん。
フライは、いつでも配信を始められる位置で待機している。
「図書館のダンジョンなんだね」
「はい。巨大図書館と、墜落した空中都市が混ざった場所です。Ⅰ式ですが、景観人気はかなり高いです」
「本が多い?」
ニーナが、静かに首を傾ける。
「多いです。読める本はほとんど残っていませんけど、書架や閲覧席の跡はかなりあります」
「宝箱は?」と俺。
「出ます。出ますが、期待値は《終点地下街》より少し上、くらいですね。普通なら」
「普通なら、かぁ」
「はい。連理さんがいるので、普通が過去のものになってます」
ニーナが俺を見上げた。
「普通、置き去りにした?」
「俺が置いてきたつもりはないんだけどね」
「ひー」
「火種ちゃんも同意しています」
乃々さんが真面目な顔でうなずく。
俺は肩の近くで揺れる火種ちゃんへ視線を向けた。
「火種ちゃんは、今日は本棚に近づきすぎないようにしよう。アノマリーだから大丈夫だと思うけど、一応ね」
「ひー?」
「火、注意」
ニーナもこくりとうなずいた。
『墜都大図書館きた』
『火種ちゃん、図書館に入って大丈夫?』
『今日も木箱ある?』
『連理さんの木箱、見たい』
「コメントの皆さんも待機してますね! では、配信を開始します。《墜都大図書館》、探索開始です!」
ゲートを抜けた瞬間、空気が変わった。
古い紙の匂い。石の匂い。
『待ちすぎて足がおかしくなった』
『キターーーーーー!!』
『見てるよー』
「見てくれてありがとうございます! 元木箱研究部です!」
「元なんだね」
足元にはひび割れた大理石のような床が広がり、左右には傾いた大書架が並んでいる。
天井の裂け目からは白い光が差し込み、その向こうに崩れた都市の影が見えた。
「……すごい。入ってすぐ、空気が違います」
本棚の向こうには、石だたみの通路が見えた。
図書館の奥に、街の道が入り込んでいるようだった。
「本棚の向こうに石だたみが見える。図書館なのに、街の通路みたいだ」
「そこが《墜都大図書館》の特徴です。書庫と街区が重なっているんです」
「本の街」
「いい言い方だね」
『雰囲気いい』
『本の街、いいな』
『ニーナちゃんの短文センス』
『静かにしないと怒られそう』
その直後、空中に古い文字が浮かんだ。
『静粛に』
乃々さんが、反射的に声を抑える。
「なんか出ました……! フェノメノンです!」
「図書館としての記憶? が残ってるのかな」
「静かにする」
「ありがとう。ニーナはもう十分静かだけどね」
「もっと静かにもできる」
「これ以上?」
「……」
ニーナが目を伏せた。
すっと気配が薄くなる。隣にいるはずなのに、そこだけ音が抜け落ちたみたいだった。
「本当に静かになったね」
「存在感まで静かにしないでください……!」
『ニーナちゃん、静音モード入った』
『もっと静かにもできるw』
『かわいい』
『存在感まで静粛にしてる』
火種ちゃんが小さく声を出した。
「ひー」
すると、また空中に文字が浮かぶ。
『火気注意』
「火種ちゃん、注意されてる」
「アノマリーが図書館マナーで怒られること、あるんですね」
「ひー……」
火種ちゃんが、しょんぼりしたみたいに明かりを弱めた。
「しょんぼりしてる」
「怒られてるわけじゃないよ。注意されてるだけだから、ゆっくり行こう」
「連理さん、火種ちゃんへの励まし優しい……!」
「炎上したり消えたら悲しいからね」
『火種ちゃん、館内注意されてるw』
『火気注意は正しい』
『図書館ルール厳しい』
『火種ちゃんしょんぼりしてる』
火種ちゃんは本棚から距離を取るように、俺の肩側へ寄った。
乃々さんは、すぐに宝箱探索モードへ切り替わる。
「では、宝箱候補地点を確認します。巨大書架の陰、崩れた閲覧席、イスの下、石だたみ回廊との接続部。このあたりは出現報告があります」
「乃々さん、本当に箱の話になると目が変わるね」
「はい。ここからが本番です」
「箱、本番」
「ニーナも覚えてきたね」
乃々さんはフライの角度を調整しながら、奥の書架を指差した。
「連理さん、あの書架の奥、少しだけ床の色が違いませんか?」
「たしかに」
埃の積もり方が、そこだけ薄い。
誰かが歩いたというより、何かが一時的にそこへあったような跡だった。
「過去に何かが出た跡かもしれません!」
『宝箱探索モードきた』
『乃々ちゃんの本職』
『床の色まで見るのか』
『木箱ある?』
『今日も紫くる?』
「火種ちゃん、あそこの下を照らしてくれるかな」
「ひー」
火種ちゃんが書架の影へ近づき、橙色の光で奥を照らす。
崩れた閲覧机の下。斜めに倒れた椅子の陰。
そこに、小さな木箱があった。
「あっ……あります!」
「箱」
「木箱だね」
乃々さんの顔が、嬉しさと警戒で忙しくなる。
「木箱です。ただし、もう私は木箱を信用しません」
「箱を信用しない宝箱配信者って、ちょっと大変そうだね」
「信じています。でも信用はしません! 混乱しています! 助けて!」
「なんかごめん……」
『木箱きた!』
『信用されない木箱』
『信じてるけど信用しないw』
『普通で終わる気がしない』
乃々さんはいつもの開封前説明に入ろうとして、途中で肩を落とした。
「本日の木箱です。通常であれば、低級素材、低級ポーション、小型道具が候補になりますというこのお決まりのセリフ……悲しい……」
「通常、弱い」
「最近の木箱に限ると、そうかもしれない」
「連理さん、お願いします!」
「うん。開けるよ」
『くるぞ』
『紫か?』
『白か?』
『木箱、今日は何をやらかす?』
俺が木箱へ手をかけたところで、また文字が浮かんだ。
『静粛に』
ニーナが木箱の前で、少しだけ姿勢を正す。
「静かに、わくわく」
「それならいいね」
『静かにわくわくw』
『開封前に注意されてる』
『図書館ダンジョン、空気読ませてくる』
「連理さん、改めてお願いします」
「うん」
蓋を開ける。
古びた木箱の隙間から、紫の光があふれた。
「……紫です!」
「また紫なんだね」
「はい! 木箱から紫です! 今日も木箱が普通をやめました!」
『紫きたあああ』
『木箱またやった』
『普通終了』
『図書館でも壊れる木箱常識』
『宝箱王きた』
光がおさまると、木箱の中には小さな袋が残っていた。
ニーナが中を覗き込む。
「中、袋!」
「袋?」
乃々さんがフライを寄せる。
「袋の中に小さな種がいくつか……? いえ、待ってください。これ、もしかして……」
「《宝具解放》」
ニーナが手をかざすと、袋の周囲に透明な光の輪が浮いた。
「ニーナ、分かる?」
「これは、《刹那の種》」
「《刹那の種》……! 既存アノマリーです。希少ですが、記録はあります」
「既存なんだ。じゃあ今回は、世界初というより、かなり珍しい当たりを引いた感じかな」
「はい。ただし、木箱から出るものではありません」
『既存アノマリー!』
『でも木箱から出るな』
『連理さんの木箱だけ排出テーブル違う』
『また当たり引いてる』
「これはね。撒くと、伸びる」
ニーナは、指先で小さく伸びる動きをした。
「伸びる?」
「ツル。枝。花。すぐ咲く。すぐ枯れる」
「記録上もその通りです。急速に発芽して、美しい花を一瞬だけ咲かせて枯れるアノマリーです」
ニーナは少しだけ袋を見つめてから、いつもの静かな声で言った。
「またの名を、《消えちゃっ種》」
「ニーナちゃんの説明名は基本ダジャレですね!」
「真名は《刹那の種》。ニーナの説明では、《消えちゃっ種》」
「正しい」
『消えちゃっ種w』
『わかりやすい』
『ニーナ式説明、助かる』
『刹那の種、普通に欲しい』
「試してみようかな」
俺が言うと、乃々さんが書架との距離を確認する。
「少量なら大丈夫だと思います。ただ、書架からは離れましょう」
「じゃあ、この床の割れ目に撒いてみる」
『撒くぞ』
『刹那の種、実演』
『木箱から出たものを即使用するの好き』
『図書館で花咲くのか』
俺は袋から種を一粒取り、割れた床の隙間へ落とした。
次の瞬間、細いツルが床を走った。
「出ましたー!」
乃々さんの声が弾む。
「のびる」
「本当に速いね」
「ツタが……上にのびていきます!」
ツルは床の裂け目から伸び、倒れた閲覧席の脚に絡み、書架の下へ広がっていく。
枝分かれした先に、白や淡い青の小さな花が一斉に咲いた。
「花もついてるね」
「一瞬」
「すごい……下にも花が……!」
『うわ』
『咲いた』
『一瞬で花畑』
『図書館に花』
『これが木箱から?』
その時、蔓の先から小さな白い花が一輪、ふわりと落ちた。
花はそのまま、ニーナの白銀の髪にちょこんと乗る。
ニーナは動かなかった。
「ニーナ、花が乗ってる」
「知ってる」
乃々さんが、ぱっとニーナを見る。
「知っててそのままなんですか!?」
「似合う?」
「うん。かなり似合ってる」
「なら、このまま」
『ニーナちゃん、花装備した』
『似合う?はかわいい』
『このままw』
『無表情で気に入ってるの良い』
『花ロリ精霊、完成』
さらに、空中に文字が浮かぶ。
『館内美化にご協力ありがとうございます』
「褒められた?」
俺がつぶやくと、ニーナは自分の髪の花を見上げるように目を動かした。
『ニーナちゃん基準かわいい』
『館内美化=ニーナちゃん』
『これは褒める』
『図書館も分かってる』
咲いた花は、もう端から淡くほどけ始めていた。
文字通り、一瞬だけの花だった。
「次の箱」
「うん」
「気になる」
「ひー」
『次の箱も見たい』
『木箱もっと開けて』
『宝箱王、今日も仕事した』
『刹那の種、使い道ありそう』
ツルは少しずつ透明になり、床の花も光の粒みたいに消えていく。
けれど、花が消えたあと、崩れたイスの奥に細い通路が見えた。
「連理さん、探索を続けますか?」
「うん。花は消えたけど、この奥が少し見えた。もう少しだけ進んでみよう」
「進む」
「ひー」
「じゃあ、静かに行こうか」
また、空中に文字が浮かぶ。
『静粛に』
「念押しされたね」
「はい。静かに進みます」
ニーナが、静かに手を上げた。
「静かに、箱」
「箱は探すんだ」
「うん」
『静かに箱w』
『結局箱』
『次の木箱待機』
『この図書館、宝箱配信向きすぎる』