作品タイトル不明
第22話 覚悟の準備をしておいてください!
地下水路の向こうに立つ三人組を見た瞬間……乃々さんの声が小さくなった。
魔物とは違う緊張。
相手が人間だと分かっているからこそ、嫌な感じがした。
何を狙っているのか、どこまで踏み込んでくるのか。爪や牙より、そっちの方が読みづらい。
「……探索者クランです。三人。装備、かなり本格的です」
「知ってる人たち?」
「はい。たぶん、フリー 回収屋(ハウンド) です」
「犬?」とニーナ。
「犬ではありません。企業案件の高額回収を請け負う、実力派の回収班です!」
「回収屋かぁ……」
女性は黒とグレーのジャケットを着て、先頭に立っていた。
後ろには大きな盾を持つ男性。
もう一人は端末を片手にしている。
ただの探索者ではない……気がする……立ち方。
「先頭の女性が 御厨冴(みくりやさえ) さん。後ろの大柄な方が真壁ソーゴさん。端末を持っている方が 波多野透(はたのとおる) さん、だと思います」
「のの、詳しい」
「宝箱配信者でも、有名な回収家くらいは知っています……!」
『ハウンド!?』
『Ⅱ式で?』
『企業回収屋じゃん』
『空気変わった』
『やばくね』
コメント欄も、一気にざわついた。
名前が出た瞬間に反応が変わる相手。つまり、それだけ知られているクランということだ。
端末を持つ男——透が、画面から目を上げた。
「日野枝連理。安曇乃々。それと……噂のSランク精霊」
「ニーナはニーナ」
「俺たちの名前を知ってるんだ」
透は、こちらを観察対象として見ているようだった。声に敵意はない。
ただ、興味と警戒が同じくらい混ざっている。
「配信者なら、名前を知られるのは自然だろう。木箱からSランク存在型。未登録アノマリー連発。さらに今の戦闘」
「見ていたんですか……?」
「途中からな。さっきの戦闘も見た。アノマリーの連携運用としては、かなり面白い」
「褒められてる、でいいのかな」
透の分析の後で御厨冴が言った。
「評価している。警戒もしている」
「分かりやすいね」
冴は声を荒げない。
だから余計に、距離の取り方が難しい。
敵意ではない。と思う。
でも、隙がない。
「ふん」
「大きい人、盾の人」
ニーナの言葉に返す、盾持ちの男。
「盾だ。盾の人だ」
『そこは答えてくれるんだ』
『名前知られてる』
『まぁ噂にはなるよな』
『冴様〜』
『ソーゴさん一言だけで圧ある』
背負った盾の存在感が強い。
低い声と装備の重圧で気圧される。
「ハウンドの方が、どうして《泡沫アクアリウム》に?」
乃々さんの問いに、先に答えたのは冴だった。
「企業任務。最深部で回収対象を確保する。それだけ」
「宝箱ではなく?」
今度は透が、端末に視線を落としたまま淡々と言った。
「Ⅱ式の通常宝箱を主目的に潜る回収屋はいない。期待値が低すぎるからな」
「……期待値」
乃々さんの声が、少しだけ低くなった。
「乃々さん?」
「いえ。価値観……宝箱観の違いです。宝箱を期待値だけで見る文化も、あるのだなと」
「宝箱観」
ニーナが呟く。
「宝箱観?」
透が、そこで初めて少しだけ不思議そうな顔をした。
「宝箱観です。箱を見つけた時の心拍数。開ける前の祈り。演出の光を待つ時間。開封記録。その全部です」
「数値化しにくいな」
「だからいいんです」
「のの、アツいバトル」
乃々さんは真剣だった。
水着装備のまま、地下水路で企業回収屋相手に宝箱観を語っている。
状況だけ見ればかなり妙だけど……。
『宝箱観w』
『乃々ちゃんの聖域に触れた』
『期待値だけじゃないんだよな』
『企業回収屋と宝箱配信者、文化が違いすぎる』
しかし、本人にとっては譲れないところなのだろう。
「価値観は分かった。否定する気はない」
「……ありがとうございます」
「しかし、最深部へ行く道は譲れない」
空気を一変させる冴の言葉。
「俺たちも正式クリアのため、深部へ向かっているんだけど」
「だろうな。この先の地下水路が最短だ。迂回路は遠い。時間も危険も増える」
「つまり、行きたい道が同じなわけだ」
「そうなる」
水路の奥から、低い水音が響く。
お互いに行きたい道は同じ。譲れば遠回り。強引に進めば衝突する。
そして、御厨冴はなんとも言えない笑顔を作った。
「考え直しだ。この先の宝箱は我々がもらう」
「班長?」
透が、わずかに眉を動かした。
今の一言は、予定していた任務だけの判断ではないらしい。
「それは……競争ということですか?」
「現場ではよくある。先に着いた側が選択権を持つ」
「なるほど。わかりました」
「ひー……」
「火種、暗くなった」
火種ちゃんの火が、少し弱くなる。
乃々さんは一度だけうつむいた。
その反応で、なんとなく分かった。怖がっているだけではない。たぶん、怒っている。
これは……。
「乃々さんの言いたいことはわか」
「私の宝箱主義に反します! 絶対に負けません!」
乃々さんの声が、結晶化した壁に反響する。
さっきまで慎重だったコメント欄も、その一言で一気に熱を取り戻した。
「面白くなってきたじゃないか」
冴は笑う。
「お前はまったく……」
呆れた声をあげるソーゴ。
どうやらリーダーの独断のようだ。
『回収屋、何を考えてる?』
『面白くなってきた』
『宝箱より先にルート争い』
『相手が強そうすぎる』
冴が一歩、前へ出る。
相手は明らかに強い。
こちらは水着装備に、火種ちゃんとニーナと乃々さん。
改めて考えると、絵面はだいぶ不利に見える。
「許すまじ……! 覚悟の準備をしておいてください!!」
それでも、引く理由にはならない。宝箱が絡んだ時の乃々さんは、本当に強い。
「私の宝箱観! そして私の宝箱主義のため! やっちゃってください連理さん!」
「俺がやるのね……」
やる気満々らしいニーナ。
「ニーナが消し炭にする」
「ダンジョンも消滅するね」
ニーナが本気を出す選択肢は、かなり危険だ。
できれば避けたい。ダンジョンごと壊して正式クリアになるのかも分からない。
「班長、こっちは良い」
透が端末を見て言った。
「なら、始めよう」
できれば避けたい。
けれど、譲る気もない。
「うん。先に進ませてもらうよ」