作品タイトル不明
第21話 噂をすれば、なんとやら
ハイリザードマンの巨体が白い光の粒になって消えたあと。
濡れたプールサイドには、まだ戦闘の熱が残っていた。
俺たちは全員、水着に近い耐水探索装備のままだ。
水着姿で巨大なリザードマンと戦った、と言葉にするとかなり変だ。
「連理さん、ニーナちゃん、火種ちゃん、本当にお疲れさまでした!」
「ひー!」
火種ちゃんが、いつもより明るく揺れた。
「なんか、火が少し大きくなってない?」
「照れています。たぶん照れ火です」
「照れ火」
と呟いたニーナが続ける。
「調子に乗ってる」
「ひ、ひー!?」
『火種ちゃんかわいい』
『ただの照明じゃなかった』
『調子に乗ってる火w』
『火影縫い、切り抜き確定』
火種ちゃんは抗議するみたいに火を揺らした。
でも、実際に今回は火種ちゃんがいなければ勝てなかった。照らすだけじゃない。影を作る。そこへ《刻の縫い針》を刺す。小さな火が、あの重装甲の敵を止めたのだ。
「切り抜きタイトル、どうしましょう。『火種ちゃん、その熱き魂』でしょうか」
「スポーツのドキュメンタリーかな?」
「ひー……」
「またの名を火の玉ボーイ」
ニーナの言葉に俺は目を細めた。
「謎の肩書きが増えた……」
「火種ちゃんに肩はありませんけどね。どわははは」
「…………」と俺。
「…………」とニーナ。
乃々さんは言ったあと、自分でも少しだけ気まずそうに目を泳がせた。
濡れた髪を押さえて、耐水探索スーツのまま真顔でそれを言うので、見た目とのギャップがすごい。
「それにしても、連理さん、アノマリーを組み合わせるなんて中々無いですよ。《歩く火種》で影を作って、《刻の縫い針》で止めるなんて」
「レンリは、使い方を見つけた」
「それです。連理さんは、宝箱から出たものの価値を、その場で引き上げているんです」
「思いつきなんだけどね」
俺としては、追い込まれたから試しただけなんだけれど。
宝箱から出たものは、出た瞬間が終わりじゃないってことだ。
「探して、見つける。宝箱といっしょ」
「ひー!」
『引いた後の使い方が本体』
『幸運で引いて発想で勝つタイプ』
『引いただけじゃわからんのだなぁ』
『宝箱の中身が運用で化ける』
「コメント欄も、かなり認識が変わっていますね」
「木箱から出たものを、ちゃんと使えたならよかったよ」
「木箱、えらい」
「木箱はえらいです。今回は火種ちゃんも、針も、木箱由来ですから。もしかして木箱がすごいのでは……?」
よくわからないことをぶつぶつ言い始めた乃々さん。
自分の世界に入ってしまった!
「確かに。木箱にだいぶ助けられてるね」
「はっ! はい。低級箱と呼ばれても、やはり木箱には夢があります」
『木箱信者がまた増える』
『乃々さんの木箱愛すき』
『木箱から戦術作るの草』
『草越えて木箱』
乃々さんの声に、いつもの宝箱熱が戻ってきた。
心配ではあるけれど、その明るさに救われるところもある。
「……そういえば、ここまで他の探索者とほとんど会ってないね。入り口の感じからもっといるかと思った」
Ⅱ式ダンジョン……《泡沫アクアリウム》のゲートにいたのは俺たちだけではなかったはずだ。
「言われてみれば、そうですね。Ⅱ式の人気区画なら、もっと遭遇してもおかしくありません」
「人がいると、箱の取り合い?」
「あります。宝箱はその場で開封ですから、ひとつの宝箱を巡って戦闘になることもあります。他の探索者を襲うレイダーなんかもいますし」
魔物は分かりやすい。襲ってくるなら敵だ。
倒すか逃げるかを選べばいい。
でも、人間は違う。
笑って近づいてくる相手が安全とは限らない。
かと言って全てが敵なわけではない。
話が通じるからこそ、嘘も駆け引きもある。
「噂をすると出るって言いますよね……」
「そんな、オバケじゃないんだから」
「オバケ、こわい」
ニーナの言葉。
ニーナ、オバケ怖いんだ……。
「今まで会わなかったのは、運がよかっただけかもしれないですね」
「ひー……」
「火種ちゃん、少し暗くなりました」
「人間、こわい?」
「魔物とは違う怖さはあるかな。話が通じる分、ややこしいこともある」
◇
螺旋状……結晶化した階段を降りていく。
地下水路。
「さっきまでのプール施設とは違うね」
水晶化した壁は淡く光っているのに、通路の奥は暗い。
「《泡沫アクアリウム》、地下水路を進んでいます。だんだん深層に近づいてきました。踏破目的なので、深層の……放水路には行かないと」
乃々さんの声が、途中で細くなった。
水音に混じって、別の音がある。
足音のような……
「連理さん」
「うん。いるね」
「三人、みえた」
『え?』
『探索者?』
『他パーティきた?』
『空気変わった』
通路の先。
広い地下水路の向こうに、三人の人影が立っていた。
あちらも人声に気づいたか。
黒とグレーのジャケットを着た女性。
大きな盾を背負った男性。
端末を持った男性。
全員、装備が整っている。立ち方にも無駄がない。偶然迷い込んだ探索者ではない。
「探索者チームです…………あれは」
「止まろう。まずは距離を取る」
「向こうも見てる」
「ひー……」
火種ちゃんの火が、少しだけ小さくなる。
嫌な沈黙だった。
「配信、続けますか?」
「続けた方がいいと思う」
『殺されても文句は言えない』
『そもそもダンジョン潜りの段階でサインしてるしな』
『急に緊張感』
『今までが平和すぎたのか』
『探索者同士の遭遇きた』
『相手、強そう』
コメント欄の言葉が、急に現実の重さを持つ。
配信を切れば、外の目が減る。続ければ、こちらが記録していると相手にも伝わる。
今は、見られていた方がいい。
「レンリ、どうする?」
「まだ何もしない。相手が近づくか、通り過ぎるかを見る」
「……向こう、動きません」
「なら、こっちも動かない」
「ひー……」
水路の音だけが続く。
相手は、動かない。
襲うなら距離を詰める。敵意がないなら、声をかけるか通り過ぎる。どちらもしない。
こちらを値踏みしているのか。
それとも、向こうも同じように迷っているのか。
「なんだ……なぜ動かない……」