作品タイトル不明
第20話 ダンジョンの壁は意外とやわらかい説
ハイリザードマン。
水を含んだ足音が、プールサイドに重く響いた。
正面から来る。
分かっていても、盾と 三叉槍(トライデント) が並んで迫ってくる圧はかなりきつい。
逃げ道を間違えれば、後ろの乃々さんたちまで巻き込む。
濡れた床に映る巨体の影。
3メートルの爬虫類人?のプレッシャー。
「グァァッ!」
「盾を前に出してきました……! そのまま押しきるつもりです!」
響く足音。
大盾はまるで壁だ。
ハイリザードマンの眼光が変わった。
「レンリ
ニーナが呟く。
「来る」
「速いです!」
バールのようなものの先端で弾く。
「大丈夫。見えてるよ」
正面からは受けない。
だが……。
「グルァッ!」
「重いな……!」
腕に響く重さが、さっきより強い。
盾で間合いを詰めながら槍を突いてくるせいで、威力があがっている。
少しでも遅れたら、三叉槍に引っかけられる。
「レンリ、押されてる」
「確かに、このままだと長くは持たない……!」
動きを止めたい。
しかし、鱗と硬い鎧には《刻の縫い針》は刺さりそうもない。
ニーナの魔法は強力過ぎて、避けられればダンジョンの崩壊を招くかもしれない。
「グラァァァァァッ!」
近距離での攻撃はめちゃくちゃだ。
不確実……かなり精神を使う。
『バールのようなものでトライデントいなしてる』
『工具の動きじゃない』
『装備の差がありすぎて』
『相手硬すぎる』
『盾が邪魔すぎ』
「ギィッ!」
大盾が、俺の逃げ道を塞ぐ。
どうにか《刻の縫い針》が刺さる場所を見つけなくては……。
場所?
そうか。
少し跳躍して、距離を取る。
「……火種ちゃん」
「ひー?」
「壁の方へ。あいつの前じゃなくて、横から照らして」
「ひー!」
火種ちゃんが、ハイリザードマンの横へ移動した。
小さな火が揺れる。
その光が横から当たり、ハイリザードマンの影が壁に大きく伸びた。
「影が……壁に、はっきり出ています!」
「火種ちゃん、そのまま。少しだけ、そこで照らしていて」
「ひー……!」
『火種ちゃん!?』
『影が出た』
『何する気だ』
「グルル……!」
ハイリザードマンが、盾を前に出した。
もう一度、踏み込んでくる。
巨大な盾で押しつぶすつもりだ。
「本体を止めるんじゃない」
「え?」
「動きが映っている場所を止める」
《刻の縫い針》を構える。
狙うのは、鎧ではない。
壁に映った、ハイリザードマンの影。
「止まれ」
針が、結晶化した壁へ走った。
古くなった壁の裂け目を《刻の縫い針》が刺す。
「グッ……!?」
「止まった……!」
巨体が前のめりの姿勢で固まる。
槍先だけが、俺の目の前で震えていた。
『影を刺した!?』
『そう使うのかよ』
『火種ちゃんが影を作ったのか』
『ちょっとまち針、急に化けた』
『発想がおかしい』
「影を……刺したんですか?」
「火種ちゃんが影を作ってくれた。あの影が動きと繋がっているなら、針で縫えると思った」
「ひー!」
「グ、ル……!」
「止まっています……! でも、長くはなさそうです!」
もう数秒しかない。
けれど、今なら盾が下がらない。
三叉槍(トライデント) も来ない。
あの分厚い鎧へ、真正面から狙いを合わせられる。
「ニーナ、今なら確実に当たる。鎧を割れる?」
「割る」
ニーナが一歩、前へ出る。
白と青の装備に、光が反射した。静かな声なのに、空気が少し重くなった……気がした。
「結晶の光の名の下に」
ニーナの元に魔力が収束する。
「答えよ。其は塊。其は撃。其は放たれる」
『詠唱きた』
『ニーナちゃん本気?』
『空気変わった』
『小さい声なのに圧がある』
「固まり、渦巻き、跳ねよ」
「グァ……!」
「とっても小さく」
「小さく?」
乃々さんの声が合間に響いた。
「《結晶星》」
結晶の星……魔力の塊が、ニーナの手のひらから放たれた。
小さくない。巨大だ。
圧縮された魔力の塊が、空気を裂く。
角度を変え、盾を抜け、狙いすますように鎧へ飛び込んだ。
音が遅れて来た。
ガァァァァン!
衝撃音。
水晶の壁が震え、プールの水面に丸い波が広がる。
「グオォォォオオォォォ!?」
「鎧が……割れました!」
「核、見えた」
鎧の胸部が砕ける。
その奥に、赤い魔法石が露出した。
「十分」
俺は呟く。
針が戻る。
止まっていた巨体が動き出すより早く、踏み込んだ。
バールの先を、割れた鎧の内側へ差し込む。
「《穿つ》」
特定の魔物に存在する生命維持装置……魔法石。
それが……破砕された。
「――グ、ァ」
「悪いね」
ハイリザードマンの巨体が、内側から光を漏らした。
「核、砕けた」
鎧も、盾も、三叉槍も、白い光の粒になって消えていく。
「た、倒しました……!」
『うおおおおお』
『影を刺して止めた!?』
『ニーナの結晶星やばい』
『鎧割ってバールのようなもので核刺した』
『かっけぇぇぇぇぇぇ』
『宝箱アノマリーの使い方が化けた』
「ひー!」
「すごいすごい! すごいです! 連理さん!」
乃々さんが跳ねる。
「火種ちゃんのおかげだったよ」
「火種、影を作った」
「《歩く火種》は、暗いところを照らすだけじゃない。《刻の縫い針》と合わせればかなり使える」
「ひー!」
火種ちゃんが、なんだか誇らしそうに揺れた。
照らすだけ。そう思っていたけど……。
「鱗や鎧では針が弾かれる可能性があった。避けられる可能性もある。でも、大きく映った影は逃げない」
「アノマリーのコンボ技……ですか?」
「レンリ、かしこい」
「ありがとう。なんとか壁に刺さって良かったよ」
『火種ちゃん出世した』
『ただの照明じゃなかった』
『これちょっとまち針の弱点消えたろ』
『このクラン、宝箱から出たものを使うのが上手すぎる』
「《歩く火種》と《刻の縫い針》……これは、名前をつけるなら」
「まって。ニーナが超かっこいい名前を考える」
「今つけるの?」
ニーナは胸を張った。
「《火影縫い》」
おお、割とかっこいい。
そして間をおいて……。
「またの名を《まっち針》」
「…………」
「…………」
なんとなく分かるけど、今ここで採用すると、たぶん後戻りできない。
「名前は必要ならあとでつけよう」
「あ! まだ道が先にありますよ。ボスじゃなかったんですね」
光の粒が消えた先に、さらに奥へ続く水晶通路が見えた。
「あれ? ニーナの命名が……」
「ひー」
ハイリザードマンは強かった。しかし……ここはまだ途中だ。
「行こう。まだ《泡沫アクアリウム》は終わってないみたいだ」