作品タイトル不明
第19話 バールで、トライデントをいなせる人ー!(はーい!)
割れた結晶床。下を流れる水流。
さっきまで綺麗に見えていたものが、今は全部、危ないものに見える。
「配信、再開します……! 私は無事です。ご心配をおかけしました」
『無事でよかった』
『花クッションすごかった』
『ちょっとまち針、有能すぎ』
『無理しないで』
コメント欄を横目で見て、俺は辺りを見回した。
「だんだん危険になってきた。気をつけて進もう」
「はい。撮れ高より帰還、ですね」
「Ⅱ式、本気」
ダンジョンが本格化してきた。
水面の輝き。
雰囲気としての明るさ。
しかし、その根底から……Ⅱ式ダンジョンの危なさがにじみ出ていた。
「火種ちゃん、少し先を照らしてみてくれる?」
「ひー!」
火種ちゃんが前へ飛ぶ。
小さな火が、濡れた床と結晶の柱を照らしていく。
「広い場所に出ます……! プール、プールサイドと……結晶洞窟が混ざった、なんか……ヤバそうな場所です」
ヤバそうな場所……。
その通りだ。
乾いた大型プール。
割れたプールサイド。
そこからはえる結晶の柱。
天井は洞窟みたいに高く、奥の水面だけが妙に暗い。
その時
「魚、逃げた」
周囲を回遊していた浮遊魚が消えている。
「群れが散った。何か来る」
身構える乃々さん。
「奥の水面……盛り上がっています!」
水面が、ぼこと持ち上がった。
続いて。
ざばり……重い音を立てて、何かが水の中から立ち上がる。
「ひー!?」
「大きい」
「三メートル級……鎧、盾、三叉槍……! あれは……《ハイリザードマン》です!」
濡れた鎧。分厚い盾。長い 三叉槍(トライデント) 。
ただ大きいだけじゃない。
水場で動くための体つきだ。
足が太く、尾も重い。
踏み込むだけで、床の水が跳ねる。
『でかい』
『Ⅱ式の敵きた』
『重装甲じゃん』
『水場でリザードマンは強そう』
どこからか現れた監視員クラゲが笛を吹く。
「ピピピッ!」
『プールサイドを走らないでください』
「注意されています! あのモンスター、注意されています!」
「聞いてくれたら助かるけど、止まる気はなさそうだね」
「悪い客」
『監視員クラゲ、仕事はしてる』
『ハイリザードマン出禁にしろ』
『悪い客w』
『プール施設としては正しい注意』
き、気楽なもんだなぁ。
俺が思った時。
ハイリザードマンは水を蹴った。重い足音が、プールサイドに響く。
「突っ込んできます!」
「乃々さん、下がって。火種ちゃんはもう少し高めに」
「ひー!」
火種ちゃんが上へ回る。
三叉槍の先端が、炎を受けてぎらりと光った。
「大丈夫。あの槍は長いけど、最初に来る場所は読める」
「連理さん、武器は……それ、バールですよね?」
「バールのようなものだよ。使い方は、バールのようなものに少し申し訳ないかもしれない」
「良い子の皆さんは本来の用途以外での使用はしないでください!」
俺はバールのようなものを握り直した。
剣じゃない。槍でもない。
けれど、叩く、引っかける、押す、ずらす、えぐる。そういう動きには向いている。
正面から勝たなくていい。まともに受けなければいい。
「グルァァッ!」
ハイリザードマンのトライデントが伸びてくる。
速い。長い。
けれど、真っ直ぐだ。
「右から来るね。……ここ」
バールの曲がった先を、三叉槍の枝へ引っかける。
受け止めない。
力の向きをずらす。
金属がこすれる嫌な音。腕にずしりと重さが来て、肩まで響いた。
槍先が、俺の横をすり抜ける。
「いなした……!」
「流した」
俺は自分に言い聞かせるように呟く。
「三叉槍は引っかけられると怖い。正面で受けない」
『工具なのに武術してる』
『バールのようなもので槍を流したぞ』
『連理さん、宝箱だけじゃない』
『動きが普通じゃない』
いなしただけで、手首がしびれる。
まともに受けたら、バールごと持っていかれていた。
「床、濡れてるのに滑ってません!」
「滑らない場所を選んでる。水しぶきが上がるところは踏まない」
水しぶきが上がる場所は、次に足がもっていかれる。
結晶が光っている場所は滑る。
安心して踏める場所は少ない。だけど、ないわけじゃない。
「盾、厚い」
「横へ回る」
死角を狙うが、難しい。
「グァァァァァァッ!」
咆哮。
盾が横から振られた。
壁みたいな圧が来る。
俺は小さく跳び、盾の外へ体を逃がした。
風圧が肩先をかすめる。
水が跳ね、視界の端で乃々さんが息をのんだ。
「攻撃を使って、死角に……!」
「いい位置は取れた」
バギィ!
打撃音が響く。
「けど、浅いか」
バールのようなものを鎧へ打ち込む。
鈍い音。
入った、と思った瞬間、硬い鱗と鎧に止められた。浅い。全然足りない。
「魔法、撃つ?」
「弱めで。ダンジョンが崩壊しても困る」
「分かった」
ニーナの光が走る。
光線がハイリザードマンの胸元へ飛んだ。
「グラァァァァァ!」
「盾で散らされました!」
あの盾、魔法耐性か何か積んでいるな。
盾が魔法を受け、光が水しぶきみたいに散った。
「やっぱり硬い。素早い動きに加えて、盾と鎧……倒し切れない」
ニーナの魔法の威力をあげるべきか……いや、ダンジョンが崩壊する可能性もある
ここで強く撃てば、敵より先にダンジョン自体が俺たちを殺しにくる。
乃々さんを落としかけたばかりだ。
派手に壊す選択は取りにくい。
『バールのようなもので互角に見えるのがおかしい』
『でも装甲が厚い。鎧がアツすぎる』
『決定打がないか』
『ここでどうする?』
決定打がない。
その通りだった。
いなせる。避けられる。少しは当てられる。
でも、このままだと削り切る前に、集中力と体力が先に尽きる。
そうなると危険なのは乃々さんだ。
思考したその時。
ふわりと火種ちゃんが動く。
「ひー!」
「火種ちゃん、その位置のまま! あいつの足元が見える!」
「ひー!」
火種ちゃんの光が、敵の足元を照らす。
濡れた床。太い脚。
見えた。
今度は今までと構え方が違う。
「また来る」
「トライデント、構え直しました……!」
「グルルルルルルルル……!」
盾が前に出る。
槍が少し引かれる。
今度は盾で接近してから、確実に刺すつもりだ。
「まだ確かめてない。けど、《刻の縫い針》……」
止めるなら、槍じゃない。
槍を止めても、盾で押される。
なら、狙うのは……。
「何か試す?」
「次で考える。今は、もう一度止める準備だけする」
『ちょっとまち針使う?』
『刺さらなくね』
『何に気づいた?』
『火種ちゃんの位置が効いてる?』
『何かやる気か』
最近の癖でコメント欄が自然に視界に入ってきてしまう。
そうだよ。やる気なんだ。
ただし、派手なことをする気はない。
ほんの数秒でいい。あの重い体が前へ出る瞬間、足だけ止められれば、盾も槍も噛み合わなくなる。
「グァァッ!」
ハイリザードマンは盾を構えた。盾で押し切って、確実に槍で刺すつもりか。
盾が迫る。
水しぶきが上がる。
右足が、床を踏み込む。
「レンリ」
ニーナの声。
「来る」