軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第18話 落ちるー!ってあれ?

ピシリ、と嫌な音がした。

乃々さんの足元で、結晶化した床に細いひびが走っている。

さっきまで光を反射して綺麗だった床が、一瞬で信用できないものに変わった。

「乃々さん、そのまま。動かないで」

「動いてません……でも、足元が沈んでます……!」

乃々さんの声が震えている。

無理もない。

足元の結晶は、割れたガラスみたいに薄く、その下では青い水流が渦を巻いていた。

「床と結晶が混ざってる。下、水流」

「ひー……!」

「普通の床じゃない。結晶になった部分が薄いんだ。体重を移さないで」

「は、はい……!」

まずい。

でも、ここで焦らせたら終わる。

俺が慌てたら、乃々さんも動いてしまう。

「俺の方を見て。ゆっくりでいい」

「っ……!」

「乃々さん!」

「足元、ひびが……!」

『え』

『床やばくない?』

『乃々さん動くな』

『下、水流見えてる』

ひびが広がる。

結晶の床が、乃々さんの体重に耐えきれず、少しずつ沈んでいく。

「落ちる」

ニーナの短い声が、危険をはっきり形にした。

「《刻の縫い針》!」

考えるより先に、手が動いていた。

細い針が空気を走り、乃々さんの装備を宙空に縫い止める。

「え……?」

「バッグ紐と、腰の装備ベルトを止めた。痛くない?」

「と、止まってます……! 私、今、止まってます!」

「ひー!?」

「少しだけ。長くない」

そうだ。

時間はない。

ただどうする。

「うん、数秒しかない。乃々さん、怖いと思うけど、そのまま体を丸めて」

「怖いです! すごく怖いです! あと、配信画面がかなり恥ずかしい角度です!」

「無事なら、恥ずかしい方はあとで考えよう」

『ちょっとまち針!?』

『止まった!?』

『乃々ちゃん浮いてる』

『いや角度w』

『笑えないけどちょっと笑った』

乃々さんの体が、落ちる寸前の姿勢で空中に止まっている。

でも、本人が恥ずかしがれるくらいには意識がある。それだけで、少しだけ救われた。

「ニーナ、下は水流だよね」

「速い。直接落ちるのはだめ」

「なら、受ける場所を作る」

「受ける場所……?」

思考する暇はない。

「《刹那の種》!」

種を投げる。

結晶の下、壁際へ落ちた小さな種が、光を吸うように膨らんだ。

「ひー!」

「咲く」

「下に、花が……!」

エレベーターのように《刹那の種》の花々が上がってくる。

薄い光をまとった葉が広がり、花びらが重なっていく。崖っぷちだった場所に、ふわりとした花の床ができていく。

「ツル、もっと広がって……乃々さんの足元まで広がってくれ」

「花の床」

「乃々さん、もう少しだけ耐えて」

「はい……! でも、そろそろ針が……!」

「戻る」

その時、乃々さんの少し下まで花が上がってきた。

「大丈夫。受け止める場所はできた」

「きゃっ……!」

針が戻った瞬間、乃々さんの体が落ちた。

ほんの短い距離。

それでも、胸が強く鳴った。

『落ちた!』

『花!?』

『刹那の種!』

『花クッションきた!』

『助かってくれ!』

乃々さんの体を、花の床が受け止める。

白と淡い青の花びらが揺れて、沈みかけた体をふわりと押し返した。

「……私、花に乗ってます。……よっと」

壁からはえた《刹那の種》は落ちたところまで花々を伸ばし、乃々さんの体を元に戻した。

「よかった。痛いところは?」

「ない、です。たぶん……びっくりしすぎて、まだ分かりません」

「見る」

「ニーナちゃん……」

ニーナがすぐそばまで寄って、乃々さんの腕や足をじっと確認する。

「はい……腕は大丈夫です。足も……大丈夫そうです」

「よかった。本当によかった」

言葉にした途端、胸の奥にたまっていた息が抜けた。

本当に、間に合ってよかった。

「ひー……!」

「火種ちゃんも、照らしてくれてありがとうございます……」

『助かった……』

『怖かった』

『花クッション綺麗すぎる』

『ちょっとまち針、初仕事が救助』

『連理さん判断早かった』

『乃々ちゃん無事でよかった』

乃々さんがゆっくり体を起こす。

まだ顔色は少し悪い。でも、ちゃんと声が出ている。動けている。

「……すみません。私、足元を見ていたつもりだったんですけど」

「乃々さんは悪くないよ。床と結晶が混ざってた。あれは分かりにくい」

「綺麗な場所、危ない」

「うん。綺麗だから見落としやすい」

さっきまで配信映えする綺麗な床だった。

けれど、綺麗だから安全とは限らない。

《泡沫アクアリウム》は、そういう場所なのだと思い知らされる。

「でも、助かりました。《刻の縫い針》と、《刹那の種》で……」

「止めるものと、形を作るもの……か」

ゆっくり息を吐きながら考えた。

「そうか。止めるだけじゃない。受け止める場所を作れば、間に合うことがある」

俺はあることに気づいた。そう。アノマリーの使い方……。

「戦うためじゃなくて、助けるための使い方ですね」

「うん。最初にそれが分かってよかった」

「レンリ、覚えた」

「そうだね。これは、かなり大事な使い方になると思う」

『いいね』

『アノマリーの使い方熱い』

『花で助けるの良すぎ』

『ちょっとまち針、名前かわいいのに有能』

花は少しずつ光を弱め、枯れはじめた。

《刹那の種》は長く残らない。

「もう大丈夫です。落ち着きました」

ふぅ、と呼吸を正す乃々さん。

「先に進もう。」

ゆっくりと歩みを進めた……その時だった。

「グオオオオオオオオオオ!!」

奥の水晶通路から、低い咆哮が響いた。

水面が震え、浮遊魚の群れが一斉に散る。

「今の」

「何にせよ友好的な雰囲気じゃない感じだね……。覚悟して進もう」

先に進むほどに、《泡沫アクアリウム》は危険性を見せはじめている。