作品タイトル不明
第17話 時よ止まれ、お前はふつくしい
目の前に巨大な水晶のトンネルが伸びていた。
「正規ルート、第一区画連絡スライダー、到着です! 見た目は完全にウォータースライダーですね! 結晶がはえてますけど!」
青の水が、透明なトンネルの中をゆるやかに流れている。
内側の壁にも結晶がはえていて、光を受けるたびにきらきらと反射した。
綺麗だ。
そして、どう見てもウォータースライダーだった。
「あ。ボート」
「三人で乗るタイプだね。これなら一緒に行ける」
「水着装備でウォータースライダー……配信映えが強すぎます!」
「乗る」
ニーナがもう乗っている。
ダンジョンの正規ルートなのに、見た目は完全にアトラクション。
「火種ちゃんは外から照らしてくれるかな?」
「ひー!」
火種ちゃんが水晶の筒の外側へふわりと浮かぶ。
小さな火が反射して、青い水の中に金色の筋が走った。
『三名乗りボートをご利用ください』
目の前にフェノメノンの文字が浮かぶ。
「ちゃんと三名乗りです!」
「じゃあ行こう!」
「はい! 滑走開始です!」
フライが映すコメント欄を横目に見た。
『ボート式きた!』
『三人乗り助かる』
『遊んでいるように見えるけど正規ルートです』
『火種ちゃん上空係かわいい』
水流に押されるボート。
体がふわっと浮く感覚がして、そのまま一気に滑り出した。
「速い」とニーナ。
「速いです! でも綺麗です! スライダーの横を魚が泳いでます!」
「浮遊魚が並走してるの、すごいね!」
透明な壁の向こう側を、光る魚の群れが泳いでいた。
空間そのものをすいすい進んでいる。
現実離れした光景なのに、乃々さんの楽しそうな声を聞いていると、少しだけ本当に遊びに来たような気分になった。
「魚、こっち見てる」
「フライ、横からお願いします! ボートと魚の群れ、両方です!」
「ひー!」
「火種ちゃん、出口側を照らしてくれてる。助かるよ」
水流が激しさを増した。
スライダーの中……ボートは思ったより上下左右に動く。
「きゃー! ぐわんぐわんしますー!」
「楽しいけどこわい!」
「はい! こわいけど楽しいです!」
乃々さんの声が明るく響く。
これはこれで良いんじゃないかな。
「のの、良かったね」
「だってウォータースライダーですよ! ダンジョンですけど!」
「確かに川下りと考えたら、おかしくないのかな」
自分で言っておいて、かなり無理がある気がする……。
「あっ、魚の群れ、急に散りました……!」
その瞬間、胸の奥が少し冷えた。
楽しい見た目をしていても、ここはダンジョンだ。
「出口は見えてる。慌てなくていい」
ボートは最後のカーブを曲がり、着水プールへ向かって落ちていく。
「着水します!」
「足元に気をつけて」
水しぶきが上がった。
ボートが浅いプールに滑り込み、ゆっくりと止まる。
「無事です……! 着水プール脇に出ました!」
「箱」
ニーナの声に乃々さんは驚く。
「えっ」
「あそこ。木箱」
ニーナが指さした先、着水プール脇の通路に小さな木箱があった。
「木箱です……! 着水プールの通路に木箱があります!」
「床が結晶化してる……気をつけよう」
ガケのようになっている水晶化した床。
光を反射して綺麗だけれど、濡れていて滑りそうだ。足裏に変な感触が残る。
「はい……! フライ、木箱を上から映してください」
「ひー!」
「よし」
「箱! 箱!」
ニーナは分かりやすくそわそわしていた。
高位精霊なのに、宝箱の前だとかなり素直だ。
「本日の木箱です。低級素材、低級ポーション、壊れた小物などが主な排出候補です。期待しすぎないでください」
『決めゼリフw』
『宝箱、待機』
『キターーーーーー!』
木箱配信からやっているらしい、いつもの言葉。
でも、今の俺たちにとっては、木箱こそ一番油断できないものになっていた。
「じゃ、開けるよ」
「お願いします!」
木箱のフタに手をかける。
キィ。軽い音がして、蓋が開いた。
「……ん?」
中からあふれたのは、紫の光。
結晶の床が紫に染まり、水面まで淡く光る。
「でたー紫! 木箱から紫です! 安定のSランク!」
『あ』
『紫!?』
『また木箱から紫w』
『期待しすぎないでくださいとは』
『またやった』
『宝箱王、健在』
どうやら安定してはいけないものだったが、今は安定して出ていた。
毎回そう思うのに、紫の光を見ると、どうしても胸が高鳴る。
「針!」
ニーナが中を覗き込んだ。
これは……?
見た目だけなら裁縫道具だ。けれど、紫の光のあとに出てきた以上、ただの道具ではない。
「細い針と、小さな針刺し……? 少なくとも、私の知っている既存アノマリーではありません」
「ニーナ、お願いできる?」
「《宝具解放》」
ニーナの手から光があふれる。
針の表面に、細い文字のような魔力が走った。
「お願いします、ニーナちゃん!」
「真名は、《刻の縫い針》」
「刻を、縫う……」
乃々さんの声が少し間を作って……
「またの名を、《ちょっとまち針》」
ニーナは不敵に笑った。
「……それ、少しうまいね」
「悔しいですけど、今回は語感がいいです……!」
「待たせる針。だから、ちょっとまち針」
ふふん、と鼻を鳴らすニーナ。
「ちょっと待ってしてもらう針、ってことかな」
「かわいい名前なのに、効果は強そうです」
「かわいくて、強い」
「それは、ニーナが言うと説得力があるな」
ニーナは当然みたいな顔でうなずいた。
「動いているものを、少し止める。数秒だけ。そのあと、針は針刺しに戻る」
「生き物じゃなくてもいい?」
「動いていれば、刺せる」
「動いているもの全般……かなり広いですね」
数秒だけ止める。
効果は端的だけれど、すごいアノマリーだ。
突進も、落下物も、罠も、ほんの数秒止まるだけで助かる場面はあるかもしれない。
「危なくないもので試そう。あの水滴、ちょうど落ちてくる」
「ひー?」
天井の結晶から、水滴がひとつ落ちた。
俺は水滴を狙って針を投げる。
次の瞬間、水滴が空中でぴたりと止まった。
「水滴、ピタッと」
「水滴が、空中で止まっています……!」
落ちる途中の水滴が、丸いまま宙に浮いている。
時間を止めたというより、動きだけをそこに縫い留めたように見えた。
『どんな技術だよ』
『水滴止まった!?』
『ちょっとまち針つよ』
『名前かわいいのに性能やばい』
『木箱から出ていいやつ?』
「戻る」
数秒後、針はすっと戻り、針刺しへ収まった。
止まっていた水滴が、遅れて床へ落ちる。
「本当に針刺しへ戻った。数秒だけでも、動きを止められるのは大きいね」
これはかなり使える。
多分、使い方次第で無限に。
「使いどころは慎重に考えよう。強い道具ほど、判断を間違えたくない」
「すご針」
「ひー!」
「《ちょっとまち針》、初回記録完了です!」
乃々さんの声が弾む。
木箱から紫の光。新アノマリー。初回実験成功。
配信としては十分すぎる。でも、ここはまだⅡ式ダンジョンの序盤だ。
「じゃあ戻ろう。ここは足場が濡れてるし、長居はしない方がいい」
「はい。フライ、木箱跡をもう少しだけ上から……」
乃々さんがフライを追って、点検通路から外へ少し体を傾けた。
その時だった。
ピシリと音が響いた。
「のの」
ニーナの声が、低くなった。
「え?」
「乃々さん、動かないで」
「!? 足場が……」
乃々さんの足元。
結晶化した床。
そこに細い白い線が走っていた。
「ひー!?」
『え』
『床?』
『待って』
『乃々ちゃん!?』
ひびが、じわりと広がる。
さっきまで綺麗だった床が、一気に危ないものに変わった。
「俺の方を見て。ゆっくりでいい」
「連理さん……これ、下が透けてます」
結晶の下に、青い水流が見えた。
ただ流れているだけじゃない。渦を巻いている。落ちたら、どこへ運ばれるか分からない。
「水流」
ニーナの短い言葉で、危険がはっきり形になった。
まずい。
でも、今ここで焦らせたら終わる。
「……乃々さん、そのまま。俺が行く」