軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 等身大のクラゲってちょっと怖い

「配信、開始しました……! こちら、Ⅱ式ダンジョン《泡沫アクアリウム》入口です!」

Ⅱ式ダンジョン《泡沫アクアリウム》。

入口に立った瞬間、足元の感触が変わった。

割れたプールサイドみたいな床なのに、表面は水晶のように透き通っている。

ひび割れの奥には、青い光がゆらゆらと流れていた。

『泡沫アクアリウム来た!』

『水着装備助かる』

『ニーナの透明感すごい』

『乃々ちゃん、ちゃんと探索装備なのが良い』

『火種ちゃん、もう水から距離取ってるw』

フライが少し上から俺たちを映す。

乃々さんは耐水探索スーツに機材ベルト。ニーナは白と青のコントラストが美しい装備。

辺りにはえた結晶の光を受けている。

たしかに画面映えはすごい。

そして火種ちゃんは、入口付近からすでに水面を警戒していた。

「火種ちゃん、まだ入口だから大丈夫だよ」

「ひ、ひー……」

火が少しだけ揺れる。

「床が割れたプールサイドなのに、水晶みたいに光っています……! 奥の柱も、水の中に沈んでます!」

「水面、きれい」

「綺麗だけど、ここはⅡ式ダンジョンなんだよね」

綺麗な場所ほど危ない。

そう思っていても、視線はつい水面へ引かれた。光の揺れ方が、普通のプールとはまるで違う。

「ニーナちゃんの白と青、光を拾ってすごく映えます!」

「ののもキレイ。似合う」

「ありがとうございます……! 配信中に言われると照れます!」

「本当に似合ってるよ。ちゃんと探索用に見えるし、防御力もありそう」

「連理さんまで今言わないでください!」

声を大きくして焦る乃々さん。

「装備確認のつもりだったんだけど」

「レンリ、困ってる」

そう、困っている。

装備の良さを褒めたつもりだったのだけれど……。

その時。

「ピッ」

水面から、半透明のクラゲが浮かび上がった。

人の背丈ほどある。

丸い傘の下に小さな光が灯っていた。サングラスをかけてシャツを着たクラゲ……。

魔物……というより、プールの監視員みたいだ。

巨大な壊れたモニターにフェノメノンの文字が浮かぶ。

『入水前の準備運動を推奨します』

あれは……監視員クラゲ?の思いだろうか?

「……ダンジョンに準備運動を求められています」

「する」

「ニーナ、素直だね」

「滑ると危ない」

「しかも真面目です……!」

ニーナがテキパキと体操をはじめた。

白と青の装備で淡々と準備運動をする姿が、妙にかわいい。

「腕を回す。足も伸ばす」

「ちゃんとしてる。あの……監視員クラゲ?も満足してそうだ」

「ピッ」

『良好です』

「判定されました!?」

「ほめられた」

「言っていることはちゃんとしてるね。場所がちゃんとしてないだけで」

『監視員クラゲかわいい』

『Ⅱ式ダンジョンなのに安全講習w』

『泡沫アクアリウムってこんな平和だったか……?』

『他の配信者と全然違う』

『準備運動するニーナかわいい』

『判定まで出るの草』

ダンジョンの安全講習。

言葉にするとかなりおかしいけれど、ここがⅡ式ダンジョンだと思えば、むしろ親切な方なのかもしれない。

「ひー?」

「ピピッ」

『火気は水面から離れてください』

「火種ちゃんが指導されました……!」

「ひー!?」

アノマリーだから強い問題はないと思うけど、万が一消えたり弱まったら困る。

「たしかに火だからね。今日は少し高いところをお願いできる?」

「ひー……」

火種ちゃんがしゅんとしたみたいに明るさを落とす。

「火種、えらい」

「ひー!」

「褒められたら明るくなりました!」

今度は火がぱっと大きくなる。

分かりやすい。

「では、浅層探索を開始します。結晶化したプールサイド沿いに進みます!」

俺たちは、プールサイドに沿って進み始めた。

水晶化した床は、ところどころ透明になっている。

足元の下にも水があるように見えて、慣れるまでは少し落ち着かない。

「魚」

「えっ……魚が空中を泳いでます! あ、これ資料にあった……浮遊魚!」

柱の陰から、小さな魚の群れが現れた。

水の中ではない。空中を、まるで透明な水槽の中みたいに泳いでいる。

「アクアリウムって名前らしくなってきたね。近づいてこないなら、刺激しないでおこう」

「ひー?」

「火種ちゃん、魚に見られてますよ!」

物珍しそうに浮遊魚たちが火種ちゃんを見つめている。

「火を知らない魚」

「かもしれない。火種ちゃんはびっくりさせないようにしなきゃだね」

「ひー!」

火種ちゃんがすっと上がる。

浮遊魚たちは、距離を保ったままこちらを見ていた。

「通路の上にも、魚の影が映っています……。本当に水槽の中を歩いているみたいです」

「魚、並んでる」

「ひー?」

「火種ちゃんの後ろにもついてきてますね」

「見物されてるみたいだね。火が珍しいのかな」

『浮遊魚きた』

『水なしで泳いでる?の綺麗』

『火種ちゃん見られてるw』

『これぞアクアリウム感』

空中を泳ぐ魚。

水晶の床。

その上を歩く俺たち。

普通に考えたら異常なのに、フライのカメラ越しだと全部が見せ場になる……気がした。

配信向きのダンジョンという千紘さんの言葉は、たしかに間違っていなかった……かもしれない。

「この水、触っていい?」

「どうかな。多分大丈夫だと思うけど」

「少し」

ニーナが水面へ指を伸ばす。

白に近い銀色の長い髪。

それが水面に映えている。

白と青の装備に反射して、ニーナの周囲だけ少し幻想的に見える。

「ニーナちゃんが水面を揺らすだけで絵になります……!」

「ののも、どうぞ」

「わー」

こんなに観光気分で良いのだろうか。

「楽しめるうちに楽しもう。ただ、変な動きがあったらすぐ切り替えよう」

「はい。……でも、少しだけ楽しいです」

乃々さんが小さく笑った。

その笑顔を見ると、まぁ良いのかなと思ってしまう。

危ない場所でも、笑える瞬間があるなら、それは悪くない。

「ピッ」

『走らないでください』

「まだ走ってません!」

「予防だね」

「親切」

クラゲも別に攻撃してくるわけでもないし、行動を制限する能力や違反するとダメージを食らう何かがあるわけじゃない。

「あれ」

「え?」

「あれ、滑る道」

ニーナが前方を指さした。

水晶化したプール施設の奥に、青い水が流れ落ちる長いトンネルが見える。

「ウォータースライダー……かな」

「あります! 水晶化したウォータースライダーです! 上から青い水が流れてます!」

まさかと思った。

思ったけれど、どう見てもそれだった。

『ウォータースライダー!?』

『プール施設感出てきた』

『水着装備でこれは強い』

『行くの? 行くの?』

「……行きたいです」

「滑る」

乃々さんの声には好奇心が混ざっていた。

ニーナはいつも通り決断が早かった。

「ピッ」

『正規ルート第一区画連絡スライダー。滑走可能。団体で使用してください』

「使っていいみたいです!」

「あれ正規ルートなんだ……」

自分で言っておいて、かなり信じがたい。

でも掲示板が言うなら、少なくともこのダンジョンでは通路扱いらしい。

「ひー!」

「では、次は第一区画連絡スライダーいきます!」

『スライダーきた』

『面白そう』

『火種ちゃん逃げてー』

『でもⅡ式だから怖いよな』

火種ちゃんが、スライダーの水を見て明らかに距離を取った。

楽しそうだ。

でも、楽しいだけでは終わらない気もする。

「滑って、先へ行く」

「そうだね。遊具に見えるけど、ここでは通路だ。気を抜かずに行こう」