作品タイトル不明
第15話 水着選びじゃなくて、あくまでも装備!
管理機構の応接スペースで、千紘さんが端末を確認した。
オークションの熱はまだ残っているのに、画面に表示された数字だけが妙に現実的だった。
「額縁の精算、通ったよ。資金面はこれで大丈夫。連理くん、乃々ちゃん、ひとつ前進だね」
「三百五十万ゴールド……全然実感ないです……」
乃々さんが、端末の数字を見つめたまま小さく息を吐く。
俺も同じだった。嬉しいのに、どこか……現実感がない。
「残るはⅡ式ダンジョンの正式クリア。候補はいくつかあるけど、今の三人なら《泡沫アクアリウム》がおすすめかな」
「ダンジョンで、おすすめ?」
ニーナが首を傾げた。
たしかに、おすすめ、という言葉とダンジョンは合わない。
「踏破がクリア条件でわかりやすいよ。水域型だから準備で危険を減らしやすいし。あとは、乃々ちゃんの配信と相性が良いんじゃないかな〜」
「配信と相性……!」
目を輝かせる乃々さん。
「水晶みたいな通路、水面に反射する光、浮かぶ魚。画面はかなり良い感じだよ。でも綺麗だから安全、ではないからね」
「水面。きらきら。箱」
「ニーナはもう箱を楽しみにしてるね」
「あるなら、見る」
ニーナは淡々としているけれど、気持ちはもうダンジョンの奥へ向かっているらしい。
千紘さんは少し笑ってから、端末の表示を切り替えた。
「その前に注意事項。買う装備にも関わるから、先に読んでおこうね」
「えーっと、水面に映る自分が手を振っても、振り返さないこと、ですか」
乃々さんが読み上げた瞬間、応接スペースの空気がすっと変わった。気がした。
「独特のフェノメノンだね」
「見ない」
振り返すとどうなるのか記載がない……ロクなことにならないのだろう。
「空のプールに水音がしたら、近づかないこと」
「乃々さん、撮りたくなったら気をつけようね」
「撮りたくなる前提なんですね」
そう言いながら、乃々さんは否定しなかった。
「あとは……売店跡のアイスケースは開けないこと。中身はアイスではありません」
「開くものは、見たい」
「何が入ってるんだ……」
宝箱ではない。
宝箱ではないのだけど、開けるなと言われると急に気になってしまう。
「よ〜し。じゃ、提携ショップの案内を送っておくね」
千紘さんが、俺たちの端末へ地図とショップ情報を送ってくれた。
「可愛いのを選んでもいいよ。でも、ちゃんと帰ってこられるものを選ぶこと。お姉さんとの約束ね」
「分かりました。必要なものをそろえてきます」
「ひー!」
火種ちゃんが、俺の肩の近くで元気よく?動いた。
「火種ちゃんも、濡れない装備を見てもらおうね」
「ひ、ひー……」
炎の勢いが、目に見えて弱くなった。
水域型ダンジョンか。
一見楽しそうだけれど、そういうのは大体危ない。
◇
ダンジョン管理特区。
海側の商業施設。
その中の耐水装備コーナー。
店内には耐水スーツ、水中用ブーツ、曇り止め加工のゴーグルが並んでいる。
探索用の装備なのに、色合いは明るく、少しだけリゾート用品の売り場みたいにも見えた。
「いらっしゃいませ。水域探索用ですか?」
「はい! 《泡沫アクアリウム》用でお願いします!」
「でしたら……こちらの耐水探索スーツがおすすめです。水着に近い形ですが、薄い防護層と滑り止め加工があります」
「ちゃんと探索用なのに、普通に可愛いです……!」
乃々さんは商品を見つめた。
安全装備を見る目というより、宝箱を前にした時に近い。
「白いの、ある?」
「白と淡い青でしたら、こちらですね」
「これにする。フリフリ」
「早いです! でも分かります! ニーナちゃんは絶対それです!」
ニーナは迷わなかった。
淡い青の布地に、泡みたいな白い飾りがついている。
たしかに、ニーナには似合いそうだった。
「精霊でもニーナはおしゃれが好きだね」
「時と場、わきまえてる」
なぜか少し得意げだ。
「試着室はこちらです」
「着る」
「俺は自分のを選んでるよ」
俺が男性用の耐水ジャケットへ視線を移すと、ニーナがこちらを見上げた。
「レンリ、見ない?」
「ははは、楽しみにしてるよ」
「ニーナちゃん、その聞き方は連理さんが困りますね!」
「困るレンリ、おもしろい」
からかわれてる……。
乃々さんもスーツを抱え、試着室の前で一度だけ振り返った。
「私も試着してきます。……笑わないでくださいね」
「笑わないよ。安全確認なんだから」
「それはそれで、もう少し照れてほしいです……!」
安全確認なのは事実だ。
ただ、今の返しは……なんか少し間違えた気がする。
「のの、キツそう」
「ニーナちゃん! 言わなくていいですよ!」
試着室から声が漏れている。
「なんか聞こえるな」
「連理さんはまだ見ないでください!」
「見てないよ」
「見せないの?」
ニーナの声。
確認するけど、水着じゃなくて探索用装備なんだよな?
「見せますけど、心の準備があるんです!」
「ひー!」
「火種ちゃんまで応援しないでください!」
試着室の向こうが、やけににぎやかだった。
俺は棚に並んだ耐水ジャケットの説明を眺めながら、なるべく聞こえないふりをする。
「どうぞー!」
「じゃーん」
先に出てきたニーナは、白と淡い青の耐水スーツを着ていた。
細かなフリルが揺れている。
乃々さんの方は、柔らかい色合いの探索スーツに、腰の小さなポーチと撮影機材用の固定ベルトがついていた。可愛いだけじゃなく、機能的だ。
「うん、似合ってるよ。なんていうか、乃々さんらしい。あと、ちゃんと動けそう。ポケットもついてて便利そうだし」
「……ありがとうございます」
「のの、顔が赤い」
「言わなくていいです!」
乃々さんが慌てて頬を押さえる。
「ニーナの白と淡い青も似合ってるよ。水辺でも見つけやすそうだし、ニーナらしい」
「レンリが見つける?」
「もちろん。見失わないようにするよ」
「なら、これ」
「決定理由が強いです……!」
乃々さんの声が、なぜか少しだけ嬉しそうだった。
その時、店員さんが小さなジャケットを持ってきた。
「アノマリー用の耐湿服もございます。サイズはSSかな」
「ひー?」
火種ちゃんが装備を覗き込む……ように見える。
「ください!」
「即答だったね」
「火種ちゃんは守ります!」
「ひー!」
火種ちゃんの火が少し明るくなった。
「配信用ドローンの防水カバーもあります」
「ください」
「また即答だ」
「《フライ》は死守します」
◇
買い物を終える頃には、俺たちの荷物はかなり増えていた。
耐水探索スーツ。滑り止めつきの靴。火種ちゃん用の耐湿服。《フライ》の防水カバー。細かい補助具もいくつか。
これだけ準備しても、ダンジョンが完全に安全になるわけじゃない。
でも、帰ってくるためにできることを積み重ねている感じはあった。
「よし。忘れないように配信予告しておきますね」
乃々さんが端末を操作する。
投稿してすぐ、コメント欄が動き出した。
『泡沫アクアリウム……Ⅱ式か』
『これ水着回きた』
『乃々さん絶対似合う』
『マジで気をつけてね』
「配信予告だけで、コメント欄がもう盛り上がっています……!」
「次は、プール」
「ひー!」
「でも撮れ高より生きて帰る、ですね」
乃々さんが、端末を胸元に抱くようにして言った。
「うん。油断したらいけないね」
「箱を開けて、帰る」
ニーナはやはり宝箱に期待しているようだ。
宝箱を開ける。
その映像を届ける。
そして、踏破して帰ってくる。
水晶の通路も、反射する水面も、まだ見ぬ箱も。この先で俺たちを待っている。
「行こうか。次は《泡沫アクアリウム》だ」