軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者118 ふとした幸福の記憶

座った姿勢のまま、咲は深く頭を下げた。

これまでも咲からの謝罪は受けてはきたが、ここまで深いものは中々ない。

とはいえ此処は喫茶店。壁に囲まれた個室でもないので、そんな真似をすれば嫌でも注目を受ける。

俺も謝罪を受けたい訳じゃない。ただ単純に口を閉じさせたいだけだ。

「ああいえ、そこまで謝罪する必要はありません」

「ですが……」

「どうか顔を上げてください。 その上で少しお話もさせていただきたく」

「――はい」

顔を上げた咲は既に若干涙目だった。

普段ならもっとキツイ業務を熟しているだろうに、俺の言葉一つでメンタルにダメージが来過ぎだ。

まだ引き摺っているのか。今更引き返せないだろうに、どうしてそんなに前を向けないのだろう。

終わったものを何時までも振り返って何になる。時間は前にしか進まないのだから、それがどれだけ残酷でも振り返ってはいけない。

これは強さではない。これは常識だ。明日を見ることで、初めて人は歩いていける。

そして咲は前を歩ける人間だ。だからこそ、俺のことで何時までも足を止めてはいけない。

「俺が今回、回復が早かった理由は話せません。 それは俺個人だけの意思ではなく、ギルドの意思も関わっています」

「ギルドの、意思?」

「そうです。 あの日あの時に何が起きたのか。 その全ては開示されていない筈です。 あくまでも事故で終わっているでしょう」

黄金国家周りの情報は上の人間の中でも一部しか知り得ない。

下側で把握しているのも当時現場に居た人間だけで、彼等も契約によって話せないようになっていた。

俺の件は謎のモンスターが突如出現した事故で終わっている。そこから先は国からの圧力によって完全に揉み消された。

咲は俺の言葉を聞き、徐々に真剣な顔になっていく。

彼女は頭の良い人間だ。俺が話せないと言った時点で、その場の真実に近い予測を立てることが出来る。

流石にこれだけの情報で正解に辿り着けるとは思えないが、しかし彼女が動くことで辿り着いてしまう可能性は否めない。

「ですから、詮索はしないでください。 このまま何も無かったように、互いに同期の冒険者として活動を継続していきましょう」

「……私も黙っていますので、お聞きすることは出来ませんか?」

「出来ませんし、しません。 この話を一般の方に広める訳にはいかないんです」

咲の食い下がる言葉にも首を左右に振って拒絶する。

あの時の話を語れば、芋づる式に俺の裏の顔が出てきてしまう。ギルドもそれは望んでいないし、俺とてそれは一生語るつもりがない。

それに、咲の言葉を信じることも俺には出来ない。彼女の裏切りは既に過ぎた話でも、事が事だけに過去のあれこれも判断材料に含まれてしまう。

言えないものは言えない。完全にシャットダウンする姿勢に、咲は口を引き結んだ。

それがどこから出てくるものかを俺は察して、けれど何も言わずにもっと直近の話を始めた。

「それに今、私には別の問題が発生しています。 いや、もう終わったのかもしれません」

「……?」

「氷室・神那さんです。 近々ギルド内で関係者に話がいくかもしれませんが、彼女が問題を起こしまして」

「えっ!?」

話題逸らしに出した内容だが、咲は驚きの声を発した。

それもそうだ。氷室の話を聞く限り、彼女と咲は一緒のパーティーで活動することもあったという。

今もそうなっているかは定かではないが、重要なのは氷室の話に咲が関係していることだ。しかも俺に興味を寄せた原因が咲である。

これは間違いなく隊長クラスから咲は呼び出されることになるだろう。

俺が詳細を語ると、今度もまた顔色が悪化した。色合いが青に染まり、その後一気に赤に染まる。

様々な感情が彼女の中で巡り、最終的には無の顔になった。怒り過ぎて逆に冷静になったのだろうか。

「本当に――――本当に、申し訳ございません」

「これも謝罪は要りません。 というより、そんな理由で戦いを仕掛けてくる方がどうかしています」

「ええ、ええ、本当にその通りです。 許されるなら私が腸を全部引き抜いて、モンスターに指先からゆっくりと食わせてやりたいくらいです」

声も平坦だ。完全にキレたのだろう。

如何に自分が原因の一部を担っているとはいえ、それで本当に興味本位で殺そうとするなど普通じゃない。

狂人はやはり狂人。どれだけ静止の声を掛けても、自分のルールで動く人間はそんな枷など容易く破壊する。

今はまだ入院している段階だが、退院して性根が戻るとも思えない。

せめてあれが環境によって構築されたと願うばかりだ。生来の気質だったならどうしようもなくなる。

「榊原隊長にも謝罪をお伝えしてください。 勿論、呼ばれた際にも謝罪はさせていただきます」

「きっと大丈夫ですよ。 榊原隊長は話が解らない人間ではありませんから」

「そうですね……はぁ」

一通り話を終えて、彼女は溜息を吐く。

色々と情報が入った今回の彼女だが、その全てにプラスの部分は無かった。

寧ろ彼女としてはマイナスに感じる部分の方が多いかもしれない。しかしまぁ、冒険者をするのであればこれくらいの騒動は茶飯事だ。

おもむろに彼女はメニュー表を手に取った。そしてページの全てに目を通し、呼び出しボタンを押す。

最近でも紙でメモを取るようで、歩きながら構えた店員を前にして咲は一度息を吸い――――そこから怒涛の注文が始まった。

肉、野菜、パスタ、デザートと次々とメニューに書かれている商品を頼んでいく。

あまりの量に店員は目を白黒させながら必死に手を動かし、全ての注文が終わる頃にはメモ用紙を三回は捲ることになってしまった。

「以上で」

「か、かしこまりました。 少々お時間が掛かりますが、大丈夫ですか?」

「構いません」

店員ドン引きである。

これからキッチンのスタッフは地獄を見るだろう。というより、彼女の腹に頼んだ分が全部入るのか?

線の細い姿を見るに、とても完食が出来るようには見えない。これで大食いならちょっとした詐欺みたいなものだろう。

「……食べられるので?」

「大丈夫です。 ストレスが溜まってしまうとつい大量注文をしてしまいまして。 でも全部食べ切れますから、お気になさらないでください」

「そ、そうですか……大変ですね」

引きつつ、自分もジャンボオムライスを口に運ぶ。

冒険者が大食いなのは常識だが、彼女程になるとちょっと多過ぎる。これで太らないなら体質的に太りにくいか、過度に動いてカロリーを急速に消費するかのどちらかだ。

それで解決するならどっちにしてもダイエットをしている側は歯軋りものである。俺もちょっと羨ましさを覚えるが、これはこれでエンゲル係数が急上昇して家族を苦しめてしまいそうだ。

その後、次々に運び込まれる料理を前に彼女は無心でナイフやフォークを使い続けた。

視線を交わすこともなく、言葉もなく、動くのは両腕と口のみ。真っ直ぐに前だけを見て食べることに集中する様子は、さながらフードファイターそのものだ。

途中から料理が増え過ぎたので店員の許可を貰って隣のテーブルを繋げてもらい、空になった皿を重ねて次のスペースを作っていた。

今日はそのまま時間を潰す予定だったのに、一体俺は何をしているんだろう。

そう思いつつ、頬を膨らませて食べる彼女につい視線を向け続けてしまう。

彼女は成長して、容姿は更に磨かれた。なのに嘗ての姿がダブって、一緒にレストランで食事をしていた頃を思い出す。

互いが互いに好きな料理を頼んで、半分食べたら交換して残りを食べるなんて真似をしたな。

ドリンクバーでは俺が一杯飲むからってガラスのコップを三つは持ってきて、その全部に同じ飲み物が入っていた。

家族から金は貰っていたけど、それでも俺達はなるべく安い料理だけを頼んで――――変に節約家だよなと一緒に笑ってしまっていたのを思い出せる。

「……どうかしましたか?」

「え?」

「あの、笑っていましたので……」

彼女の指摘に、反射的に手で口元を覆った。