作品タイトル不明
冒険者117 偶然、貴方を見かけて
今日の指導は中止となった。
俺達は一度病院からギルドに戻り、山田を含めた隊長クラスの人間に呼ばれて簡易の事情聴取を受けた。
といっても語るべきは大したものではなく、榊原に話した内容をそのまま復唱したような形だ。他の四人はもっと短く、ぶっちゃければ巻き込まれたようなものでしかない。
俺は一人離されて別室で話を聞くことになった。老人は相変わらず忙しいようで、実際に話を聞いたのは俺自身の正体を知っている人間のみだ。
「災難でしたね。 まさかこんなことが起きるとは……」
「自分で推薦したので自業自得ですよ。 運が良かったのは外部に話が広がる程の事態にならなかったことです」
「それはそうですが……」
彼等からすれば、これは狂人に襲われたような話だ。
確かに彼女の思考は普通とは逸脱しているし、はっきり言って常人とのズレは大きい。
価値基準に強さを置いている人間は礼儀を払う基準も異なっている。自分より強い相手には一定の礼儀を持って接するが、弱ければどこまでも下の扱いを強いてくる。
ただ、こんな話は未来ではよくあったことだ。今の時間軸が比較的そのままの社会の状態で進んだから倫理観は狂っていないものの、未来の崩壊した状態からスタートした社会では立て直しの渦中で弱肉強食の社会が非常に流行った。
冒険者を中心に強さを基準にした価値観に多くの人々が染まってしまったのである。
弱者への待遇は本当に悪く、半ば差別も同然だった。楽な仕事、花形の役職、高待遇は基本的に自己の能力が優れている人間だけに用意されている。
偶然など考慮されない。会社であれば入社した直後から格付けは始まり、一度落ちれば死ぬまで底辺だ。
そんなことは当然だと、現代の人間も思うかもしれない。
しかし違うのだ。未来の人間の残虐性は、今の人々の比ではない。死ねと言って罵倒するのではなく、落ちようとする人間の背中を強く押すような者が標準なのだ。
故に氷室の性格は終わってはいるものの、未来の世界では平均的な人間であるとも言える。
「冒険者の我が強いのは百も承知です。 俺はあまり気にしていませんし、どうか罰は軽く済ませてください。 ……本当に重くすべきは、次の被害があった時です」
「……解りました。 貴方がそう仰るのであれば、我々はそれに従いましょう」
目の前の冒険者は、表向きの俺のような立場の人間に敬語も尊敬語も使うべきではない。
こうした話も記録されるらしく、であれば眼前の彼の態度は不審そのもの。確かに加害者でもないのに強い言葉を使うのはおかしく感じるが、だからといって必要以上に丁寧な物言いをされるのも不自然だろう。
結局俺はこれで解放された。今回は被害を受けた側として業務は困難とし、その心身を休めてもらうという話で休暇にされている。
ただ、家に今帰れば家族には怪しまれるだろう。そのまま直帰するのは少し不味いと判断し、近場の喫茶店で暇を潰すかと入店した。
愛想の良い店員の案内で窓際の席に座り、メニューを開いて適当に料理を決める。
そういえば外食なんて久し振りな気がするな。二年の歳月が経過しても店のスタイルなんてそうそう変わらず、ギルドが近い為か一つ一つの料理の量も多い。
俺が選んだのはオムライスに烏龍茶。時間は昼を少し過ぎた頃で、腹の中も大分空っぽだ。
ジャンボサイズを注文したのでさぞや大きい物が来るだろうと想像して楽しみにしていると、トレーも持たない店員がこちらを見ながら歩いて来た。
その顔は少々困り顔で、何かあったのは間違いない。
品切れだろうか。それならそれで全然別の料理を注文するのだが。
「申し訳ございません。 お客様との同席を希望する方が居りまして、一緒の席でも大丈夫でしょうか?」
「同席ですか? それは一体誰で――」
店員の言葉に首を傾げるも、ゆっくりこちらに歩いてくる人の姿に目を見開く。
長い黒髪。整い過ぎた美貌。メイクはナチュラルだろうか。過去の姿からあまり形は変わっておらず、均整の取れた肢体は多くの人間の注目を集める。
今日は黒いビジネススーツを着ていた。ズボンタイプの格好をしている彼女の姿は様になっていて、まるで自分と同年代だったとは思えない。
彼女は、咲は緊張した面持ちで俺を見ていた。
あの質問の主は、間違いなく咲だ。でなければ他にしそうな人間なんてとても思い浮かばない。
同業者で候補があるとしたら我妻だが、奴なら喫茶店を出たタイミングで声を掛けてくるだろう。こんな場で仲良く食事をするような間柄ではない。
「……構いません」
「ありがとうございます!」
店員に言葉を返すと、途端に安堵した表情で咲を俺の対面の席にまで案内した。
座った彼女はバッグを横に置き、運ばれてきた水に口をつける。その間に会話らしい会話は無く、なんならメニューすら一瞥もしない。
席に座ったのに、彼女は話をしようとしなかった。やがてオムライスが運び込まれ、伝票を置いて去っていく。
気不味い空気の中でスプーンを持つ気にはなれず、はぁと溜息を漏らした。
瞬間、彼女の肩が跳ねる。ずっと俯いていた彼女は恐る恐る顔を上げ、真顔の俺と視線がぶつかった。
「あの時はあんな場でしたので別れましたが、お久し振りです」
「ひ、久し振り、です」
俺が言葉を正したことで彼女も言葉を正した。
もう互いに学生ではない。ましてや恋人でも友人でもない。言ってしまえば知り合いの枠であり、彼女が話をしようとしなければ俺達が言葉を交わす機会は極めて少ないだろう。
「二年で大変なご活躍をしたそうで、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
「聞きましたよ、同期の中じゃ一番の有望株だと。 今も仕事の帰りですか?」
「ええ、そう、です。 丁度幾つかの仕事が終わったので、休憩として外で食べようと思っていたんです」
成程、つまり間が悪かったのか。
解放される時間がもう少し早ければ彼女には会わなかっただろうが、もうこんな状況になってしまったらどうしようもない。
今は無難な会話で場を繋ぎ、自然な形で別れよう。別に彼女も反射的に行動しただけみたいだしな。
早く出る為に意識の外に置いていたスプーンを動かす。
巨大なオムライスはこれまで見た中で最大で、完食するには時間が掛かる。彼女が来ると解っていればこんな注文はしなかったのになぁと後悔しつつ、しかし食べてみれば予想以上に美味かった。
どんな時でも美味い物は美味い。そんな当たり前の事実に感動すらも覚え、この空気の唯一の清涼剤としてオムライスは素晴らしい働きをしていた。
「あの……身体はどうですか? 二年も寝ていたと聞いたので、動けるようになるまで時間が掛かったと思うのですが」
「ああ、最初は大変でしたね。 今はもう大丈夫なんですが、リハビリで地獄を見ましたよ」
ははは、と心にもない笑い声を発すると、彼女は僅かに困惑した。
「え、と。 どんなリハビリを? あの状態から持ち直すなんて何年掛かっても難しいと思いますが……」
笑みが止まった。
引き攣った笑みが固まり、彼女の指摘に思考が一時停止する。
俺が起きた直後、確かに元通りになるまでには苦痛と倦怠感が伴っていた。最終的には強引な方法で戻したとはいえ、普通はあれを年単位で味わい続けるのだろう。
冒険者としての肉体があったとしても、戻るのは絶望的な筈だ。にも関わらず、俺は本当に僅かな期間で前以上に頑健な状態で復帰した。
咲からすれば不思議な話だ。如何に世の中に不思議が溢れるようになったとはいえ、その限度はやはり定まっている。
非常識の中にも常識があって、今回咲が指摘したのが正にそれだ。
「只野さん。 それは詮索ですか?」
笑みを引っ込め、真面目な顔を浮かべる。
その話を俺は探られたくない。なにせ神の眼関係の部分が多分に含まれている。
だが、真顔になった俺の言葉だけで咲は目を見開いて一気に顔色を悪くさせた。
「すみません! そんなつもりはありませんでしたッ!!」
テーブルの端と端に手を置いて、頭を叩きつけるような勢いで頭を下げる咲。
その動作に、今度は俺の方が目を丸くしてしまった。