作品タイトル不明
冒険者116 注意勧告
冒険者は普通の職業ではない。
現代社会の中では近代的な職業とは言えず、どちらかと言えば中世的な職業のように思えるだろう。
ロマンはあるが、生活を続けるには厳しい。世の普通の人々が求めるのは安定であり、であればこそロマンを夢見ても現実的な選択をする他になかった。
そんな中でローファンタジー作品めいた状況になり、違う意味での冒険者が求められることになったのだから皮肉だろう。
安定を望む人の方が多いのに、現実はどんどん安定とは無縁になっていく。
今や冒険者こそが最短で金持ちを目指す第一目標になり、戦っていこうと思えない人間はその関連企業に入ろうと躍起になるようになってしまった。
冒険者を社会の枠組みに当て嵌めるのならブルーカラーだが、場所によっては彼等よりも厳しい環境の中で戦っていくことになる。
他のどの職種よりも生死が直接的に関係していき、油断してもしなくても危険な職場だ。
故に、先達の冒険者は後をついてくる冒険者に対して厳しい態度をしなければならない時が来る。
甘っちょろいままではどんな冒険者も生きてはいけない。例え恨まれる結果になってでも、導く側が心を鬼にして谷底に突き落とすのだ。
そして、先達の言葉を録に理解もしない冒険者は短い内にその人生に幕を落とす。
仮に奇跡が起きて生き残っても、運の在庫が尽きたら何れ命も売り切れになるだろう。
榊原は氷室の勤務態度を論外と評した。積極的に敵を作る姿勢は冒険者をする上で最もしてはならない行為であり、どんなに実力があっても何時かは誰かに潰される。
今回は俺によって潰された訳だが、氷室としては幸運だろう。氷室のような人間性の冒険者が彼女と戦って勝ってしまった場合、四肢の粉砕骨折程度では済まされない。
最悪は首か心臓を切られて終わりか、達磨にされてダンジョンの何処かに放置されてしまうか。
どちらにせよ助かる確率は低く、もっと酷くなれば誘拐して一生オブジェにされる場合もあった。
「自分勝手であることを私は否定しません。 他者に害を与えないのならそれも個性と頷けます。 しかし、他所にまで迷惑を及ぼすのなら話が違います。 自分の振る舞いが何処まで周囲に影響するかを想像出来ない人間は、大人としても不適格でしょう」
榊原の耳の痛い台詞に胸が苦しい。
俺もまた周囲にどれだけの影響を与えるのかを想像しきれていなかった。あくまでも自分を中心に考えていただけに、学生の頃の自分は正に黒歴史だ。
正式に、それは宗像達も一緒だ。望都はまだ常識人的な振る舞いが出来ていたが、最初の三人は自分の欲を満たすことを第一優先にしていた。
その根底に劣等感があるのは解っている。技能を上手く使えていないからこそ、それが使えている人間と比較されて格下扱いを受けた。
実際、使い方も碌に説明されない技能を使えるようになるのは至難だったろう。
未来ではどうやって彼等は真人間になったのだろうか。その過程を未来の俺は見ていないので、彼等の善性が発露した結果だと今は思うしかない。
「我々の仕事は未知の脅威から市井の人々を守ることです。 滅私奉公の心を持てとまでは言いませんが、我欲を優先してはいけません。 それは上に睨まれる要因になりますよ」
「それは……あの預言者も一緒なのですか?」
引きながらも宗像にはまだ何かを喋れるだけの余力があるようだ。
そのガッツには称賛を送るが、わざわざ深淵を見ようとするのは自殺行為でしかない。大人しく引っ込めば良いのにと思いつつ、榊原がどう脅すかに耳を傾けた。
「あの方は一度として名声を求めませんでした。 権力も持ってはおりませんし、本人は素性を暴露されることを忌避しています」
「何故です? あの人の行ったことは国を救う行為です。 表に出ればいくらでも尊敬や憧憬を集められるのに、どうして本人はそれを望まないのですか」
「――――その発言は侮辱していると取られかねませんよ」
稲妻の目が酷くなる。
全身から青白く細い雷光が発生し、彼女の心の内を露わにしていた。
彼女は救われた側だ。そして、俺が何を望んでいるのかも知っている。本当に表舞台に立つのを嫌い、普通の冒険者として活動していこうとしているのも理解済みだ。
名声になど興味は無い。他者への好感も照れるより先に鬱陶しさの方が出てくる。
金は欲しいが、それを餌にされるくらいなら欲する姿勢など見せない。あくまでも俺は家族との平穏を望む存在なのだと関係者に知らしめ、されどまったくもって上手くいってはいない。
この指導役も必要だからしているだけなのだが、榊原からすれば俺の姿勢はあまりに欲が無いように見えるのだろう。
「真に尊敬や称賛を集める人間は、そもそもからしてそんなものを求めてなどいません。 助けられるから助けて、その果てに数多の好意が寄せられているのです。 名声を得ることを目標にしている時点で、その人物の心根が真っ当だとは言い切れません。 いえ、腹黒いとすら言えます」
断じるにしてはちょっと賛否論になりかねない意見だが、実力者の彼女が語るとどうにもそれが世の中の主流のようにも感じる。
彼女の意見は、正義の味方の理論だ。
自分の身の程なんて関係無く、ただ無意識に身体が動いて助けに走った。その行動の根底には悪意など存在せず、輝く善意だけが重く鎮座している。
後で誰かに責められるかもしれない。この行為が社会一般の中では犯罪になってしまうかもしれない。
それでも、ただ身体は動いた。そこに傷ついている誰かが居たから。
随分とお綺麗な理論で、現代社会の中では通用し辛い理念だ。
この偽善と言われてしまいかねない行動は過去の俺が実際にしていたことであり、知らず榊原はその理論を宗像達に語っている。
頬に熱が集まっていくのが解る。これは嬉しさではなく、単純な羞恥心だ。
「我々があの方を秘匿するのは、本人を尊敬しているからこそです。 少しでもあの時教えてくれた恩を返さんと、結果と沈黙で隠すのです。 ……宗像さん、よく理解してください」
紫電を走らせながら、宗像に詰め寄る。
彼の顔に触れるか触れないかの距離まで自身の顔を近付け、彼の目に自身の瞳を写し込む。
「預言者様こそ、この日本が誇る最大の英雄です。 あの方以上の人間は今後も現れず、また現れたとしても比較の対象にもなりません。 あの人は救うべきを救い、今この瞬間も日本や世界を守るべく行動しているのです」
「は……はい。 解りました」
言い聞かせるような言葉の羅列は、最早本人像からは何光年も離れてしまっていた。
どんな立派な人間なのだろう、その預言者ってのは。きっと俺なんかとは比較にならないくらいの優れた人間性を有しているんだろうな。
乾いた笑いをしそうになって、強引に口を噤んだ。
その際に舌を噛んだが、何も言わずに沈黙を貫く。これが金になるだなんて、昔の人間はよく言ったものだ。
一度近付いた榊原はゆっくりと顔を離し、小さく咳払いをした。
他の三人にも視線を巡らせ、にっこりと明るい笑みを唐突に浮かべる。その美貌と相まって見惚れてしまいそうだが、彼等は揃って全身を震わせた。
「それ故に、宗像さん達も忘れてはいけません。 非常識な振る舞いは、そのまま自身の首を締めるだけになることを。 もしも手遅れになれば、その時は最悪の結果を招くことになります」
彼女の語る最悪は、即ちギルドの想定する最悪だ。
冒険者はその仕事を辞めるのは難しい。だが、場合によっては辞めざるを得ない事態にもなりかねない。
その時、もしも原因が酷いものであれば。日本が安全を守る為の最善を尽くしようとするならば。
これは氷室にも当て嵌まる。いや、今回は氷室がその例に該当しかねないのだ。
悪事を企てるな。悪事を行うな。悪事を想像するな。悪に傾くな。
徹頭徹尾、悪党と認識されかねない行動を慎め。それが出来ないなら、ただ刑務所に送られるだけでは済まないだろう。
俺達の頭上で手術中のランプが赤く光る。
今もまだ行われているそれが、無駄になるか良き薬となるか。それは氷室が意識を取り戻してから解るだろう。