作品タイトル不明
冒険者115 正義の剣
――結論から先に言えば、榊原は道理を曲げてくれた。
彼女としても問題を表面化させたくない気持ちは強く、内々で処理することが出来るならそうした方が後が楽になる。
勿論、彼女への罰も軽減される予定だ。老人や山田もこの件を耳に入れて話に参加してくるだろうが、彼等にとっても今回の俺の嘆願は都合が良いだろう。
榊原が俺を大事だと思ってくれるのは有り難いが、それで将来を見失っては困る。
直ぐに消えるつもりがないとはいえ、俺の元々の素質は良いとは言えない。神の眼によって底上げが出来るとはいえ、本来ならトップ層には居られない人間だ。
だから大事にされるのは無駄にも感じてしまう。それをするくらいなら、一秒でも早く強くなってもらいたいのだ。
「……この件につきましては、私の方で処理をさせていただきます」
「それは有り難い話ですが、どうしてでしょうか?」
「私が解決したと世間に表明する為です。 立花さんはまだ実績らしい実績のない人間ですから、そんな人間が氷室さんを撃破したとなれば非常に目立ちます。 私がこの事態を解決したことにし、私が周囲への説明も行うんです。 記録を残す為に先程話してくださった内容をもう一度喋ることになると想いますが、それ以外でご迷惑をおかけすることはありません」
それはつまり、後処理を全て担うということだ。
榊原からすれば突然湧いてきた面倒事。隊の長として一応は調べなければならないが、最後まで面倒を見るような真似は本来するものではない。
俺がまだ新人の枠に入るとしても、トラブルへの対処を経験はしておくべきだろう。
これもまた勉強の一貫だ。最終的に自分一人で行わなければならない場合もあるのだから、榊原の対応は過保護的とも取れた。
されど、既に俺は榊原の道理を一度曲げている。この処理でも俺が責任を取ると言えば、今度は怒り出してしまうかもしれない。
変な話だが、こちらが折れた方が今は無難だ。特に否定もせずに頷くと、彼女は息を吐いて気絶中の氷室を俵を持つように抱えた。
「それでは外に。 長い時間は掛かっていないので他の方の予定が潰れているとは思いませんが、出来るだけ急いで出ましょう」
「はい」
こうして、俺と榊原は氷室を持った状態でダンジョンの外へと飛び出した。
入口では四人が不安そうな表情でダンジョン前の入口を見つめていて、俺が無事な姿で出てきたのを確認して露骨に安心したように笑みを浮かべている。
だが、次に氷室を見た際に表情は凍りついた。
彼女の四肢は酷い有様だ。折れた箇所は赤黒く染まり、一部の骨が肌を突き破って外に出ている。
土気色の顔に生気は感じられず、そのまま死んでしまいそうな状態だ。
もっと慎重に運ぶべき状態の人間を榊原は一切の容赦も無しに抱え、彼等の前で見せた。
彼女が真顔なのはよくよく理解させる為だろう。有望株とトップ層の格差を、隣に死神が居る者と居ない者との意識の違いを。
四人組はまだ死を与える敵と出会った経験がない。どれもが楽に倒せるか、協力すれば倒せるような存在ばかり。
最初期の冒険者からすれば彼等の成長は遅く、もどかしい部分もあったのかもしれない。
故に見せつけた。これが普通で、これまでがぬるかっただけなのだと。冒険者として世の中を生きていくなら、氷室のような異常者に遭遇する機会も一度や二度ではないと。
ダンジョンには複数の冒険者が中に入っている。その殆どは自分達の利益目当てだが、中には個人の快楽を優先する人間も居る。
氷室がそうだろう。試したくなれば人を殺すことになっても躊躇わない。
そんな人格破綻者と遭遇した時、即座に行動することが自分の命を拾うことに繋がる。
同時に、身の丈を超えた困難を前にして動かなかった場合も彼等は体験した。
細かい部分は知らず、彼等はただ漠然とした出来事を認識するだけ。後で詳細な報告書で知ることになるとはいえ、当事者なのに蚊帳の外に置かれる感覚はあまり気分の良いものではない。
「氷室・神那を病院に輸送します。 立花さんも病院でチェックを受けてください。 時間稼ぎお疲れ様でした」
「……了解」
「宗像さん達も報告が早くて助かりました。 無事に死者を出さずに済みそうです」
「あ、ありがとうございます……」
宗像の声音は震えていた。
それが恐怖か怒りかは定かではない。田代や片梨のように引いている訳でも望都のように悔しさを表に出さず、ただなんとも言えない複雑な表情をするだけだった。
俺達はダンジョンを出た足で病院に氷室を運び、そのまま彼女は手術室に運ばれる。
榊原は何処かへと電話を短く行い、俺を含めた残りの面々は手術室前の椅子に静かに座っていた。
この場で共通しているのは、誰も氷室が助かるかどうかを願っていないことか。
俺や榊原は後処理に思考リソースを割き、宗像達は残酷な現場を見て何事かを考え込む。きっと四人の頭の中に怪我をした後の自分の末路が浮かんできて、どうやったら助かるのかを想像している。
腕や手足が折られた場合。もしくは四肢が完全に破壊されて這うしかなくなった場合。
腹に穴が開けられてしまった場合や毒物が全身に回った場合。
どれもダンジョンでなったら致命も同然の環境で、如何にして一発逆転をするか。
それをイメトレするのは悪いことじゃない。寧ろその想像力が彼等の技能に道を与えることになる。
「宗像さん達は今日は休んでください。 報告書は明日で構いません」
「は……いえ、自分はこのままダンジョンでトレーニングの続きを……」
「何か悩んでいるのは解ります。 そちらに意識を向け続けてしまうことも。 そんな調子ではトレーニングの時間は無駄に終わります。 それなら帰って一度休んでもらった方がまだ良いです」
「ッ……では、一つ質問をしても?」
「構いません」
このまま悩みを口に出さないで帰るのはしたくなかったのか、宗像が一歩榊原に詰め寄る。
そして視線を合わせ、電話を終えた直後の彼女の真顔に一度目を見開いてから純粋な己の想いを語った。
「榊原隊長。 あの冒険者は今後どうなりますか」
「まだどうするかは決めておりませんが、彼女は間違いなく今日で正式に冒険者の中の恥になりました」
「冒険者の中の恥……」
「はい。 今回の彼女の振る舞いは異常の一言につきます。 既に立花さんから話は聞いておりますが、彼が止めなければ宗像さん達にも氷室さんの凶刃は迫っていたことでしょう」
それは否定出来ない事実だ。
あの瞬間、俺が狙われてはいたが他が攻撃されない可能性は低かった。
周りを巻き込んだ攻撃も彼女はしていたし、少なくとも宗像には防御の布陣を構えてもらわなければいけなかっただろう。
そも、冒険者が冒険者を攻撃するのはご法度だ。それが許されるのは犯罪者のみであり、何の犯罪も働いていない人間を殺しようとするのは人間として狂っているとも言える。
宗像もあの尋常ならざる様子の氷室を想像して、否定の二字は出せなかった。
それでも何か言いたいことがあるのか、硬い声音で榊原に意見を語る。
「彼女の危険性は理解しました。 ですが、あの状態まで追い込む必要はあったのでしょうか? ……あそこまでダメージを負ってしまえば、もう復帰するのも難しいと自分は思います」
「構いません」
氷室はまだ若い。それに容姿もいい。
だからか、痛々しい姿は他者の同情を誘いやすい。それはあの狂っているような態度を見た後でも起きたようで、宗像としてはやり過ぎだったのではないかと思ったのだろう。
明らかに自衛とするには氷室はダメージが刻まれ過ぎている。今後冒険者として復帰出来るかは疑問だ。
僧侶を呼んでもっと本格的な治療をするべきであり、なのに榊原は普通の手術を受けさせた。
しかも、宗像の意見に断固とした口調で壊れてしまっても良いと口にしている。
それは明らかに周囲からの信頼を損なう発言の筈だ。榊原が口にするには、まるで立場を考えていないような言葉にも思える。
けれど、俺は解っている。彼女が厳しい判断をするのは、それが生きる上で必要だからだと。
「協力する気の無い人間を助ける理由はありません。 一人を望むというなら一人にするまでです。 自分から適応しようとしない人間にギルドは手を伸ばさないのです。 ――――それは宗像さんがやっても同じですよ?」
榊原の目が光る。光を携えた鋭い眼光は、まるで闇を切り裂く稲妻だった。