軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者114 責任の所在

「……これは、どういう状況ですか?」

遠くから高速でこの場にまで走った榊原は、俺達の姿を見て困惑を露わにしていた。

汗一つも流さないのは流石の持久力。冒険者としてレベルを上げていったからこそ、この程度の走破は何の苦にもなりはしない。

そして、だからこそ俺は苦笑するほかになかった。

言い訳を考えている猶予は与えられず、傍目からすれば俺は残虐な行為を働いた犯罪者だ。

若い女性を瀕死に追いやり、その上で放置している様など酷いことこの上ない。例え理由があったとしても、防衛としては過剰も過剰。家族が訴訟に走れば敗訴は確定だ。

当然、榊原は理由を聞いて厳しい表情を浮かべるだろう。今は理解が追い付いていないだけで、事情を把握したら俺の手には枷が嵌められるかもしれない。

「宗像さん達から事情は聞きましたか?」

「一応は。 細かい部分についてまではまだですが」

「ではその説明からしましょう」

氷室は冒険者の中では上澄みの方だ。肉体は雑多な冒険者と比較すれば頑強で、そうやすやすと死ぬことはない。

尤も、肉体の損傷度合いは無視出来ない。回復は絶対に必要になるが、破壊された四肢が回復薬や現在の回復職の魔法で治るかは正直微妙だ。

俺は今回、まったく手心を加えなかった。意図的に大丈夫な箇所を攻撃した事実は何一つとして存在しない。

彼女のあの状態が長引けば障害も発生してしまうだろう。それでも彼女を放置したのは、別になんとかなるからだ。

「――以上が、彼女の今回の行動です。 この暴挙に対して俺は命を取られかねないと判断し、理性的な判断の下に瀕死に追い込みました」

起きた出来事をざっくりと語ると、榊原は顎に手を当てて何やら考え込む。

冒険者として、彼女の行為は信用を損なう重大な違反だ。人としても彼女の行いは狂人的であり、即警察が動く案件でもある。

俺の防衛行為も過剰だが、かといって責められるかと問われると判断は難しい。

世間的には賛否両論になるかもしれない。どう言葉をこねくり回しても、男性が女性を虐げた事実は外聞が悪くなる。

暫く考えていた榊原は手を離し、静かな眼差しで俺を見た。きっと今からその口が俺の罰を語るのだろう。

「状況は理解しました。 証言者も居ますし、今回の件で立花さんが責められる謂れはありません。 ……ですが、彼女の冒険者への復帰は難しくなるでしょう」

「……それでよろしいので?」

思ったより、彼女の口から出た言葉は軽かった。

俺を罰することはないなど、世の中からすればあまり受け入れられないだろうに。

だが、彼女の中では違うらしい。俺に一度笑みを浮かべると、次の瞬間に彼女は意識を喪失している氷室に視線を動かした。瞳に宿る感情は一転して寒々しく、彼女への悪感情がありありと伺えてしまう。

「立花さん以上に大切な人は居ません。 貴方本人が悪事を働いたとなれば私も渋々止めますが、立花さんがそんな真似をする人間ではないことは理解しています。 ……であれば、誰が責任を取らねばならないのかなど一目瞭然でしょう」

目が細くなる。冬の寒さを思い出させる瞳はただ氷室に向けられ、彼女の末路があまり良いものにはならないと如実に語っていた。

彼女の立場を使えば、氷室を破滅させるのは造作もない。辞めさせて冒険者としての活動を出来なくすれば、氷室のような破綻者が社会の中で生きていけるとも思えない。

才能のある人間ではあるだろう。が、榊原からすればその程度。絶対に必要な人材でないのなら、切り捨てることに迷いがない。

隊長らしさと言えばらしい。しかし、それでは榊原に良からぬ噂がついてしまうかもしれない。

「……榊原さん。 今回の件、不問は難しいですが軽くすることは出来ませんか?」

「それは、どうしてでしょうか……?」

俺の言葉に榊原は疑問符を浮かべた。

被害者が加害者を助ける道理に疑問を覚えたのだろう。それは実際その通りだし、俺だって氷室が雑多な冒険者であれば厳しく処罰しても別に構わなかった。

しかし、彼女は今後絶対にダンジョン攻略に必要となる人材だ。俺が選んだ責任も合わせ、見捨てるにはあまりに惜しい。

それは彼女の技能が単純に氷魔法を使えるようになるものではないからだ。

氷室がどのような内容をギルドに申告しているかは定かではないが、彼女の技能は本来氷とは無縁そのもの。

未来の記憶通りなら、確か転写という名前だった筈だ。

能力限定で誰かのものを自身に一つだけ転写する。それを使い、彼女はまだ冒険者になりたての時から最初に写し取った能力をそのまま使い続けていた。

氷魔法そのものは実は魔法系の中では特殊な位置にある。

異世界でもそうなのか、基本属性は地、水、火、風とこちらの世界と近しい。その中から魔法使いは属性を一つ選び、極めていく過程で派生を覚えていくことになる。

氷魔法は解りやすく水の派生だ。水の魔法を極めていく途中で氷魔法を覚え、最終的には水と氷による戦術を構築して戦っていくことになる。

その氷魔法だが、稀に最初期から使える魔法使いが出現することがあった。

発生の要因は本人の気質。他者よりも極端に冷淡か、あるいは人間嫌いの場合に氷魔法を獲得することがある。

氷室は偶発的にその魔法使いの人間から転写で能力を獲得し、初期職業を戦士で選択して槍を握った。

未来ではそのように進み、今回は最初期のダンジョンで獲得したのだろう。

取得までの流れは違う筈なのに同じ結果になることを思うに、氷室の完成形は槍と氷を用いたものになるのだろう。

二度の時間軸の中で同じ形が生まれたのであれば、そこには何か強制力があるように見える。

氷室を選んだ事実そのものは後悔しているが、自分の感情と世界の平和を天秤に乗せればどちらに傾くかは自明の理。

故に、俺は氷室を助けることにした。例え本意でなくともだ。

「彼女の精神性は兎も角、その才能は稀有です。 短期間で上澄みまで駆け上がれる才覚は貴重ですし、未来では彼女のお陰で攻略することが出来るダンジョンもありました」

「稀有であれば立花さんの方がよっぽどです。 それに彼女のお陰でダンジョンをクリア出来たとしたら、その情報をいただければこちらで事前に準備するのも可能です。 ――この女性が居る意味がありますか?」

「今は一人でも強大な戦力が必要です。 それに俺が選んだ人間ですから、責任は取らなければなりません」

「責任などありません! 貴方が選んだとしても、その後の振る舞いは彼女本人の問題ですッ」

榊原の言葉を否定するのは俺には出来ない。

始まりに他人の意図があったとしても、氷室本人は何も知らぬままあの振る舞いをしてきた。

彼女の悪意は素のものであるし、これが社会の中で不適格であるのは間違いない。榊原が排斥を望むのも道理だ。

俺達もそうしたい。ここまで酷いなら今後も冒険者の間で彼女は浮いてしまうだろう。

本人はそれを一切気にしないと思うが、だとしても居場所が無くなっていけば氷室は確実に極端な行動に出る。

犯罪を起こしてしまえば、その規模も絶対に普通ではない。

彼女は爆弾なのである。その爆弾を現在封印することが可能なのは、我々ギルドだけだ。

「彼女は此処を排斥されたら確実に犯罪に走るでしょう。 それは即ち、冒険者が犯罪を働いてしまったのと一緒です。 如何に監視や閉じ込めることをしたとて、本気を出されれば俺達が見ていない間に暴れることも不可能ではありません」

「それは……否定出来ませんが」

「まだ社会は冒険者が居ることを当然とはなっていません。 始まりの国になった日本で、冒険者が犯罪を起こしてはいけないんです。 ――ですから、どうか彼女の罰を軽くしてください」

頭を下げる。

氷室を助けたいとか、救いたいが為に俺はこんな行動をするんじゃない。

俺が守りたいのは冒険者時代そのもの。人々の間に定着していくまで、俺達は可能な限り良き隣人とならなければならない。

だから、彼女が了承してもらうまで俺は頭を下げ続けた。それが榊原の道理を曲げることになると解った上で。