作品タイトル不明
第二十一歩 神の審判
技能『見』。
その能力の全貌は解析と模倣にある。
発動される全ての能力。全ての技能。戦闘スタイルや武器の振るい方に至るまで、その全てを丸裸にして完全にストックする。
職業の違いも関係ない。立花・翔の見たモノ全てが対象となり、逆に言えば一度も見たことがないものを解析することや模倣することは出来ない。
また、解析には脳の処理領域の大部分を酷使する。これは生命活動に関係するものを省き、それ以外の全てを用いてしまうので当然ながら本人の戦闘行為は実質不可能だ。
しかし、翔の中にはもう一人の存在が居る。それが魂だけであったとしても、技能がその者の根本に宿っているのであれば彼女の介入は可能だ。
解析の処理をナラが行い、翔は完了したものを用いて戦闘行為に走る。正に両輪が揃って初めて機能する技能だと言えよう。
これはナラが本来持ち得ていたものではない。
彼女は彼の内で冷静に現在の神の眼を見つめ、その違いに驚嘆させられた。
魂に宿る技能は本人である限り形は変わらない。死ねばその技能も消え、生まれ変わったとしてもまったく別の力を得ることになるだろう。
ナラは己の魂の半分と、ソアの魂の全部を混ぜ合わせて立花・翔という人間を構築した。
死亡という形ではなく融合による再誕を経て、神の眼もまた地続きの環境の中で独自の変化を遂げたのだ。
それがこの見。そして、であればこそナラは確信した。――――現状において、翔を凌駕する人間はこの星に存在しないと。
最後の氷の刃の後ろを走り、翔は自分の姿を隠した。
その様子を視認しても氷室には対策する余裕はない。巨大な氷刃は回避した先でまたも反転し、その身に罅を走らせながら元の使い手目掛けて特攻をし続ける。
無駄に巨大であったのが氷室にマイナスに働いた。完全に消えるまでには暫くの時間が掛かり、その間は氷室は回避しなければならない。
破壊するのも彼女は考えたが、その選択は愚行だ。一つ二つなら兎も角、数十の刃全てを破壊した後にスタミナは殆ど残されていないだろう。
発動を解除すれば氷は勝手に消えるのだが、その操作権そのものも翔は奪取している。
なら相殺の為に新しく生み出すか?
いや、そんなことをしても奪われるだけだ。
「どんな技能なの……ッ!」
歯噛みしながら氷室は回避し、壊れそうな刃のみに側面から拳を当てて砕く。
まったくの戦力外となった氷は白く光を発しながら消えていったが、そうなったのは全体の一割程。
残りは今も空中に浮かび、この瞬間にも氷室を潰さんと駆け抜けている。
何が起きたのかが氷室には掴みきれていなかった。解っているのは自身の氷が奪われたことと、その実力が決して低いものではなかったということだ。
度々一緒に仕事をしていた咲に話は聞いていた。自分よりも凄い男が居ることを。
今はまだ誰にも注目されていないけど、きっと切っ掛け一つで皆の視線を集めてしまうようになると。
当人に自覚は無いみたいだけど、惹かれる人間はきっと間違いなく一杯出てくる。だから、決して彼に好意を持つなと最後は毎回注意で終わっていた。
そんなことにはならないと氷室は笑って流していたが、同時に興味も持った。
咲は見るからにその男に夢中だった。一緒に仕事をしている際に他に彼女を狙う男も居たが、その本人は翔以外の男を異性として認めていない所為でまったく上手くいっていなさそうだったのを覚えている。
翔についてもかなりを知っているみたいで、恐らく友人以上の関係だったのかもしれない。
咲は今や新人組の先頭を走る人間だ。仕事は限りなく舞い込み、その選別に彼女の上司が頭を悩ませていたのも一度や二度ではない。
将来有望で、美人な冒険者。そんな優良物件に食い付かない男は居ないだろう。
翔よりも金を稼いでいる人間は居る。だが、咲の中では翔こそがナンバーワンだ。いいや、オンリーワンなのだろう。
そして今、氷室もまたそれを理解した。あれは恐らく、咲と同様にまともな側の人間ではない。
背後から殺気。
氷室は咄嗟に振り返り、刃の影に隠れていた翔が伸ばした右手に顔面を掴まれる。
槍は無い。武器は今居る場所から少し離れた地点に転がっている。取りに行くのは現実的ではなく、何より掴んだ腕に込められた力は尋常ではない。
反射的に彼の手を両手で掴んで剥がしてみるも、ミリも指は動いてくれない。肌に食い込む手はそのまま氷室の頭を潰してしまいそうで、頭を駆け巡る激痛で無意識に防衛行動に動く。
腹を蹴り、腕を殴り、子供の駄々のように幾度も繰り返す。
しかしそんな足掻きで翔は力を緩めない。氷刃は何時の間にか全て空気に溶けて消え、後には冷たい場が残された。
「……今から、お前の四肢を破壊する」
「な、に……?」
短く、そして無機質な声が氷室の耳に届く。
その言葉の意味を理解するより先に、彼女が暴れる腕の片方を翔は空いている腕で掴んだ。
それをゆっくりと真っ直ぐに伸ばしていき、これ以上伸びないところで止める。
嫌な予感が氷室の全身を駆け巡った。脳が激痛以外の理由で全力の警鐘を鳴らし、今直ぐに脱出しろと本能が叫び上げる。
されど、今の彼女に脱出の機会はない。
今度は手首を握る力が増していく。骨が軋み、巡る血管が圧迫によって塞き止められ――――バキリと呆気ない音が鳴る。
「――――――――」
声なき悲鳴が全身を駆け巡る。電撃が走るように痛みが訪れ、それらは彼女の中を永遠に走り回って止まる気配がない。
目を限界まで見開いて、暴れる勢いが急激に増していく。
掴まれた腕は手首を折ったことで離されたが、だとしてそれを振るって攻撃なんて出来る筈もない。
しかも翔は脇腹を蹴った足を捕まれ、今度は一気に太腿を握り潰した。
またも鳴る骨の折れる音。折れた先が血管を傷付け、肉を切り裂いて内出血を加速させる。
頭を掴む手が突如離された。唐突な行動で受け身も取れず、先の強気な姿勢が嘘のように無様に地面に転がる。
顕になった顔は涙と鼻水まみれだった。とても強者の雰囲気を纏っていたとは思えない醜態に、翔は意識して見下した表情を作る。
「どうした? 早く動け。 ほら、武器はそこだぞ」
指を差す。その方向に氷室は向き、地面に転がる氷で覆われた槍が視界に入った。
途端、彼女の瞳に活力を宿る。危機的状況の最中に最後の藁が現れたら、周囲のことなど目にも入らない。
這いずり始めた彼女を翔はただ眺め、ナラは彼の内側で愉悦の笑みを浮かべる。
『馬鹿な奴が酷い目に合う姿は、どんな時でも気分が良くなるもんだね』
『俺にその趣味はない。 奴をああしてるのは、よく味わってもらう為だ。 弱者の気持ちってやつをな』
『勿論解ってるよ。 ……で、遠くから急接近する気配があるけどどうする?』
『その前にもう一本足を折っておくよ』
内心で話しながら必死に移動する氷室に数歩で追いつく。
片足を上げ、特にタメも作らずに一気に太腿を踏み潰した。
肉が潰れ、骨が複雑に破壊される。更なる痛みの前に最早氷室の意識は保てず、身体を痙攣させながらその場で気絶してしまった。
まぁそうなるだろうと翔は頷く。限界を迎えてしまえば、人間の脳は自身を守る為に勝手に感覚をシャットダウンする。
ふと、下を見ると翔が踏んだ太腿付近のズボンにシミが広がっていた。
それはどんどん拡大し、アンモニアの臭いが鼻に届く。即座に距離を取って顔を明後日の方向に動かしたのは人間ならば普通の反応だろう。
「取り敢えず無力化は完了したな。 ……さて、どう言い訳するか」
急速に近付く人影が翔の視界に入った。その人物が近付いてくるのを待ちつつ、頭はこの状況の着陸先を探し始めるのだった。