軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者110 冷たさの代償

「……目覚めたの? 翔君」

お互い、二十歳も超えた大人だ。

今更君付けで呼び合うような間柄でもないのに、彼女は昔からの癖で俺をそう呼ぶ。

確認を込めた言葉は静かに周囲に広まり、俺と彼女の間にある少し気まずい空気に冒険者達は疑問符を浮かべた。

最悪の状況である。もう何も誤魔化しようがないくらい最悪の状況だ。

なんでこんな場所で話しかけてくるのか。自分の影響力を鑑みれば迂闊に声を掛けるべきではないのに、何をやっているんだ本当に。

我妻も我妻だ。隣に居るなら静止くらいはさせろ。お前は常識人寄りの人間だろ。

「え、ええ。 ……まぁ、そうですね」

なんて返すべきか迷って無難な言葉にしたが、咲にとってはそれで十分だったようだ。

そのまま駆け出し、周りの目なんて気にせずに俺を全力で抱擁する。その勢いは凄まじく、一般人相手にやればそのまま轢かれてしまっていたのではないだろうか。

困惑する俺の胸で咲は自分の顔を擦り付けている。小さくも嗚咽を漏らす音も聞こえてしまい、そうなっては無理に引き剥がすのも気が引けてしまった。

そうしていると、周りからの視線の強くなる。大部分は好奇心からのものだが、一部の人間からは敵意を感じさせた。

特に酷いのは我妻だ。この二年で関係を進めるのが出来なかったのか、こちらを恨みの籠もった眼差しで睨みつけている。

お前が振り向かせられなかったのが問題だろうに、こっちを恨むなんてお門違いも良いところだ。

時間経過で入口に人が集まり、今度は違う目的の見物客が増えていく。このまま定時まで続けば、ほぼ全員が俺と咲の状態を見られてしまうだろう。

致し方なし。泣いている彼女の両肩を掴み、マジックテープを剥がすように押し出す。

強引な俺の行動に咲は顔を見上げ、その泣き顔を驚愕に染める。

眦から頬にかけて流れる雫は多く、目は限界まで見開かれていた。仕事終わりであるにも関わらず何かの花の香りが漂い、二年で少し身長も伸びたように見える。

もう殆どかつての幼さは抜けていた。未来で見た時のような大人らしい風貌は、やはり多くの人間の視線を集めてしまう。

「お久し振りです。 ご連絡をしなかったのはすみません。 色々仕事をしていまして……」

「翔、君……」

俺はあくまでも公の立場として話をした。

だが、咲の様子は普通ではない。周りなど見えていないように俺だけを見て、その姿が学生の頃の彼女と重なる。

「――只野さん」

咲の顔が近付いてくる。

その行為の意味を知らない程俺は子供ではなくて、だから力強く彼女の苗字を告げた。

その言葉に籠る拒絶の意思をはっきり受け取ってもらう為に。

そして彼女は、鈍感な性質は有していない。俺が名前で呼ばないことで動きが止まり、目にはゆっくりと理性の明かりが灯りだす。

平常ではない人間の相手をしたくない。元通りに戻せるならさっさとした方が良い。

この空気には馴染みたくなかった。特に眼前の彼女との間にかつての空気など蘇ってほしくない。

更に肩を押して距離を取り、俺は一歩足を引く。更に拒絶された事実に咲の涙は引っ込み、完全に理性を取り戻す。

「ッ、あ、あの、その……ごめんなさい。 突然こんなことして」

「大丈夫ですよ。 ……ですが、もう少し周りを見てください」

「…………あ」

視線を四方に巡らせる。

彼女は周りの状態に別の意味で驚き、反射的に距離を取った。

良かったと安堵の息が思わず出る。このまま彼女が暴走するようであれば実力行使に出ざるをえなかった。

周りの好奇心に頬を染めて恥ずかしがり、何か言い訳を言おうとして先の行動を思い出しては口を噤んでしまう。

今更どんな言葉を述べたとて、あの一瞬で彼女が俺に好意を持っていると解ってしまうだろう。

これから根掘り葉掘り話を聞かされてしまう未来を想像し、俺は胸中で彼女に手を合わせた。

助ける気はない。俺までそんな目には合いたくないのである。

「有名になられたのですから、振る舞いにはご注意を。 では」

「あ! あの!」

「今日は用事があるのでこれ以上は話せません。 貴女も仕事の報告があるのでは?」

冷たいと取られるだろうが、俺はここで話を打ち切った。

実際、彼女にはまだやるべきことはある。こんなところで無駄話をしているよりもさっさと仕事を終わらせてプライベートを充実させた方が良いだろう。

踵を返して俺は歩く。後方からの視線を感じつつ、その日はなんとか無事に平穏に過ごせた。

だが、やはり俺のやったことがやったことだ。あんな注目されている状況で人気者に対して冷たい態度を取れば、途端に噂になるのは避けられない。

咲が先に酷い態度だったらまだ良かったが、彼女がした行為はおよそ男性諸氏には垂涎ものだ。

必然、俺がギルドに赴いた際にその場に居た冒険者から目を逸らされた。

受付は何時もより事務的で冷たい印象を覚え、俺の周囲から人が現れる気配を尽く削っていく。

そんな状況を――――俺は冷静に鼻で笑っていた。

如何に人間関係を大切にする必要があるとしても、あの一件をちょっと見ただけで離れるような人間と仲良くなる気はない。

彼等はただ単純に表面上の情報を真実だと誤認して、そのまま意味の無い悪意を向けてきたのである。

馬鹿を相手にする暇は俺にはない。昨日の今日でアメリカダンジョンについては簡易的に纏め、既に携帯にデータとして保存してある。

咲との件なんて記憶に留めておく価値もないものだ。

未だ好意を持っているとしても、最早終わって久しい。もういい加減にしてほしいのがこちらの本音だ。

廊下を歩き、周りの不躾な視線も無視して榊原が居るであろう隊長室に向かう。

一応、本日も四人組の指導が俺の主な活動だ。彼等が仕上がっていけばいく程にパーティー単位の戦力が増え、日本で次に追加されるダンジョンを余裕を持って挑むことが出来る。

日本のダンジョンは最大で十になる予定だ。未来の俺が死んだ後に増える可能性は否めないが、今は兎に角世界よりも自国の戦力を増やしたい。

その為には埋もれている人間を掘り起こすべきであり、今正に自分の能力や技能の使い方を解っていない人間に適切な運用法を教えるべきだ。

加えて俺自身も強くなる必要があって、まともにプライベートを楽しむ時間は正直ない。

「失礼します」

隊長室の前で扉をノックし、くぐもった榊原の声を聞いて入室する。

本日も彼女の格好はいつも通り。金の髪は艶やかで、昨日の咲と勝るとも劣らない。

今は机の前で書類と格闘していたようで、俺が入った瞬間にほっとした表情で椅子から立ち上がった。

「おはようございます。 本日もよろしくお願いします」

「それはこちらの台詞ですよ、立花さん。 私は本日別件があるのでそちらに行けませんが、彼等の指導をお願いします。 徹底的に絞って大丈夫ですからッ」

「適度にしないとハラスメントとして訴えられますよ?」

「大丈夫です! そういう時に黙らせる常套句がありますから!!」

「なんですか、それ」

苦笑しつつ、互いの予定を話してそのまま別れた。

四人組はギルドに寄らず、そのままダンジョンで集合することになっている。

俺は裏の方ではこの指導の責任者なのでギルドで榊原とざっくりとした打ち合わせを行い、ダンジョンで一日を消費する予定だ。

昨日の今日で彼等の技術が向上するとは思わないが、冒険者の成長は何時も急である。コツを掴んだ瞬間に出来る範囲が急速に広がり、それまで不可能だと思われた芸当を簡単に行う。

彼等がそういう冒険者だったら良いのにと思いつつ、敵意のある視線を無視しながら入口を出た。

「――悪いんだけど、少しいい?」

そして、昨日と同様に俺は人に声を掛けられたのだった。